ザ・グレート・展開予測ショー

#挿絵企画SS『いざよう』


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(04/ 2/ 5)



 空には躊躇い昇る十六夜の月。


 夜も更け尽くして明け方まであと2時間の、暗く人気のない道。赤と銀の髪をたなびかせ少女が走っていた。
 ―今日は、彼女のこの日課に常に同伴していたあの少年の姿が見えない。

  「先生ってば、『止まれ』と言うからちゃんと止まったのに自分はそのまま飛んで行かれたでござるからなあ・・・」

 暴走車が急ブレーキあるいは正面衝突で止まる様なものだ。
 シロの急停止によってそれまで引き摺られていた横島は前方に放り出され、電柱2本と走行中のトラックに続けて
弾かれた後、ガラス張りのビルに頭から吸い込まれて行った。
 ――入院。全治2ヶ月の重傷。

  「こんな時こそ拙者が先生の力にならねば。その為にも今日は平素より気合入れて散歩するでござるよ!」

 暗いとは言え、一区画隔れば大通り。横道やビルの隙間から様々な眠らない車の列が彼女の横顔を時折照らしていた。
 シロの鋭敏な鼻には夜の空気の匂いが、耳には幾重にも重なるエンジンやクラクションの音が充満する。
 ・・・微かに混じる酔っ払いのゲOの匂いだのはあえて意識から排除して・・・。


 排除出来ないものが彼女の五感に飛び込んだ。
 排除出来ない・・・排除してはいけないもの。


 前方に一際高くそびえる二十数階建てのビル、その屋上で動く人影が見えた。屋上の柵をよじ登り、その外側に出ようと
している。屋内工事の作業員には見えない。―となれば、その目的は一つ。

  「――いかんでござる!」

 シロは速度を上げながらそのままビルの正面入口に飛び込んだ。

  「こらあっ!何だお前はぁっ!?」

  「・・一大事につき、御免っ!」

 怒鳴りながら追い掛けて来た守衛に構わず、シロは奥の階段から一気に駆け上った。
 十階・・・十五階・・・二十・・・行き止まりに屋上への扉。それを弾く様に押し開けるとシロは声を上げた。

   ――バァンッ!!   「早まるなでござる!拙者何があったか存ぜぬが、人生には――。」

 熱風の如く押し寄せる霊波。その霊圧で踏み込もうとしたシロの足が止まった。
 何もない広い屋上。周囲に高さ2m以上の柵が張られ、その向こうの狭い縁・・すぐにでも飛び降りられる・・に先程の
人影、30前後の大柄な人間の男が背を向けて立っていた。柵の手前に女がいた。シロを正面から見据えている。霊気と
霊圧はその女から発しているものだった・・・・生きている人間の気配ではなかった。
 息絶え絶えにシロに追い付いた守衛が驚きの声を立てた。

  「何だ・・・一体どこから入ってきたんだ・・・?おい、何をして 「――何をしてるでござるか貴様ぁ!?・・・見た所、
  憑依霊でござるな?その人に取り付いて殺し、仲間にするつもりかっ!?」

 女の幽霊は静かな、それでいて様々な負の感情の込められた声で言い放った。

  「邪魔を・・・しない・・で・・・。」

  「そうはいかんでござる!」

 シロは右手に霊力を集め霊波刀を出すと、構えの姿勢を取った。

  「・・拙者犬塚シロ、誇りある人狼の侍にてGS見習いの身。人に危害を加え殺めんとする悪霊を野放しになど出来ぬ!」

  「邪魔するなと・・・・・・・言ってるのよ!!」  ヴゥーーーーーーーゥンッ!

 女の叫びと同時に、爆発的に霊波が広がった。シロの後ろにいた守衛は階段まで吹き飛び、壁に叩き付けられ気絶した。
 シロの全身にもビリビリと振動が走る。だが、踏み締められた両足は一歩も押し戻されない。

  「そんなものでござるか・・・次はこっちから行くでござる!」

  ――だだだだだっ・・・・・だんっっ!

 床を蹴って足を運び、間合いを十分に詰めての一閃・・・だが、浅かった。そこに女の姿はなく、シロが顔を上げると
柵と男の真上で顔を歪めながら浮かんでいた。

  「絶対に邪魔はさせないわ・・・この男は、殺す。」

 男の肩が、ゆらゆらと揺れている。

  「まだ分からぬでござるか!自分の苦しみを紛らわそうとそうやって罪の無い他人を殺め巻き込んで行けば、その分
  お主自身が苦しみ沈んで行くと。拙者は人を守り、お主の様な者の魂も救いたいのでござる・・・!」

  「・・・罪の無い人?・・・私の魂に救い?・・・アナタ、何を言ってるの?・・そんなもの、どこにあるのよ。」

 女の声には更に深く暗い気配が満ちていた。
 しかし、シロにその闇を届けたのは、続けて告げられたごくシンプルな事実であった。


  「・・・・・私は、この男に殺されたのよ。」

  「何でござると・・・!?」


 男は、女に身体を操られ肩を揺らしながらも、動かない頭で目線だけを無理にシロに向け、「助けてくれ・・助けて・・」と
引き攣る口元で言葉を発している。――意識はそのまま残っているという事だ。完全に精神を支配されての死よりも
残酷な感じがする。

  「新聞にも載ってたはずよ・・・あの監禁殺人事件は。散々弄られて・・・殴られて・・・食事も寝る場所も貰えず・・
  最後にはポリタンクに詰めてごみ収集所よ?・・頭が悪すぎるわ。」

  「ならば・・・警察に任せるとか・・そこまで追い込めるのなら出頭させる事だって出来た筈でござる・・・。」

  「知らないの?・・こいつら一度警察には捕まってるわよ・・・でも、心神喪失が認められてそのまま釈放。・・私を仲間と
  一緒にメッタ打ちにしてた時クスリやってたってだけなのにね・・?こう身体が勝手に動くと、嫌って程分かるんじゃない?
  自分の意識はマトモだって事が・・・確かに頭は異常なんだろうけど。
  人間を守るって・・私を救うって言ったわね・・?それは、こんな人間を私から“守る”事なの?・・・こんな私をその刀で
  無理矢理成仏させて“救う”事なの?」

  「拙者は――――!」

 女は、両手を男に向けた。男の全身がびくびくっと痙攣する。・・痙攣したまま足がゆっくりと、縁の切れ目・・・
高度数十mの中空へ、錆びた機械の様に進む。男の全身から汗が、目から涙が噴き上がった。

  「止めろ・・やめてく・・れ・・許し・・俺が悪かった・・・助・・け・・・」

  「あら、やっと謝ったわ。・・・殺したい理由は、恨みだけじゃない・・・・こいつはちっとも悔いてなかった。悪い事を
  したと思ってなかった・・・俺たちに騙される女が悪い・・・まだ攫ってやろうぜ・・そう仲間たちと喋っていた・・・。
  分かるでしょう?こいつを放って置くと私と同じ目に合う人が出て来る。誰かが報いを与えるべきよ。幽霊やめて
  成仏したって・・・こいつらがのさばってる限り、私が救われた事には、ならないの・・・・。」

 男の身体が更に激しく震え出す。このままでは落ちる。そう思ったシロは男に駆け寄り、その両肩を柵ごしに掴んで
内側へ引き寄せる。次の瞬間、どこにそんな力が残ってたのかと思う衝撃を受け、6〜7m程弾き飛ばされた。
 顔を上げたシロの目前に女が立っていた。

