ザ・グレート・展開予測ショー

コタツ de ふ・し・だ・ら・100%! / 下


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/12/31)


 「うふふっ。ねぇ、横島? ちゃんと答えなさいよ。見つめあって・・・・・・何を、していた・の・か・なっ♪」

 「うっふっふー♪ さー、ちゃんと答えるでちゅよ? 答えないときには・・・・・・お・し・お・き、たーいむっ! でちゅ♪」


 タマモ、パピリオとしては、どうしても場をかき乱さずにはいられないらしい。
 年齢不相応とは知りつつも『みわくのれでぃー』を気取っているようだが、横島としては悲涙モノである。
 野菜の入った大皿を抱える少年に、媚態を見せつける少女と幼女の姿は、誰がどう大目に見ても首を傾げたくなる類の光景であった。
 そんな客観的な視点なぞ無い少年・横島は、ルシオラとシロの咎めるような視線を耐え忍んでいた。


 「私には正直に答えてくれたって良いでしょ? 今ならお仕置きも痛いほどじゃないから、拙速を尊んだ方が良くてよ?」

 「先生! 拙者は今夜こそ覚悟を決めたでござる! 事と次第によっては、先生を討って拙者も追い腹を・・・・・・ううううっ!!」

 「お、お前ら、頭は大丈夫か!?・・・・・・って、なんもしとらんわいっ! なんで手伝いしとっただけで尋問されにゃアカンのじゃー!」


 どう考えてもまともじゃない。一旦生じた騒動の鎮静化には、横島としても少なからざる労力を発揮する羽目に陥ってしまった。
 おキヌは戦力外である。というか、何処となく嬉しげな雰囲気に浸っているので、それが余計に皆を騒ぎ立たせる一因でもあった。
 が、救い手は思わぬ所からやって来た。観覧のみに徹していたはずのベスパの一声である。
 正直以外であったが、姉と妹を見やる視線が妙にくたびれているように、横島には思えたものであった。
 全体の半分ほど目を通した雑誌をテーブル上に放り、軽く机を叩いて皆の注意を促した彼女は、開口一番に告げた。


 「これ以上騒いでると、夕飯食いっぱぐれるよ?」


 真実を的確に貫いた彼女の意見は、5分ほどの討論の後に満場一致で採択された。
 ただし食後に、横島とおキヌによる弁明を行なう、という当人達にとっては冤罪扱いも甚だしい猶予付きではあったが。
 とにかく空腹を満たせば変な意見も忘れるだろう、と、希望的観測の元に、おキヌと横島は食事の準備に再度取り掛かった。
 準備といっても、鍋の中では既に投じられた具が食欲をそそる香りを放ち出していたので、お代わりの材料を用意するだけだった。
 具が煮える音と、様々な野菜、肉の匂いが室内を漂い始めたとき、年少組は歓喜の声を上げ、ルシオラとベスパも顔を綻ばせた。


 「はーい、お待たせしました。出来ましたよー」

 「おーい、シロ、タマモ。テーブルの上をちょっと片してくれー」

 「はいでござる、先生」

 「うわー、いい匂い。おキヌちゃーん、お揚げ入ってる?」

 「野菜も食べるんでちゅよ、二人とも」

 「お前もだろ、パピリオ。・・・・・・って、これがすき焼きかぁ。魔界じゃこんなの見た事ないねぇ。人間の食文化は大したモンだよ」

 「へぇー、すごいわね。肉と野菜の配分を上手く考えて、尚且つ栄養バランスも考慮されているのね。これは興味深い調理法だわ」


 先程までの嫉妬気分はどこへやら、急に栄養学的な発言をこぼすルシオラである。
 その変わり身の早さに、パピリオ、ベスパ、横島の3人は少々あきれ返ったものだが、特に横島としてはありがたい限りであった。
 この調子で、先程の訳のわからない変な騒動を忘れてくれればなによりだ。今は人類の至宝たるコタツとすき焼きを存分に楽しもう。
 現実逃避とも言える結論を無理やりに脳内に展開した横島は、己が騒動の原因である事をついぞ念頭に上らせる事は無かった。



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               コタツ de ふ・し・だ・ら 100%! / 下

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 「おぉー、いい匂いでちゅねぇ。さすがはおキヌちゃんでちゅ」

 「だから拙者が言ったでござろう。おキヌどののご飯はなんでも美味しいのでござるからな」

 「ふふっ、ありがと。パピリオちゃん、シロちゃん」


 料理を作った者としては、小さい子達が誉めてくれた事はとても嬉しい。
 先程の騒動はともかく、やっぱり美味しいものを嫌いな子はいないんだなぁ、と、考えるおキヌである。
 不意になんとなく楽しくなってしまった。うん、やっぱり、みんなで一緒に食べるのは楽しいことだよね。
 タマモとパピリオのグラスにオレンジ・ジュースを注ぎながら、おキヌは今夜の選択がとても良い結果を生んだ事に、一人喜んでいた。


 「うーん、こりゃあすごいな。これっておキヌちゃんのオリジナルなのかい?」

 「パッと見はかなり、味付けが濃そうね。体力の補給等を考慮した結果の味付けなのかしら?」

 「ち、違うんです、ベスパさん、ルシオラさん。昔からある料理で・・・・・・えーと、一般家庭の料理なんです」


 興味津々と表情に書いてある魔族姉妹の問いに、おキヌは少々気圧される体であったが、無難な返答を返した。
 食事の準備は済んだ。飲み物も皆のグラスに満たされている。箸も付け合せの卵も用意できている。
 コタツの配置も7人という人数のため、必然的にコタツの足と足の間には2人の人間が入り込む事になる。
 シロとタマモは順当な組み合わせといえるし、ベスパ、パピリオというペアも納得できるものであった。

 問題は残った3人であった。横島、おキヌ、ルシオラの面子である。
 ルシオラとしては絶対に自分の隣に横島を配置すべく、とてもさり気なくとは言えないが、横島のシャツの裾を掴んでいる。
 おキヌもおキヌで負けたくないという意思表示なのか、横島に手伝ってくれるように頼み込んでいる。
 肉に目が行って涎を口中に溜めているシロ以外の面々は、また始まった、と呆れつつ、取り皿を手元に置き始めた。


 「ヨコシマ、こっちが空いてるわよ?」

 「横島さん、お手伝いしてくれますよね?」

 「・・・・・・な、なんか、よーわからんけど。俺はおキヌちゃん手伝うから、ルシオラはゆっくり食っててくれよ。な?」


 第一回戦、と数えるべきかどうかは不明だが、臨席の確保はおキヌがあっさりと勝利を得た。
 便所に向かう横島を尻目に、おキヌは内心で歓喜の声をあげ、小さくガッツポーズを繰り出していた。
 片や、ルシオラはへこんでいた。がっくりと肩を落とす彼女をパピリオがよしよしと慰めている始末である。
 シロは気付かぬままに肉を凝視し、タマモはほくほく顔で揚げの束を箸で弄っている。双方とも全く周囲を気にしていない。

 へこむ長姉を目尻に映しつつ、ベスパは酒の用意を始めた。今夜は飲んだほうが良いと判断したらしい。
 清酒『女侠一代』と焼酎『黒狗』とラベルには記されている。どちらともまろやかな辛口で、通好みの一品と謳われている品であった。
 彼女がどこで酒の目利きを得たのかは不明だが、酒屋の婆さんとは互いに酒論議に花を咲かせる事があるらしかった。
 もっとも情報の出所は、横島がシロとの散歩途中に、酒屋の玄関先で談笑するベスパを見かけたことによる調査報告であったが。


 「ヨコシマ、お前も飲るか?」

 「・・・・・・ベスパ。おまえ、ますます酒好きになってきてないか?」

 「アンタといると、飲まなきゃやってらんないんだよ、実際」

 「ど、どーゆー意味だ!?」


 不貞腐れた表情で、自分のグラスに透明な液体を注ぐベスパ。
 わけのわからぬ横島を尻目に、彼のグラスにも半分ほど酒を注ぐと、重々しい音を立てて畳の上に置いた。
 驚く横島だったが、女性陣には見慣れた光景らしく、和気あいあいと談笑している。
 事務所ではどんな飲み会が展開されているんだ? と、ふと疑問が脳裏に浮かんだ横島であったが、ベスパの視線に意識が集中した。


 「んじゃ、世界一の煩悩少年に乾杯!」

 「か、乾杯!・・・・・・って、なんじゃ、そりゃ!」


 華やかな笑い声が上がり、ベスパに続くように少女達から乾杯の声があがる。
 夕食が始まった。



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 食事が始まった時間から数えると、約3時間と少しが経過していた。
 持って来た食材を全部平らげる、という恐るべき健啖振りを発揮した面々は、まったりとした雰囲気の中にその身を置いていた。
 シロ、タマモ、パピリオの年少組は、ベスパから注いでもらったグラス半分の酒を飲んだ時点で、あっけなく眠りの園へと旅立った。
 3人とも頬を林檎の様に紅く染め、気持ち良さそうにコタツで寝ている。横になった彼女たち一人一人に、横島は毛布をかけて回った。

 おキヌは少々ふらつきながらも、台所まで食器を運ぶ事は出来たが、テーブルを拭いている時点で、突っ伏して眠ってしまった。
 ついついコタツに足を突っ込んでしまったのが敗因であった。ただでさえ酒精で血流がヒートアップしていた所であったから。
 グラス1杯半が限界であったおキヌと比べ、横島は顔を赤らめつつもなんとか意識は保っていたし、身体の動きにも影響は無かった。
 確かグラス3杯を空けた記憶があるが、食事がメインと考え、胃袋に掻き込んでいたので、さほど酔いが回る余地がなかったらしい。


 「や、やっと、終わった・・・・・・」


 ふらつく頭を抱え、30分をかけて、横島はようやく全部の食器類を洗い終えた。おキヌのダウンはさすがに戦力減であったようだ。
 なんとかコタツまでたどり着いた横島の視界に飛び込んできたのは、30分前と変わらぬ光景であった。
 並んで寝息を立てているシロとタマモ。毛布から頭髪と触角をちょこんとはみ出させて眠るパピリオ。
 ちびちびと一人晩酌を楽しむベスパに、コタツに突っ伏してうつらうつらと舟を漕ぎかけているルシオラ。

 すっかり静寂に浸った一同を眺める横島は、今の内に風呂入ってくるかなー、とぼんやりとした頭で考えていた。
 結局、酔ってひっくり返った時のことを考えて、入浴は止めたのだが、今日かいた汗のべとつき感が少々気持ち悪かった。
 普段はあまり気にする事のない事だが、こうも家中に女性陣がたむろしていて、あとで不潔だなんだといわれては少々沽券に関わる。
 せいぜいお湯とタオルで拭うぐらいはしておくか、と思い立った横島は、小さいながらも我が家の洗面所へと足を向けた。

 元来、清潔好きというわけでもなく、程好い綺麗さを考えて生活してきた横島は、ルシオラとの関わりの中で多少の変化を試みていた。
 というより、むしろ変化を余儀無くされていた。男は外見も少なからず大事、という意見が女性陣から生じたのである。
 ルシオラだけならともかく、美神やおキヌ、年少組と揃って口にされては、さすがにのんきな横島も考えざるを得なかった。
 小なりとはいえ、シャワールーム付きのアパートに引っ越せた時点で、身奇麗を皆から強要されるのは当然の帰結と言えた。


 「♪〜〜〜〜♪〜〜〜♪」


 鼻歌を小さく漏らしつつ、洗面所でバンダナ、シャツと下着を脱ぎ、洗濯籠へと放り込む。
 お湯を蛇口から出すと、手ぬぐいを浸し固く絞って、顔と上半身を拭い始めた。酔いが覚めるほどではないが、先程よりは心地よい。
 加えて今夜は日中の名残か、さほど寒さも厳しくなく、暖冬と呼べる気温と程好く温まった室温の為、肌寒さを感じなかった。
 酒の勢いも手伝って全身が携帯懐炉の様に温もってきている。

 2度3度と手ぬぐいを浸し、拭うという作業を繰り返した後、シメとばかりに横島は頭部を蛇口の前へと垂らし、お湯で洗い流した。
 心地よい温もり加減をしばし味わった後に、大きめのバスタオルで多量の水滴を一気に拭い取る。
 あらかた拭き終えると、洗濯機の上に用意していた替えのTシャツに袖を通す。鏡を覗けば、まだ酒精の勢いが残る表情が映っている。
 頭髪をバスタオルで覆い隠したまま、横島は台所へと戻った。

 ふとコタツのある部屋を覗くと、先程から10分弱が経過していたはずだが、皆は変わらぬままであった。
 彼が歩いてくる足音に、ぼんやりとした表情を崩さぬまま面を上げたルシオラ以外は。
 魔族といえども、酒に左右される体質は存在するようである。横島は寝ぼけ眼であちこちを眺めるルシオラを見て、そう考えていた。
 すぐ寝てしまったパピリオと、相変わらず飲みつづけているベスパの中間地点に、ルシオラは位置しているようだった。


 「・・・・・・・・・・・・んーぅ?」


 彼女の思考回路は、半分以上眠ったままの状態にあるらしい。
 ショートでボブ・カットの頭髪はあちこちが飛び跳ね、目元はうっすらと潤み、頬から目尻を擦る仕草はまるで猫のようである。
 程好く張られた弦のようにバランスを保っていた知性は、今やその大半がすっかり眠りこけているらしい。
 頭部の触角がまるで魚信のように、ぴくぴくと跳ねるような動きを見せていたが、彼女の視線が横島を捉えた途端に動きは止まった。


 「・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・ルシオラ?」


 寝惚けたルシオラもなんかイイよなー、などと惚気た考えに浸っていた横島であった。
 ルシオラのほうは、暫し呆けたような表情のまま横島を見つめていたが、ようやく目の前の人物が誰だか思い当たったらしい。
 熱した鍋に投じたバターの如く、その表情が蕩け始め、歓喜一色に塗りつぶされていく。


 「あー、ヨコシマー♪」

 「・・・・・・完全に酔っ払っとるなー、ルシオラってば」


 正直なところ、横島もかなり酒精が残っているのだが、彼としては行動に支障が出ないだけでもありがたかった。
 普段の仕事で身体を酷使させられている分、酒の許容量がそこそこあるのだろうか、と素人判断の結論に落ち着く彼である。
 そんな横島の考えなど気付くわけも無く、ルシオラはにこにこと笑いながら彼を手招きしていた。
 ルシオラは蛍の化身のはずだが、半纏に包まれ、軽く指を折った手で招くその様は、どうもでかい招き猫みたいだな。
 横島はなんとなく、そう連想してしまった。


 「わーったわーった。ちょっと着替えてくっから」

 「・・・・・・」


 横島の返答に帰ってきたのは、咎めだてする意思が十分に込められた、上目使いの視線であった。
 口はへの字に曲げ、幼児さながらのへその曲げ様である。


 「え!? ま、まさか、今すぐ?」

 「・・・・・・」


 黙って頷くルシオラ。首の振り様にまで妙に力がこもっており、ますます幼児に見えてくる。
 横島としては驚きもあるが、それ以上に不思議な気分に囚われ始めていた。
 駄々をこねるルシオラを見るのは新鮮な気分であったが、ただ、どうもどこかで見た事があるような気がしていたのである。
 既視感(デジャヴー)というやつだろうか。語彙はともかく、確かに以前見た事がある気がする横島であった。


 「えーと・・・・・・ル、ルシオラさん? 先に着替えてきちゃダメっスか?」

 「・・・・・・」


 再び頷く彼女である。思考能力は酒精で満たされていても、こと横島に関しては別の回路が正常に働いているらしい。
 横島には珍しく、少々ためらっていたが、彼女の勢いには勝てなかった。軽く机を叩く事で、彼を急かし始めたのである。
 いつもなら煩悩回路が瞬時に始動し、快楽街道一直線の横島忠夫も今夜に限っては、妙に紳士であるようだった。
 素面であろうと酒の勢いだろうと関係ない。怒涛の如くあふれるリビドーに身を委ねる少年が、である。


 (なんぼなんでも、こんなシチュエーションでヤれるかいっ!!??)


 彼にも一応、理性は存在するようであった。
 部屋の中を見回せば、寝ているとはいえ、年少組が3人と親友とも言える女の子が1人。
 そしてなんといっても、一応起きていて、1人晩酌を続けているルシオラの実妹がいるのである。
 見られて楽しむなどという、ある意味倫理に反する変態的・背徳的趣味は彼には無かった。第一、命あっての輝ける青春なのだから。

 内心の葛藤はすぐに治まったが、ルシオラの招きは収束、というより諦めを見せなかった。
 このまま机を叩かれつづけたら、周りの寝ている皆が置きだす可能性がある。そうなると当然何をしていたかを聞かれるのは必至。
 寝惚けたルシオラにまともな返答は期待できないから、自分が答えなければいけないが、信用度ゼロの自分が言っても信用はされまい。
 結論で泣きたくなった横島だが、こうなったらやむを得まい。彼は招きに応じる事にした。殆ど脅迫の類であったが。


 「へーへー。わーったよ。コタツに入りゃいいんだろ?」


 苦笑気味の横島にルシオラは満面の笑みを返した。が、その笑みはすぐに消え去り、またもや拗ねるような表情へと戻ってしまった。
 そのあまりの変化の早さに、軽く怯んでしまう横島である。


 「こ、こっちじゃ、あかんの?」


 ルシオラは、彼女の真向かいに座ろうとした横島を咎めているのだった。
 埃が立つのも構わずに、自分の真横に広がるコタツ布団を叩くルシオラである。
 彼女の目が潤んで来たように見えるのは、自分の目の錯覚だろうか、それとも飲みすぎた彼女のせいだろうか。
 幾多の疑問が脳裏に湧きあがりつつ、横島はルシオラの横へと行く事にした。


 「お、お邪魔しまーす・・・・・・」

 「んふー♪」


 すっかり上機嫌になったルシオラである。横島がコタツに入ったと同時に腕を絡めてくる速さは、まさしく神速と評しても良かった。
 未だTシャツ一枚とジーンズに、タオルを頭に被っただけの姿という横島は、半纏だけでも着ておけばよかったとちょっぴり後悔した。
 だが嬉しげに頬を摺り寄せてくるルシオラを見ていると、絶対に勝てないよなぁ、とも思ってしまうのも確かなのであった。
 暫くの間、じっと動かずにいた二人であったが、ルシオラがふと声を漏らした。とてもか細く、どこか頼りなげな声であった。


 「ヨコシマ・・・・・・」

 「ん?」


 酔いに浸った者の声ではなかった。酔いの残滓は確かに言葉尻に感じられる。が、意識を全て酒精にのまれた者が出せる声音ではない。


 「・・・・・・・・・・・・・・あのね」

 「うん」

 「・・・・・・」

 「どした?」


 先を進めるようにと、無理を強いるようなことはしたくなかった。
 いくら横島とて、単なる煩悩だけの少年ではないのである。それなりの気遣いは持ち合わせていた。
 彼の心を感じ取ったのか、ルシオラは不意に彼の手をきゅっと握り締めてきた。横島も照れくさげに、だがそっと握り返す。


 「・・・・・・ずっと」

 「うん」


 言葉を繋ぐ代わりに細くしなやかな指は、お世辞にも上品とは言えぬ荒れた固い手を、心から愛しげに弄り、握り締めた。


 「ずっと、そばにいて」

 「・・・・・・うん・・・・・・って、ル、ルシオラっ!?」

 「んっふっふっふー♪」


 シリアスな雰囲気であったはずなのに、突然ルシオラは横島の背中を包み込むように、勢い良く抱きついた。
 横島の顔を覆い隠すバスタオルを後頭部のあたりから広げ、自分の頭まで覆い隠すようにしてしまう。
 二人の頭部はタオルに隠れ、外からは見えなくなってしまった。


 「んー、良い気持ち」


 ルシオラは横島の髪の毛に、その顔を埋めていた。
 まだ水滴が所々に残っているため、ルシオラの顔は髪に埋もれた部分から水の洗礼を受けていた。


 「お、おい、ルシオラ。まだ乾いてないんだから濡れちゃうぞ?」


 横島のちょっと慌てふためいたような声に、ルシオラはくすくすと笑った。
 両手をしっかりと彼の胴体に回し、温もりを感じたまま、彼女は唇に濡れた髪と水滴が触れるのを感じた。


 「いいわよ。気にしてないわ」

 「へっ!?」


 おっかなびっくりの彼の声音が、なんともたまらない。可笑しくて、胸がいっぱいになるほど嬉しくて。
 横島に見えることはなかったが、茶目っ気に満ち溢れた表情のまま、ルシオラは答えた。
 どこかパピリオにとてもよく似た、甘えるような、それでいてちょっと拗ねているような笑顔のままで。


 「だって・・・・・・こっちの水のほうが甘いもの♪」










                       ちょっとだけ、続く(笑)

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