ザ・グレート・展開予測ショー

Maria's Christmas


投稿者名:斑駒
投稿日時:(03/12/24)

「お願い・します! お願い・します! あ。ありがとう・ございます! お願い・します! お願い……」

 クリスマス・イヴの夜、マリアはスカート仕立てのサンタ服を着て往来激しい街頭に立っていた。
 聖母の名は冠していても、実際のところマリアは神に背く存在とも言えるアンドロイド。クリスマスには縁もゆかりも無い。
 しかしクリスマスの日雇いアルバイトは他の日に比べて給与が高いため、少なからずその恩恵には与かっていると言えた。

「お願い・します! ありがとう・ございます! お願い・します! お願い・します!」

 仕事の内容はクリスマス・ケーキのビラ配り。
 工事現場のようにマリアの特殊な能力――要はその怪力なのだが――が活かされる事は無いが、それでもこの仕事はマリアに適していると言えた。
 というのも、常人なら仕事と割り切ってはいても通行人に無視して素通りされるとけっこうめげるのだが、マリアなら無視を受けようが白い目で見られようが、ただ黙々と、まさに機械的にビラを配り続けることができる。

「お願い……あ、ありがとう・ございます! おね……あ、ありがとう・ございます!」

 尤も、マリアの姿を目にした世の男性達は、少しでもお近づきになろうと積極的にビラを受け取りに来るので、余計な心配は皆無かもしれない。
 今夜も日が暮れたばかりで既にノルマの半分以上を配り終え、残りが片付いたら後は上がって給料を貰うだけという状態だった。

「お願……ありがとうございます! おね………あっ」

 少し周囲に視野を拡げる余裕がでてきたとき、マリアは見た。
 自分からビラを受け取った男の人が、少し歩いた先でそれをビリビリと破いて道に放り捨てるのを……

「あ………」

 そのシーンを見た瞬間、マリアの脳裏に古い記憶が甦る。



 マリアの前でビリビリと破かれて捨てられる小切手。
「悪いが帰ってくれないか? 僕は先刻もカオスに報酬は要らないと言ってあるし、それに君にも二度と僕らの生活を乱さぬようにと言ったはずだ。できればこれっきりもう二度と会わないで欲しい」
 ホームズはマリアに背を向けてパイプを咥えた。そしてずいぶん長いこと時間が経っても、そのパイプから紫煙が上がることは無かった。
 そんな彼も、今はもうこの世のどこにも居ない。



「………。お願い・します……お願い・します……あっ」

 気を取り直してビラ配りを再開するマリアの目の前で、またそれが破り捨てられる。

「あ、あ……」

 地面にばら撒かれた紙片が、通りを歩く誰かの足で踏みつけられたところで、また別の記憶が甦る。



 マリアの目の前で破き捨てられ、踏みにじられる契約書。 
「まさかあんたが魔女とは思わなかった。俺はしっかり見たからな。化け物を倒すときにあんたの手が外れて飛ぶのを。化け物退治の契約も報酬も無かったことにしてもらおう。命だけは助けてやるからとっとと村から出て行け!」
 依頼されてとある村を苦しめる化け物を退治したとき、戻ってきたマリアを待っていたのは裏切りと迫害だった。
 自分が常人とは少し違う。ただそれだけのことで……



「おねがい…します……ありがとう・ございます……おねがい………………ああ」

 再び気を取り直すマリアの目の前で、みたび破り捨てられるビラ。

「紙くずが……」

 拾い集めようと屈み込んだところで、またもや甦る記憶。



 破り捨てられた設計図を拾い集めようと屈み込むマリア。
「くそう!なぜ上手くいかんのだ!なぜ!? 理論上は間違い無いはずなのに、なぜ実践ではこうも失敗ばかり繰り返す!? 何が違うと言うのだ!何が!!! この天才の頭脳に不可能などあるはずは無いのに!!!!」
 カオスが実験に失敗したとき、マリアが拾い集めた設計図を見てもその原因を解明する事は出来なかった。
 自分はドクター・カオスの役に立つために作られたはずなのに……



「お願いしま……あ!」

 気付くと、ビラはいつの間にか残り一枚になっていた。
 その最後の一枚が、母親に連れられた女の子の手に渡る。
 事実上その日の業務を終えたマリアは、その場に立ち尽くしたまま、親子連れの動きを目で追う。

 女の子が歩きながらビラに目を通し、母親の袖を引っ張る。
 袖を引かれた母親がビラを受け取り、目を通す……と思うと
 グシャグシャ ポイッ
 母親はおもむろに手にした紙片を丸めて後ろ手に投げ捨てた。
 灰色の路上をマリアの方へと、小さな紙球が転がって来る。

「あ………」

 一瞬、マリアは自分がゴミ捨て場の中に居るかのような錯覚を感じた。
 誰も傍に居ない、誰も見てくれない、誰も必要としてくれない、そんなモノが集まって出来た場所。
 そんな場所に立ち尽くしている自分。
 マリアの視野はその瞬間、地面に落ちた紙くずたちと自分だけの灰色の世界に閉ざされていた。

 と、ふいにその視野の中に小さな手が入り込み、丸められた紙球を掴む。

「おかーさーん! ねえ、おねがい買ってよー! これ買ってー! サンタさんとおウチがのってるのー!」

 紙球を拡げて指差しながらとてとてと走る女の子。
 わざわざそれを拾うためだけに母親と繋いだ手を引き離して戻って来たらしかった。

「もうっ、この子は。仕方ないわねぇ。今日だけよ。ママからのクリスマス・プレゼントね」

 女の子から再び紙片を受け取った母親は、今度はそれをまじまじと眺めた。たぶん店の地図でも探しているのだろう。

「やったぁ! ありがとー! おかーさん大好き♪」

 足元では女の子が嬉しそうにはしゃいで、母親の片腕にぎゅっと抱きついた。

 女の子の様子を見届けたマリアは、自然とその親子に歩み寄り、きょろきょろと辺りを見渡す母親に声をかけた。

「よろしければ・ご案内・します!」





 マリアがバイトをしているケーキ屋は、ビラ配りをしていた場所のすぐ裏手にあった。
 自動ドアを開けて中に入ると、すぐにカウンターから店員の声がかかる。

「いらっしゃいませー……なんじゃ、マリアか」

 ケーキ屋のカウンターに立っていたのは、カオスだった。
 彼もマリアと一緒に募集を受けて、その見た目から最も体力的に楽なポストに回されていたのだ。

「イエス。ビラ配りの・ノルマ・完了しました! こちらは・お客様です。ドクター・カオス!」

 マリアの後ろから店に入ってきて紹介を受けた親子連れが、無事に目当てのものを見つけて購入する。
 女の子は片方の手で母親の腕を掴み、もう片方の手に買ってもらったケーキの箱を提げて、上機嫌で店を出て行った。

「ありがとう・ございました!」「ありがとうございました〜!」

 二人しておじぎと共にお客を見送り、ひと段落して、マリアがぽそっと呟く。

「ドクター・カオス。マリアも・ケーキが・欲しいです」

 あまりにも脈絡が無く、唐突な一言。

「ケーキ……じゃと?」

 カウンター越しにマリアの目を覗き込むカオス。

「イエス……サンタクロースの・載っている……」

 おそるおそるといった様子でカオスの目を見上げるマリア。

「……あ―――だめじゃだめじゃ。こんな高いモンは買えんわい。そんくらい、おまえもわかっとるじゃろうが」

 カウンターから身を乗り出してショーウインドウを覗き込んだカオスは、大袈裟に首を振ってみせた。

「………。イエス。ドクター・カオス。家賃が・滞納中・でした」

 返事をしながら、俯いたマリアは床をじっと眺める。
 視野の中に紙くずはもう無いけれど、さっき感じた錯覚が甦る。
 うち捨てられた紙くず、誰も振り向かぬゴミ置き場、ムヨウノモノ………

「なにをしておるマリア? 仕事が終わったのならさっさと帰ってケーキでも焼いたらどうじゃ?」

 ずっと俯いていたマリアは、頭上から降りかかるカオスの言葉にハッとして首を上げる。

「そうじゃな。ついでにシャンパンなぞあると良いかもしれん。頼めるか?」

 鷹揚な笑顔で、あまつさえウインクすら交えるカオス。

「……イエス。イエス! ドクター・カオス!」

 マリアはそんなカオスに、カウンター越しに思いっきりぎゅっと抱きついた。

「イテテッ、やれやれ。メリー・クリスマス。マリア」

 カオスは苦しそうに顔をしかめながらも、マリアの頭を笑顔でやさしく抱きとめるのだった。





 翌朝、ケーキ屋の前の通りには人影も無く、昨日の夜半から降り始めた雪がうっすらと積もっていた。
 通りに残されていた砂も埃も…紙くずも、みな雪に埋め尽くされて、視野に映るのはただ一面真っ白な銀世界のみ。
 そしてそんな世界の中、大切な人との大切な時間は、ただゆっくりと静かに流れてゆく……

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