ザ・グレート・展開予測ショー

クリスマス・イブ ―前編―


投稿者名:veld
投稿日時:(03/12/24)





 色鮮やかなイルミネーションに着飾った街は、にじんで見えた。ふわり、と漂う白く染まった空気に、世界はまた、姿を変える。
 目をしばたたかせて―――彼女は息を止め、天を仰いだ。


 見上げた空は、闇を溶かすように、温かな温もりに充たされている。
 緑色の、蔓のようなコードと電飾が、店から店へとつなげられていて―――まるでこの商店街がクリスマスツリーにでもなったかのように思える。
 見慣れた世界が、変わっていた。それは新鮮さを覚えさせる事はあったけれど、決して、違和感から来る不安を感じさせえるものではなかった。

 手の中にある買い物篭が触れ合うほど、混み合う事等なかったタイル地の道の上には人が溢れている。皆、柔らかな笑顔を浮かべ、行き交う人目など、気にすることもなく空を、その、情景を見つめていた。



 「やぁ、おキヌちゃん!」

 見知った店員は、どこか誇らしげに手をあげ、微笑んでいた。その声に目を向けた次の瞬間には、彼は別の方を向き、客の応対をしていた。
 ただ、会釈だけで応える―――慌しげな彼らに時間をとらせることは躊躇われたから―――その顔の理由は分かる気がした。
 人込みにごった返す通りには、幸せそうな顔のカップルで溢れている。

 羨ましさはある。でも、それ以上に、その場の雰囲気の暖かさが心地良い。

 冬の中にある温もりは余計にそう感じ取れる―――。



 「もうすぐ・・・クリスマスなんだぁ・・・」

 と、そう呟いた彼女の顔はいつものように穏やかに見えた。












 下級生は冬休みに入ったというのに―――彼らは未だ、学校に束縛されていた。
 いや、それは束縛、と言ういはいささかの語弊があるのかもしれない。決して、彼らは縛りはしていない。ただ、僅かな時間を、彼らに提供するように呼びかけているだけだった。そして、その時間を有効に活用する術を、皆に伝えようとしている。

 それが、親切の押し売り、と取るか、取らないかは、それぞれの判断に任せよう、と言うことなのだろう。多分。

 「クリスマスか・・・」

 物憂げに窓の向こうに見つめる横島の頭の中に浮かんでいたのは、一人で過ごすであろう、自分の悲しい現実の姿。
 はぁ―――溜め息をつく彼の耳に、みしっ―――と言う嫌な音が入ってきた。
 振り向き―――そして、絶句する。

 そこには、入り口で顔を壁にめり込ませているタイガーの姿があった。
 が、それは別段物珍しい事でも無いらしい、皆、気にする様子も無い。
 ―――愛子も、ピートも、一瞥するだけで、何を言うわけでもない。

 僅かに―――『慣れ、と言うものは恐いもんだよなぁ』と思ったものの、横島も、また、物思いに更けるべく、窓の向こうを見つめることを再開した。が、足音が近づいてきて、そして、彼の後ろで止まる。

 振り向くと―――そこには、顔を赤くしたタイガーがいた。
 鼻の辺りを強く打ってしまったのか、涙に滲んだ目を袖で擦っている。
 ―――何だ?と、目で尋ねるが、しかし、タイガーは口を噤み―――迷っている様子だった。
 言うべきか、言わないべきか―――横島は肩をすくめると、彼から目を離し、再び、窓の外を見やった。

 「・・・雨、降らないかなぁ」

 「・・・?」

 「雨降ったら・・・カップル、外に出れねぇよなぁ」

 「・・・!?」

 「・・・いちゃいちゃいちゃいちゃ・・・を、目の前で見なくてもすむなぁ・・・」

 「・・・(滝汗)」

 「・・・そう、思わないか?タイガー」

 と、振り向いて見やると、何故だかタイガーは顔を青くし、額から滝のような汗を流し、ぐっしょりと額を拭うハンカチを濡らしていた。

 口を開こうとし―――そして、止められる。手で制された。何故か、彼は涙も流していた。
 要領を得ない―――困惑する横島に、彼は、一言、こう言った。

 「わし、結婚するんじゃー」

 「はっ?」

 「だから、結婚」

 「・・・誰が?」

 「わしが」

 「・・・今日はえいぷりるふーるじゃないな」

 「?」

 「よし、嘘だ」

 「いや、本当じゃけん」

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・え!?」

 そして、口を開いた彼を中心に―――
 わずかなざわめき―――そして。
 教室内が、連鎖的に凍りつき―――


 「え・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 そして、叫び声が室内を震わせた。





 真偽云々関係もなく、噂なんてものはあっという間に広まるもので。タイガーの迂闊な発言は、『実はタイガーがジャングルにいた頃に攫ってきたブロンドの女の人に慰謝料請求されているらしい』と言うところにまで歪曲されていたりした。
 で、真実を語られた彼らは、別段、その噂を正そう、などと動く事もなく。
 のんきに話してたりした。



 時に、教室の一角で話す彼らは身内も同じタイガーのことを、しみじみと語っていたりした。

 「あいつらが結婚ねぇ・・・随分思い切ったもんだなぁ・・・」

 「私、相手の娘は知らないけど、でも、タイガー君が結婚するなんてねぇ・・・」

 「あいつよりはまだ、先に結婚する・・・って、思ってたんだけどなぁ」

 少し悔しそうに言ったものの、実際の所、彼よりも早く結婚をしたい、などと思っていたわけじゃなかった。まだ、そんなことを考えるような年頃でもなかったから―――しかし、漠然とではあるが、彼よりも遅く結婚する、と言うのは少し悔しかった。

 「タイガーはいつも『魔理さんはわっしの運命の人なんジャー!』って、言ってましたしね・・・早すぎる、とは、お互いに思っていないんじゃないですか?」

 思い出してみるものの―――横島には、タイガーがそんな恥ずかしいことを言っていたかはあまり記憶になかった。実の所、タイガーと自分が会う事はそれほど多くもなかった。自分が仕事の時、彼は学校に。彼が仕事の時、自分は学校に、と、意外とすれ違っている事も多かったからだった。いや、実際の所、自分にそう言う事で、『裏切り者ぉぉぉ』と、罵られるのが嫌だったのかもしれないが。―――そこまで考えて、苦笑する。自分はやっかみはするかもしれないが、別段、彼らの邪魔をしようとは思わない。目の前でいちゃつかれたら話は別だろうが。
 ちなみに、何故かピートの物真似は、ゴリラを意識しているように見えた。しかし、その表情はさして崩れる事もなく、美しいままだった。それが少しだけ癇に触ったが、別段、今更やっかんでもしょうがない。

 「十分過ぎるほど早すぎる気がするけどなぁ・・・まっ、あいつらがしたい、と思ったんなら、それで良いのかもな・・・一回失敗してみるのも・・・どうでも良いけど、ピート、似てねぇぞ、物真似」

 「そうね、離婚したりするのも青春よね。青春。で、私も物真似はやっぱり似てないと思うわ」

 「いや、失敗するとは限らないですし。似てると評判なんですけどね、物真似」

 「で、式の日取りとかは・・・決まってるのか?誰に評判かは知らないけど、そいつ、絶対ゴリラの物真似と勘違いしてるぞ」

 「どうなんでしょう?そこまでは聞いていませんけど。エミさんには褒められたんですけど。上手ね〜って。」

 「それは自慢なのかどうなのか良く分からんが・・・とりあえず、似てないと思うぞ」

 「あっ、タイガーくんだわ」

 のっそりと、巨体を揺らしながら、彼は教室の中に入ってきた―――そして、頭をぶつけた。開け放たれたドアの向こうには、彼に話を聞こうとして追ってきていたのか、違うクラスの連中の姿が見えた。そして、入ってきた彼に、クラスメートが駆け寄る。
 いわく。

 「慰謝料の相場は何円か!?」

 「てか、何をしたんだ、お前は!」

 「タイガー君、最低〜」

 などなど。

 駄目ゴシップに踊らされている同年代をまるで視野に入れず、人と机などの障害物を轟音と共に押しのけながら、彼は文字通りまっすぐに向かってくると。
 深呼吸し。

 「ぴ、ピートさん、力を貸して欲しいんジャー!!」

 吼えた。














 三日後に訪れる日―――12月24日。
 ―――俗に、クリスマスイブ、と呼ばれる日。


 それは、恋人達が最も幸せな時に浸る日らしい。
 全く縁のない事なので、本当なのか定かではないが、そうらしい。
 と、雪之丞は、すっかり冬支度を終えた街を眺めながらひとりごちた。

 東京にいたのは、たまたまだった。
 香港の仕事も一通り終え、偶然に東京へやって来ただけ。
 偶然か、と問われれば、迷いなく頷いたに違いない。

 が、偶然が必然になってしまうこともまた、有り得るのかもしれない。―――今、ここに居る、と言う事を、偶然とするか、それとも必然と考えるか、それはどちらにも転べる―――転がす事ができる、と言うことだった。
 決めるのは、神様でもなければ、仏様でもない。まして、悪魔が決めることであろうはずもない、自分が決める事、だったが。

 見上げた視界に入る、寂しげな空。曇っている空は、まるで、巨大な蜘蛛の巣のようにも思わせる。決して美しくはなく、白色でさえない。陽光に輝くこともないが、しかし、そう、思わせる。
 あの場所へ行けば、逃れられないような気持ちにさせるのだ。それは、遠い地に行く事を拒ませる空の色に見えた。
 しかし、自分はまた、戻るだろう。そうしなければならない。例え、縛られると、分かっていても。

 遠い地は、蜘蛛の糸のようなものだった。一人分の重さしか支えることの出来ない細い糸。

 何故、そう思ったのだろう、と考えてふと、浮かんだ思いがあった。
 それは、今更に気付いたことだった。



 彼は携帯を取ると、少ないメモリーの中、一番に入っている名前を押した。





 「今年もパーティーをやりませんか?」

 そう、切り出したのはおキヌちゃんだった。
 『おう、良いぜ!』―――そう答えそうになって、口を噤む。そして、緩める。―――いや、緩まってしまう口元。
 へら〜、と、自分でも少し、緩めすぎかな?と、思うくらいに、緩める。緩めてしまう。
 返事をせず、笑みを浮かべてしまう自分に、彼女は首を傾げる。そして、笑顔を浮かべて、尋ねてくる。

 「何か良い事でもあったんですか?」

 頷いた。何度も、何度も、頷いた。彼女はまるで自分の事のように、幸せそうに微笑むと。

 「どんなことです?」

 そう、聞いてきた。聞いてきてくれた。よくぞ、聞いてくれた。

 「ちょっと耳を貸してくれるかな?」

 彼女は頷いた。私は身を乗り出して―――

 「クリスマスイブなんだけどね・・・」

 それを聞いた彼女が、驚きのあまり、「え!?結婚!?」なんて言っちゃったのは。
 仕方がないこと、だったのかな?―――と、思ったりする。

 彼女の声を聞いて―――クラスが一瞬、ざわついた。
 そして、近づいてくるクラスメート達。

 その子たちの口から出てくる言葉は―――

 「おキヌちゃん、結婚するの!?」

 「おキヌちゃんなら良い奥さんになれるよね!」

 「相手は誰?」

 「やっぱりあの、横島って人?」

 ―――な、言葉だった。

 「・・・え!?え!?あ、あの、その、横島さんは・・・関係なくて・・・そ、それにっ、わ、私じゃなくてぇぇ、一文字さんっ」

 戸惑い、慌てふためき、そして、その子たちに何を応えるか分からなくなってるおキヌちゃんを見つつ―――。
 私は少し、憮然とした。

 そんなに、『私と結婚』って結びつかない?
 おキヌちゃんと結婚ってのは似合う?

 と、皆がおキヌちゃんの言葉を聞き、こちらに目をやる。
 ようやく?―――と、少し冷めた眼差しを向けると、彼女らは身を乗り出して―――聞いてくる。

 「「「「・・・ひょっとして、一文字さん!?」」」」

 「何?」

 「「「「ヤンママになるの?」」」」

 「う、うるさいっ!!!」

 少し。
 ほんの少しだけだけど。
 悲しくなった。




 弓の奴が休みで良かった。
 いや、この場合、いてくれた方が良かったのかな?

 「これだから・・・」と始まって、愚痴られるのがオチだったのかもしれないけど
 ひょっとしたら―――「うらやましいなぁ・・・」と、今、騒がしい周りの女の子達に困ったような眼差しを向けるおキヌちゃんのように言ってくれたのかもしれない。

 どうなんだろう、ね?
 分からないけど―――。

 「ヤンママになりますの?」

 なんて、言われたら・・・やだなぁ・・・。











 天高く聳え立つビルの―――窓の外の風景が綺麗な展望レストランで食事を取っていた。
 クリスマス前とあって、予約を取るのは少し難しかったけど何とかなった。今、目の前には嬉しそうにナイフとフォークで器用にで肉料理を切り分けている弓の姿がある。―――俺は味なんてわからないワインをあおりながら、硝子窓にぼやけながら映る自分の姿を見ていた。
 相当に高いらしい窓枠の外の世界は、見ているだけで少し動揺する―――。
 そんなに高いところは得意なわけではないので、こっそりとへっぴり腰だった。

