ザ・グレート・展開予測ショー

流れ往く蛇 鳴の章 序話


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 1/22)


「美智恵君には異常は見られなかったよ。彼女はタフだから、もう笑っていたよ」
「そうですか、安心しました」

 唐巣の台詞を聞いて、公彦はホッと胸を撫で下ろした。
 広々としたダイニング、テーブルの上にはワインボトル。男二人はわびしくそれを囲んでいた。

「ですが・・・ハクミさんのことはどうするんです?神父の言ったとおり無駄にことを荒立てる気はないですよ?ですがいつまで・・・」
「わかっている、だがそれは私の決めることじゃない・・・」

 公彦の言葉に、唐巣はいらだたしげに言葉を吐いた。どこかその内には難解な問題を目の前にしているような、そんな響きが含まれている。
 彼はつい癖なのであろうか、髪の毛をかきむしるかのように手を頭まで持っていき・・・

「・・・これから何が起こっても気を楽にもて・・・か・・・」

 そういえば問題の少女にそう言われた事があったなぁ・・・そんなことを思い出し、ゆっくりと手を下げた。代わりといってはなんだが、トクトクとグラスにワインを注ぎ込む。

「楽になんて・・・もてませんよ・・・」

 唐巣の目の前の男は、そう静かに呟く。

「・・・え?」

 意味がわからず、唐巣は公彦を見詰めた。目の前で仮面を被った男は、どこか今まで見てきた彼とは違う視線を帯びていた。そんな彼は、静かに口を開いた。

「ねぇ、神父。果たして僕の仮面をとるすべなんて・・・本当にあると思いますか?」





 あたしはハッと目を覚ました。いつの間にか寝てたらしい。室内はもう暗く染まり、外から薄く燈る街灯と、ヘッドライトの少なさから夜も更けている事を教えてくれる。
 いつの間にあたしはベッドの中に入っていたんだろう?あたしはさっきのことも相まって、気分も悪くシーツを蹴飛ばす。シーツはバサッと宙を漂い、床へと落ちて行き・・・

 ――ドン!!

 ・・・ッッエッ!?なんださっきのドンって奴は!?まさか鋼鉄製のシーツとかなんだとか言うわけじゃあないだろ?あたしはベッドから身を起こして・・・違和感を感じる。
 妙な気配が辺りを支配している・・・ような気がする。あたしはそれを探るべく、神経を尖らせた。
 
 ・・・カタカタカタカタカタカタ・・・・・・

 部屋中のもの―今まで寝ていたベッドが、机が、椅子が、本やタンスが鳴動を始める。あたしはベッドにしがみ付いて、さらに神経を尖らせた。

 ・・・これは霊的な攻撃、ポルターガイストとかいう奴か・・・

 鳴動は次第に強くなってゆき、既に周りの物をまともに見ることすら出来ない。
 カタカタから今はガタンガタンに変わっている。バカッという激しい音がして、本棚の扉が外れた。バサバサという音を伴いながら、本達が宙を舞い始める。

 そして・・・唐突に訪れる破砕音・・・!!
 出入り口である木製の扉は、派手な音を撒き散らせて吹っ飛んだ。
 あたしの視線は、その元出入り口だった場所へと注がれる・・・

「お姉さん・・・嘘つき・・・ポンたん見っけてくれるって言ってたじゃない・・・」

 娘がそこに佇んでいた。
 あのワンピースを着た、十歳ほどのあの娘。幼さいっぱいの両目には、涙をいっぱいに溜め込んで・・・でもその内に見え隠れする表情には、あたしのよく知っている表情も見て取れる。
 あたしは焦燥しながらも、叫んだ。

「何言ってる。そんなにすぐに見つかるか!?」

 娘は、怨嗟の視線であたしを捕らえ、そして・・・あたしのよく知っている感情を伴った声を吐き出す。

「お姉さん言ったじゃない。あたしたちを殺しに来たわけじゃないって・・・でも・・・みんなもういなくて・・・」

 室内の鳴動はより強く早く、大きくなっていった。
 あたしは・・・もうだめかなぁ・・・なんて思いながら、このときほど美智恵を恨んだ日はないかもしれない。
 そういえばご丁寧に屋敷中(一名除く)の浮遊霊どもを除霊したのって・・・・・・美智恵だったよなぁ・・・とね。





 流れ往く蛇 鳴の章 序話




 
 あたしは全神経を総動員して、思いっきり体をくねらせた。とたんに体が悲鳴を上げたけど、そんなものは今は無視だ。体を掠めるようにして、本の大群―比喩とかじゃなくてね―が、バサバサと大きな音を上げて横切っていった。
 そして派手な衝突音。
 ドスンだとか言うような音を盛大にばら撒きつつ、本は壁の表面に当たり、木片を散らかした。
 あたしはすでにひしゃげた木製のドアを、ぞっとしながら見詰めて、そして焦燥にかられながらも叫んだ。

「だからあたしの話しも聞けって!あんたたちははもう・・・」

 あたしの叫びは、言い終わる前にかき消される。
 すぐ横から凄まじい勢いで飛び出してくる机。あたしはとっさに身を宙へと躍らせる。その正面を弾丸のような勢いを持って加速する机。
 あたしは腕を机に叩きつけ、その勢いでもって回転する。背中が机と激しくぶつかり、灼熱感にも似た痛みがあたしを襲う。けどそんなモンは無視だ、無視。あの時感じた痛みに比べればずいぶんと楽なもんだ。
 あたしはすぐに回転した勢いのまま、地面へと着地する。キッと見据えたその視線の先には、一人の娘がゆらゆらと漂い、その周りにはいろんなものがフワフワとまるで泳いでるみたいに浮いている。

 こんな大事な時だってのに・・・唐巣たちは一体何やってるんだ。あたしは不安を通り越して絶望の域まで上がったメーターを宥めながら、そんなことを考えた。あいつらGSなんだから、こんな大事になればすぐにでも助けに来てくれるはずだろ?
 そんなことを考えながら、意識を尖らせる・・・そのすぐ後から唐突にわき上がった奇妙な感覚・・・膨大な何らかの力がこの付近から発生したような・・・焦燥にも似た感覚。
 新手か?あたしはさらに意識を集中させた。
 魔族であるあたしは、人間なんかよりもよっぽど霊気を掴む感覚が秀でている。だからいくら霊力がヘロヘロでも、どこからこの感覚が出ているのかもすぐに割れる。もっとも、なるていの経験でも積めば、人間でもすぐにわかるだろう・・・というくらい、近くからその力は発生していた。
 しかもこれはよく知っている独特の波動・・・あたしらみたいな魔族が持っている波動だ。ということは魔族が出てきたのか!?
 場所はすぐ隣の部屋・・・美智恵の部屋か!!

 と、そこまで考えてから、あたしは唐突に―何故か―さっきの夢を思い出した。

 ―ならおまえは俺に取り殺されてくあの女の最後でも見守ってるんだなぁ―

 クソ、あのチューブラー・ベルかッ!?

 こんなことやってる場合じゃないってのに!!あたしは正面の娘をきっと睨みつけた。
 娘は・・・なぜか悲しそうな瞳をあたしに向けて・・・
 ドサドサドサ・・・何かが地面に落ちる音。あたしはハッと視線を上げると、先ほどまで宙を漂っていた本や椅子は、水を失った魚みたいに床へと落ちてゆき、そして・・・いつの間にかさっきまであたしと対峙していた娘も消え果ていた。
 なんだっていうんだ。
 あたしは焦燥にかられながらも、すぐに急いで美智恵の部屋まで向かって行った。




 バン―ッ!!

 あたしは木製の扉を、乱暴に蹴り上げた。

 とたんにあたしに襲うかかる乱風。ごうごうと唸る風に、あたしはとっさに腕を顔面に組む。
 腕の隙間から、わずかに見て取れる光景・・・開け放たれた窓。この失礼な風はここから出入りしている。
 代わり映えの無い本棚や机。どの客室にも置いてあるのか?
 入り口から正面のベッドには一人の女がうつ伏せに寝ていた。美智恵だ。ここまではいい・・・のかは知らないけど、あたしの先ほど感じた異変とは違う。
 あたしの感じた異変・・・あたしはそれを見つけ、目の前が暗転したような気がした。

「は、ハクミさん!止めないでください」

 スーツ姿の男が、あたしと美智恵の間に立っていた。何であたしの名前を知ってるんだ・・・?いや、そんなことよりも、男の頭から飛び出ている何か・・・まるで光る腕のような何か・・・こちらを振り向いた男の頭からブラーンブラーン・・・って・・・
 あたしはそこではっと気付いた。

 ――ま、まさかこいつは!!

「変質者撃退!!!」
「エエッ!!?」

 あたしはすぐに変質者に接近、奴が対応しきる前に懐深くへと侵入、そして掌蹄での一線。

「ぶぎゃあァァァ!?」

 なんとも情けない声を上げて、変質者は宙を舞った。
 ・・・フ、勝った・・・
 



「な・・・なんで僕がこんな目に・・・」

 男―公彦は泣きながら、頬を押さえた。あたしに殴られた頬は、見事なくらい真っ赤に晴れ上がっている。で、さっきまで頭から生えていた『アレ』はもう既に無い。出し入れ自由らしい。傍目けっこう気持ち悪いからあんまり深く追求する気にもなれないし。

「ワルイ・・・ちょっと、ね。でもいきなり『止めないでください』ってのはねぇ・・・お預けくった奴の辛抱たまらんな言葉に聞こえるんだよ」
「は?」
「なんでもない」

 あたしは公彦に手を貸して、立ち上がらせてやった。公彦はあたしの考えを読み取ってか、とたんに心外だと言う様な顔になる。
 とまぁ、要するにこいつは公彦だったと言うわけだ。仮面外してるから全然わかんなかった。

「そ・・・そりゃ僕だって男ですから、裸の女性を前にすれば・・・」
「前にすれば・・・?」
「ち、違います!!そういうことじゃなくて、美智恵さんを助けるために―」
 
 助けるために―夜這いしたと?

「違いますよ!!」

 公彦はため息を一つつき、あたしをキッと見据えた。

「僕は今までは人というものが信じられませんでした。誰だって心の奥底では何を考えているか・・・例えそれが悪意の無いことでも・・・でも先ほど彼女の心を覗き込んだとき・・・始めて自分の生に意味のあるものに『逢えた』気がしました」
「どういうこと?」

 あたしは美智恵の横に腰掛けて、公彦を見上げた。

「本来なら自分のことだけで既に精一杯なはずなのに・・・僕の・・・皆のことを考えていてくれる・・・いつも犠牲者だと、救われるべきものなんだと自分で思い込んで、そんな自分が恥ずかしかった。
 そう思える人にはじめて逢えた。
 だから・・・今度は僕からこの女性を救ってやりたい。そう思えたんです』
「ふ〜ん・・・」

 こいつが・・・ねぇ?あたしは信じられないモンでも見るみたいに、美智恵を見下ろした。美智恵はあたしらのやり取りも気付かないみたいに―こんだけ騒いだんだからフツー気付くよなぁ―昏々と眠りこけている。普段あんな美智恵の面ばっかり見て来たもんだからねぇ、公彦の言葉はちょっと考えられないなぁ。
 あぁ、あれだ、きっと都合のいい夢だ。それとも心の奥底までウソの突き通せる奴。自己暗示でウソを平気でつけるって言うあれだろ?美智恵が・・・
 そんな失礼なことを考えてると、突如美智恵が唸る。

「・・・うぅ〜ん」

 あたしはぎょっとしてベッドから飛び離れた。まさかじゃないけど、目が覚めたか?もしこんな状態を美智恵にばれたら・・・目が覚めたら半裸で、しかも自分の部屋で仲良く語り合うあたしと不審な人物・・・美智恵の性格を鑑みればどうなるかは簡単に判る。

 つまり、公死刑確定。

「公彦!どうするんだ!!いや、何でもいい。こいつを眠らせる方法を!?」
「こんなのでですか?」

 公彦は言いながら、どこからかワインのボトルを取り出した。

「どう使うんだ?それ」
「いえ、こうやってスコーンと頭を叩いて・・・」
「そう、それだ・・・ってちょっとマテェェ!?」

 おまえ、そんなことやってたのか!?

「いえ、ウソですが」
 
 ならなんでそんなもの持ってるんだ?あたしはやや動転しながら、公彦の手の内にあるボトルなんぞを見詰める。

「いえ、これでちょっと神父に眠ってもらいまして・・・」
「死ぬだろ?フツーは・・・」
「そんなことは無いですよ。何故か神父は死ななかったですし」
「『何故か』って言うなぁぁぁぁ!!」

 公彦は冗談だとボトルを投げ捨て、目をつぶり何か集中しているようなポーズ(かどうかは知らないけど)をとった。すると、いきなりあの光り輝く触手のようなものが、頭頂から生え出てくる。

「これは精神波を集束させたものです。普段は微量に出ている僕の能力ですが、集めることで霊能者なら見れるほどの力を出せるようになります。
 これを直接彼女の精神へと送り込んで、一時的に僕の支配下に置くことができます」

 公彦が美智恵の前に立って、そう説明した。

「どういうこと?」
「簡単に言えば、暗示によって彼女を催眠状態へと誘えると言う事です」

 言うが早いか、公彦はその触手を美智恵の脳へと一気に突っ込んだ。
 一瞬―ほんのわずかな一瞬だけ美智恵の体はピクリ、と震え、そしてまた再び安らかな寝息を立て始める。
 あたしは美智恵の様子を窺い、安堵の息をついた。
 ―これで殺されなくてすむ―・・・と。何で人間にヒヤヒヤしながら生活しなくっちゃいけないかなんて考えると、今でも疑問に思う。

「いや〜助かった。一時はどうなるかと心配して・・・」

 あたしは激励の言葉を投げかけようとして、公彦へと近づいていく。
 でもあたしは、まだ公彦まで数歩といったところで、その歩みを止めた。
 公彦はいまだあの輝く触手を伸ばし、表情はさらに険しいものへと転じ、全身から汗を流し、そしてうねる触手は美智恵の頭から離れ背中へと取り付く。

「何してるんだ?」
「さっき僕は言ってましたよね?彼女を助けると・・・」

 公彦はほのかに笑いながら、あたしの方へと振り向いた。瞳には決意を通り越して、どこか『最期』を窺える明かりを燈している。
 あぁ、そういえば忘れてた・・・けど何しようって言うんだ?

「彼女を助けたい。神様はこのために僕にこの力をくれた・・・きっとそうだから。これが天命ってやつなんでしょう。
 だから、僕はこの力で彼女を救う」

 公彦はまるで取り憑かれたみたいに、そう言った。

「何言ってるんだ?お前は?」

 どういうことだ?こいつは何言ってるんだ。

「最期に・・・・・・あなたたちと話せてよかった」

 公彦は、一瞬悲しそうな色を瞳に滲ませて、視線を伏せた。
 何が最期なんだ?話すくらいいつでもできるだろ?あたしは得体の知れない焦燥感を押しのけ、公彦へと駆け寄る。

「きちゃ駄目だ!!僕は・・・僕は――」
「何をしようとするのかは知らないけど、自分に最期なんていうな!!」

 あたしは力いっぱい叫んだ。
 最期なんて・・・あたしは言わせたくは無かった。
 くそ、なんなんだ?この気持ちは・・・妙なイラツキを抱えたまま、あたしは公彦へと肉薄し・・・

 直後、圧倒的な念波が公彦を中心とし放散される。窓から吹き込む風が妙に力強く感じた。あたしはたたらを踏み、進めない足をぎこちなく床へと降ろす。
 
「き、きびひこふんッ!?」

 その時、開け放たれたドアから『なぜか』口を赤くはれ上がらせて、唐巣が現れた。

 ・・・いや、怖いって。

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