ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『影とキツネと聖痕と 4  前編』 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(03/12/13)



〜appenndix.5  「邂逅」 〜


瞳。

緑の瞳が微笑んでいた。
急に目の前をさえぎられ、横島は慌てて全身にブレーキをかける。

「すんません・・。少し急いでて・・ケガはないですか?」

肩で息をしながら、頭を下げるが・・
しかし、返事が返ってくる気配は全くない。

「?」

横島は不思議そうに顔を上げた。

目の前にいるのは誰なのか・・
暗闇のせいでその姿は判然としなかった。
ただ、宝石のように美しい瞳だけが、空間の中を浮かんでいる・・・そんな印象を受けた。

・・・・・。

「・・君は・・いつも走っているんだね・・。」

ようやく言葉をかけられる。この声のトーンは・・自分より少し年若い者が持つそれだ。

「・・だけど、そういうのは嫌いじゃないよ・・・。」

月明かりが、黒のヴェールを引き剥がす。

・・そこに立っていたのは少年。女と見まがうばかりの美しい顔立ちの・・・

・・・。

「・・あんたは?」

「君の探す妖狐の知り合い・・かな?まだ2回あっただけだけどね・・。」

身構える横島にかまわず、少年は少し目を細めて・・

「少しヒントをあげる・・。彼女の置かれている状況とその居場所・・知りたくはないかい?」




〜 『影とキツネと聖痕と 4 』 〜



「・・はぁ・・・はぁ・・。」

息が苦しい。
心臓が悲鳴を上げていた。
周りに気配がないことを確認すると、タマモは、少しだけ壁によりかかる。

・・・あてもなく走っているうちに、どうやら裏路地にでたらしい。

すでに時刻は深夜近く、人の出入りは皆無に等しかった。障害物も多い・・・敵を迎え撃つにはなにかと都合のいい場所だ。

「・・・・・。」

・・あの化け物は、今、どのあたりにいるのだろう?
引き離しすぎないよう、意図的に痕跡を残してきたが・・
よもや、途中で引き返し、事務所を襲ってはいまいか・・?
・・・・。
不安が胸を覆いはじめる。
自分以外のなにかを護ることが、これほど難しいとは思わなかった。

(・・・横島・・。)

瞼を閉じて、同僚の青年の姿を思い浮かべる。

自分たちを守ろうとする時の横島は・・、いつもこんなプレッシャーに耐えているのだろうか?
何も考えていないような顔をして・・いつもこんな不安と・・・


・・・・・。

―「優しいナ・・。だけど人の心配をしている場合カ?」


!?

