ザ・グレート・展開予測ショー

#挿絵企画SS『シロの死んだ日』


投稿者名:777
投稿日時:(04/ 1/30)

春うららかな、ぽかぽかお昼下がり。ちょうちょがひらひら飛んでいます。
あたたかいお日様はお花をきらきら輝かせ、お花も嬉しげに甘い香りをふりまいていました。
道を歩く人々もどこか楽しそうです。春の陽気がみんなを楽しくさせるのでしょう。
しあわせって、こんな景色を言うのかもしれません。みんなみんなしあわせでした。
















世界中みんながしあわせな、春の日――。




















美神家では少女が死んでいた。
のどかな空気を問答無用にぶち壊し、幸せなど欠片も感じさせず、轟然として死体は存在した。
非常に滑稽な死体である。
スエードの上下、ワインレッドのシャツ、ストライプの入ったネクタイ。
大して寒くも無いのに毛皮のコートを着て、口には火の消えた葉巻が、目元はサングラスで覆われている。
獣のように真っ白な髪に紳士帽を乗せ、さながらギャングのような格好をした少女は、階段の下でまるで眠っているかのように息を引き取っていた。
階段から足を滑らせたのか。
素晴らしい偶然が働いたのか、紳士帽もサングラスも葉巻も、乱れることなく少女を飾り付けている。
そんなある意味完璧な死体の傍らで――。



「や、や、や、やっちまったでござるぅぅぅ!!!」



死体と同じ格好をした幽霊が絶叫した。



犬塚シロの死亡推定時刻は、ついさっきである。











事の始まりは実に簡単なことだった。
2日前、シロの家主である美神は精霊石の買い付けにアマゾンへ飛んだ。
競りは順当に行けば昨日終わったはずだ。今日中には帰るとおキヌが電話を受け取っている。
そのおキヌも今は学校に行っていていない。美神がいないのだから勿論横島もいなかった。
そうなれば美神家にはシロとタマモの二人しかいなくなる。だがタマモも、春の陽気に釣られたかどこかへと出かけてしまった。
シロは今日、美神家では滅多に無い一人きりの自由を満喫していたのだ。
散歩に行ってもよかったのだが、どうせなら一人きりの家を楽しんでみよう、シロはそう思っていた。
二階にある美神の部屋に忍び込み、据え置かれた大画面のテレビを菓子をつまみながら鑑賞する。
流れていたのはハリウッドのギャング映画だった。シロは時代劇も好きだが、悪党の活躍するピカレスクロマンも好みなのだ。
なかなかの名作だ、と見終わったシロは思った。男達の熱い絆、悪という名の格好よさ、シロの琴線を刺激する題材だ。
映画を見終った時特有の昂揚感が、シロを熱くしていた。映画の主人公であるギャングに感情移入していた。
そこで眼にとまったのが、美神の衣装棚である。美神は何故か様々な衣装をふんだんに持っている。魔が差して、衣装棚を開けた。
幸運なのか不運なのか、シロはどう見てもギャングとしか思えない服装を見つけてしまった。
見つけてしまったからには着なければならない。シロは嬉々として着替えて、姿見に自分を映す。
格好良い。
まるで映画の登場人物をそのまま抜き取ったかのような錯覚を、シロは感じた。
興奮してシロは駆け出した。そのまま表に出ようと、一階に降りようとして――。
着慣れない服とサングラスの暗い視界が災いしたか、シロは階段で足を滑らした。
あっと思ったときにはもう遅かった。転げ落ちるというよりは転落といってよいスピードで、シロは落ちた。
頭に強い衝撃が走ったのを覚えている。
そして気づけば、シロは自分の死体を見下ろす幽霊になっていた。
以上が、シロの死んだ顛末である。
幽体離脱とは違い、ばっちりと魂の緒が切れていた。
幽霊は死亡したときの服装で現れる。さもありなん、シロはギャングの服装で宙を漂っていた。

「こんな格好で死んでしまうとは――ううう、末代までの恥でござる」

死体の横で、シロはさめざめと泣いていた。
こんな死体が見つかってしまえば、泣いてもらう前に笑われてしまうのではなかろうか。
しかもどうやら成仏できずに幽霊化してしまったようだ。シロはいなくなったわけではない。おキヌという前例もある、美神除霊事務所のメンバーはきっと大笑いするに違いない。
『死んでも生きられます』という幻聴を聞いたような気がした。

「何とかせねば死んでも死にきれんでござる。せめてこの格好だけでも――」

葉巻をはずそうと死体に手をやる。その手は物体に触れることなく空を切った。

「あああああ! 拙者は未熟者でござるぅぅぅ!」

幽霊としてなりたてでしかないシロは、当然だが物を動かしたりすることは出来なかった。
物が動かせないなりたての幽霊なんて、ちょっと霊感が強い人物を怖がらせることが出来るかできないかの、役に立たない代物である。
ましてや今のシロはギャング姿だ。笑われてしまうに違いない。怖がってもらえなくて何が幽霊か。
いやいやいや、いつのまにか幽霊であることに納得する自分がいる。死体をどうにかするよりもまず、生き返れないかやってみなくては。
死体に入り込もうと突っ込んだ。するり、と床まで突き抜けた。悲しくてそのまま地中深く潜っていこうかと思ったが、意味がなさそうなので止めた。
気を取り直して死体の上でふよふよ浮かぶ。
せめて死体を何とかしてほしい。美神かおキヌか、どちらかの早い帰りを願う。

「タマモに見つかっては大変でござる。先生にも絶対見られたくないでござる」

タマモが見つけたら大爆笑するだろう。普段からこちらをバカ犬呼ばわりする女狐だ。バカギャングとだけは絶対に呼ばれたくない。
横島に見つかるのも嫌だ。きっと笑う、間違いなく笑う。どうせなら悲しんでもらいたい。こんな死体を見てほしくない。
もう自分で何とかするのは諦めた。物を動かせない以上、何をしても無駄だ。
出来ればベテランの幽霊だったおキヌに帰ってきてほしい。死体の服装もそうだが、幽霊である自分の格好も如何なものか。
おキヌは幽霊だった当時、服を着替えたこともあるという。もしもそのときの服をまだ持っていてくれたら、ギャングの服を脱ぐことが出来る。
シロは今まで生きてきて初めて、神様に対して祈った。もうすでに死んでしまっていたけれど。




しばしの時を、呆然と過ごして。




「あははははは! や〜いや〜い! バカギャング、バカギャング〜!」

やはり死んでから祈っても神様は聞いてくれないのか、一番初めに帰ってきたのはタマモだった。
絶対に呼ばれたくなかったバカギャング呼ばわりである。それならばまだバカ犬のほうがよかった。進化してしまった。
死体を指差して笑うタマモの上で、シロは悔し泣きしていた。その様子が一層タマモの笑いを誘う。
ひとしきり笑って満足したか、タマモは意気揚揚と自室である屋根裏に引き上げようとする。慌ててシロはその前に立ちふさがった。

「待つでござるよ! 笑うだけ笑って素通りでござるか! せめてこの死体をどうにかしてほしいでござる!」

「いいじゃん、みんなに見てもらおうよ」

意地悪な笑みを浮かべ、タマモがシロの体をまたぐ。引きとめようと腕を伸ばしたが、タマモをすり抜けてしまう。
つくづく幽霊である自分が嫌になる。いや、全ては自分が未熟だからいけないのだ。例え幽霊としてなりたてであっても、物を触るくらい出来なくて何が霊能力者か。何が人狼か。
憮然と自分の手を見るシロに、階段を二三歩上りかけたタマモが振り返った。

「そういえばさ、あんたなんで死んじゃったの?」

「それには深い事情がござってな…」

シロは自分が何故死んでしまったか、身振り手振りを交えながら語った。内容的には映画の感想がほとんどだったが、夢中で語るシロはそれに気づいていなかった。勿論その説明を聞き流しながらシロの死体で遊ぶタマモにも気づいちゃいなかった。
階段で足を滑らした所まで話が進むのに、数十分の時間を要した。そのときにはシロの死体の顔には当然のように落書きがされていた。油性のサインペンである。額に肉、という極悪非道は武士の情けか行なわれていなかったが、猫ひげはばっちり書かれていた。

「あんたバカじゃないの? あそうか。バカギャングなのか」

話を聞き終えたときのタマモの第一声である。馬鹿にされるのは覚悟していた。これを耐えなければタマモに死体の始末を手伝ってもらえない。おとなしく我慢するしかないシロである。
そんなシロの様子に調子に乗ったか、タマモはにやにやと笑う。何か面白いことを思いついたか、タマモが口を開く。

「バカギャングとかけて、浮遊霊に非ずと解く――」

「…その心は?」

馬鹿にされるとは分かっていても、合いの手を入れなければならない。シロは屈辱に心の中で泣いた。

「自爆霊――きゃはははは!」

はじけるようにタマモが笑う。ぜんぜん上手くなかった。面白くも無かった。だがお追従でシロも笑った。バカみたいに笑った。なんだか悲しくなった。
そんな想いを敏感に感じ取ったか、タマモの機嫌が悪くなる。本人は良いことを言ったつもりなのだ。本心から笑ってもらいたかった。シロの顔に猫ひげが又一本増えた。シロは悲しそうに自分の顔に増えた猫ひげを眺めた。

「で? 死体をどうしろって言うのよ?」

ひとしきり腹いせして機嫌が直ったか、タマモはようやく話を聞く体勢になってくれた。
さてそう聞かれても困った。死体をどうにかしてほしいとは思っていたが、具体的にどうしてほしいとは決めていない。生き返らせてもらうのが一番だが、タマモに頼んでもしょうがないだろう。
やはり服だろうか。この服のままではきっと横島だって大笑いするに違いないのだから。

「服を脱がしてほしいでござる。出来れば普通の服を着せてもらいたい」

「え〜? だってこれ面白いよ?」

タマモはあからさまに嫌がった。その理由が面白いから、である。なんて女狐だろう。面白いからこそ着替えさせてもらいたいのに。
シロは心の中で涙を流しながら顔では笑う。タマモの機嫌を損ねるわけにはいかない。物が触れるようになるまでの辛抱だ。あるいは今夜夢枕に立ってやる。
タマモがまたシロの死体で遊び始めた。まだ死後硬直は始まっていない。死体の関節を動かして変なポーズを取らせる。どれもこれも、目を覆わんばかりの恥ずかしい格好だった。
怒っちゃダメだ、怒っちゃダメだと自分に言い聞かせる。そのうちタマモはその遊びにも飽きたのか、手足を乱暴に放り出した。

「せめてサングラスと葉巻と帽子は取ってほしいでござるよ…」

それさえなければここまで滑稽ではないのだ。せいぜいが男装の少女であろう。にもかかわらずタマモは首を振る。

「ダメよ。だってこれが面白いのよ? ズボンだけなら脱がしてあげても良いけど」

ズボンに手をかけるタマモを慌てて止める。ここでさらにズボンを脱がされたりなんかしたら、もうここにはいられない。どこかへ旅に出かけるはめになる。
タマモも同性のズボンを脱がすほど倒錯的な趣味を持っているわけでもないらしく、案外あっさりと諦めてくれた。

「もう! 面倒くさいわね! 良いじゃないこのままで。大丈夫、横島だって惚れ直すわよ」

心にも無いことを言ってタマモがまた階段に足をかけた。その後ろで、シロはプルプルと震える。
面倒くさい、だと? 拙者の進退に関わることが面倒くさいと申すのか女狐!
激昂してタマモの後ろから飛び掛る。タマモもその気配は感じているのだろうが、通り抜けることがわかっているので鼻歌を歌うほどの余裕振りである。
がつん、と衝撃があった。タマモの驚いた顔が後ろに流れた。
シロは魂から怒っていたのだ。魂の怒りが、シロを実体化させた。タマモは油断しきっていて、受身も取れない。
タマモの体がきれいに落ちて、シロの死体の横に並ぶ。あれ、と思うまもなく。

「な、な、な、なんてことするのよぉぉぉ!!!」

ばっちりと魂の緒が切れた、タマモの幽霊が絶叫した。












世界中みんながしあわせな、春の日のおはなし――。






「終わりでござるか? これで終わってしまうのでござるか!?」

「全然幸せじゃないわよぉぉぉ!!」






おしまい。





「終わってしまったでござるぅぅぅ!!!」

「責任者呼びなさいよ、責任者ぁぁぁ!!!」

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