ザ・グレート・展開予測ショー

独りぼっちの、クリスマス。


投稿者名:ライス
投稿日時:(03/12/21)








 年甲斐も無く風邪を引いた―――。





 クリスマスイヴ。
 恋人達は夜のデート、
 子供達はサンタがいると信じ込み、靴下をぶら下げてプレゼントを心待ちにし、
 その両親は子供達の成長を願って、子供達の待ち侘びるプレゼントを送る、
 そんな夜―――。


「38.3℃……、全然下がってませんね……。」


 私が口に咥えていた温度計が鳴ると、
 脇にいたおキヌちゃんがそれを手に取り、デジタル表記で計測された温度を確かめている。


「ゴメンね?おキヌちゃん。これから出かけるっていう時に……、」

「そんな……!美神さんがこんな状態ですし、
 今日は一文字さん達には悪いけど行かない事にしようかと……、」

「ダメよ、おキヌちゃん……!今、行かなくてどうするのよ?」

「で、でも……。」

「私だって、子供じゃないんだから一人で何とか出来るわ?
 だから気にしないで、クリスマスパーティ、楽しんでらっしゃいよ。」

「だけど……。」

「でもも、だけどもヘッタクレも無いわ!私がいいっているんだから、
 おキヌちゃんは出かけなさい!イイ?」

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……。なるべく早く戻ってきますね?」

「そんなのいいから、ホラ、さっさと行ってらっしゃい!?一文字さん達も待ってるわよ?」


 ドアのイヤホンの音が鳴る。どうやら彼女達のようである。


「お〜い、おキヌちゃ〜ん、行くよ〜?」

「あ、ハ〜イ?じゃ、行ってきますね?」

「エェ、行ってらっしゃい。私の事は気にしなくていいからね〜?」


 そうして、私の部屋のドアが閉められる。その後は思ったよりも静けさが残った。


「ったく、あの子も私が後押ししなきゃ行けないんだから困るわよねぇ……。
 まぁ、それがおキヌちゃんのいい所だけど。」

「…………」


 私はアイスノンをつけてベッドに仰向けに横たわったまま、ぼんやりと天井を見上げた。
 もう何年ぶりかしら。一人きりでこうやってクリスマスを過ごすのは。
 そう言えば、昔にもこんな事があったような記憶が……?


 えぇと、あれは……。 







「……37.9℃かぁ。少し下がってきたわね……。」


 子供部屋。私はベッドに同じ様に横たわっている。
 ママが体温計を私の脇の下から取り出して、私の体温を確認している。


「ぁっと、もうこんな時間だわ……!
 じゃあママ行ってくるから、お薬ちゃんと飲んで大人しくてるのよ?」

「うん……いってらっしゃ〜い……。」


 ママはいつも忙しかった。それはクリスマスの時も同じ。
 腕につけている時計を見ると、慌てて私の部屋を出て行く。
 それを見ていた私はドアが閉まると、ふてくされてごろんと寝返りを打った。

 分かっていた、ママが忙しいのは。
 分かっていた、それが断れない仕事であるのも、そしてママがそれを断れない性分だって事も。
 そう、分かっていた―――でも、今日はクリスマスなのに……。

 私は子供心に寂しさを覚えていたのだと思う。
 そりゃあ、ママの仕事の関係上、致し方ない所があったのだけれど、
 それでも、子供の私は不満だった。

 小学校の友達は皆、クリスマスが楽しみだとか、
 親と一緒に美味しいもの食べに行くんだとか、
 サンタさんがどんなプレゼントを持ってくるのかとか、
 そういった話題ばかりで教室の中は持ちきり。

 でも、私は苦笑いを浮かべて友達の話に合いの手を入れたり、
 楽しそうに笑っていただけ―――ソレガジツゲンシナイカラ。

 実際、今日のままの仕事は前々から知っていたから、なおさらだったのだけれど、
 此処に来て風邪を引いてしまったから、余計にそれが増幅した。
 身体から発する熱のせいで身体火照っていて、頭もうすぼんやりしていたし
 泣きはしなかったけど、それに近い感情を胸に抱いてベッドに寝転がっていた。


「あ〜ぁ、ツマンナイの!―――ママ、早く帰ってこないかなぁ……。」


 そう呟いて、私は再び寝返りを打った。
 ふと窓を見上げると、茜雲の夕焼けが広がりかけている。
 聞こえるのは遠くに聞こえる自動車の音、
 近所のおばさんの声や小さな子供の泣き声。
 それを照明もつけずに薄暗くなった部屋の中で聞いていた。
 それは退屈そのもの。おまけに時間の経過がいやに長い。
 私は一つ欠伸をすると、布団を包ませて、今度はうつ伏せに寝転がる。
 胸が苦しくなる。それはキュッと締まって何かこう、耐え切れないものが溢れてきた。
 それが居ても立ってもいられなくなった時、一気に溢れ出て来る。



 気付くと、私は枕の元で大泣きしていた。



「ェグ……!ヒック、ウェェェェェェン……!?ママ……、早く帰ってきよぉ……!?」


 濡れる枕。涙が止まらない。
 でも、どうにもならない。
 幾ら泣き叫んでもママは帰ってこない。
 だから、しょうがなかった。
 ただ、泣く他は。


 そうして私は泣き続けた。どうしようもなく。



 そして、次に気付いた時はもう夜だった。
 部屋の中は真っ暗。ただ、外の月の明かりだけが窓から部屋を照らしている。
 いつの間にか眠っていたようであった。


 すると窓の向こうから、音楽が聞こえてきた。
 隣の家から聞こえてきている。どうもテレビのCMかなにからしい。


『♪きっと君は来ない、一人きりのクリスマス・イヴ、Woo〜……』


 そう微かに聞こえた男の人の歌声。
 ママが帰ってくるは気配は一向に無い。
 未だに独りぼっちのクリスマス・イヴだ。
 そう考えるとその歌が自分の事を言っているようでとても惨めな気分になって来る。
 そして、泣き出しそうになってまた涙が、眼に浮かんできた瞬間だった。
 ドアの開く音がしたのは。


 私は涙を流すのを止めた。
 そして、じっとママが部屋に入ってくるのを心待ちにする。
 でも何故か、その足音は妙にどたどたとしていた。少なくともママの足音ではない。
 すると鞄がどかっと下ろされる音がする。
 ズタッ、ズタッとリズムを刻む足音が私の部屋に徐々に近付いてきた。
 その音がドアをはさんで、その向こう側の前で止まると、今度はドアのノブが回る
 そしてドアが開かれて、部屋の電気が点けられた――。


「どうした、令子。風邪でも引いたのか?」


 入ってきたのは鉄仮面の男。言うなれば、私のオヤジだった。
 その帰還はいつも突然だ。
 滅多に帰ってこないので予想だにしていなかったし、
 ママかと思っていたので、その期待は見事に崩れ去った。


「あ…………。」


 どう言って喋ったらいいのか分からなかったので、私は無言で頷く。


「そうか、ママは仕事か……。ったく、あいつも困ったもんだな……。」


 これが厭だった。この前初めて会った時にもママから聞いていたけど、
 やっぱり慣れない。心を読まれるのあんまりいい気分ではなかった。


「じゃあ、晩御飯もまだだな?ヨシ、待ってろ、イイモノ作ってやる。」


 そういって、オヤジは部屋を出て行った。


「デキたぞ〜?」


 暫くして、意気揚々と明るげに親父が戻ってきた。
 似合わないエプロンをつけて、手袋をはめて土鍋を持っている。


「ン?気になるかい、この土鍋が。」


 まただ。でも、本当の事だから此処はあえて聞き流す。
 オヤジが鍋蓋を開く。中には熱々のお粥が入っていた。


「特製のお粥さ。パパも学生の頃、風邪になったとき良く作っていたんだ。」

「…………」


 オヤジがそう言っているものの、お粥はどう見ても美味しそうには見えなかった。
 これだったら、ママが作ってくれた方のがよっぽど良かったのに。


「……まぁ、見れくれは悪いけど味と効果はあるから、ホラ。」


 オヤジは蓮華でお粥を救って、私の口元に持ってくる。
 私はいやいや口を開いて、その一口を食べた。


「……美味しい。」


 それはそれは本当に美味しかった。
 その美味しさが口の中に広がり喉元を通っていく。
 そして、私はもう少し食べたいとも思った。


「……もう少し頂戴。」


 すると、オヤジは鉄仮面の下でニッコリ微笑んで、


「言うと思ったよ。じゃあ、自分で掬いなさい。」


 と、蓮華を差し出した。それを手に取って。
 私はそのお粥を凄い勢いで食べ始めた。
 そう、これが私の記憶に残るオヤジとの思い出。


 それほど、オヤジの作ったお粥は美味しかった。
 そう、美味しかったわ。
 また、食べてみたいなぁ………………。










「…………みさん、みかみさん、美神さん!」


 私の身体を揺り動かす誰かとその声。


「ゥウン……。」


 私はまだ目が覚めなかった。


「よぉし、こうなったら、オレのアツ〜〜〜イ口づけで美神さんを……、」

「止めなさいって言ってるでしょーがっっっ!?」

「ブベラッ!!」


 必殺のコークスクリューが顔面にヒット。
 彼の身体は宙に舞い、後方5mに叩き付けられる様に落下。


「イタタタ…………ヒドイじゃないッスかぁ!?せっかく人が起こしに来たって言うのに……!」

「起こし方が悪いわっ!!って、横島クン、いつの間に?」

「あぁ、おキヌちゃんが家に来て、
 美神さんが風邪で寝込んでるから、自分の代わりに看て遣ってくれって頼まれて……。」

「……そっか。そういう事なのね?」


 いかにもやり方がおキヌちゃんらしいわねぇ。
 と、微笑んでいるとお腹がグルグルと鳴り出した。
 そういえば、お昼を食べたきり、何も食べて無かったわね。


「……聞こえましたよ?今、お腹鳴ったでしょ、美神さん……。」

「バ、バカ……!聞こえてるんだったら、さっさと何でもいいから食べ物持ってきなさいよ!?」

「ハ、ハイ……。」


 恥ずかしかったのでもう一発、横島クンにお見舞いしてやった。
 彼もしぶとく起き上がると、何事も無かったように部屋を出て行く。
 暫くして、廊下の方からなんだかいい匂いがする。
 すると、横島クンが土鍋を持ってきていた。


「ど、どうしたの?それ……。」

「エ、何って、美神さんに言われた通り、食べ物持ってきたんですけど?」

「それは分かるけど……、まさかわざわざ作ってきたわけ?」

「だって、それの方が消化に良いでしょう?ほら、美神さん、風邪引いてるし。」

「そ、そう。でも、横島クンがお粥作れるなんて……。」


 すると、横島クンは心外そうにふくれた表情を見せて、


「馬鹿にしないで下さいよ?俺だってこのくらいだったら作れますって。」
 
「へぇぇ、意外ねぇ。それじゃあ、戴いてみますか……。」


 私は蓮華でお粥を掬って、それを口に運んだ。
 すると、どうだろうか。
 オヤジの作ったモノと一緒の味が横島クンのお粥からもする。
 いや、違うかもしれないけれど、それは確かに味が似ていた。


「……横島クン、このお粥ってどうやって作ったの?」

「た、確か、卵とニラと豚肉を入れて、後は調味料を手当たり次第にパパッと……
 それがどうかしました?」

「え、な、なんでもないわよ?ただ美味しいなぁと……。」

「でしょう?オレも風邪引いたときに材料があればやってるんですけど。
 良かったぁ〜〜っ。不味いとか言われたどうしようかと……って、美神さん?」

「え?」

「……涙流れてますよ?」


 涙を流していた。横島クンに言われるまで気付きもしなかった。
 涙はぽろぽろと流れ落ちる。自分の意志とは関係なく。
 でも、悲しくない。むしろ嬉しい。


「どうしたんですか……?」

「ん……、なんでもないわよ?」


 私は涙を拭って横島クンの方を向いた。
 彼はきょとんと私の方を見つめている。
 今日はクリスマス・イヴ。


 昔は独りぼっち。
 だけど、今は独りぼっちじゃない。


「ありがとう、横島クン。」


 私は微笑んで彼の目を見つめて、こっそりと呟いた。


「……今、何か言いましたか?」

「さぁね、気のせいじゃない?」


 オヤジの記憶と現在の横島クンの記憶。
 どっちも私の記憶、思い出。
 私はどっちも大切にするだろう。




 そんな事を今年のクリスマスに思った。

 
 

 
―The End―

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa