ザ・グレート・展開予測ショー

優しい時間


投稿者名:veld
投稿日時:(04/ 2/15)




 いつものように、俺は会社から駅へと歩いていた。夜の9時。雪混じりの冷たい風に、打たれて、少し気力がなくなってきた頃に辿り着いた駅に人の姿は無かった。
 小さな小さな駅の中に、木製のベンチが置いてあった。それに腰を掛け、溜め息をつく。入ってきた玄関口に打ち据える風の音が室内に響いていた。電車で移動して、また、歩かなければならない―――知れず、苦笑が漏れる。

 手持ち無沙汰な時間が流れ、何気なくポケットの中に手を突っ込んで、その中にあったビー球程度の大きさの文珠を転がした。
 もう、使うことなど殆どなくなったそれを取り出すと、硬質な輝きを持っているそれに、魅入る。
 懐かしさがこみ上げ、泣き出しそうになりそうな自分がいて、間抜けに思えた。





 彼女の期待を裏切りつづけてきたのかもしれない。俺はふと、そう思った。
 気まぐれに自然が見せた果てしなく広く藍色の深い色が、その思考に至らせたのかもしれない―――腕時計を見た。電車が訪れるのは、もう少しだけ掛かるみたいだった。



 俺がGSをやめたのは三年前。
 そして、偶然か否か、再会した美神さんに「付き合いましょう」と告白されたのは二ヶ月前。
 俺が辞めてからまるで関わりを持つ事のなかった彼女の姿は、昔と比べると酷く疲れて見えた―――田舎町のリゾートホテルの前、昔のような派手さの無いシックな装いの彼女は、物憂げな眼差しで空を眺め、溜め息をつきながら歩いていた。
 俺には彼女が何故その場所にいたのか知らない。除霊作業の為にこの地を訪れたのか、それとも観光目的で訪れたのか。
 もしかして、俺に逢う為に来たのか・・・。

 俺がその場に通りかかったのは偶然だった。
 彼女も驚いた顔をしていたから、彼女にしても、それは思いがけないことだったんだろう。
 とすれば、やっぱり、俺に逢う為ではなかったのかも知れない。

 第一声が、告白の言葉だった。
 そして、絶句する俺に、彼女は俯いた。
 そして、口を噤んだ。

 俺は彼女が何を考えているのか分からず、考えさせて欲しい、と言った。
 彼女は頷き、そして、携帯電話の番号の書かれたメモを俺に渡して背を向けた。

 「私は、三日間ここにいるから・・・その間に答えを頂戴?」

 俺は頷くと、そのメモをポケットの中に入れて、彼女を見送った。



 それから、俺は彼女に連絡をしていない。





 二ヶ月を、長いと思うか、短いと思うかは人によって違うだろう。
 俺にとってはそれは酷く短かった。答えを出すには、まだまだいるように思えた。
 軽い気持ちで付き合えば良いのかもしれない。でも、それで全てが壊れるようで嫌だった。
 三年前、辞めてから、俺の時間は停滞したままなのかもしれない。
 俺は、いまだに、あの時間がありつづけていると信じているのかもしれない。
 彼女の姿を見れば、そんなことはないのだと、分かりきっているのに。

 ―――時給255円では持つ事なんて夢でしかなかった携帯電話をポケットから出して。
 幾度、掛けようか迷った電話番号を押す。
 そして、俺は通話ボタンを押した。



 「はい、美神です」

 彼女の声が聞こえた。

 「どなたでしょうか?」

 「・・・横島です」

 訝しげな声をした彼女に、名乗る。
 息を飲む音が聞こえた気がした。
 俺も、息を飲んで。深呼吸を一つした。
 そして、

 「すんません・・・俺、まだ答え出せてません」

 ただ、それだけ、言った。
 彼女は何も言わなかった。

 「あ、あの・・・それだけっす」

 俺にはその沈黙が、たまらなかった。
 胸が締め付けられるようだった。
 受話口から耳を遠ざけて、切ろうとすると―――。

 「待って」

 彼女の澄んだ声が響いた。


 「・・・はい?」

 「二ヶ月よね」

 「・・・はい」

 「私にとっては、三年の二ヶ月」

 「・・・」

 「あんたにとってはどうか知らないけど、私にとっては相当に長い時間だったの」

 「・・・」

 「ねぇ、横島くん?」

 「俺、戻れないです」

 「?」

 「俺は、三年二ヶ月・・・離れて生きてきて」

 「・・・」

 「俺は俺なりに頑張ってきて・・・ようやく、今、落ち着いてきていて」

 「私は・・・あんたにGSになれ、って言ってるわけじゃない」

 「・・・え?」

 「私は、あんたに帰ってきて欲しい、と思ってる。でも、それはあんたにGSになれ、って言ってるわけじゃない・・・」

 「帰って・・・」

 「私はあんたに傍にいて欲しい。おキヌちゃんも、シロも、タマモも、皆、それを望んでて、で・・・何より・・・」

 「何より?」

 「私が、一番、望んでる」

 「美神さん?」

 「あんたはおかしいと思うかもしれないし。・・・私が変わった、と思うかもしれないけど、それは違う」

 彼女は、息を吸った。

 「私は、あんたが好きだって」

 そこで、言葉を切って。

 「分かった、だけ」

 電話口の向こうの彼女が、微笑んだ気がした。



 電車が訪れたのは、それから二分、三分、過ぎてからか。

 電池の切れた携帯を握り締めながら。

 俺は懐かしい気持ちに浸っていた。



 恋焦がれた人がいたことを思い出した。
 結局、失恋で終わったけど。
 愛した人がいたことを思い出した。
 結局、悲しい別れ方をしたけど。
 憧れた人がいたことを思い出した。
 離れてしまって、そして、憧れもまた、消えたんだとばかり思っていた。

 でも、まだ、憧れていた。
 いや、もっと、強く、好きになっていた。



 柔らかくも固くも無い椅子に腰掛けて。
 ふっ、と漏れる吐息に笑みを浮かべた。

 もう少しだけ。
 もう少しだけ。

 こんな気持ちに浸っていたい、と思った。

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