ザ・グレート・展開予測ショー

コタツ de ふ・し・だ・ら・100%! / おまけ


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/12/31)


 ベスパは酔いも一気に吹っ飛びそうだった。
 自分の目の前で繰り広げられる、どんな新婚もかないそうにない仲睦まじい光景を見せ付けられた時から、酒の味を忘れてしまった。
 これは夢だ。夢に違いない。晩酌のし過ぎで意識が朦朧としてしまったようだ。
 万事を酒の責任として押し付けつつも、視線をそらす事が出来なかった。
 やはり飲ませるべきではなかったかもしれない。ヨコシマはともかく、姉のルシオラには。


 「あははっ、ヨコシマかわいい! ほーら、笑って笑ってー♪」

 「い、いひゃいっふーの! って、あー、もう、ほっぺた引っ張るなってばぁ!」

 「ごめんごめん! だってぇ、ヨコシマのほっぺた触ると気持ちいいんだもの♪」

 「あ、あのなー・・・・・・って、お返しだっ!」

 「きゃー♪」


 酒が苦い。しみじみと苦かった。
 まろやかな辛口のはずなのに、天下の銘酒のはずなのに。こんなにまずい酒だったっけか、とベスパは懊悩していた。
 残り少ない清酒『女侠一代』であるが、まだ残り一本がある。焼酎『黒狗』だ。
 酒屋のおばちゃん曰く、これを飲めないヤツぁ酒に頭を下げろ、とまで言われた名品中の名品である。

 酒に頼るのはどうもプライドが許さないが、つくづく今夜は現実が厳しい事を思い知らされた。
 というより、むしろ甘すぎる。虫歯のレベルなんて屁でもないのだ。
 精神を蝕む甘さは心臓に悪い。見たくも無い映画を強制的に見せられる事は間々あるかも知れないが、恋愛物はかなりキツイ。
 淡々とグラスの中身を干しつつ、ベスパは自問自答を繰り返していた。


 「もう、ヨコシマったら。私のお願いがきけないっていうのぉ!?」

 「で、できるか、んなことっ!」


 不意にベスパは、一つの結論を導き出した。
 何故今まで気付かなかったんだろう、と我が身の不手際をちょっと詰りつつも、その答えは脳裏に深く染み透っていったのである。


 「こいつら、アタシたちの存在なんか、完全無欠に頭に無いな」


 すやすやと寝息を立てる年少組とおキヌを、ベスパは横目で眺めやった。
 自分もさっさと眠りの園へと旅立てばよかった、と後悔ひとしきり途切れぬまま、新たなる1杯をグラスに注ぐのだった。



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               コタツ de ふ・し・だ・ら 100%! / おまけ

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 甘々のヒット・パレードは、ベスパが一つの結論を得てから後、30分間弱の間に渡って披露された。
 時刻は夜の11時を数えており、4時間少々を横島のアパートに滞在していた事になる。
 だが、ベスパは今、我が身を褒め称えたくなるほどの達成感が、身と心を満たしていた。
 こうして玄関口に立ち、完全に無事とは言えないが、近年まれに見る、軍事訓練すら及ばない苦行を耐え忍んだのである。

 気を抜いたら、涙が零れ落ちそうである。
 耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、ではないが、艱難辛苦の中でも最悪の部類であった事は間違いない。
 肩には細長い革製の袋を引っ掛け、中には残った焼酎『黒狗』が収められている。
 結局封を開けぬままであったが、ベスパはこれでよかったと思う。
 せっかくの酒を、環境のせいで味わい損ねたとあっては、お店のおばちゃんに申し訳が立たない。


 「ほら、シャキッとしな、パピリオ。美神んとこに帰るよ」

 「む〜、まだ眠いでちゅよぉ。ヨコシマの家に泊まったっていいじゃないでちゅかぁ」

 「バカ言ってんじゃないの。あんな大人数で泊まれるもんかい。第一、家主のヨコシマはどこで寝るのさ?」

 「わたちといっしょ♪」

 「ルシオラとタイマンはりたきゃ、そうするんだね」


 アンタもか、末妹よ。何度目になるかもはや忘れてしまったが、ベスパは頬がこけそうな気分に襲われた。
 冗談半分の言にせよ、姉妹の間で一人の男を取り合うなんて想像はしたくない。というか、男が男だ。
 性根が腐っているわけではないが、良くも悪くも規格外すぎる。よくもまぁ人類の範疇に納まっていられるものだ。
 はっきり言えばとんでもないヤツ。いや、逆を言えば人類に生まれてよかったのかもしれない。