振り向くのと全身に衝撃が走るのは、ほぼ同時だった。
自分の体が後方に吹き飛ばされる。

「・・くっ!」

コンクリートへと激突する寸前に踏みとどまり、タマモは敵をにらみつけた。

奇襲・・・?まさかこれほど早く仕掛けてくるとは・・


「ボクからは逃げられないヨ。ボクは聖痕から生まれた魔族ダ。
 君がその傷を負っているかぎり、どこにいようと探知デキル。」

ほくそ笑む悪魔の体にはケガの形跡など見当たらない。
やはり、事務所の一撃はなんの効果もなかったようだ、

・・そして・・、悪魔が一歩踏み出すと、背後から見覚えのある影がまた一つ・・

「出会いがしらにレディに暴力を振るうのは・・感心せんぞ?スティグマ―ター・・。」

能面のように貼りついた笑顔と、黒いスーツが目に飛び込む。
・・数日前、事務所を訪れた依頼人だった。

「・・・あなた・・・!!」

「おっと・・ケンカ腰にならないでください・・。私はお礼を言いに来ただけなんですよ?タマモさん。」

慇懃に頭を下げながら、初老の男は紋様の悪魔を一瞥して・・・

「あなたのおかげで、このスティグマ―ターを現世に召喚することができた・・。
全く大したものですね。九尾の狐の霊力というのは・・。」


「・・私の・・・おかげ?」

・・・・。
意味は分からない・・
が、自分が利用されていたのは間違いないらしい。

・・裏で糸を引いていたのは全てこの男・・。

「いいの?そんなことペラペラ話して・・。知ったからには逃さないわ。」

「・・あなたにその余裕があれば・・ですがね。彼の力を甘く見ないほうがいい・・。」

・・その刹那、スティグマーターが急激に距離をつめ始める。

ふれただけであらゆる物体が弾け飛び、暴風のような速さで死をもたらす・・。
タマモが初めて目にする・・・圧倒的な強さだった。

「・・!・・!!・・・。」

かろうじて初撃をかわすものの、すぐさま襲い掛かる次の一撃。

・・・かわしきれない・・。

・・・・・。

「・・では、これで私は失礼させていただきますよ?次の仕事が待っているのでね。」

猫なで声でそう告げて、ゆったりとした足取りで男が消える。
くやしいが・・、とても後を追える状況ではなかった。


「ケッ・・。いけ好かナイ・・。ボクを呼び出したとはいえ、気味の悪い野郎ダ・・。」

男が去ったことを確認すると、悪魔はいまいましげに、そう口にした。
表情の見えないはずの顔がわずかばかり歪んでいる。

「・・ふ・・ん。変なところで気が合うじゃない・・。私も・・それに関しては同感ね。」

ガクリとひざをつきながら、タマモは挑発するように軽口をたたいた。

数箇所に受けた裂傷から霊力がとめどなく奪われていく。
・・・視界がかすんだ。

「フフッ。最後まで皮肉を言えるとは立派なものダ・・。」

楽しげに言いながら、悪魔はタマモに向けて手をかざし・・・・、

・・・・・。

・・・・・・。

「・・タイミングが悪い。お前の雇用主のお出ましカ・・・。」

そこで・・背後を振り向いた。
次の瞬間、タマモが聞いたのは空気を切り裂く音。

同時に、鞭状に変形した神通棍が・・スティグマーターの頬をかすめる。

・・緑色の鮮血がほとばしった・・。


「うちの居候に・・・ずい分な真似してくれるじゃない!」

車のドアが閉まる音がして・・。
髪をかきあげながら、彼女はそこに立っていた。

「・・・美神さん・・・。」


「・・チッ・・・・・身の程知らずが・・・。」


                 ◇


――・・。

「今、あの妖狐・・タマモだったね。彼女にとり憑いているのは・・極めて特殊な悪魔だ・・。」

夜の街を見つめながら、少年が静かに口を開く。
蒼い髪がサラサラと風にゆれていた。

「特殊?」

「・・そう。なにせ神界を住処にしている魔族だからね。」

眉をひそめる横島に、彼は目を閉じながら言葉を続ける。


「君は・・神族についてどう思う?」

「・・・?」

「人智を超越した絶対者・・通説ではこう信じられているが、君が今まで関わってきた神々はどう?」

「・・・どうって・・。」

横島は、なんとなく知り合いの神族を思い浮かべた。
小竜姫にヒャクメ・・特に仲がいいのはこのあたりだろうか?

前者は、どこかボケたところがあり、生真面目な性格。
後者は、にぎやかでよくしゃべる・・。

・・・・。

「・・別にオレ達と変わらないような気がするな・・。」

思ったとおりを口にする。

「正解。実際のところ、人格を持たない神など・・今の世界には存在しない。」

さも可笑しそうに・・
少年は無邪気に表情を緩め・・・、

「そして・・人格を持つが故、彼らも欲望や煩悩を持ち合わせている。」

「・・・・。」


「・・もう一つ質問しようか?
 ここ、人間界では、あまりにも強い欲望や想念は・・どんなものを生み出すかな?」


「・・?そりゃ生霊とか、怨霊・・・・・」

言いかけて・・横島は驚いたように口をつぐんだ。
何かに気付いたように前を見据えて・・・・・

「・・理解したようだね。神界だって例外じゃないんだ。
 タマモに取り憑いた悪魔は、いわば神々が生み出した怨霊なんだよ・・・。」 

                
                    ◇


「・・要するに・・魔族でありながら、強力な神力まで備えているあんたは、普通の儀式じゃまず降臨することができない。
 召喚の儀には強い力を持った魔族を生贄にする必要がある・・・違う?」

神通鞭を構えながら、険しい顔で美神がつぶやく。彼女はタマモをかばうように仁王立ちしていた。

「・・・もう一つ、つけ加えるナラ、生贄となる魔物はボクと同様、神力を身につけなければならナイ。
 それをゲートにしてボクはこの世界に出現スル・・。」

「一時的に神力を付与するための聖痕ってわけね。だから・・あんたの通称は『スティグマーター』」

同意を促すように、美神は悪魔を見つめるが・・・そこで、異変に気付く。

「・・・・そうダヨ・・・。その通りダ・・・・。」

・・スティグマーターは震えていた。
頬をつたう緑の血を手ですくって・・・・子犬のように震えている・・。


「・・だけド・・・そんなことはどうでもいいんダ・・。」


「・・・・は?」


様子が・・・おかしかった。
先ほどまでの流暢な語りとはうって変わり、突然、舌足らずな子供のようにしゃべりだし・・

・・・・。

「・・・血・・。」


「・・・・??・・・。」


「ボクに・・・・血を流させたなァァァァァァ!!!!!!!」


絶叫。
悪魔が忌々しげに地団を踏む。さながらだだをこねる幼児のようだ。

(・・何・・コイツ・・?やばい・・・。)

目の前の敵の異常性に気付いた時には、もう遅かった。
悪魔の掌に、強大な魔力と神力が凝縮していく。

「ボクは・・・痛いのが大嫌いナンダ・・・。それを・・・それをたかが人間ガァァァァl!!」

「!!!」

本能のままに力を開放する。
エネルギーが渦巻く。
タマモを抱え、飛び退いた美神は一瞬、自分の目を疑った。

空間が歪んでいる。そしてそこに在った存在全てが爆発に飲み込まれる・・。

・・・信じられない威力だった。

「ちくしょオオオオオ!!!!ちくしょオオオオオオ!!!!」

容赦のない破壊。絶大な力。
メドーサやデミアン級の魔物が完全に理性を失えば・・おそらく似たような現象が起こるのだろう。

目の前の敵は限界を超える力の行使に、自分の身が砕けていることすら気付いていない。


「きゃあああああ!!」

「くぅぅぅ!!」

悪魔の後ろに控えていたおキヌとシロが悲鳴を上げる。
一帯に、炎の嵐が起こっていた。

・・・・。
・・最悪だ・・。

美神がくやしげに唇を噛む。

この魔族は始末に負えない。力こそメドーサに劣るものの、行動原理がでたらめと言っていい・・。


(・・・ここまでなの・・?)

せめて、そばにいるタマモを守ろうと、彼女はとなりへと腕を伸ばす。

「・・タマモ・・。」

・・・しかし、その手は空をつかんだだけだった・・。

!?

驚いたように振り向いて・・・そして、彼女の瞳はさらに見開かれる。

・・タマモは・・引きずるように足を動かし、悪魔の前を横切っていた。


「・・・私の力が欲しいんでしょ・・?だったら・・ついて来なさい!」

言われ、悪魔の顔にわずかばかり理性の灯がともる。

「妖狐・・・・力・・・うばウ・・・。」

それを確認すると、タマモは一直線に駆け出した。

「タマモちゃん!!!」

「タマモ!!!何するつもりでござる!!!」

後方から、自分を呼ぶ声がする・・。もしかしたら・・この声も聞き収めかもしれない・・。

「・・ありがと・・。来てくれてうれしかった・・。」

小声で一言つぶやいた後、タマモは裏路地を踊り出る。


――・・・・行き先は・・もうすでに決めていた・・・。

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