ザ・グレート・展開予測ショー

唐巣受難曲(4)


投稿者名:浪速のペガサス
投稿日時:(04/ 1/12)



「お待ちしておりました神父様。
まずはどうぞ、中にお入りください。」


ドアが開くと、そこに立っていたのは中年の女性だった。

その顔は虚ろで、ぎりぎり何とか理性を保っているように見えた。

眼は紅く充血し、頬は涙の流れた後が痛々しい程にくっきりと残っている。

目の下にはクマも見え、何日も寝ていないか、もしくは寝不足なのは明白だった。

その女性のあまりの痛々しさに同情しつつ、家の中に入っていく二人。


「どうぞこちらへ、ついて来てください。
御覧になって頂ければ、きっと全てがご理解できると思いますので……。」


女性に誘われるまま唐巣神父らは無言のまま、家の中の奥の方へと案内される。

案内されて分かったことなのだが、家の中はぼろぼろだった。

外の空気もかなり異常なものであったが、中の雰囲気はもはや異常と呼べるレベルではなかった。

家具は滅茶苦茶でココ何日も掃除をした形跡もない。

さらによく見れば、とても人が動かせそうにない物までもが動いている。

まるで幽霊屋敷のような廃屋ぶりだった。

唐巣神父は唐突に嫌な予感がしてきた。

そしてある部屋の前で、女性は立ち止まる。


「ココです…。
どうか、娘を助けてください……。」


今まで必死になっていたものがとけてしまったのだろう、女性はその場で泣き崩れた。

唐巣神父らは無言でお互いにうなずきあい、部屋の中へと入っていった。





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    唐巣受難曲


        第四楽章


            『試練に耐うる人は幸いなり』
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ドアを開けた先はなぜか異様に整然としていた。

外があれだけ荒れているというのにココだけは全く、何も変化がない。

そして部屋の中心には大きめなベッドがあり、そこには15、6歳ほどの少女がそっぽを向いて座っていた。

一見不自然がない光景、しかしこの異様な空間においてそれは十分に異様だろう。


「君、我々は『何者だ?』


唐巣神父が何かを言おうとした刹那少女の口から、少女とは思えないような野太い声が聞こえてきた。

そしてその瞬間、辺り一帯に一気に膨大な、そして異質な霊波が流れる。

霊波の元は唐巣神父でも、彼の師でもなく、目の前の少女その人。

二人は一気に緊張の度合いを高めていった。


「テメェ……、誰だ……?」


師がいつでも行動に移せるように身構えながら、少女に向けて静かに話し出す。

少女は先ほどと同じように、少女とは思えないような野太い声を発して静かに答えた。


『ふむ…、何者かと問われれば答えるしかないだろうな。
我が名は悪魔バズズ、精神寄生型の悪魔だ。
察するに貴様らは、キリストへ忠誠を誓った連中か?』


少女、いや悪魔バズズはは自らの名前と、特性とを軽く言い放つ。

それを聞いた唐巣神父は思わず当惑してしまった。

除霊の現場において、己の名と特性を言うことは半ば自殺行為に等しい行動だ。

それを参考に、大いに除霊のための対処法がたてられるから。

もっとも、理性ある会話のできる程のレベルの妖怪、悪魔になればそんな事考えるまでも無く分かっているはずだ。

何を考えているのか分からず当惑している唐巣神父に、悪魔は再び話しかける。


『質問に答えようとしないのか?
もう一度だけ聞こう、貴様らはいったい何者なのだ?』


バズズの眼光が鋭く光を帯びると、あたりに先ほど以上の霊力が流れる。

その姿、その霊力に思わずたじろいでしまう二人。

しかし気を取り直し、唐巣神父はそんなことを気にも留めないかのように、バズズに向けて淡々と話し掛けた。



「その通りだ。
私たちはお前が取り付いている者の親御さんと思われる方に以来を頼まれたエクソシストだ。
それでだ、お互いに自己紹介がすんだところでもうちょっと詳しく話し合わないか?
私としてはなるべく穏便に済ませたいんだが。」


『フム…、戯れに貴様らと話すのも一興か。
貴様の戯言にでも付き合ってみるか…。』


「オイ和宏……!!」


それは俺の依頼だぞ、と言いかけた師の二の句を繋げないようにするかのごとく手を前に出す唐巣神父。

この除霊は自分に任せてください、そう言っている顔つきだった。

自分の強さを見せたいのだろう、師は直感的にそのことに気づいたのだろう。

やれやれとため息をつくと、自分は傍観者に徹する、それを代弁するように手をひらひらしながら壁におっかかった。

すみませんと答える代わりに苦笑する唐巣神父。

しかしそんなやり取りも一瞬で終わりにし、顔を緊張させると再び悪魔バズズと対峙した。


「さて、私が聞きたい事はたくさんあるんだが聞いてもらえるかな?
一つ目、お前はいったいどうしてこの少女にとり憑いたのか。
二つ目、この家の異様な気配、状態は全てお前の仕業なのか。
三つ目、何故お前はぺらぺらと己の事を話すのか。」