  「何度でも言うわ・・・邪魔を、しないで。・・この男の破滅でのみ私は救われる。例え、地獄へ落ちても」

 女の背後から見えるのは十六夜の欠けた月・・完全さへの、大事な一部分を失った、躊躇いの月。

 シロに復讐を責める言葉はなかった。悲劇を防ぐ意思を責める言葉はなかった。
 不成仏霊が人間を殺し、更なる地獄へ落ちて行く事を認められる言葉もなかった・・・。

 女の為に男を斬るべきか。男の為に女を斬るべきか。・・女の為に女を斬るべきか。
 女と対峙し霊波刀を構えたまま、シロの躊躇いは続いていた。


    ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・


 男は柵に掴まり震えながら、謝罪の言葉をぶつぶつと繰り返していた。

  「・・・謝っているで、ござる。」

  「・・・・だから、何?」

 『謝ったのだから許そう』・・そんな道理が通じない事ぐらい承知。だがこの時ばかりは通じて欲しかった。
 女は男に近付いて隣に立ち、静かに見下ろす。今すぐにでも、彼女に操られた男は意識を持ったままで柵から手を放し、
奈落に身を投げ出せるだろう・・その時、彼女の視線が何か気付いた様に男の頭上で止まった。彼女の口元にうっすらと
笑みが浮かび上がる。楽しげに・・どこか残念そうに・・・それでいて吹っ切れた感じで女は呟いた。

  「・・・成程ね、“謝っている”わ・・・。私がこれ以上怨まずに・・何もせずに済む程に。」

 シロは周囲に漂っていた負の気配が次第に拡散するのを感じた。女の姿もボンヤリと発光し、明け始めた藍色の夜空に
浮かんで・・・やがて消えた。
 女の幽霊がどうなったのか―成仏したかどうかはともかく、怨念が晴れ現世に留まる理由が失せた事だけは推察出来た。
 ようやく構えを解き、霊波刀を収め、ゆっくりと男に歩み寄り様子を伺った。
 男は謝り続けていた・・・途切れる事無く、奇妙なリズムで。


    ごメんなさいごめんなサいごメんなさハいごメんナさいゴフェんナさイごめンナさイイヒ・・・


 男は柵に掴まり震えながら・・・・・笑っていた。
 謝罪の言葉も笑い声も恐らく二度と途切れる事はないだろう。

 シロは溜め息をついて空を見上げる。
 明け行く空にはまだ躊躇う月が傾いていた。

  「十六夜、でござるか・・・・・・・。」





  「私ならその男を真っ先に狐火で炭にしてるわ。・・・それで女も成仏出来る訳だし、一石二鳥じゃない?」

 病院の待合ホール。シロの隣でタマモが言った。

  「まあ、いい気味って事よね・・・。」

  「そんな話では、ないでござる・・・・・。答えを見つけられずいる内に全て終わってしまった・・自分が不甲斐ない
  でござる。それに・・もし、あそこで話が終わってなかったら、拙者、どうするべきだったのでござろう・・・?」

  「美神なら“金を払った方”の、横島なら無条件で“おねーちゃん”の味方をするって言うわ、きっと。そんな事で
  一々迷ってるからあんたは馬鹿犬だって言うのよ。一人前のGSになれるのもかなり先みたいね。」

 普段ならタマモにそんな口の聞き方されれば激怒する筈のシロだが今日は反応が薄い。

  「そうでござる・・・拙者まだまだ未熟でござるな・・・。」

  「・・・・私にすれば、そこで色々躊躇えるのもあんたらしさだと思えるけどね・・・」

 タマモなりにフォローしたつもりだったがシロの耳には入ってない。
 タマモはむっとした表情を浮かべ、まだ何か呟いているシロを全力で小突いた。

  「痛いなあっ!何するでござる!?」

  「済んだ事に一々悩むな、馬鹿犬!・・答えなんか、自分を見失わないで歩いて行く事で見付けるしかないっての!
  動かないでうじうじしてるってのが一番駄目。・・らしくないのよ!自分にとって大切な事なら、あんたはもう、しっかり
  分かってるじゃない。・・・大体、今日は横島にそんな顔見せに来たの?」

 その名前を聞いてシロの顔色が変わった。引き締まった表情で面を上げる。

  「そうでござる!!・・今日は先生に元気になってもらう為にこの犬塚シロ、万策備えて来たのでござる!」

  「・・・・(フッ)愚策ばかりをね。」






  「ごめんなさーい。学校帰りに果物買って来たら、色々選んじゃって・・・
  こらぁ!シロちゃん、タマモちゃん、病院でケンカしてちゃダメですーーっ!!」



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 『いざよう』<FIN> 
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