ザ・グレート・展開予測ショー

コタツ de ふ・し・だ・ら・100%! / 上


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/12/31)


 極楽だ。他に形容のしようが無い。
 足の爪先から頭のてっぺんに到るまで、じんわりと染みとおるように温もりが伝わっていく。
 電気で暖められた熱が空気を暖め、皮膚を通して脳を蕩けさせる。
 理屈はどうあれ、今は本当の意味で最高なのだ。至福である。

 ルシオラは身も心も温もりに浸っていた。
 かなりの幸福感を味わっているようで、表情は火の前のアイスクリームの様に蕩けている。
 まさしく『ふにゃふにゃ』といった擬音が似合う風情であった。
 また、上半身には綿がみっしりと詰まった半纏を纏い、下半身はコタツの中に突っ込んでいる。


 ―――こんな姿、ベスパやパピリオには見せらんないわよねー。


 ぼんやりと霞がかった頭脳で、ルシオラはふとそう考えた。口元には含み笑い未満の、淡い微笑が浮かんでいる。
 3姉妹の長女としては、それなりに威厳も保たねばいけないこともあるが、年がら年中そんな気分ではいられないし、いたくもない。
 末妹のパピリオはともかく、特にすぐ下の妹、3姉妹の次女であるベスパと来た日には、口うるさいことこの上ないのだ。
 この家にも何度か遊びに来てくれたことがあるが、その度に小姑さながらに苦言を漏らすのである。


 『アタシ、ここ来る度に毎回思うんだけどさー。ルシオラ姉さん』

 『何よ、ベスパ』


 もう2週間ほど前になろうか。パピリオと共にやって来たベスパは、コタツで足を暖めながらのたまった。
 姉妹同士、コタツを挟んで向かい合い、互いの手元には横島お手製の特製砂糖水が用意されている。
 水が減るのを惜しそうに、けど幸せそうな笑顔で、ストローで『ちうちう』と砂糖水を吸う姉の姿が、ベスパの目には映っていた。
 溜息混じりに語を発したベスパ。もう何回目の事になるだろう。この、のほほんとした風情を醸し出している実姉への苦言は。


 『ほんっとーに、逆天号にいた頃と、今の姉さんが同一人物とはとても思えないんだけど』

 『な、何でよ? 私、あの頃より太ったとか? ウソ・・・・・・そんなのヤダっ! ヨコシマに嫌われちゃう!』

 『誰が体型の話をしとるかい! それにさり気なく惚気てんじゃないっ!』


 両の瞳を潤ませ、イヤイヤと頭を左右に振る様は、まるで少女漫画に登場する主役級の乙女にも例えられようルシオラである。
 ほかほかと湯気を立てる砂糖水の存在も忘れ、ベスパは頭を抱えた。
 ああ、なんで姉さんってば、こんなんなっちゃったんだろう?
 パピリオと横島が買い物に出かけていることを、この時ほど良かったと思ったことは無いベスパであった。



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               コタツ de ふ・し・だ・ら 100%! / 上

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 『じゃあ、なんなのよ。私はちっとも変わってなんかないわよ』

 『じ、自覚まで無いのか・・・・・・。あのさぁ、ルシオラ。アンタ絶対変わったよ? アタシだけじゃなくてパピリオもそう言ってるし』

 『だから私のどこが変わったって言うのよ?』

 『性格』

 『なんですって?』

 『顔に出てるよ。もー、幸せで幸せで、身も心もふにゃふにゃって感じだよ。自分で気付いてなかったのかい? まったく』

 『あ、なーんだ、そっか♪ うん、すっごい幸せ♪』

 『・・・・・・・・・・・・ダメだ、こりゃ』


 頬を桜色に染めてはしゃいでいるルシオラと対照に、ベスパの表情はどんよりと曇り、次の瞬間にはテーブルに突っ伏した。
 ダメだ。もー、完全に気分はお気楽極楽。お釈迦様でもアシュ様でもわかるまい。しみじみとベスパは思う。
 実った初恋に身も心も有頂天の魔族少女が、人界のとあるアパートで半纏を着込んでコタツに入っているなんて。
 何が悲しくて、実姉の甘々生活模様を拝聴せねばならないんだろう? 一昔前の緊迫感なんて欠片も無くなってしまった。


 ――――ちくしょー、酒でも買ってくりゃ良かったよぉ。


 涙に暮れつつベスパはちょっと悔いた。



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 眼前のテレビはなにやら音楽番組を流しており、女性歌手が踊りながら歌っているが、今のルシオラには聞く気が全く無い。
 テーブルに載せた小柄な枕に頭を預け、小さく欠伸をもらす。見様によっては大きな猫のようにも見える彼女である。
 グラスの中身は既に空っぽである。ルシオラの溜息でストローがむなしく揺れていた。
 底に薄く溜まった砂糖が目に付いて、ふと唇に微かに残る甘味の残滓を舌でなめ取った。


 『はい。それでは今週のランキングへと参りましょう。いやぁ、先週は激動の順位変動がありましたが、今週もさらに新曲が・・・・・・』


 興味をかけらも示さないままに、ルシオラはぼんやりと画面を見やっていた。
 頭部に生えた二本の触角が、時折、指揮者のタクトの様にゆらゆらと揺れている。
 深く肺の奥底まで深呼吸をすれば、半纏の背中に白糸で縫い取られた『る』の一文字が軽く波打った。
 彼女にとって特別にお気に入りの半纏なのだ。なんといっても彼女の大好きな人とのペア・ルックなのだから。

 彼こと横島忠夫の半纏は、隣部屋の椅子の背に引っ掛けてある。背中にはこれまた白糸の刺繍で、字体は明朝体で『よ』の一文字。
 店側に文字を入れてもらえるよう注文したときには、横島はえらく恥ずかしがったが、ルシオラの願いでしぶしぶ引き下がった。
 どこでそんな知識を仕入れたものやら、彼女曰く、恋人同士はペア・ルックが基本だということであった。
 横島にしてみれば漫画の受け売りのようなものだが、まぁ、世界大戦レベルの紆余曲折を経て実った恋である。
 よくよく考えれば、多少の恥ずかしさぐらいどうということは無い。そう思い直し、あっさりと購入を決意した次第であった。


 「あー、退屈退屈・・・・・・」


 わざわざ口に出さなくたっていいわよ、まったく。と、内心で自身にツッコミを入れつつルシオラは独りごちた。
 ちらりと壁にかけられた時計を見やれば、時刻は午後6時。横島が帰ってくる予定時刻まであと30分少々。
 今日は事務所ではなく学校から直接帰ってくるはずだ。彼はそう言っていた。なんでも進級とかの問題で補習がどうとか。
 ルシオラとしても彼を迎えに行きたいのは山々だが、寒さがなんとも身にしみる。コタツの温もりを知ってからは尚更である。

 彼女は蛍の化身だから寒さが嫌いだと言うわけではなかった。低温下での活動には積極的になれないだけだ。
 また冬眠したり、寒さで活動が制限される魔族など聞いたことも無い。そんな風では表を出歩く楽しみが無くなってしまう。
 ルシオラは白い雪がとても気に入っていた。雪合戦も好きになったし、スキー、スノー・ボード等のスポーツも楽しみだ。
 今年の冬は美神除霊事務所の慰安旅行に参加できるし、改造したスノー・モービルを雪山で試運転する予定である。

 そんな楽しいことを考えれば考えるほど、今の一人で居る時間が妙に寂しくてたまらないルシオラである。
 やっぱり迎えに行ったほうが良かったのかもしれない。横島は先にコタツで暖まっていなよ、と笑いながら言ってくれたが。
 ポケットの中の、この部屋の合鍵を軽く握り締めるルシオラ。ひんやりとした冷たさが余計に心に伝わってきそうだった。
 ふと芽生えた寂しさがルシオラの心に巣食ってしまった。飲んでいた温かい砂糖水やコタツの温もりも、今は心から少し遠い。


 「なんか・・・・・・・・・やだなぁ・・・・・・」


 ちょっと気を抜いたら、あっという間に涙腺に刺激が届いてしまいそうだ。
 テレビの中では先程とは別の女性歌手が、会いたくても会えない恋人との悲しみを題材にしたスロー・バラードを朗々と歌っている。
 ルシオラは不意になんだか、画面に向けてリモコンを投げつけたくなってしまった。
 あんた、私にケンカ売ってる!? と、言わんばかりの殺気が、テレビを見やる視線にてんこ盛りである。


 ――――私ってば、けっこう弱気になっちゃったかもしれない・・・・・・。


 事務所の屋根裏部屋で過ごしている時には、こんな気分に陥ることはそうそう無い。
 傍にはパピリオもいるし、事務所の女性たち、すなわち美神、おキヌ、シロ、タマモ達とも仲良くやっていけている。
 大所帯だ、と美神は苦笑しつつ言っていたが、休日などに皆で出かける買い物などはとても楽しいものだ。
 夜に皆で飲み会をやるときなんかは、可笑しくて楽しくてしょうがなかった。

 深々と溜息を漏らしながら、ルシオラはリモコンをテーブルの上に戻した。
 ある意味、ベスパの言う通りなのかもしれない。良くも悪くも自分は変わったのだ、と。
 横島が、前のボロ・アパートより、ほんの少しましな物件に引っ越せるようになった時も、なぜか少し寂しく感じた事を覚えている。
 本人は、小さいとは言え風呂がついただけでも天国だと喜んでいた。さすがに時々とは言え銭湯通いは金銭的に辛かったようである。

 季節は冬、人界の暦で12月末を数える今現在。世間は来るお正月というものに浮かれている最中だ。
 テレビでも、飾り立てられた街角のイルミネーションやホテルのフロアを特集し、別世界のようなざわめきに満ちている。
 リモコンを取り上げテレビを消したルシオラは、またも枕に突っ伏してしまった。
 頭部の触角まで、さながらオジギ草のようにうなだれてしまう有様である。


 「ただいまー」


 今までの鬱屈した気配は何処へやら。湧き上がった幸福感が、触角共々ばね仕掛けさながらの動作を伴って、彼女を再起動させた。
 玄関からの声に、コンマ1秒の反応で勢いよく上半身を起こしたルシオラは、玄関へと飛ぶような勢いを見せ、走り出した。
 衝撃で軽く跳ね上がったテーブルとグラス、菓子類が入った受け皿が抗議の音を立てるのも聞こえなさげである。
 聞き間違え様も無い声。とりたてて美声とかなんとか特徴云々があるわけじゃないけど、わかる人にはわかる。もちろん自分が一番で。


 「おかえり、ヨコシマっ!」

 「おわっ! ル、ルシオラ、なにをっ!?」


 学生服姿の横島が視界に入るなり、ひしと抱きつくルシオラであった。
 半纏越しに、そして彼の首に巻かれたマフラーが素肌の温もりを邪魔していても、今のルシオラには全く問題無しである。
 玄関のドアが開いている事も、そこから寒風が吹き込んでくることも、全然気にならなかった。
 抱きついた瞬間に目を閉じ、彼の首筋に顔を埋めれば何も不安な事など無い。身も心も温まっていく。コタツなど目じゃないのだ。


 「あ、あの、ルシオラ? そろそろ、放してくれないかなー・・・・・・なんて」

 「ダメ」

 「い、いや、その・・・・・・うれしいけど・・・・・・な? あの、ドアも閉めなきゃいかんし・・・・・・」

 「別に閉めなくてもいいわよ」

 「って、なんで? さ、寒いやろ?」

 「・・・・・・ヨコシマが、暖かいから」


 これもまた極楽だ。コタツも良いけど横島も良い。
 相変わらず彼を強く抱きしめたまま、ルシオラはしみじみと自己中心的な温もりに浸っていた。考える内容までも彼の事である。
 横島の方はといえば、頬を染めたまま身じろぎ一つしていなかった。5分は経過しているはずなのに、未だに鞄すら置いていない。
 普段の煩悩少年振りから考えれば、これは実に珍しい振る舞いといえた。


 「な、なぁ、ルシオラ・・・・・・・・・?」

 「んー?」

 「あ、あのさ・・・・・・」

 「なぁに?」


 短い返答の中にすら、蕩けるような嬉しさが込められているようで、返答のたびにもぞもぞと首筋に顔を埋めるルシオラである。
 彼のマフラーからの移り香が彼女の鼻腔を微かに刺激し、全身へと染みとおっていくような気分に我知らず微笑んでしまう。
 ヨコシマは恥ずかしいのかな? などと、先程からの横島の態度から、お気楽に考えているルシオラは回した腕に力を込める。
 両目は閉じたままだった。他の情報なんて要らない。ヨコシマの温かさだけで良い。それが今の彼女にとって世界の全てなのだった。


 「あのさぁ・・・・・・」

 「んんー?」

 「お、お客さん。来てんだけど・・・・・・」

 「そう・・・・・・って、あれ!?」


 横島の声に一瞬遅れて反応したルシオラは、彼の肩越しに寒風吹き抜けるドアを見やった。
 実妹であるベスパ、パピリオが双方とも半目になって、ルシオラを眺めやっている。
 きょとんとして二人を見やるルシオラは、二人がここに居る理由すら思い当たらないようである。
 ベスパとパピリオの頭部と肩口には薄く雪が積もっていた。


 「お邪魔でちたかね?」


 見上げてくるパピリオの無邪気な問いにも答えられず、こめかみを手で抑えるベスパである。
 当分、頭痛は止みそうになかった。



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 「あ、あっはっはっ。もう、ベスパもパピリオもやーねー。来るなら来るってそう言えばいいのに♪」


 二人をコタツへと案内しながら、ルシオラは汗混じりの笑いを浮かべた。
 無論、無視していたわけではないが、10分近くも抱き合っているところを見られたとあっては、さすがのルシオラも赤面物であった。
 横島が台所でベスパとパピリオの分の飲み物を入れている間に、3人姉妹はルシオラを中心に、彼女の左右へと陣取っている。
 誤魔化す風ではないが、それでも甘々な雰囲気を隠そうともしていない長姉に次姉と末妹は呆れかえっていた。


 「あんなこと言ってるでちゅよ、ベスパちゃん」

 「・・・・・・携帯に留守電、入れておいたはずなんだけどね、ルシオラ?」


 ベスパの横目に睨みつけられ、今気付いたと言わんばかりに、慌ててコタツ周辺を探し出すルシオラである。
 数十秒をかけた結果、コタツ布団と床のカーペットに挟まれるようにして隠れていたのを発見した次第であった。
 見れば、確かに事務所からかけられている。しかも30分前に。


 「ご、ごめんごめん♪ お風呂入ってたから、ちょーっと気付かなかったみたい。てへ♪」

 「あ、あのね・・・・・・」

 「ルシオラちゃん、すっかり骨抜きになっちゃったんでちゅねー。今日、事務所にいる時も変だって思ってまちたが」


 ベスパはテーブルに突っ伏した。ルシオラの態度とパピリオの発言が精神をよろめかせたようである。
 パピリオはルシオラを別段責める風でもなく、巴旦杏にも似た形の眼差しと瞳の輝きは、興味深げに長姉の様を見やっていた。


 「ほ、骨抜きってなによぉ。そりゃあ、ちょっとは休憩中にぼーっとしてたかもしれないけど・・・・・・」

 「寒空の玄関先に妹たちをほったらかしておいて、他に言うことはないのかい?」

 「だ、だからごめんってば! ちょっと寂しかったから、ヨコシマの声が聞こえたら、つい・・・・・・その・・・・・・」


 合わせた指先を遊ばせながら、俯いて頬を染めるルシオラに、ベスパはうんざり気味の表情だった。
 こうなったらもうさっさと開けちまうかな、と半ば自棄気味に考えながら、持ってきた2本の酒瓶の胴を撫でる。
 ここへ来る途中の酒屋で購入した日本酒と焼酎のセットだが、辛口を選んでよかったとベスパはしみじみ思う。
 これ以上、甘い甘いお砂糖のようで、ふわふわした綿菓子のような世界は耐えられない。気恥ずかしいとは正にこの事だった。

 一方、パピリオは感心したように彼女を見やった。すぐ上の姉と違い、甘々の世界にも抵抗が無い少女であった。
 こんな惚気気味のルシオラの表情は珍しいかもしれない。というか、こんな表情も持っていたのだと言う事に改めて気付かされる。
 パピリオは口を半開きにして『ほえー』とでも、吐息交じりに言いたそうな顔付きで、長姉のはにかむ姿を眺めていた。


 「まー、気持ちはわかんないでもないでちゅけどね」

 「へ? どういうことだい、パピリオ?」

 「バカでスケベでちゅけど、良いヤツでちゅから。ヨコシマは」


 あの大きな戦いの後に、パピリオはルシオラから聞いていた。
 自分達の下を離れた横島は、ルシオラの自由だけではなく、ベスパやパピリオの自由も望んでいた事を。
 紆余曲折を経て、なんとか3姉妹は生き残る事が出来、世界は平穏を取り戻したわけである。
 『アシュタロス事件』と呼ばれたあの対戦も、もう何年も前の事の様に思える。


 「まー・・・・・・良いヤツってのは・・・・・・アタシも、認めない、でも、ないけど・・・・・・」


 ベスパとて、心底から横島を嫌っているわけではない。
 アシュタロスの件では恨み、嫌悪と、様々な負の感情一色で心を塗っていた時期もあったが、今はお互いの立場を考慮できていた。
 互いに譲れないものの為に戦い、結果がこうして出ているのだ。
 敬愛した主の消滅という悲しい出来事も、アシュタロス自身が望んだ事、と一応納得はしている。

 とはいえ、それはそれ、これはこれである。ベスパは瞬時に思い直した。危うくパピリオの言い分に話題が反れそうになってしまった。
 妹として姉の幸せを望む気は多々ある。男のほうもまぁ、かなり問題は山積みだが、性根が悪くないのも確かだから不問としよう。
 だが、今の姉の弛み具合は我慢できない。これだけは絶対に譲れない。なんなんだろう、この甘々加減は。
 黙っていても、何処となくうきうきした風情のルシオラを見つめながら、ベスパは溜息交じりにそう考えた。

 逆天号にいた頃の自分達。特に長姉のルシオラは理知的な気風からか、機械工学には抜群のセンスと腕を発揮していた。
 ベスパとしても、戦闘能力はともかく、理論や戦略においてはルシオラに一歩も二歩も先を譲ることは自覚している。
 敬意を抱いていた、そんな姉であったはずなのに今は違う。まったく別人のようだ。
 予想なんて出来るはずが無い。こんな弛みきった空気の中で、満面の笑みを浮かべて日々を穏やかに生きる長姉の姿など。


 「おまっとさーん」

 「ありがと、ヨコシマ♪」

 「おー、来たでちゅ来たでちゅ。ごくろーさん、ヨコシマ」

 「あ、ああ、すまないね、ヨコシマ」


 台所からやってきた横島は、両手でグラス類が並んだ盆を抱え持っていた。大き目のグラスが3つと小振りの湯呑みが1つ。
 市販のミネラル・ウォーターを暖め、沖縄産の黒砂糖を溶かし込んだものだが、3人姉妹はこれがお気に入りであった。
 小振りの湯飲みを手に取る横島だけは、中身が市販の緑茶である。
 横島の出現に、なんとなく気勢を挫かれた体のベスパは、とりあえず黙って砂糖水を味わう事にした。まだ時間は沢山あるのだから。


 「ねぇ、ヨコシマ。今夜の夕食はどうしよっか? せっかくベスパとパピリオも来てるんだし・・・・・・」

 「へ? ベスパ達から聞いてないのか、ルシオラ?」

 「ルシオラちゃん、お風呂入ってて、確認するの忘れてたんでちゅって」

 「そっか。ルシオラも意外と抜けてるとこあるんだな」

 「あ、ひどい、ヨコシマ。偶然よ、偶然」


 爽やかに笑いあう横島、ルシオラ、パピリオの3人。
 ストローを咥えたままその光景を見やるベスパは、まぁ、仲が良いのは悪くない事だよな。と、砂糖水の味覚に交えて気分を良くした。
 デタント(緊張緩和)がどうとか難しい話は苦手だが、皆で集まって笑いあうのは自分だって嫌いじゃない。
 長姉への苦言は次回でもいいかもしれない。そうベスパが思ったのは雰囲気が穏やかであったせいかもしれなかった。


 「今夜はおキヌちゃん達がうちに来るんだ」

 「みんなですき焼きを食べるんでちゅよ、ルシオラちゃん」


 ベスパは見た。見逃さなかったのだ。ルシオラの眉の辺りがほんの少し窄められるのを。
 溜息混じりに軽く首を振る。そして呆れつつこうも思った。


 ――――こりゃ、やっぱ今日も甘々かな。


 談笑する横島とパピリオは気付いていなかった。ベスパだけが見ていたのである。
 微かにではあるが、確かに嫉妬の色をあらわにしたルシオラの姿を。










                        続く

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