 あんなヤツが神族や魔族にいたら、と考えるとぞっとする。
 女絡みで緊張緩和(デタント)推進とか言い出して、ある意味、緩和推進の最も強硬派になりかねない男だ。
 目的は神族、魔族、妖怪、人類を問わず、綺麗なねーちゃんたちを手に入れるため、とか。
 そこまで考えたベスパは、急に襲ってきた恐怖による身震いを禁じえなかった。
 何者に感謝して良いのかはわからなかったが、とりあえずこれで世界は平和だ、と良くわからない結論に落ち着いた。


 「シロ、タマモ。寒くないか? 何ともないならこのままで行くけど」

 「・・・・・・く〜ん」

 「・・・・・・きゅ〜ん」


 ベスパの視線の先では、横島がやや大きめのリュックを用意していた。
 よく見ると紐で口を縛るタイプで、口からは動物形態に変じたシロとタマモが顔を覗かせている。
 動物に転じても酔いの効果は変化するものではないようで、リュックの中に敷き詰められたタオルを布団代わりにして、半分寝ていた。
 酔い覚ましも兼ねて、頭部を外に出しているのだが、鼾は変わらず二人分、もとい二匹分が聞こえてきていた。

 一見して、動物のぬいぐるみが二匹分入ったリュックを背負っているようにしか見えないので、背負う分には大丈夫であろう。
 ルシオラが背負う事になっており、横島はおキヌを背負って行く予定になっていた。
 一方、ベスパは既にパピリオを背負う事になっている。


 「わりぃな、ルシオラ」

 「いいわよ。気にしないで、ヨコシマ。シロもタマモも、私の友達だから」

 「ううう・・・・・・ええ話や」

 「バカね。こんな事くらいで♪」


 お願いですから、もうそのへんで勘弁してください。
 表情を変えぬまま、ベスパは真剣に念じた。帰り間際だというのに、最後まで甘々の光景を見せ付けられては命に関わる。


 「そろそろ行くよ。ルシオラ、ヨコシマ」

 「あ、いいわよ。ベスパ」

 「おっしゃ。じゃ、行こうか」


 顔を見合わせて微笑む二人を見つめ、ベスパは顔で笑って心で泣いた。
 これがいわゆる『らぶらぶ』ってヤツなんだねぇ。最強だよ、まったく。
 背中で再び寝息を立て始めたパピリオをしっかりと抱えながら、ベスパは少し冷え込んだ夜の表へと足を踏み出した。
 やれやれ、やっと終わったんだ、という安堵の溜息を吐き出しながら。

 パピリオを背負ったベスパ、おキヌを背負った横島、シロとタマモが入ったリュックを背負ったルシオラという順で、アパートを出た。
 階段を注意して降り、一回の地面へと辿り付いた途端、ベスパはまたしても深呼吸を一つ深く行なった。
 今更ながらに思う。終わってよかった、と。少なくとも、いやでも目にする機会が減っただけまだましである。
 今夜のことは多分ずっと忘れないだろう。当分、甘いものは食えそうに無いが。

 肺の中の空気を全部入れ替えようとするかのように、深々と呼吸していたベスパである。
 だが、数秒後には緊急停止する羽目になってしまった。突然、後ろから声をかけられたのである。


 「何やってんのよ、アンタたち?」

 「あ、美神さん!」

 「あら、今晩は、美神さん」

 「よっ、美神令子。・・・って、そっちこそ何やってんだよ、こんな時間に。アタシたちはこれから帰るとこだよ。ヨコシマが付き添いで」


 声の主は美神令子だった。
 冬だというのに相変わらずのボディコン・スタイルだが、外出用のロング・コートを羽織っているのが防寒対策なのだろう。
 手にはかなり大きめの紙袋を二つほど下げている。ガラスが触れ合うような音がするところから見ると、中身は酒瓶のように思われた。


 「私も今帰りの途中。食事帰りに事務所経由で飲みに行って、で、今ここにいるって訳よ」

 「あ、おキヌちゃんたちを迎えに来たんスか?」

 「そのつもりだったけどね」


 美神の口調こそ普通だが、実際のところはかなり飲んでいるように、横島には思われた。
 それにしても半端ではない酒の本数である。全て箱入りで、よく持ったまま平然と歩けるものだ。
 タクシーで来たのだろう。そうでもない限り、面倒くさがりの彼女の事だ。いきなり電話してきて荷物持ちをやれなどと言いかねない。


 「うう、冷え込むわね。それはそうと、横島クン」

 「はい?」

 「アンタの家にコタツあったわよね?」


 唐突な言い分に横島だけでなく、ベスパ、ルシオラの両人も軽く眼を見開いた。
 美神の表情は先程から一向に変化が無い。淡々と言いたい事だけを言っている風情である。


 「寒いからそこで当たらせなさいよ、横島クン。それから、ベスパ。いいお酒持って来てあげたわよ?」

 「マ、マジっスか!?」

 「ホントだろうなっ!?」

 「ち、ちょっと、二人ともっ!」


 目の色を変えて美神に詰め寄る二人である。ルシオラにしてみれば今から帰ろうという時だったので、急激な場面転換に驚いていた。
 一同を尻目に、美神はさっさと階段を上り始めた。おキヌを背負ったままの横島が慌てて美神に声を投げかけた。


 「み、美神さん! ね、寝てる皆はどうすんスか?」

 「部屋を暖かくしておけば大丈夫でしょ? さっさと鍵開けなさいよ」

 「は、はいっ!」


 おキヌの重みなど気にもならないらしく、横島は瞬時に階段を駆け上がっていった。
 彼女を背負ったまま、器用にポケットから鍵を取り出した横島は、美神へと手渡す。
 美神は酒瓶の触れ合う音を立てながら、部屋の中へと入っていった。横島もおキヌを気遣いつつゆっくりと部屋へと戻っていった。
 ルシオラとベスパは少々困惑気味でその場に立ち尽くしたままであったが、互いに顔を見合わせると、ふと笑いがこみ上げてきた。


 「なんだかんだ言っても、美神さんも結構寂しがり屋なのね」

 「意外といえば意外だが・・・・・・。それはそうと戻ろうか、ルシオラ?」

 「うん。そうね、ベスパ。いつまでも寒い中にいたんじゃ、彼女たちがイヤだろうし」


 ベスパの背中で眠るパピリオと、ルシオラが背負ったリュックの中で眠るシロとタマモ。
 彼女たちを起こさないようにそっと来た道を戻る姉妹であった。


 「それにしてもアンタも、人間界のお酒にすっかりのめり込んじゃったわね」

 「ルシオラほどじゃないよ。姉さんだって、すっかりたるみきっちゃってさ。これもコタツのせいなのかね」

 「た、たるんでなんかいないわよ、失礼ね! 身長、体重、スリー・サイズ。どれをとっても変化はありません!」

 「・・・・・・姉さん。アタシゃ、精神論の話をしてるんだけど?」

 「え!? あ、そ、そうなの? あははは! なーんだ、もう、ビックリさせないでよぉ♪」


 ベスパはすっかり忘れていた。
 そして、美神の出現があったとはいえ、一時でも、あの恐るべき甘々の雰囲気を失念していた自分を、激しく責めそうになった。
 階段を上っていくルシオラの後姿を見送りつつ、ベスパは夜空を見上げた。
 美しい星空だった。冷たく澄み切った空気が夜空を澄み渡らせ、星々の瞬きをより一層輝かせている。

 気持ちよく眠っているパピリオとは裏腹に、ベスパは覚悟を決めようとしていた。
 とうとう舞い戻ってきてしまった。さっきの今だというのに。
 また、あの甘々な空気が満ち始めようとしている、一種の戦場へ。
 第3者から見れば滑稽ではあるが、当事者には悲壮極まりない覚悟を胸に秘め、ベスパは階段の第一歩を踏み出した。


 ――――絶対に生き残ってみせる。そう、アタシは、絶対に。


 目尻に微かに煌くのは涙であったか、それは当のベスパ本人にもわからなかったのかもしれない。
 だが、確かにこれだけははっきりしていた。
 ルシオラは、昔のルシオラじゃない。ヨコシマも、昔のヨコシマじゃない。
 アシュタロスですら生き残れるかどうかわからぬ戦場へと、ベスパは再び踏み込もうとしていたのである。

 さぁ、行こう。
 彼女は部屋へと向かっていった。後ろを振り返ることなく。
 薄桃色の空気漂う戦場へと向かって。



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 後日、ベスパから事の次第を聞いたパピリオは、一言、こうのたまったそうである。


 「ベスパちゃんってば、アホでちゅか?」










                         おしまい

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