ザ・グレート・展開予測ショー

雨夜の月    『前編』


投稿者名:えび団子
投稿日時:(04/ 2/13)


 







 草木を太陽は応援している、精一杯の輝きを遥か遠くから。
 風は草木を擦り抜ける、ここまでおいでと誘っているように。
 地は草木を支えている、これからもずっと前からも・・・。 
 水は恵みの泉で母なる心、神秘の境地。




彼女は二十歳になった、彼はその五歳上。





温かい風が頬を撫でる。半開きにした窓から入り込んだものだ。
季節は早春。冬の寒さも完全には消えないがお昼寝が出来るくらいに過ごしやすくなった。特に良く晴れた日なんかは眠気が迫ってくるのを我慢するのがやっとなくらいなわけで・・・。




「ふわあぁぁ・・・」


大きなあくびを胡座をかきながら漏らす。四畳半ほどの部屋には、大して秘密を持てないらしく彼の動作は即刻彼女に伝わる。


「・・・起きましたか?」


隣で眠っていた瞳を軽く擦りながら起き上がる彼女は春の風に吹かれて長い髪が揺れた。綺麗な艶のある蒼に近い黒。自然に薫るほのかなシャンプー。

「うん。」

ちょっとドキッ!とした。整理のつかない感情を隠したくて簡単に返事を返した、同時に声のボリュームを下げていた。


「お夕食の用意しますか?もうこんな時間ですよ。」


目の前の安っぽい時計に目をやると既に午後の5時を回っていた。
過去の記憶があるのは、お昼ご飯を食べて適当に昼帯ドラマを見てからそのまま畳に伏せて・・・。

昼寝してた?

頭の中にその言葉が拡がっていくのをゆっくり感じていた。
彼女はそんな彼に『少し、待っててくださいね』と言い台所に向かった。

懐かしいなあ。

感慨深く彼女の背中を見つめる彼は肩に掛かる毛布の存在に気が付いた。


「ふふ、変わらないなあ。あの優しさだけは・・・」


彼は毛布を深く被り顔だけを外に出す形になった。
そのまま座った状態で彼女を凝視する。一連の作業の流れが綺麗にスムーズに進んでいくのを淡々と見守る。

トントン、トントン。

グツグツ、グツグツ。

実際、彼には見たとしても何をしているかは皆目見当もつかない。
料理とは随分疎遠だった。一人の時には専らインスタント食品に頼りきっていたし、結婚してからも料理はいつも・・・


「彼女に任せっきりだったからなあ・・・」


ここで彼は慌てて口を塞ぐ。


「何か言いましたか?」


振り向き彼女が尋ねる。長い黒髪がさらっと跳ねる。


「いや、別に。何も。」


彼女は不思議な表情で少し首を傾げ作業に移る。再び彼は彼女の後ろ姿に目をやる。台所の前には小さな小窓があり、その斜め上辺りには換気扇。
この場に流れる音楽は換気扇の五月蠅い音と小刻みに奏でられる包丁の高い音、火で鍋を熱す音、風が入り込んで揺れるカレンダーのパタパタという音だけ。






静かに流れる時間。平穏な日々。
彼にとって夢にまで見た理想郷が目の前にある。
幸せな条件っていうのは人それぞれで――――
――――お金が沢山あれば幸せな人。
――――容姿端麗なら幸せな人。
――――夢が叶えられれば幸せな人。
――――愛があれば幸せな人。
これといって決めなくて良いと思う。自分が思う幸せって。
誰に指図されるでなく、自然に湧き立つものこそが幸せ。

『俺は今、生きていて一番幸せだ』

そう思わせる瞬間が今なのだ。平穏なつまらない生活かもしれない。
単純に夫婦が寝たり起きたり、食事したり。
散歩したり談笑したり歯磨きしたり顔洗ったり。
それこそ彼の幸せの条件なのだ、幸せの。
夕飯を作る彼女。眺める彼。休みの日だからって一日中家に居て、一日中同じ一室に居るような夫婦だ。お互いの職業柄なかなか時間が割けないのも一因である。彼女も彼もこれでもGS。彼のほうは文珠の希少価値から厄介な特異な事件なんかでは引っ張りだこで、元所属事務所も偉い有名なところも手伝ってネームバリューだけでも心強かった。だが彼は名前負けしない実力も備わっていたし、どちらにしても・・・


「俺は美神さんのところでも役に立ってたかそうでなかったか分からねえし・・・」


謙虚な、寧ろ過小評価しすぎである。
彼の場合、嫌に誇らないとこが仕事が回る理由でもある。

彼女はネクロマンサーで世界に数人と言われる、こちらも稀に見る能力である。ヒーリングの力もここ数年で飛躍的に高まり主に心霊治療を手掛けていたり、中級の除霊なんかは結構回ってきたりする。


「私に出来ることはこんなことくらいですから・・・」


不意に彼女の口癖を思い出した。

――――いや、凄いよ!おキヌちゃんのヒーリング・・・――――

その度に彼はこう答えていたのだった。






意識が四畳半の部屋に戻る。どうやら迂闊にも又眠ってしまったらしい。
重い瞼を薄っすらと開けると目の前に誰かの顔が見える。誰だ・・・。


「・・・島さん。」


「んっ・・・」


彼女だった。エプロン姿であったから料理の途中であることが分かった。
奥の台所からは微かに煮込まれた物の匂いが漂う。食欲をそそられることは確実だ。彼は驚き見開いた瞳で彼女を見つめた。そして身体を後方にそらした。あまりにも距離が近すぎたのだった。


