ザ・グレート・展開予測ショー

#挿絵企画SS『かまってくだされ』


投稿者名:蜥蜴
投稿日時:(04/ 2/15)





****  #挿絵企画SS『かまってくだされ』  ****




「ただいま〜」

「ただいまでござる」

 ある冬の日の夕方、美神に頼まれたおつかいを終えて帰ってきたタマモとシロは、帰宅の挨拶をしながら事務所の応接間のドアを開いた。タマモはいつものノースリーブのセーターに白いブラウスとミニスカートの姿。シロも、寒さが一段と増してきた時期だと言うのに、いつものヘソが見える白いシャツと左脚の部分が根元から無いGパンの姿である。
 するとそこには、事務所の主である美神の姿は無く、絨毯の上に胡座をかいて座り込んだバイトの少年――横島忠夫の背中が見えた。

 彼はいつものGパンとGジャンに額にバンダナを巻いた格好をしている。
 そして、二人が入って来た事にも気付かずに、手元で何かごそごそとやっていた。
 そんな彼の右脇には仕事に持っていく大きなリュックがふたを開けたまま置かれ、前の方にはその中身が無造作に放り出されている。
 どうやら彼は、今夜行なわれる予定の除霊の仕事の前に、道具の点検と詰め直しをしているようであった。




「横島先生、来てたんでござるか〜?」

 シロは横島の姿を認識した瞬間、彼しか目に入らなくなったようで、甘えた声を出してその背中に抱き着き、首に両手を廻していく。
 それに驚いた横島は、首だけを動かして背中の方を見やった。

「どわっ!? ん? シロか」

「先生、何してるんでござるか? そんなことより、夕食が出来るまで遊ぼうでござる」

 横島が自分に話しかけてくれたのが嬉しいのか、シロはパタパタとせわしなく尻尾を振りながら、無邪気に遊びに誘って来る。
 だが、横島は溜息を一つ付くと、幼児に言い聞かせるかのようにシロを諭した。

「あのな……見りゃわかるだろ? 俺は今、除霊道具の点検をしてんの。
 ちゃんとやっとかなきゃ、何かあった時に美神さんに折檻されちまうからな?
 良い子だから、遊びたきゃ、タマモと遊んでな」

「え〜? 先生も一緒じゃなきゃ、つまらんでござるよ〜」

 そう言って不満を露わにすると、シロは頬をすり寄せ、ぐりぐりと横島の背中に身体をこすり付ける。
 頬と背中に感じる柔らかい感触に横島の煩悩が反応しかけるが、彼は無理矢理脳内でそれをなかったことにし、シロを叱責したのだった。

「駄目! これは除霊の成功――ひいては、俺たちの安全に結び付くんだから、疎かにはできねぇんだよ。
 しかも、やれるのが俺しかいないしな」

「そんなの、タマモにやらせたら……」

「そんな恐ろしいこと、出来るか!!」

 尚も不満そうな表情を作って横島の言葉に異議を唱えるシロであったが、彼は強い口調でそれに反論した。

「言いたいこと言ってくれるわね、二人とも?」

 すると、それまで応接間のソファーに座り、二人のやりとりを黙って眺めやっていたタマモが、初めて口を挟んで来る。
 不機嫌なのを隠そうともしていないその口調に、じゃれていた師弟は揃って硬直し、恐る恐る声のした方向へ視線を向けていく。
 果たしてそこには、半目で彼らを睨みやるタマモの姿があった。
 自分に気付いていなかった横島はともかく、一緒に帰って来たはずのシロが自分の存在を脳裏から綺麗に消し去っていたようであるのを理解し、ますます不機嫌になるタマモだったが、いつもの事だと諦めて言葉を続ける。