悪魔バズズを見据え、いや正確には睨みつけながら唐巣神父は話し掛けた。

師は、目をつぶりながら壁に寄りかかり黙って静観している。

少女は、いや少女の体を借りた悪魔は愉快そうにケタケタ笑いながら神父の疑問に答えた。


『フフフ…、ハハハハハ!!楽しいことを聞くなぁ貴様は。
まぁいい、ならば答えてやろうか。
まず一つ目の質問、なぜこの少女を宿主にしているかと言うことだが、簡単に言おう、誰でも良かったのだ。
私はこの女に宿る前に貴様らの同門の奴らに祓われそうになってな、瀕死だったのだよ。
だからこそ貴様らの素性を一度で見ぬけられたわけだが。
貴様らキリストの使いは霊波の質が似通っているからな…。
だがそれは良い、話を戻そうか。
しかし間一髪で逃げてきてな、まぁ連中は私を祓ったと勘違いしたようだが…。
そんな時だ、ひどく精神状態が不安定なこの人間を見つけて、そのまま私はとりついた。
そして回復するまでこの人間に厄介になろうと思っていたんだよ。
まぁ、私が完全に回復する時はつまりこの人間の死とイコールなんだがな。』


唐巣神父は怒った、この悪魔のあまりの行動に、教会の連中のつめの甘さに。

そして同時にこの少女に対しての哀れみすらも感じていた。

罪も無いこの少女が悪魔に理不尽に憑かれたという事を。

しかし悪魔に感情の昂ぶりを察せられてはいけない、それは相手に隙を見せること。

唐巣神父は怒りのはけ口として、ただ拳を力いっぱい握っていた。


『二つ目の質問、これに関してはイエスと答えようか。
私が戯れでこの家を少々自分好みにスタイリングしただけだ。
中々楽しかったぞ、この家の者が泣き叫びながら私を、いやこの人間を止めようとする姿は。
まぁ他にも色々と最近はしているんだがな、フフフ……。』


何を考えているのか、少女は不気味に笑い出した。

唐巣神父はさらに握っているこぶしの力を強める。

しかし悪魔の独白はまだ終わる気配が無い。


『三つ目の質問、なぜ自らの事を話すのかだったな。
答えはな、私にとって貴様らはもはや脅威でもなんでもないからなのだよ。
ハハハ!!何の偶然だか知らんがな、こればかりは貴様らの神に感謝してやろう!!』


「どう言うことだ?」


今まで静観をし続けていた師が静かに、しかし驚きを隠しきれない様子で悪魔に聞き始める。


『フン、先ほど言ったな、この人間にとりつく前に祓われそうになったと。
その後、何故だかはわからんが私は貴様らの術が聞かなくなったのだよ。
依然この人間の体を使い私自身の回復のために“ちょっとしたこと”をした時に分かったのだ。
貴様らの同門を相手にしてな、全く攻撃系統の術が効かなくなっていた。
さすがに結界や緊縛の術はきいたのだが、それではこの人間から私を祓うことはできまい!
ハハハハハハ!!!!』


「貴様ぁ!ふざけるなぁ!!!」


先ほど以上にケタケタと笑う悪魔に、唐巣神父は遂にキレた。

あまりにも人間を軽んじる行為の数々に。

あまりにも自分らを侮蔑するその行為に。

思わず手を開き霊波を溜めようとした、その時だった。


「和宏ぉ!!!!」


師の一声に一瞬体をびくりとさせる唐巣神父。

唐巣神父が後ろを振り向くと、師がこちらにつかつかと歩いてきた。

そして何をするかと思ったらいきなり拳を振り上げ、頭の上に下ろす。

そして黙って唐巣神父を横に払いのけると、づかづかと悪魔のすぐ側にたって口を開いた。


「すまねぇな、このバカがちと暴走しちまってな。
もうお開きにするから最後に一つだけ聞かせてくれや。」


今まで静観を保っていた師の突然の行動に驚く唐巣神父。

と、同時に自分はまだやれるとそう言おうと口を開こうとする。

しかし師は有無を言わさない眼光を自分に対し向けてきたので、唐巣神父はおずおずと引き下がった。


『ほぅ…、貴様はそこにいる若造とは違うようだな。
なかなかどうして挑発に乗らないものだ。
では貴様に敬意を表して最後の質問を聞いてやろうか?』


「そりゃどうも。」


軽口を交えながら会話をする二人。

しかしその空気は軽口を交わすような場ではなく、間違いなく緊迫している。


「それじゃあ最後の質問だ。
和宏は気づかなかったが、俺が読んだ本にこれと似たような空気の描写をしたものがある。
そして、さっきお前が言っていた人間相手にやった“ちょっとしたこと”。
俺なりの予想なんだがな……。
アンタ、生きた人間の魂を“喰った”ろ?」


「なっ!?」


『ほぅ…。そこまで気づくとは……。
やはりお前はそこの若造とは違うな……!』


師の一言に唐巣神父は驚き、悪魔は感嘆の言葉をついた。

そして悪魔に向かって叫び出す。


「貴様ぁ!!!いい加減…「落ち着けって言ってんだろ!!!!」


しかしその叫びすらも師匠の怒号にかき消されてしまった。

唐巣神父はだんだんとイラついてきた、何故師匠はこんなにも余裕なのかと。

イライラしていることが見え見えな愛弟子をおいといて、師は再び悪魔との会話を続ける。


「あの異様な空気は生者の魂を無理やり抜き取った時に起こる突発的な負の感情の放流に似ている。
しかしココには魂なんざどこにも、欠片さえも存在していない。
だが、その感情の放流がココにはたくさん存在している、それも多数な。
そしてお前のその霊力。
瀕死の重傷だったやつがいくらなんでも短期間の間にこれだけ霊力が回復するはずが無い。
そして悪魔が人間にたいして行うちょっとしたこと。
これらを繋ぎ合わせれば答えが出てくる。
つまりアンタは人間の魂を“喰った”んだ、しかも一人や二人じゃなく大勢な。
じゃなきゃアンタはこんなに早く回復しないし、この異様な空気も存在しない。
さらに言うならアンタのその自慢げな姿からして本当に俺らの攻撃は効かなそうだな。
あんたのその態度、どう考えたってハッタリじゃねぇ。
どうだ、あたらずも遠からずだろう?」


そこまで一気に言い切ると師はふぅと一息ついた。

唐巣神父はあまりの事実、あまりの師の洞察力に対しただ呆然とするだけ。

悪魔はそれを聞くと、まるで小さな子供が喜ぶように手を叩いて大笑いした。


『素晴らしい!!貴様は人間とは思えないほどに優秀だ。
あたらずも遠からず?とんでもない、ほぼ全てがあたっているよ。
感服するぞ、貴様のその観察眼には!!
しかしそこまで分かっているのならば理解できているだろう?
私はお前達の力では祓うことは絶対に不可能だと!!』


悪魔は不敵な笑みを加えてニタリと笑った。

その姿は恐ろしく、そして絶対の自信に満ち溢れている。

思わず唐巣神父は師のほうを向いた、きっと策はあるのだ、それを確認するために。

しかし彼の期待はあっさりと裏切られた。


「その通りだ。
今の俺たちにはお前を祓うのは絶対に不可能だろうな。
そこが問題なんだよな……。」


唐巣神父はその一言を聞き、愕然としてしまった。

師は、頭をぽりぽりとかきながら心底苦しそうな顔をしている。


『貴様らのその勇気、洞察力に敬意を評し特別に私の姿を見せてやろう。
見せたところで私には攻撃を加えることは出来ないだろうからな。』


そういうと悪魔は少女の体から霊体を繋げながら姿を見せた。

そして二人に己の姿を見せた後、高笑いをしながら最大級の侮蔑の言葉を二人にかける。


『久しぶりにこの体を見せると疲れるな。
私は少し休むことにしようか…。
まぁせいぜい足掻いてみることだ。
それまでにこの人間が死ななければいいのだがな。
ハハハハハハ!!!!』


それだけ言うと悪魔は姿を消し、同時に少女も体をベッドに身をまかせた。

後に残ったのは、落胆している唐巣神父らと、寝息を立ててベッドで寝ている少女だけ。

唐巣神父はあまりの自分らの無力さに一人落ち込んでいた。

そして師は、誰に言うでもなく沈痛した面持ちでポツリと一言呟く。


「確かバッハのコラールにあったな、神の言葉の一説が。
『試練に耐うる人は幸いなり』ってな。
神よ、俺たちにはこの試練はあまりにも辛すぎます……。」












                       第五楽章へ続く……

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