「横島さん、お夕食出来ましたよ♪」


満面の笑みで彩色鮮やかな数々の和食が食卓を飾った。
四角形の小型木製テーブルに二人分の食事を配置する彼女。
それをささやかに手伝う彼、この構図こそ本来の形。
無理に頑張って彼が手伝うと彼女の方が遠慮してしまう。

カチャ、 カチャン

短く響く食器類の音が暫く続き、止まった。


「うおっ、今日はかなり張り切ったんだね。」


「はい、ちょっぴり奮発しちゃいましたから!」


屈託のない笑顔に押されそうになりながらも彼は彼女から目を離さなかった。どんなに豪華で美味しい料理よりも二人で食事することに意味がある。同じ空間で同じ時を共有することこそ意味がある。彼女は少し戸惑った感じで目を逸らした。


「あの、どうかしたんですか・・・///」


頬が火照ってる。彼女はそういう女性なんだ。
大胆でなく大人しく。


「おキヌちゃん」


頬が火照ってるのは彼も同様、心臓の鼓動が胸を圧迫する。
天井から煌々と降り注ぐ光りが熱い。こんなにもライトって熱かったっけ?


「・・・・」


長い沈黙、気まずい雰囲気の中、二人は立ち尽くした。

・・・・ ・・・・

押し黙ったまま両方共動かない。それでも容赦なく時間は過ぎる。
時計の針の音まで聞こえてくる。数秒が何時間にも感じられた。

ゴト。

動いた、彼が。


「た、食べようか?」


勇気がいった一言だった。彼女が『は、はい。』と詰まった風に答えた。

カチャ カチャ

厳かな空気がひしひしと肌に感じられる。箸と茶碗が素朴なデザインで渋い。殆ど無言のまま箸が動く。たまに喋るのも他愛ない話で一言二言で終わる。


彼は考えていた――――この先にあるものを。何処が本当の居場所なのか?
迷っても、狂っても自分自身が決断したことだ。これが本当の居場所。

違うのか?

勢いよく茶碗をテーブルに置く。


「あっ、ごめん!びっくりした?」


「えっ、いえ・・・。それより。」


彼女が彼に向き直った。真剣な眼差しで。

コト

湯飲みがゆっくりと音を立てた。


「もう、行くんですか。」


思い詰めた表情だ、しっかりと彼を見据えている。
まっすぐに、一途に。純粋に、ひたむきに。


「うん、そろそろ。」


彼は、箸を置いた。


「何故ここに来たんですか?」


「言ってなかったかな、話す時期だよな。」


透き通った緑色のお茶を一口で飲み干した。彼は心に棲み付いた重りを少しずつ解き放つようにぽつぽつと語りだした。


「最初から分かってると思うけど・・・」




俺は、この世界に実在する男『横島忠夫』ではない。
正確に言えば幾つもにも枝分かれする未来世界から来た横島忠夫である。
俺が本来いた世界では年のほうは25歳。ゴーストスイーパーだ。
美神さんの除霊事務所で専属GSとして所属していた、勿論正社員としてだが。割の良い仕事も月平均でかなり受け持たしてくれたし信用もしてもらえた。難易度の高い仕事も月日が慣らしてくれた。実地経験も実力も俺としては十分に養うことが出来た。そんな折、一人立ちの話しが持ち上がった。


それが25の夏、俺も考えていなかったわけではない。今の状況だけに満足してはいけない、そんな向上心を微量ながら胸に抱いていた。二言返事では返せなかったが一晩しきりに悩んでOKの返事を出した。同時期に俺には彼女がいた。とびっきり可愛くて、純粋で俺には高嶺の花みたいな子だった。

それが――――おキヌちゃん。彼女も所属事務所は美神さんのところでいつも顔を合わせていた。清楚で優しくて疲れた心の拠り所、癒しだった。そんな彼女に告白したのが独立の話しの数日前、駄目かと思ったものの見事成功したのだ。その日だけは仕事には手がつけられなくなってしまいミスが多かった。


「そこからは早かったよ。」


付き合って数ヶ月で結婚した。皆が知り合いを招待して盛大な披露宴を行った。輝かしいウエディングドレスを身に纏った彼女は数段美しく幼かった少女の頃にあった初々しさを残したまま大人の魅力を加えた新たな美を演出していた。


そうして幸せな日々は長く続くかと思われていた矢先に彼女の容体が急変した。新婚ほやほやの気分も束の間、ダブルベットの隣に眠っていた俺は飛び起き彼女を見た。彼女は苦しそうに呼吸しているが心配させたくないのか虚勢を張る。『だ、大丈夫ですから・・・』明らかに息が荒い、素人目でも一大事だと分かる。俺は即座に医者に駆け込んだが病名ははっきりしたところは分からない。現代医学では説明のつかないことなんだそうだ。毎日、難しい分厚い本と格闘しながら俺なりに原因究明に当たった。そして一つの道に行き着いた、過去に何かあったんじゃないのか?俺は禁を破った、彼女の記憶を詮索した。文珠によって・・・。






今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa