ザ・グレート・展開予測ショー

アシュタロス〜そのたどった道筋と末路(涙)〜ヴァンパイア・メイ・クライ11


投稿者名:♪♪♪
投稿日時:(03/12/ 8)



 古来より、人は暗闇に恐怖を抱いてきた。
 自分には理解の及ばない、不吉な世界に対して。


 不可解な自然現象を、神とあがめるのと同じ心情である。
『敬い』と『恐れ』は似て非なるもの――双方、相手と自分に隔絶された力の差を認識して初めて抱く感情なのだ。


 『理解できない』と言う事は、究極の隔絶。
 人は闇と同じように、理解できない者達――人狼、吸血鬼、蛇神に代表される人外の者達を恐怖する。その挙句――排除するのだ。
 知らないからいらない。わからないから必要ない。目障りだ。邪魔だ。


 ――なんと傲慢な生き物か!


 そう、内心で断言するにいたって、ヴラドーは苦笑した。
 まるで、最初から人間を卑下するために語りだしたかのような論理だが……元はと言えば、テラスに佇むわが身を照らす月光から、『夜』を詩的に表現しようとしただけなのである。
 それが曲がり曲がって当然の如く人類蔑視の論理に変化するとは――


「やはり私は人間が嫌いらしいな」
「ヴラドー君はどうする? のってく?」


 ヴラドーの正面を、白い影が通り過ぎた。蛟のまたがった白蛇・玉三郎だ。
「夜のタマちゃんは綺麗だよ?」
 バイクの相乗りを勧めるような気楽な提案に対し、ヴラドーはニヒルに笑って見せた。


「ふっ! この最強のヴァンパイア・ヴラドー伯爵が空を飛ぶのに蛇になど乗れるか! 吸血鬼は己の翼で空を舞うのが鉄則だ」
「そうなの?」
「そうなのだっ!」


 馬鹿笑いで夜の静寂をぶち壊し、ヴラドー伯爵はテラスを蹴った。


「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」


 星空をバックに悠々と舞い上がるヴラドー。


 夜のヴラドー島に――戦いの幕は切って落とされる。




 はずなのだが。


 敵に奇襲される一番危険な時間帯を、GS一同は和気藹々と食事をしながら迎えていた。


 村からかき集めた食料が、料理へと姿を変えて長テーブルを埋め尽くし、自らを囲む一同を歓迎していた。
 からからに干からびた欲望を満たす潤いの楽しみ方は、人ぞれぞれである。


「横島さん、一杯食べてくださいね♪ 私の作った料理♪」
「(むかっ)」
「(小声)あれって、ルシオラちゃんに喧嘩売ってまちゅね」
「(小声)イエス・ミス・ルシオラ・料理・下手です」
「タダちゃん、ハイ♪ あ〜ん」
「る、るしおら!? こんな人の見てる場所で!?」
「(むかっ)」
「(小声)それが分かっててあんな真似するルシオラも大したタマじゃのう」


 小さな小競り合いを、横島をはさんで繰り広げる恋する乙女二人。壮絶な修羅場を連続体験して耐性が出来たらしく、パピリオ達『カオスお爺ちゃんとパピリオ孫、娘マリア』はその光景を面白おかしく傍観ていた。
 勿論、本格的な戦いになったらすぐさまダッシュで逃げ出せるよう、食事は全部取り皿の中である。


「アシュ様……」
「ふむ。これはいいワインだ」


 残る横島一家――ベスパとアシュタロスはといえば、二人そろってアダルトな空間を片付くっている。場所が高級バーならば、さぞかし絵になっただろうが……
 方々で『すさまじい』だの『変態』だのと言われているアシュタロスが、和気藹々とした食事の場でアダルティック決め込んだところで似合うはずが無い。


「は〜い。ま〜くんあーんして〜♪」
「あーん(赤面)」
 どピンクな空間を作り上げ、サッカリンの劇甘風味で味付けを施しているのは、冥子、鬼道の馬鹿ップルである。


 令子はワインを傾けて悦に入っているし、エミは相変わらずピートにべったりだし。


 ――す、すごい余裕だ!


 言い寄るエミを回避しながら、ピートの意識は驚愕のあまりその場に向けられていなかった。たとえ、言い寄ってくる女性がピーとの理想そのものであったとしても、気にならなかっただろう。


 ――一歩間違えたらタダの馬鹿しかみえないけど!


 ピート君。それが正解だ。


 ――この余裕が、一流のGSの証なのか……? どちらにしろ、頼もしい!


 どうやら。
 ピエトロ・ド・ヴラドーの精神世界において、ここに集った一堂に対する評価は、分子一つにいたるまで先入観で構成されてしまったらしい。


 この評価も決して的外れではない。普通のGSなら、びびって逃げ出しても疑問の余地の無い、すこぶる危険な敵を相手にするというのに、全く緊張が無い。それらは、豪胆や愚鈍から生まれるものではなかった。


 彼等を支えているものは――自信だ。自らの実力を正確に分析し、弾き出された評価を頑なに信じる心。無理だと思った事は逃げ出してでもやらない、やれないGS家業の中で、堂々と構えて生き残れるのは、それだけでも一流の証であった。


 それでも、不安は拭い去れない。カオスがヴラドーの異常性を説明してから、村の家屋から比較的破損の少ないものを見つけ出し、食料を持ち込み、料理をして、食べ始める――そして、今現在にいたるまで、話し合いや意見交換は一切行われていないのだ。


「あ、アシュタロスさん――敵は今夜仕掛けてくると思うのですが」
「ああ。私もそう思う。深く考えるまでもないな」


 とりあえず、一番手近にいたアシュタロスに質問を投げる。てっきり、へべれけな言葉が返ってくると思っていたピートは、自分から質問したと言うのに黙り込むと言う、紳士にあるまじき行動をとってしまった。


 黙られた方のアシュタロスは、特に気にすることなく明晰な頭脳でもって言葉を選ぶ。そもそも、ワイン一本空けたところで潰れる様な柔な酒量は持っていない。
「戦力分散を避け、一塊になって敵に対応しなければならない――まあ、さしあたって襲撃があるまでの間は、まとまって行動するだけで十分だろう」
「言うほど楽じゃありませんけどね。トイレに行くのだって一緒にいなきゃならないんですし」
 肩をすくめるべスパ。こちらも、ワインボトル一本呑んだにしては意識がはっきりしている。


「各個撃破されるよりマシじゃろう。
 問題は、この付近にトイレがあるかどうかじゃが――」
「ちょっと。食事中にトイレ連呼するのやめてくれる?」
「令子ちゃ〜ん♪ UNOしよ〜♪」
「横島さん、おいしいですか?」
「う、うん……おいしいよおキヌちゃん」
「私だって、私だっていつかおいしい料理作れるようになるもん(泣)」
「作った料理が蠢くようじゃあ、十年以上かかりまちゅね」
「ノー・パピリオ・多分・二十年以上・かかります」
「……タダちゃ〜〜〜〜〜〜ん!(涙)」


 せっかくアシュタロスとピートが共同で構築したシリアス空気はわずか数瞬でぶち壊された。一同のお気楽な様子に、緊張が無いのはいい事だとばかりにうんうん頷くアシュタロス。彼はそのまま、無理にあたりの空気を壊さないように言葉をつむいだ。


「今夜来るとしても、いつくるかわからないからな。張り詰めても精神が摩滅するだけだ。だから、君もハメをはずしたまえ。ほどほどに、な」


「はあ――?」

 なんと答えていいものやら、ピートは困惑して変な表情をするしかリアクション出来なかった。
 ピエトロ・ド・ヴラドーは自信の未熟を誰よりも熟知していた。それ故に、下手に羽目を外せば足手まといになってしまう事を知っていた。
 ヴァンパイア・ハーフとしての能力故の過信は無い。そもそも、ヴァンパイアハーフと言う種族自体、実は大した力を持っていないのだ。