「で、誰に何をさせる気なの? バカ犬。
 それと、あたしが道具の準備をすることのどこが恐ろしいの? 横島」

「いや、その……すまんでござる」

 タマモの言葉に、シロはすまなそうな顔をして素直に謝ってくる。
 だが、横島はもう一つ溜息を付くと、シロを背中にへばり付かせたまま理由を説明した。

「だっておまえ、面倒だって言って、道具を片っ端から適当に詰め込んでいきそうだもんな」

「くっ……!」

 反論する事ができないタマモ。横島に言われるまでもなく、自分ならそうするであろうことが理解できたからである。




 タマモが黙り込んだ後、何やら思い付いたのか、シロは瞳を輝かせて横島に一つの提案をする。

「先生! 拙者も、道具の点検を手伝うでござるよ! そうすれば、時間も半分で済むでござる!!」

「それも駄目」

「何ででござるか!?」

 だが、横島からあっけなく駄目出しされて、声を荒げてその理由を追求する。

「おまえはおまえで、何も考えずに適当に詰めてきそうだから」

「く〜〜ん」

 これまた、納得せざるを得ない理由を突き付けられ、悄然として横島の背中の上に垂れるシロ。
 横島は少し身体を揺すると、シロに声をかける。

「ほれ。わかったんなら、あっち行ってタマモとトランプでもして遊んでな」

「うう〜〜。横島先生は、拙者が邪魔でござるのか?」

 けれどシロは横島の背中から動こうとせず、悲しそうに疑問を投げかけた後にペロペロと彼の首筋を舐めて来る。
 舐められたところに鳥肌を立てた横島は、上半身をねじって声を荒げながらシロを叱った。

「だあ〜〜っ! やめんか!! 準備が終わったら遊んでやるから、邪魔するんじゃない!」

「つまらんでござるよ〜」

 嘆きの声を上げて、やっと横島の背中から離れたシロだったが、今度は振り返って背中同士を合わせると、また身体をこすり付けて来た。

「おまえなあ……」

 もはやシロの行動についてとやかく言うのを諦めた横島は、疲れたように首を横に振ってから、道具の点検を再開していった。




 この作業は横島がバイトに雇われてから最初に叩き込まれたもので、以降ずっと彼の担当になっている。
 今ではシロやタマモも除霊に参加しているのだから、二人に任せれば良いようなものであるが、彼自身の言った理由から、恐くて出来ずにいたのだ。
 それに、美神除霊事務所では、誰が失敗しようとも、美神の怒りの矛先――主に肉体的な折檻――は、何故か横島に向かう事になっているという事実も、任せられない理由の中に含まれていた。
 誰だって、痛いのは嫌なのである。
 そこまで考えられるのに、しばしば自らのセクハラのせいで死線をさまようハメになっているのは、横島が横島である所以とも言えるのだろうが。
 そうなると、道具の準備を任せられる人間は、後は消去法としておキヌしか残らない。
 だが、ただでさえ家事全般を取り仕切っている彼女にこれ以上の負担をかける事は、彼の胃袋――いや、良心が許さなかったのである。




 しばらく作業に没頭していた横島だったが、ふと背中の重みが無くなったのに気付く。
 それとほぼ同時に、左腿の上に何かが乗ってきたのを感じて視線を下ろすと、そこに頭を乗せ、自分を見上げて来るシロと目が合った。
 少しの間見つめ合った後、横島はやや呆れた口調でシロに声をかける。

「何やってんだ、おまえ?」

「膝枕」

 その単純明快な答えにまたもや溜息を一つ吐いた横島は、道具の点検を再開しながらシロに釘を刺す。

「まあ良いけど。邪魔するんじゃないぞ?」

「了解でござる」

 その言葉に笑みを浮かべたシロは、目を閉じて小さな声で鼻歌を口ずさみ始める。
 その旋律はとても優しく、その場にいる三人の耳を心地良くくすぐっていく。
 もしかしたら、それは今は亡きシロの父が、彼女のために歌った子守唄なのかもしれない。
 そんなシロの様子は、彼女が横島に対して全幅の信頼と心からの安らぎを抱いているのを、如実に感じさせていた。

 ちらりとシロを見やって優しく微笑んだ横島は、左手でゆっくりと彼女の前髪をかき分けるように頭を撫でる。
 気持ち良さ気に口元の笑みを深くしたシロは、その手にすり寄るように横島の方に向かって体を横向きにすると、身体を丸めて尻尾を揺らしながら、そのまま歌い続けていったのだった。




 それから少しした後、夕食を運んで来たおキヌは、応接間の様子を見て軽く驚いた後、苦笑じみた微笑みを浮かべた。
 彼女が目撃したのは、座りこんで慎重に道具の点検と詰め込みを続けている横島。
 つまらなそうにテレビを見ているタマモ。
 そして、横島の左腿に頭を乗せ、健やかな寝息を立てているシロの姿であった。





おわり。

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