ザ・グレート・展開予測ショー

『聖なる夜に、さよならを』


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:(03/12/17)

「あら、西条さん。今日は来られないかと思ってたのに。」

 不意にオートロックのインターホンが鳴り、料理の準備をしていた美神はその手を止めて受話器を取る。
 その時の第一声がこの台詞だった。



「いや、思ってたよりも早く仕事が片付いてね。ちょっと寄ってみたんだ。でも、まだ早すぎたみたいだね。」

 玄関でコートを脱ぎ、話しながらそのコートをエプロン姿の美神に手渡した。
 チラリとキッチンを覗くと、豪勢な料理の数々と共に、恐らくは今日のメインであろうターキーとブッシュ・ド・ノエルの作りかけがテーブルの上に置いてあるのが見える。
 12月24日。今日は日本中、いや、世界中でみんながこの日を祝福する。クリスマス・イブ。
 そしてここ、美神のマンションでも事務所の仲間とその友人とでパーティが行われる予定なのだ。

 美神は西条から預かったコートをハンガーに掛けると、まだ雑然としているキッチンに戻っていった。
 中断していた作業を再開しながら、美神は申し訳なさそうに西条に話しかける。

「ゴメンね、西条さん。今日は仕事で来れないと思ってたから、西条さんの分用意してなかったの。
 今すぐ用意するから。」
「いや、いいんだ。もともとお誘いを断ったのは僕の方だし、それにこの後もう一件『用事』があってね。
 だから気にしなくていいよ。」

 余計な気を遣わせてしまったかな? と、西条は慌てて美神の申し入れをやんわりと断ると、ソファーに体を預けて何気なく室内を見回した。

「それより、横島君達はまだ仕事かい?」

 話題を切り替えようと、西条はふと思いついた事を聞いてみた。
 最近、美神は横島とおキヌ、それぞれ一人だけで仕事をやらせる事がよくある。そろそろ彼女も本気で横島達を一人前にしようと考えているのだろう。
 最初の頃はこっそりと後について行って、ミスをフォローしていたりもしたが、ここのところそんな心配もしなくて済むようになってきているようだ。

「ええ、でも今日のはそんなに難しくない依頼だから、割と早く帰ってくると思う。あんなでも最近は結構頼りになるのよ、彼。」

(彼・・・か。)

 何気ない美神の言葉がチクリと西条の心を刺す。不意になんともいえない寂しさに包まれた。

 彼女と横島が正式に付き合い始めて、もう半年ぐらいだろうか。自分の中ではもうきちんとカタをつけた筈なのに、こうしてその現実を突きつけられるとやはり胸が痛い。
 どうして僕は今日、ここに来てしまったのだろう。その為にわざわざこの日に仕事を入れた筈じゃなかったのか。

「未練・・・だな。」

 情けないヤツだ。そう自分に言い聞かせる。もう終わった事じゃないか、と。



 想い人の話題が出たのをきっかけに、美神は料理の準備を進めながら『彼』の事を嬉しそうに話し始めた。

「アイツって ―――――――」
「この間なんて酷いのよ ――――――――――」
「聞いてよ、西条さん ―――――――」

 西条はその美神の話一つ一つに丁寧に相槌を打ちながら、言いようも無い切なさを堪えるのに必死だった。

(きっと、今、君の話を聞いている相手は・・・僕じゃなくたっていいんだろう? 令子ちゃん)



 いたたまれなくなったのだろうか、西条は腰掛けていたソファーから立ち上がると、キッチンへと歩き出した。
 キッチンに入ると、西条は無理やり明るい声を出してテーブルの上のから揚げを一つ、ひょいとつまんだ。

「はっはっは。そういえば今日、昼飯も食べて無かったよ。おなかペコペコだ。一つもらうよ。」

 美神の返事も待たずに、西条はから揚げを口に入れる。うん、旨い。
 確かに旨い。でもそれ以上に懐かしい。昔、よく食べさせたもらった彼女の母親の味に良く似てる。

「あ・・・もう、つまみ食いしちゃだめよ。西条さん。」

 美神は振り返り、悪戯をした子供を叱るように西条をたしなめた。

「ゴメンゴメン、でも、美味しかったよ。だんだんお母さんの料理に似てきたね。」

 西条もまるで悪戯をした子供のように笑った。

「留学に行く前に食べさせてもらった令子ちゃんの料理よりも、はるかに上手になってるよ。」
「もう・・・! お願いだからアレは忘れて。あんなのでもあの時はホントに一生懸命作ったんだから。」

 西条にからかわれて、美神は顔を真っ赤にしながらそっぽを向く。
 そんな彼女を見て西条も微笑をこぼした。そしてふと思う。

(きっと、今はアイツの為に一生懸命作っているんだろうな・・・。)

 そんな考えが頭をよぎったという事実に、西条は思わず苦笑してしまった。

(まるで負け犬だな・・・、今の僕は。そんな情けない考えしか思い浮かばないのか?)

 西条はそんな自分を認める気にはなれなかった。強がりでもいいから、未練がましい自分を否定したかった。
 そして西条は、無理やりに喉の奥から言葉を搾り出す。

「横島君も喜ぶだろう?こんなに美味い料理を作ってくれる彼女がいて。」

 心にも無い言葉。こみ上げる虚しさ。その言いようの無い寂しさを隠すように、西条は精一杯余裕の表情を浮かべた。

「どーだか。アイツって何作っても『こらうまい!こらうまい!』ばっかりよ。
 食べ物ならなんでもいいんじゃないの?って思っちゃうもの。」

 言葉とは裏腹に満更でもない顔で、美神は少し照れながらそう言った。

「はっはっは、そいつは困った男だな。どうだい?・・・そんな男はやめて、もっと気の利く男に乗り換えないかい?」

 西条はいかにも軽口を叩くかのように美神に近づき、背後からそっと腰に手を回す。
 軽いジョークのつもりだった。だがその手の中に包んだ暖かさと、優しい香りが彼の心を激しく揺り動かし始めてしまう。

(・・・いっそこのまま・・・奪ってしまえたら・・・!)

 西条の胸の奥に暗い炎が宿り、それはゆっくりと彼の心に燃え広がる。西条は次第にその感情を抑えきれなくなっている自分を感じた。
 握った手に無意識に力がこもってゆく。




「フフフ、それも悪くないかもね。」

 美神は西条のジョークに答えるように軽く笑い、一旦言葉を切って、そしてゆっくりと呼吸を整えた。
 もしかしたら、美神も西条の心の揺らぎを感じ取っていたのかもしれない。
 腰に回された手を軽く握り、体を西条に預けた美神は自分の背中越しに西条の顔を見た。

「・・・でもね、西条さん。」

 西条を見つめる彼女の瞳は――まるで彼の心の全てを見透かしているかのように――とても悲しく、そして限りなく澄んでいた。


「それでも私は・・・『アイツ』じゃなきゃ・・・イヤなの。」


<ドクン>

 西条は心臓が一つ大きく鼓動するのを感じた。
 続いて頭をハンマーで叩かれたのかと思うほどの衝撃が彼を襲う。不意に目の前が、まるで暗幕が降りるように暗くなる。
 だがその衝撃は同時に、彼の心中に燃え盛るほの暗い炎をも凄まじい勢いでかき消してしまった。
 西条はふっと、心が軽くなるのを感じた。まるで重い呪縛から解き放たれたかように。

(そうか・・・。もしかしたら僕は・・・この言葉を聞きたかったのかもしれないな・・・。)


 時間にして僅か数秒。だが、その数秒は西条の未練に縛られた心を解き放つには充分な時間だった。


 西条の顔に自然な笑みがこぼれる。いまなら、きっと心から祝福できるはずだ。
 その西条の晴れやかな顔を見て、美神もまた再び柔らかい笑顔に戻った。

「それに・・・いくら気が利いても、留守番電話に女の人からのメッセージが何件も入っているような色男ってのも考え物よね。」
「な、何で知ってるんだい?!」

 思ってもみなかった彼女の言葉。動揺した西条は思わず口走ってしまった。
 その西条の反応に、美神は悪戯好きな小悪魔のように微笑んだ。

「あら? 誰も西条さんのことだなんて一言も言ってないんですけど?」
「・・・カマをかけたね? 全く、そんなとこまでお母さんに似てきたな。」

 やれやれ、といった表情で腰にまわしていた手を放す。そして大きく深呼吸すると一度目を閉じ、ゆっくりと瞼を開けた。

 ――― 大丈夫、もう心は揺らがない ―――

 西条はクルリと美神に背を向けると、掛けてあったコートを取りにリビングへ戻る。

「え・・・?もう帰るの、西条さん。もうちょっとゆっくりしてってよ。じきに横島クンも戻ってくると思うし。」
「ああ、そうしたいのは山々なんだが、ほら、来た時に言ったろ?もう一件『用事』が有るって。」

 嘘だ。本当は用事なんて何処にも無い。ただ、もうどうやっても敵わない男がここに来る前に、尻尾を巻いて逃げるのさ。
 いくら吹っ切れたと言ったって、さすがに今は『君達』を見て微笑む事は出来ないよ。
 もう少し時が、この痛みを和らげてくれるまでは。

「あー、そっか。今日はクリスマスだもんねー。大事な用事よね。」
「・・・まーね。悪いね、せっかくの料理。また今度ご馳走になるよ。それじゃ、メリー・クリスマス。」

 表情が歪みそうになるのをぐっと堪えて、爽やかな笑顔を作る。それが西条という男だ。
 いっそ横島のように、自分を曝け出せたらどれだけ楽だろう。
 だが、そうなれないからこそ西条なのだ。



 ゆっくりと玄関のドアが閉まる。

 エレベーターの扉が無機的な音を立てて開き、

 何処までも落ちてゆくように下へ。

 足早に1Fのエントランスを抜ける。



 ふっと吹き抜けた風が、いつもより心なしか柔らかく感じるのは気のせいだろうか。
 吐息が白く舞いながら淡く消えてゆく。

「雪か・・・。」

 ふと見上げると、天使の羽のような雪が都会の光をキラキラと反射させながら舞い降りていた。
 静かに、優しく。全ての音をそっと包んで。





 マンションに背を向け、立ち去りかけた西条は不意に足を止め、振り向いて呟いた。




「さよなら、令子ちゃん。これからは君の兄貴分として・・・幸せを祈っているよ・・・。」







 すべてのひとに・・・
                ―――― Merry X’mas ――――

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