 「・・・あなたが私をこんなところに誘うなんて・・・どんな風の吹き回しかしら?」

 ナプキンで口を拭きながら、彼女は俺を見つめ、言う。その口元にかすかに浮かぶ笑みに、彼女は気付いているんだろうか?いないんだろうか?―――口調と反面。可愛らしく見えてたまらなかった。

 「纏まった金が入ったんだよ。で、こういうところ、来た事ないから・・・」

 「だから私を誘ったんですの?」

 頷くと、彼女は満足げに頬を緩め、そして、自分を戒めるよに、次の瞬間には引き締めた。

 「学校、本当に大丈夫だったのか?」

 「別に構いませんわ。一日や二日なら」

 つまり―――大丈夫ではなかった、と言うことなんだろう。
 良いわけがない。構わないわけがない。我が侭に付きあわせてしまった―――。

 「その・・・さ。ごめん」

 「?」

 「俺、香港行ってたり、修行してたりで・・・お前と一緒にでーと・・・とか、出来なかったりでさ・・・」

 「・・・何を、言ってるんですの?」

 彼女は本当に、何を言っているのか、分からないように見えた。
 ひょっとしたら、俺の事なんて、俺が思うほどには思っていないのではないだろうか。

 「普通なら、もっと、いろんなとこ、一緒に行ったりするんだろうけど・・・俺、分かんないしさ」

 「別に私は・・・」

 困ったように―――口を噤む彼女に、俺は言う。

 彼女は何を言おうとしたんだろう?

 『あなたを恋人だと思ったことはない』だろうか?

 ―――それなら、心は楽だ。
 ―――思い焦がれた日々と、彼女のことを考える意味が失われるような気がして、少し寂しくはあるけれど、きっと、楽だろう。

 でも、嫌だった。

 「なぁ、弓?」

 「な、何?」

 「別れねぇか?」

 放った言葉の持つ意味は、考えるまでもない破滅だ。
 それは、彼女の表情が物語っている。
 言葉のない、彼女の口が物語っている。
 震え、潤む、眼差しが物語っている。

 後悔すると同時。
 もう、戻れない事を知ったのは、彼女の背中を見た、その瞬間だった。































 がらんとした教会の中は暗かった―――外は漆黒の闇の中にあるのか。
 雨音が聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。今はもう、ただ、静寂の中にあるから。
 俺は苦笑しながら、近づいてくるピートに声を掛ける。

 「結婚式にこの教会を貸してくれ、か」

 「泣き疲れちゃいましたからね。それに、丁度、空いてましたから」

 「この教会が空いてない日があるのかが物凄く疑問だけどな」

 苦笑しながらモップ掛けをするピートの視線には、必死で雑巾で壁を拭くタイガーの姿があった。

 「プロポーズしたのが12月19日・・・で、結婚式場予約が・・・馬鹿か?あいつ」

 東京中、郊外の方の式場にも問い合わせたらしいけど、無理だったらしい。
 時期が時期だけに―――まして、四日前から準備をしようなんて、正気を疑う楽天家としか思えない。

 「『12月24日に結婚式を挙げたい』・・・と、そう言われたらしいです」

 「わがままを行き過ぎて・・・遠まわしの拒絶にも思えるけどな」

 「一年後・・・、のつもりだったのかもしれませんよ?タイガーはすぐ結婚したい、と思ったから頑張ってるみたいですけど。『独身最後のお願い』ですからかなえてあげたい、だそうで」

 「独身最後、か」





 ぴかぴかに磨き上げた教会は、それでもやっぱり、所々に塗装がはげていたりして冴えない。それを『味な仕事ですね』と見る奴もいるかもしれないが、きっと、彼女はそうは思うまい。
 修繕などはされているのだろうけれど、それでもやはり年季が立っている所為だからだろう、見える部分でも、いかんせん、ボロボロに見えてしまったりする。

 「新婦は・・・教会についても、何か我が侭は言わなかったのかな?」

 肩をすくめるピートの背中は、少し嬉しそうにも感じられた。―――いつもはここの掃除を唐巣神父と二人でやっているのか?それともしていないのか―――分からないけれど、綺麗に出来る、と言うのは、それなりに嬉しいものなのかもしれない。

 少しだけど・・・気持ちは分かるかな?
 苦笑しながら―――手にした雑巾を冷たい水に浸した。
 ひんやりとした水が、少し、優しく感じられた。





 続きます

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa