ザ・グレート・展開予測ショー

永遠 −smile again−


投稿者名:veld
投稿日時:(03/12/28)



 図書館の中に注ぐ光は淡く優しかった。
 冬にしては珍しく晴れ渡った空の下。
 佇む建物に張り付いた窓から入り込む青白い、光。
 そこはあまり明るい雰囲気の場ではなかった。
 寧ろ、陰湿で、読書には適さない、そう思われる場所だった。

 しかし、こんな空間だからこそ、図書館らしさを感じ、そして、居心地の良さを覚える人もいるのだろう。
 ―――誰もが、この図書館の不用説が出れば反対するのだから―――。

 ―――照明はあまり上等とは言えない消えかけた蛍光灯と、窓から差し込む光だけだとしても。
 人はここで本を読む。
 静かに、静かに、本を、読む。



 私は物憂げに、ともすれば向いてしまう一方に視線を送った。
 そこには、何時ものように、その女性がいた。
 この図書館に来るにはふさわしくはない―――武骨な髪飾りを頭につけた、シックな服装の美しい女性。
 彼女はいつものように、私の視界右隅に入る椅子の背もたれに身を預け、そして、本を読んでいる。
 彼女の習慣のようなものなんだろうか?―――週末に一度、あの場所に座り、そして、本を読む。欠かした時を見た事はないから、そう決めているのだろう。

 私は頬杖をついて、彼女を見つめた。
 そして、何を考えているのか、と、また、推測する。
 邪推するほど親しくも無い。そして、私は卑しくも無い。
 ただ、思うだけだ。罪のない思考。
 答えなど出ない、思考。





 ふと、私がこの図書館の司書になって長く時が経たが。
 彼女がここに訪れ始めたのはいつのことだったか。
 思い出そうとし、止めた。





 週末。
 同じ時間に訪れる彼女の姿は不思議なことに、変わらないままだった。
 この世には変わらぬ美貌を誇る女性がいるとは聞くが、彼女はまさにそれだった。
 まるで、時を止められたように、彼女の姿は変わる事無く、あり続ける。
 それは不思議だったが、しかし彼女にはふさわしい気もした。

 彼女は本を貸りて行く事はない。
 彼女はただ、西洋文学の棚の前で、本の冊子を眺め。
 そして、ある名前の欄を見つけると、そっとその細い指を差し出し。
 一冊だけ、本を取る。



 私にはそこまでの彼女の所作の一つ一つが妙に美しく見えた。
 表情一つ、彼女は変えていないのに。
 何故だか、私には酷く彼女がそわそわとしているように見えた。
 そして、何故だか、彼女が酷く悲しげに見えた。

 何故なのだろう?

 私には分からなかった。

 そして、これからも、きっと、分からないのだろう。


 その人は、椅子に座り。
 そして、ゆっくりと、ゆっくりと、ページを捲る。
 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと―――。

 噛み締めるように。
 彼女は見つめ、そして、読み―――。

 時間が過ぎ去るまま。
 彼女はそこに居続ける。

 彼女は本当にその本を見ているのだろうか。
 その本を通して、まるで別のものを読んでいるように、私には思えた。
 それは私の勝手な考えでしかない。


 私は彼女に声をかけることはしない。
 彼女もまた、邪魔されることを嫌がるのではないかと思ったからだ。
 その時間は神聖だった。
 彼女にとっても、自分にとっても、いや、この図書館、と言う場所それ自体が神聖な場所だと言えるかもしれない。
 だから正しい事ではあったのだろう。
 自分の身勝手な好奇心で、彼女の時間をつぶして良いほど、彼女の時間は軽くはない。
 そう、思えた。
 だから、私は彼女を遠くから見つめていた。


 冷たい眼差し、そして、表情を浮かべる、彼女を。

 ―――私は、何故、彼女に惹かれたのだろう。

 恋ではない。
 そうではない、断じてない。が、自分は彼女に惹かれていた。
 それは事実なはずだった。



 いや、そう、思いたかっただけなのだろうか?
 自分は、彼女を、好きだったんじゃないか?
 それは、もう、遥か前から抱いていた疑問だった。
 それは、もう、今では、打ち明けることも、認めることも許されがたい思いだった。





 しわがれた手で、老眼鏡を外すと、ポケットの中に閉まっていたハンカチで拭く。
 そして、また身につけた。視界が変わる。明確に映る彼女の姿。

 私は今も、彼女を見つめている。―――貸し出しカウンターから見つめている。

 彼女は今日も、何時もの席で、何時ものように、本を読んでいる彼女を。

 時間が訪れる。
 彼女は席を立った。
 そして、迷う事無く、棚の前に赴くと。

 目を閉じ。

 その本を、静かに、戻した。

 別れを惜しむようでもあり。
 そして、また、再会するのを楽しみする、そう、少女のように。

 すべては推測に過ぎないのだ。
 ただ、私に分かる事。
 私がそう、分かっているべき事。

 決して、彼女のことではなく―――。

 その棚にある本の事。


 作者はコナン=ドイル。
 そして―――








 「・・・ミスター・ホームズ」




 唇がかすかに動いた気がした。
 そして、一瞬、女は笑ったような気がした。
 それは、気のせいだっただろうか?

 私は去り行く彼女の背中を見つめていた。
 それは、長い時、彼女を見ていて、初めて見る顔ではないか―――。

 私は一方を見、そして、かすかな苛立ちを感じている自分に気付いた。
 馬鹿げた話だとは思う。
 全く、馬鹿げた話だと。
 だが、私は間違いなく・・・。
 彼女が笑顔を束の間見せた―――ように見えた―――ただ一冊の本に嫉妬していた。



























 永遠を生きる女がいた。
 そんな彼女が出会った、一人の男の名。
 彼女は永遠に覚えているのだろうか?

 分からない。しかし。

 もしも、彼女が、本当に。
 真に、永久の時を生きるというなら―――。

 それは、彼女の真に求める、彼ではないのかもしれない。
 しかし。
 別れる事は、きっと―――ない。

 彼は、永久に、彼女の心の中に宿るのではないか。

 彼女の、隠された、笑顔と共に。





 そう、彼は。

 図書館の一角で、今も彼女が手に取るのを待っている。

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