ザ・グレート・展開予測ショー

唐巣受難曲(1)


投稿者名:浪速のペガサス
投稿日時:(03/12/28)




〜それは冷たい雨の降る日だった〜



唐巣神父とピートはある少女の除霊を行っていた。

唐巣神父は法衣を纏い右手には聖書、左手には霊波を溜めている。

そしてその横には同じくピートが、両手に霊波を溜め待ち構えていた。


「父と子と聖霊の御名において命ずる!!
汝、この少女に憑きし悪魔よ!その者を解き放て!!」


唐巣神父の手に凝縮された霊波が光と共に放出する。


『グアァァ!!』


苦しみもだえる悪魔。

唐巣神父は聖呪文の詠唱をさらに力強く続ける。


「フィアト!!フィアト!!フィアト!!」


徐々に悪魔が少女の肉体から離れてゆく。

瞬間、悪魔が完全に少女から離れる。


「憑依が解けた!今だ!!」


ピートが横から飛び出し、両手に溜めた霊波が力を増す。

「ダンピールフラッシュ!!」

ピートの両手から、凄まじい霊波が放出される。


『アアァァ!!』


しかし悪魔はそれをいとも簡単に打ち払う。

そして逆に、ピートめがけてダンピールフラッシュを跳ね返す。

予想だにしない事態に対して驚きを隠せないピート。


「何ッ!?」


その瞬間、ピートは同じほどの出力の霊波砲を放出し互いを相殺させる。

難を逃れたものの、彼の疲労の色は隠せないほどだった。


「下がっていたまえ、ピート君。」


ピートの横から唐巣神父が現れ、彼に後退を促す。

だが、戦意は今だ衰えていないピートはまだ続けようとする。


「先生!もう一度やらせてください!!
まだやれます!!」


唐巣神父は何も言わず、ピートの方も向かず、ただ悪魔を凝視し続けた。

そしてその瞬間、ピートは一瞬背筋に冷たいものが走るのを感じた。

唐巣神父は、いつもの慈愛に満ちた雰囲気ではなかった。


―……この人は、誰だ……!?―


ピートですらそう思うほどの気配を唐巣神父は放っていた。

それは、殺気。

文字通り、目の前の存在を殺すことしか頭に無いと思わせるほどの。

目の前の悪魔に対し、『ソレ』は純粋なまでに向けられていた。


『ガァァァァ……!?』


悪魔は怯えていた。

自分に向けられている純粋な、そして確実に自分を殺せるほどの『ソレ』に。

その気配を出している目の前の神父に。

恐怖に怯えて何も出来きずにただ立ち尽くす悪魔。

そんな悪魔を尻目に、唐巣神父は聖呪文の詠唱を再開する。


「草よ、木よ、花よ、虫よ、我が友なる精霊達よ――。
邪を砕く力を分け与え給え―――!!」


唐巣神父の左手に、信じられない程の出力の霊波が収束してゆく。

だが、ただ一つ、いつもと違うものがあった。

それは、霊波が冷たかったこと。

唐巣神父の霊波はいつもならば、温かみを感じさせるものだった。

今は、ソレが無い。


―いったいどうしたんですか……先生……?―


ピートはいつのまにか震えていた。

悪魔に対して、ではない。

自分の、いつもならば暖かく、慈愛に満ちた瞳をした師に対して。


「汝の呪われた魂に救いあれ!!
アーメン!!」


詠唱が完了し、霊波砲を悪魔に発射する唐巣神父。


『ギャアァぁぁぁ!!!!!』


悪魔は、消え去った……。





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   唐巣受難曲


        第一楽章


            『プロローグ』
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「ありがとうございました!!」

少女の家族はそれだけ言うとさっさと家に帰ってしまった。

いつもならば、唐巣神父とピートが逆に困るほど御礼を言われるのに、今回はそれが無い。

どちらかと言えば、そそくさと、何かに恐怖するかのようにして帰っていった。

はたから見ても分かるほど、唐巣神父は鬼気迫り、殺気立っていた。

師の雰囲気があまりにもいつもと違いすぎることを除霊中から感じていたピート。

そんな彼にとって、唐巣神父と二人になるのは少し居心地が悪すぎた。

自然沈黙が支配する場となる教会内。

ピートがそんな雰囲気を打破しようと、明るい声を出す。


「あの!除霊も終わったことですし、コーヒーでも飲みませんか?
雨が降ってて外も寒いですし、後片付けもちょっと休憩して…!」


「いや、私は結構。」


ピートの方を向きもせず、それだけ言うと唐巣神父は黙々と作業を続けた。

再び沈黙のみがあたりを支配する。

ピートは気になった。


―何が先生をココまでさせたのだろうか?
何で先生は様子がこんなにもおかしいのだろうか?
分からない…。何故、何故、何故…?
今思い返して見れば、先生はあの子を見た瞬間からどこかおかしかった。
少なくともそれだけは確実に断言できる―


あの子、とは先ほど除霊対象になった少女のことである。

はじめ除霊を頼まれた時までは唐巣神父は別段いつもと変わらなかった。

いつものように快く除霊を引き受け、いつものようにあまり除霊金をもらわなかった。

そしてなによりも、いつものように慈愛に満ちた瞳を唐巣神父はしていた、あの時までは…。

だが少女を見た瞬間、神父の顔は一変してしまった。

一瞬少女に対して驚いたかと思うと、悲しみと怒りを混同した瞳をし、最後には能面のように無表情になった。


―あぁ、今回の除霊はきっとかなり大変なんだな。
しかし先ほどの先生の様子…、おそらくこの少女の境遇を嘆いているんだろうな。
どんな時でも先生は他人のことを考えているなんて……―


そのときピートは大きな勘違いをしていた。

確かに唐巣神父もあの時少なからず少女に対して嘆きもあっただろう。

しかし、それが誤りだったことを先ほど実感した。

そして確信する、師には、嘆きのほかに別の何かがあったことを。

普段温和な師があれほどの怒りと、悲しみを出すほどの何かが…。

ピートは決心する。

師にいったい何があったのかという事を。

師の昔に何があったのかということを。

たとえそれが、相手の過去を露呈し、古傷を抉るような行為だとしても。

それが聖職者に師事する自分の勤めだと。


「……先生……。」


「……なんだね……、ピート君?」


唐巣神父がピートの方を見る。

ピートは、唐巣神父の瞳を見た瞬間、ほんの一瞬だけ質問しようとするのを躊躇った。

が、下唇を噛み、彼は言葉を一気にまくし立て言い放った。

これ以上決心が鈍らないように。


「僕は先ほどの除霊中に先生から凄まじい殺気を感じました。
おそらくあの悪魔も感じたことでしょう。
そしてあの少女を見たときの貴方の悲しみと怒りが混濁したあの瞳……。
いったい貴方の過去に何があったんです?
教えてください!!」


唐巣神父は一瞬ピートの発言に驚くと、再びピートの視線から体をそらし、片づけを再開した。


「気にすることはないよ、昔の話さ。
それに、さっきのはちょっと動揺していただけだから…「先生!!」…。」


ピートは語気を強め、唐巣神父の言葉をさえぎる。
そして、叫びにも似たような声で言葉を続ける。


「ボクは先生と出会ってから今まで、貴方のあんな瞳を見たことがありません!
ソレが罪ならばボクも同じ十字架を背負います!!
教えてください、先生!
先生はいったい何にあれほど悲しみ、怒ったのですか!?
………あんな哀しい瞳をした人間は………。
ボクは今まで、よほど強い悲しみを持った人間にしか、あんな瞳を見たことがありません……。」


最後にポツリと言い放ち、ピートはうつむく。

しばらくの静寂が流れた。

どのくらいたったのだろう、おもむろに唐巣神父が重たい口を開いた。


「まったく…誰に似ているんだろうね君は。
その強情なまでの意志の強さには敬服するよ……。」


めがねを拭きながら多少軽口交じりにピートに話し掛ける。


「先生の…弟子ですから……!」


そういって顔を上げ、少しはにかむピート。

だがその瞳は先ほどと同じく、強く光り輝いている。

それを見て唐巣神父は一瞬微笑み、再び厳しい顔をピートに向ける。

そしてゆっくりと、重苦しく強い語気で確認を促す。


「本当に…聞く気なのかい……?」


「…はい!」


唐巣神父の態度に一瞬何かを感じ取ったのか、ピートは一瞬言葉が出なくなった。

しかしそれも一瞬、強い意志をもって肯定の返事をする。


「そうかい…。
では、話すか……。
ピート君、少し長い話になるからコーヒーをいれてきてくれないかい?」


それを聞き、見る見る顔が明るくなるピート。


「……!はい!!」


元気よく返事をするとピートはお茶を持ってくるために教会を後にする。

後に残されたのは苦笑した唐巣神父だけ。

そして唐巣神父は、磔にされた聖人を見上げる。

聖人は、何も言わない。

どれほどの時が経ったのだろうか。

しばらくするとピートがお茶を持ってきた。


「ご苦労様。
まぁとりあえず、適当にかけてくれたまえ。」


それを聞いて、適当なところにコーヒーをおき、その場所に座るピート。

それに続き、唐巣神父が教壇の机から煙草を取り出し、ピートの隣に座る。

驚くピートを尻目に、唐巣神父は煙草に火をともす。


「煙草…、まだすってたんですか?」


「いや……。
ただ、この話はこんなのに頼らなくちゃいけないようなのだから。」


苦笑しながらも、口から煙を出す唐巣神父。

しばししばらくぶりの煙草を堪能した後、唐巣神父は口を開く。


「この話を知っているのは公彦君、つまり美神君の父親だけだ。
もっとも、正確には『読まれた』、と言うべきかな?
まぁそれは良い…。
あれはそう、美智恵君に出会う半年前だった……。
私は二十三歳だった。
ピート君、君に出会った一年後だよ。
私はその日イタリアにいた。
そしてその日私は……、神を見失った……!」


その瞬間、どこかに雷が落ちた。

あたり一面が一瞬ホワイトアウトする。

ピートは己のつばをゴクリと飲み込む。

「その日もちょうどそう、こんな冷たい雨が降っていた日だった。
先に断っておくよ。
私は今は神の御心に全幅の信頼を寄せているよ。
だけど、どうしても納得できないんだ。
あの日の、あの出来事だけはね。
神は、何故あんなことをなさったのか、その真意がね……。」


冷たい雨は降り続いてる。

ザーザー、ザーザーと。

唐巣神父の、哀しく、怒りに満ちた、後味の悪い話が始まる……。













                       第二楽章へ続く……

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