クリスマス・イブ ―中篇―
投稿者名:veld
投稿日時:(03/12/24)
クリスマスイブまで、あと一日。補習で学校に来ている生徒達を乗せて、時間はあっという間に過ぎる。
最も、真面目に受けていれば、それはそれで長い時間に感じたのかもしれないが、睡魔に、タダ同然で『夢の国への往復切符』を貰った生徒に取ってみれば、その時間を感じる事もなかった。
横島も、無償でそれを受け取った一人だった。風の吹き付ける廊下の上でさえ、夢うつつだったのだから、いかに素晴らしい世界だったかはいわずもがな。
彼が目覚めたのは、結局の所、帰り支度を始める生徒の声によってだった。
ホームルームが終わると同時、タイガーは
「招待状作りをしてくるでごんす」
と言って教室を慌しく出て行った。方言の間違いを正す間も無い。別に、突っ込みが必要なものでもなかったかもしれないが、それでも少し悔いが残った。もっとも、そんなことよりも、今更に招待状かい!!と、そっち系の突っ込みの方が必要であった気がしないでもなかったけれど。
愛子はタイガーを見、「あわただし」と、一言だけ雅に言うと、眠ってしまった。
冬眠なのか?―――と、思って覗きこむと、目の下に隈が見えた。
引出しから、一枚、原稿用紙が落ちてくる―――草案。
どうやら、手伝っていたらしかった。
ピートと向かい合い、そして、溜め息をついて、呟いた。
いとあわれ。
勿論、苦笑交じり。
と、俺とピートはダウンした愛子の傍、彼女を起こさない程度の声量で話始めた。
テーマは―――結婚式。
「あの商店街みたいに派手に電飾とかつけてみたらどうだ?」
妙に気合の篭っていた通りを思い出し、身体をいっぱいに伸ばしながら表現しようとする。土台無理なことはわかっていたが、一応、友達、と言える奴の人生の門出なのだ。考えだけは出しておきたい。減るものでなし。
が、やっぱり、答えは素っ気無かった。しょっぱかった。
「経済的余裕なし、の一手で無理です」
「うぐ・・・」
俯き、首を横に振るピートを一瞥し、狭いようで意外と広い室内の中を見渡すと、うめき声が漏れた。確かに、そんな余裕があったら、改築でもしてそうだ。桁は違うかもしれないが―――それだけ、神父はお金と縁がない。縁を持つことを拒んでいるようにさえ見える程に。
いや、拒んでるんだろう。多分。
「そりゃ・・・まぁ、そうだろうなぁ・・・」
漏れでる溜め息は、別段、その答えへの失望だけからではなかった。
分かりきっていた答えだったから―――ただ、陳腐な意見しか出せない自分の頭の悪さが少し疎ましかったから出た溜め息だった。勿論、溜め息を出しても、答えが出せるわけでもない。溜め息の悪循環で無駄に寿命を縮めそうだったので、少し考えるのをやめる。そして、腕組みしているピートを見た。
ピートも頭を捻っているようだったが、良い考えは出ないみたいだった。そりゃ、ま。良い考えなんて、そう簡単に浮かぶものでもない。
「何か良い方法はないですか?」
疲れたような声音のピートの目が少しわずらわしくも感じる。
「良い方法・・・か」
正直、あったら俺が聞きたかった。
下校途中の道すがら、俺とピートは街の中に何かヒントになるものはないか、と言い合っていた。
が、実現可能なものはただの一つもなく、その度にがっくりと肩を落としていた。
そもそも、何故こんなことを俺達は言い合ってるんだろう?と、考えたりすると、否応なく、また考えずにはいられなくなった。
関係ない、などとは間違っても言えないのだ。他人事ではないのだ。きっと。多分。絶対。
どうしたら・・・ロマンティックな結婚式に出来るだろう?
暮れ始めた空を見上げ、不意に―――考えが湧いた。
実現可能か、不可能か、と言われたら―――問答無用で、不可能です、と言えそうな考えではあるけれど。
でも―――やれるなら、やってみたい。
教会に着くまで、纏めきれなかった、イメージ―――
それは。
今にも動き出しそうな野菜(厳密に言えば『生物』?)に如雨露で水を撒いてやったりしている神父が振り向き、笑顔を向ける。
聖職者たらん、表裏のない笑顔、これを見るたびに、俺はこの人の不幸さを少し悲しく思ったりする。
そして、今から言う事に賛同すれば、この人はまた、不幸になるのだろう。と、思い、後ろめたく思ったりする。
断られれば―――いや、断りはしないだろう。この人は。そういう人なのだ。
と、心の中で、神父を追い込んでみる。全く意味がないが。
「やぁ、ピート君、お帰り」
「ただいま帰りました、神父」
「こんばんわ〜・・・で、ちょっと聞いて欲しい事があるんですけど」
「タイガー君の結婚式のことかね?」
「はい・・・」
「何か良いアイデアでも浮かんだんですか?横島さん」
「とりあえず、中で話したいんですけど」
二日連続で訪れた教会の中。掃除をしたこともあってか、新鮮な中に、若干の馴れも感じつつある光景。昨日丁寧に拭いた椅子に座り―――俺は後ろの席に座る二人に、身を乗り出して―――言った。
「・・・天井を、ぶっ壊すんです」
一瞬、静寂が耳を打った。
いや、一瞬、ではないか。数秒。
数十秒?
一分―――?
「なっ、何を言ってるんですか!横島さん!」
ぷるぷると痙攣していたピートが、正気を取り戻すと、声を荒げた。
全く持って何を言ってるんだか、と自分でも思うが、良い考えだとは思う。
何故なら―――。
「綺麗な空だからな」
勿論、明日が雨だったらどうしよう、なんて考えは皆無だ。
何故なら、天気予報は明日は晴れ、と言っていたから―――と、言うわけではなく。
恋人達に、神は優しいから―――多分。
結構前に、教室で思っていたこととは真逆ではあるが、構わないのだ。うん。
「だ、だからって!」
「美しい夜空の中で結ばれる二人ってのは、たとえ教会がぼろくたって素敵だと思うぞ」
反論はあるだろう。が―――これ以上の考えは、そうはない。と、思う。
「ぼろいは余計ですっ!そ、それに・・・神父様だって・・・」
と、ピートは隣に座る唐巣神父を見―――。
「・・・やってみようか」
微笑みながら頷く神父に安堵の笑みを浮かべると、こちらを向いた。当然ですよ!と、言わんばかりに。
「そうですよ、横島さん!天井を壊す、なんて・・・・・・・・・って、い、良いんですか!?神父!?」
ノリツッコミだった。
「いや、いい考えだと思うよ。僕も出来る限りのことはしたいしね」
「神父・・・」
「でも、どうするんだい?天井を壊す・・・そんな時間なんて・・・」
「こんな時の為の・・・これっすから」
と、俺はポケットの中で転がる文珠を取り出し、空に放った。
タイガーから手渡された招待状を弓に渡した。
彼女は困惑した様子だったけど、読み進める内に驚愕に色を染めた。
そして、招待状を丁寧に鞄の中に仕舞いこむと、あまり感情を感じさせない目で、確認してくる。
「結婚、するんですの?」
「あぁ。プロポーズされてさ・・・」
「おめでとう・・・」
ほんの少しだけ、口元が緩んだように見えた。言葉も勿論だけど、それが凄く嬉しかった。
「ん、ありがとう・・・意外だな、あんたがそう言ってくれるなんて・・・ちょっとだけしか、思ってなかった」
「クスッ・・・何よそれ・・・」
表情に出して、祝福してくれる、とは思わなかったから。
だから―――嬉しかった。
街でたまたま雪を見かけたのは信じられない偶然だった。
これもきっと運命、と言うものに違いない。人波を縫って(押し込んで)、彼の元へ駆ける。
彼がたまたま振り返り、そして、自分を見た。
力ない表情であったのは少し気がかりだったが、言わなければならないことがあった。
渡さなければならないものが―――。
招待状を読み、彼は呆れたように気の抜けた声で尋ねて来た。
「結婚、するのか?」
「あぁ。プロポーズしたんじゃー」
「そっか・・・おめでとう、って言えば良いのか・・・」
戸惑った様子の彼に、頷くと、彼は微笑み、言ってくれる。
「おめでとう・・・でも、何で・・・?」
「運命の人・・・だからかのー」
「・・・運命の人?」
「そうじゃー」
「・・・運命、か。あんまり好きな言葉じゃねぇんだけどなぁ」
「わしもじゃー、でも、神に感謝する事が出来る、そう、思えたから、運命、だと思ったんじゃー」
きょとん、とした顔を浮かべた後で―――くっくっくっ、と乾いた声を立てると。
嬉しそうに、でも、少し、悲しそうに。
「本当に好きなんだな・・・お前」
彼は、言った。
「勿論じゃー!」
自分でも、そう、不思議な程に、好きだった。
それは、言葉にするには難しく、そして、行動で示すのはもっと、難しい。
だからこそ、こんな形にした。
自分は酷く不器用なんだと、思う。
きっと、目の前の友よりも、きっと。
私は声を掛けてみた。
「なぁ、弓」
何故、と聞かれれば、困るが。
「何ですの?」
「何か・・・あった?」
しいて言えば―――友達だから、だろうか?
「・・・?」
「顔色、冴えないよ?」
「・・・あなたには関係ないですわ」
素っ気無い態度の中に、でも、見える。
儚い感情。
「かもね。でも・・・」
「・・・何よ?」
「友達だからね、ほっとけないよ」
きょとん、と、弓が私を見つめ、そして、ふっ、と笑うと、そっぽを向く。
「・・・あなたには分かりませんわ」
「一応、話してみてよ。力になれるかもしれないし」
「・・・あなたには、分かりませんわ」
「俺も、好きなんだけどな」
「でも、別れちまった」
「だってよ。勝手じゃねぇか」
「俺は俺の勝手で、わがままで、あいつを縛ってるんだ」
「あいつに、これ以上迷惑は掛けれないし」
「俺なんかよりも、ずっと良い奴があいつにはきっと似合ってんだ」
「そうだろ?―――弓」
「・・・でも、それさえ、勝手なんだってことは―――分かってんだよ」
「・・・分かってんだよ・・・」
結局の所。
しつこく尋ねる私に、彼女は言葉を連ねた。
愚痴、と言うよりは、独白。
それも、そう、おいそれと尋ねるわけにもいかない類いの―――。
深く、重すぎる、言葉。
聞かなきゃ良かった、なんて、思っちゃいけないんだろうけど―――。
「勝手よね?」
「そりゃ、勝手だね」
頷きつつ、私は彼女の言葉を肯定する。
でも、彼女とは、少し、違う。
「男なんてぇぇぇ!皆そんなもんですわ!!」
違う―――私は、彼女の言葉に首を横に振った。
いや、違わないのかもしれない―――タイガーだって、弓の彼氏だって、きっと。
「勝手だけどね」
「・・・?何ですの?」
「勝手だけど」
「・・・」
「あんたはきっと、思われてるんだよ?」
「どういう意味ですの?」
「あんたを重荷にしたくない、ってのと、あんたの重荷になりたくない・・・。多分、彼は後者だったんじゃないかな?」
「・・・?」
「別れよう、って言われたの、一昨日なんだろ?」
「・・・」
「・・・そうなんだね?」
「・・・何で、そう思うんですの?」
「クリスマスを過ごせば―――きっと、離れられなくなるからね。あんたは、きっと、あの人を忘れられなくなるから・・・」
―――何故、タイガーは、私と結婚しよう、なんて言ったんだろう?
私はプロポーズされた時、実は、そう思った。
当たり前の事だけど、私は迷った。結婚なんて早すぎる、って思ったし。
でも。
彼の必死さが、私には伝わってきた。
そして、受け入れたい、と思った。
それだけだった。
私は、流されただけなのかもしれない。
クリスマス・イブを誓いの日に立てようと思ったのは―――
永遠に、忘れない為。
私も、タイガーも、弱くて。
だから、そう、この日にしようと思った。
強くなるためなんかじゃない。
決意する為。
実は、彼と、私とタイガーは、変わらないのかもしれない。
ただ、ほんの少し、視点をずらしただけなのかもしれない。
偶然か必然か。
運命か、そうでないのか。
そんなことは、問題では、きっと、ないんだろう。
続きます
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