とらぶら〜ず・くろっしんぐ(9)
投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(04/ 1/ 9)
とらぶら〜ず・くろっしんぐ ──その9──
「しかし…」
「思ったより深いわね」
小さなマグライトの灯を頼りに歩き出して見たものの、10分以上経ってもまだ先は闇の中。
何度か、始発点となった落されてきた場所の様に、広い空間になった所が出て来たものの、だからと言って枝分かれする訳でもなく、不自然な程の一本道を彼等は歩き続けていた。
「またか」
すぐにまた開けてきた空間に、溜め息が出る。
「やっぱりおかしいわ、ここ。
私の感覚も、鈍くなってる気がするし…」
首を振ってタマモは不審げに周囲へと目を向けた。
「…あれ?」
「どうした、紫穂ちゃん?」
とことこっと歩き出した彼女に、視線を向ければぼんやりと明るくなった場所。
光源は……天井。
「まさか…」
揃って見あげれば、ふわふわと漂う浮遊霊の向こうにぽっかりと開いた穴。
「戻ってきたってコト?」
「…みたいだな」
再び漏れる溜め息。
「ぐるっと一周してたって事ですか?」
紫穂の問い掛けに、二人は揃って頷いた。
「だけど…」
言い淀むのも当然だ。
彼等は……少なくとも彼女には、真っ直ぐとしか思えない道を、延々と歩き続けて来たのだ。
「歪んでるんだわ」
「へっ? 何が?」
ぼそりと呟くタマモの声に、横島は思わず聞き返した。
「私にすら気付かせない程の広範囲で、空間が歪んでる。
そう考えれば、あの穴の向こうに元居た地下室が見えないのも頷けるもの」
「なんだよ、そりゃ… って、あれか? 天狗の森みたいなモンか」
かつて目の前の妖狐の少女の為に、薬を取りに行った森。 人界と魔界との狭間の、異空間と言っていい場所。
そこを思い出したのだ。
「ちょっと違うわね」
何がと言わんばかりの横島に、続けて説明する。
「聞いた限りじゃ、そこは界と界の間に自然に出来た場所でしょ?
でもここは、明らかに何かの意図をもって歪められてる」
「どう言う事……ですか?」
判らないながらも訊いてくる少女に、彼女は首を振った。
「ちょっと確認してみるわ」
そう言うなり、両の腕を翼に変える。
と、すぐにふわりと飛び上がった。 目指すは天井の穴。
霊体を問題なく躱して進んだ彼女の身体は、しかし何かに突き当たるようにして止まると、そのまま落ちてきた。
「っとと」
あわてて、横島が受け止める。
「っつぅぅぅ…」
彼の腕の中、タマモは額を押さえて呻き声を上げた。
「おい、どうしたんだよ?」
尋ねる声に、そちらへ振り向く。
至近距離にある心配そうな顔……実質お姫様抱っこされているのだ当然である……に、タマモの顔が赤らんだ。
「あ、ありがと… その、下ろして…」
「わぁ、セクハラだぁ」
「しないっつぅのっ!」
思わぬ紫穂のツッコミに、タマモを抱かかえたまま反射的に叫ぶ。
「いいから、早く」
「あ、ああわりぃ…
んで、どうしたんだ? いきなり何かに当ったみたいだったけど」
彼女を下ろして、横島はもう一度尋ねた。
「歪みに当ったのよ」
端的な答が返される。
彼女は、向こうからは入って来れるがこちらからは出られない、そんな非可逆的に歪められた空間そのものに追突したのだ。
「えっ?」
タマモの答に、紫穂の口から疑問符が漏れる。
「とにかく、あそこからは出られないのだけは確かってコトね」
「そっか…」
こちらは想像ついてただけに、ただがくりと肩を落とす。
が、不安そうな表情の紫穂に気付いて、無理矢理笑みを作ってぽんぽんと頭を撫でる。
「大丈夫だって。
この程度の目になら、俺は何回も遭ってるんだ」
「自慢になる事じゃないけどね」
横から入った突っ込みに、すぐ情けない顔になったが。
「ま、でも、これで脱出する方法がゼロになったって訳じゃなし、まだ何とでも遣りようは有るわ」
タマモもまた、紫穂を気遣って微笑んだ。
一時とは言え繋がった事で、仲間意識は強くなっていたからだろう。 …まぁ、紫穂が年端も行かぬ仔だった事も大きいだろうけど。
ともあれ、普段、事務所外の人間には壁を作ってる彼女らしからぬそんな様子に、横島はこっそりと微笑んだ。
「じゃあ、取り敢えずここを調べる事から始めるか」
「そうね。 定期的に広間が出て来るのが、あまりにあからさまだし」
彼の言葉に頷く。
嗅覚を研ぎ澄まして虱潰しに調べるしか、今は手が無い事だし。
「えっと、私は…?」
おずおず切り出す紫穂の声に、二人の視線が一瞬合わされる。
この少女の安全と、探索方式の違い。 それを考えれば答は一つ。
横島は、軽くタマモへ頷くと、紫穂へ顔を向けた。
「じゃ、俺と見た感じ不自然なトコを、一緒に探してくれるか?」
「はい。 …ありがとうございます」
紫穂とて、自身が足手纏いであると判っては居る。 だけど、だからこそ何かしたいと言う気持ちも起きるのだ。
それが二人にも判るから。
だから横島は頼むと言うカタチを取り、それに気付いた彼女は感謝したのだ。 こう言った所は、歳不相応な少女だった。
「私はこっちを、ヨコシマ達はそっち。 いいわね?」
「へいへい」
二手に別れて、それぞれ壁沿いを丹念に調べる。 大きいと言うほどの空間ではない。 そう然して時間の掛かるモノとは思えなかった。
「…ごめんなさい」
「ん?」
一緒に壁を調べながらポツリと洩らす声に、顔だけそちらへと向ける。。
「私、役に立てないし」
俯く頭を、横島は強めに撫でる。
「気に病んでばっかだと老けちまうぞ、まだ小さいのに」
苦笑混じりの言葉に、子供扱いされた様でムッとするものの、先に触れた記憶が自分は確かに子供だと納得させる。
「あー、なんだ。
居る事が力になるって事もあるし、今回のトコはそれでどうかな?」
頬を掻き々々の、だけど真剣に気遣う言葉に、紫穂は肩から力を抜いた。 横島が誰のどんなトコロを思い描きながら言ってるのか、触れている手を通じてそれが伝わってきた事もある。
そもそも、この手の悩みは以前から持っていたのだ。
荒事になると、彼女は薫や葵の足を引っ張りかねない。 実際、ハイジャック事件の時には、水元までも危険に晒す結果になっている。
偏見からのイジメも、3人の中で紫穂に集中し易い。 尤も厭われる力で有りながら、直接防衛力を持たないからだ。
「ちょっと、ヨコシマっ」
と、背後から声が掛かった。
二人が呼ばれるままにそこへ行けば、壁に真っ直ぐに走る亀裂。
「これが何だって?」
「そこよ」
タマモの指差す先には、そこだけ不自然に平らで滑らかな岩肌に、溶け込む様に描かれた印。 『金』だろうか、模式化された文字を中心に囲む五芒星と、更に外側に書き込まれた呪言。
壁に出来たひび割れは、ソレを掠める様に走っていた。
「自然には出来ないよな、こんなの…」
「当たり前でしょ」
基本知識に多分に欠けるとは言え、それが何に使われているかなど、あえて説明されるまでもなく横島にだって判る。
魔法陣を始めとした中と外とを切り分ける呪法には、頻繁に出て来る図案なのだ、五芒星とは。
思えば、ここを含め、広間になっていたのは5ヶ所。 それも等間隔だったように思う。
「何時出来たヒビか判らないけど、コレが少しずつ印を侵食してる。
私達が入って来れたのは、その所為ね」
難しい顔でタマモはそう言った。
「だったら、コイツを壊したら…」
「ナニが起きるか判んないから、止めといた方がいいわ」
言われて横島も気が付いた。
こんな馬鹿げた物を必要とする理由が、間違いなく有る筈だって事に。 そして、それがロクでもないモノだろう事にも。
だが、一人、そこまでは判らない者が居た。
「何でですか…?」
その声にタマモは振り向いて、説明すべきか逡巡する。
が、結局、すぐに口を開いた。
「今の状況と、コレ、そして同じ様な物が後4つ有るだろう事を考えると、私達が居るのは間違いなく人為的に作られた結界の中。 で、こんな完全に存在を覆い隠しちゃう様なモノを張ってるからには、ナニカとんでもなくヤバイのが封印されてる可能性があるわ。
ソレが閉じ込めとけば消えてしまうモノだったら、別に問題は無いけど…
もし、問題を先送りにしたってだけのモノだったら、コレを壊せば私達がソレを解き放つ事になるわ」
言葉を噛み砕いて、紫穂の表情が沈痛なモノになる。
「それって、私達が出る為には、原子炉みたいな危険な物を壊さなきゃならない、って事ですよね?」
「ま、そんなモンかな」
取り立てて大した事じゃないとばかりに、横島は答えた。
「ったってな。 それを停めるなり、避難路を探るなりすりゃいいんだから」
そう、ひらひらと手を振りながら。
無論、彼は確信してる。 恐らくは一筋縄では行かないだろう事を。
だけど、だからと言って諦めたところで、どうにかなる訳ではないのだ。
それに…
時間が経てば、確実に来てくれる筈なのだ、あの人が。 横島以上に、反則で物事を如何にかしてしまう、彼等の雇い主が。
それまでにやれる事をやっておかないと、タマモはともかく彼は折檻されてしまいかねないけど。
想像して身震いをした横島の横で、考え込んでいたタマモが口を開いた。
「一応、他のトコロも見て、確認しておいた方がいいわね。
この亀裂からも風は流れ出てるけど、この通路全体に流れてる量を考えると他にも有りそうだし」
「だな。
それが通れるほど大きけりゃ、そこから脱出すりゃいいんだし」
ぽんぽんと紫穂の頭を撫でて、横島もタマモに応じた。
【続く】
────────────────────
……ぽすとすくりぷつ……
横島、撫で殺し状態(笑)
身長差を考えると、丁度手の行き易い高さだと思うので、私的にはアリだと思うのだけど。 もうちょいと歳がいってたら、セクハラになっちゃうかも知んないなぁ(苦笑) 薫ならセクハラだって言い切るか(^^;
なんか余計な事を考えてしまって、巧く纏まらないわ、全体として話が伸びそうだわ、もうどうしたら良いやらで正月休みが終わってしまった(泣) …ので、いつもと同じくらいのサイズに(爆)
春までに終わらせないと、始まっちゃう原作と大いに矛盾が出かねないのにぃ…(T_T)
いえ、連載開始自体は、それはそれは楽しみなのだけど。 設定、かなり補完して書いてるから(笑)
それはさておき、去年コメ下さったのにメアド判らなかった方へは、お年賀出せませんでした。 ごめんなさい(__)
今までの
コメント:
- 前回、賛成と書きながらチェックを忘れたおマヌでございます。
あまりにも当然に、すでに渦中の面倒事がさらにやっかいになりそうな気配がビシバシと漂ってますなぁ。
今回のポイントは『お姫様抱っこ』でしょう、やっぱし。
…けっして、「うえでぃんぐ抱っこまで書いてくれんかのぅ」なんて思ったりしてませんよ? 少ししか。
次回も楽しみにしております。 (YAM)
- 横島なですぎっ!この場にシロが居たら「せんせぃのぶぁか〜(泣)」とか
言って泣いて走っていきそうなくらい(笑)
逢川さんの描かれる横島君は包容力があって男前ですねぇ。紫穂ちゃんが
落ちるのも時間の問題か?(笑)
なにやら、やばげな敵(?)も出てきそうですし先が楽しみです。
DwFや異聞録もあって大変でしょうが今年も御活躍を期待しています。 (Maximぺ)
- 逢川さん明けましておめでとうございます。今年も頑張ってタマモファンを増やしていきましょう!!
横島はいろんな所で美女、美少女の頭をなでております。羨ましい限りですね(爆)
なにか起こりそうな予感が感じられて次が楽しみです!
では今年も頑張って下さい。 (誠)
- お姫様だっこにあたまなでなで・・・・もの凄く自然にやっていますね〜横島君
どうやら結界の中に閉じこめられちゃったようですけど、どのようにして脱出するのかが楽しみです。
そうして結界にナニが封じ込められているのかも(^^ (黒川)
- コメどうもです(__)
YAMさん
どんどん話を大きくしてどうする、とか思わないでもないんですが(苦笑) 漠然と考えていた事を詰めて行ったら、大きくなってしまって(^^;
お姫様抱っこは、漢の浪漫ですしぃ(笑)
Maximぺさん
シロなら、拙者も拙者もと張り付くパターンもアリかと(笑)
なんかねぇ、自分より小さな娘しか居ないから、横島がいつもの動きしてくれなくて(^^; 元より小さな子供には優しいヤツだとは思いますが。 (逢川 桐至)
- 誠さん
現実的には、撫でるのって嫌がられると思いますが(苦笑) 紫穂に関しては、スキンシップが無かったと考えているんで喜ぶんじゃないかなぁと。 能力を知って尚、我から触れて来る人って居なかったでしょうし。
黒川
自然なのは、基本的に(セクハラ対象としての)女性だと捉えていないから(爆) 意識してないんですよ、横島の方は(^^;
単に自然窟から脱出しましただと、横島達じゃ簡単過ぎてお話にならないだけ、だったりもします(苦笑) (逢川 桐至)
- 遅レス失礼いたします。
赤くなっているタマモが可愛いですね。
これから何かヤバ気なことが起こるんですかね。楽しみにしています。
あ、ひとつだけ。「仔」は確かに「人の子」と書きますが、実は動物の子供を表すのに使う字です。 (U. Woodfield)
前のコメ返しで、黒川さんに敬称入れ忘れのミスが(T_T)
黒川さん、すいませんでした(__)
U. Woodfieldさん
一つ、早い内から考えてた書いときたいネタがありまして。 それを終えるまでは、外に出してあげないのです(笑)
『仔』なんですが、これ、わざとです(^^; タマモの認識で『庇護の要る幼いモノ』を示すのに、敢えて使ったんです。 (逢川 桐至)
- なるほど、タマモの認識ではああなるわけですね。差し出口だったみたいで失礼しました。 (U. Woodfield)
- いえ、本来の用法・意味とはズレル使い方であったのは事実ですし、あまり気になされずに(^^;
ここでは、割と取り返しつかない誤字やらアップミスやらを多々やらかしてますし、気になったりおかしいなと思った事があれば言って頂けると、私としても助かります(__) (逢川 桐至)
- かなりの遅レスですね(汗)ここまでまとめて読ませていただきました〜確かに頭なでなでをシロにしてあげたら喜びそうですね♪ 薫や葵の活躍の場がないのはちょっと残念ですが、その分紫穂が活躍しているから密度は増していると思います。 上にいる美神たちの救援も待ち遠しい所ですが、封印解除は何らかの形で解かれそうな気がしてなりません。 結界に封じられているものの正体も気になりますしね〜 (ヴァージニア)
- ヴァージニアさん
こちらも遅くなりました(__) ちょい病院通いしてまして(泣)
原作で大きい扱いだった薫はともかく、葵は使いたかった気もするんですが、タイムリミットが迫っているので中々難しくて… 紫穂は贔屓(笑)
封印は、もう綻んでるんで、後はそっちへ雪崩れるだけ。 …言うのは簡単なんだけどなぁ、余力がなくって(^^; (逢川 桐至)
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