 当たり前である。人間と吸血鬼と言う、種族も属性も何もかもが食い違った者同士がかけ合わさる――言わば、水と油を無理やり混ぜたような生き物なのだから。弱点の大半が無効化される言う事で総合的にはヴァンパイアに勝るが、霊力差がありすぎる。


 数値に直すと、ヴァンパイアの霊力平均180マイト、ヴァンパイアハーフが50マイトになる。実に三倍近い差があるわけで――ピートとヴラドーにいたっては、親子と言うのが信じられないくらいの格差があった。


 100マイトと1500マイト。15倍の差これいかに。


 何より――今のピートははしゃげるような気分ではなかったのだ。


「これこれパピリオ。頬にケチャップがついとるぞ」
「うー。痛いでちゅー」
「ドクター・カオス・力を込めすぎです」


 家族団らんを演じるカオスやパピリオを見ていると、何故か――胸を満たす感情があった。それは、温かみと粘着性を持ち、抱く人間を不快にさせる種類の感情で。なおかつ、ピート自信が正体を判別できない感情。


 ――微笑ましい光景じゃないか! 僕は何を考えているんだ!


 まるで憎しみのような感情をもてあまし首を振るピート。何故彼らにこんな感情を抱くのか――? それも分からぬまま、時は過ぎ去っていった。




 暗闇色に侵食された村並を、一つの家屋からもれる淡い光が照らしている。外界と屋内を隔てるものが無い窓の奥を、蛟は双眼鏡型兵鬼で覗き込んでいた。


「どうだ?」
「――うん。なんか、気が抜けてるように見えるけど、全員武器を持っていつでも対応できるようにしてる」


 真横を浮遊しているヴラドーに、双眼鏡から目を離さず、そこから得られる敵情を冷静に伝える。
 驚いた事に、彼らは誰かが窓から外を見たらばれるような近距離から、一同の様子を伺っていた。蛟の白蛇や、親子の絆であるヴラドーでは、下手に隠れて伺おうとしても無意味なのだ。玉三郎は暗闇だとひたすら目立つし、ヴラドーは確実にピートが気付く。


「誰かが単独行動したら、ヴラドー君がピート君のふりして接近するのもありだけど。あの状況じゃあ、ソレも期待できないよ」
「そうか……ところで蛟」
「なぁに?」
「……お前の乗ってるその白蛇、心なしか鱗が光って見えるんだが」


 そう言って、玉三郎の鱗を見るヴラドー。
 辺りを照らすほどではない、自らの存在を誇示する以外になんの役にも立たない、僅かな光が、鱗の一つ一つから湧き出るように漏れていた。夜の空を舞う光のラインは幻想的な美しさを存在感を放つ。
 その瞬間、たしかに玉三郎は近隣の夜の支配者であり、最も美しい存在だった。


 ――流星の化身か何かか。


 『白蛇』という魔物の概念を詳しく知らないヴラドーが、玉三郎と言う白蛇に対して抱いた印象だ。確かに、夜空をかける玉三郎の姿は、流星を連想できる。


「あ、これ?」


 が、しかし。


「蛍光塗料だよ?」


 あっさり帰ってきたのは物凄く俗っぽい答えだった。


「はい!?」
「夜刀神様ってね、人間界にフラって出かけて、珍しいもの買い込んでくるのが趣味なんだけど……手に入れたものの実験に、部下使うんだよね。それでタマちゃん、鱗にべったり塗られちゃって……染み付いて取れなくなっちゃって……」


 双眼鏡から目を離し、遠い目をして黄昏る蛟に、どういう言葉をかけたら良いのか分からないヴラドーだった。恐らく、蛟自身も色々えらい目に会っているのだろう。


「下剤とか青汁とかプロテインとか瞬間記憶装置とか味のなくなる不思議なシロップとか臭豆腐とか魔法のキノコとか。僕が無理やり実験台にされたものだけでも、これだけあるんだよ」


 聞くだけでも嫌なラインナップである。


「……さ、災難だな」
「うん、本当に災難だよ」
 嘆息して、双眼鏡をヴラドーに手渡す蛟。自分で見てみろ、と言う事らしい。


 言われるままに、落ち込む蛟を無視する形で双眼鏡を覗き込む。


 家族の団欒と言うか、ほのぼのとした空気を作る一同。パピリオの頬についたケチャップをカオスがふき取り、ルシオラとおキヌはいがみ合いつつも横島と共に笑いあう。孤独に酒を飲む美神も笑顔を絶やさず、不肖の息子にはエミが笑いかけている。
 なんという和やかな空気か。


 戦場にあるまじき空間の中で、息子だけがつまはじきにされていた。カオスたちを一瞬にらんだかと思うと、表情を暗くして異質な空気を放つ。


 ――ははあ。


 流石親子と言うべきか。ヴラドーは一目でピートの表情が曇った原因を見抜いていた。自分にも責任のあることだと思い至り、彼もまた表情を暗くした。


 ピートの感情。それ即ち『憧憬』『嫉妬』。
 彼は、家族の絆を持つ相手が羨ましいのだ。


 家族の団欒を、ピートは殆ど経験していない。ヴラドーが妻、息子と一緒に暮らしたのは一年足らずであるし、それも極幼い頃の話。人間にとってすら短いと言える期間しか一緒にいなかったのだ。長寿のヴァンパイアにとってはまさに短時間。
 しかも、逃亡生活と重なっていたので『団欒』とは無縁の世界だった。一度だけ、本当に一度だけ三人で一緒に虹を見た記憶があるが――それ以外は、いつも逃げ回っていた。子供の体に悪いと、親戚の家に預けたのは、何も妻と二人きりになりたかったわけではない。子供のピートへの負担を配慮しての事である。




『お母さんは何処?』




 暗い表情をするピートが、ヴラドーの最も忌むべき記憶を刺激し、涙腺を緩ませる。必死に涙を押し留め、ヴラドーは息子の名前をつぶやいた。


「ピエトロ……私は悪い父親のようだな」

























































「え?? いい父親のつもりだったの?」
「――凄くいい台詞を言ってるときに、無垢な瞳で突っ込まんでくれ頼むから」
 痛いところを突かれ、目幅の滝涙を流すヴラドーだった。




 最初に『ソレ』に気がついたのは、誰なのだろう。


 腰に下げた神通棍に手を伸ばした、美神令子? それとも、マリアに目配せしたドクターカオス? 各々の獲物に手を伸ばした三人娘? アシュタロス? 野生の勘の鬼道正樹?
 どれも違う。


「――ッ!」


 意外な事に、その気配を一番最初に察知したのは、横島忠夫その人だった。首筋を布で撫でられる感触を味わい、誰よりも早くひざ立ちになっていたのだ。デンジャラス夫婦の間で育ち、培われた危険察知能力が、全開で警鐘をかき鳴らしていた。


「来たわね……うふふふふ」
「た、楽しんでません?」


 神通棍を伸ばし、構えて舌なめずりする令子。勇ましいと同時に恐怖感すら醸し出すその外見に、大いに引くおキヌ。


「当たり前よ! 愛と正義のために戦えるのよ!? こんな栄誉のある事はないじゃない!」


 ――おお!? 凄い! 立派だ!


 RPGの勇者の如く背後に炎を燃え上がらせる美神令子に、感嘆の視線を送ったのは、ピートだけ。


「さあ! とっとと終わらせて城に乗り込んでヴラドーぶっ殺すわよ!」


 ――ヴラドーの城に在る宝ネコババする気だなコイツ。


 それ以外の人間は、全員が全員、白い目線で持ってその内心を看破していた。
 目が円マークになってて、しかも表現が『ぶっ殺す』だ。分からない方がどうかしている。
 いくら700年生きていても、人生経験というものが足りないピートにソレを見抜けというのは、少々酷なのかもしれない。


「さあ! 早速トラップを仕掛けるわよ!」


 気負いのわりにえらく情けない帰結に聞こえるが、その場に反対するものはいなかった。集ったGSも、ピートも、横島でさえ相互の実力差を正確に把握していたからだ。横島のそれはちとニュアンスが違うが。


 魔族と吸血鬼相手に、正面衝突を挑むなど自殺行為も同然。無謀もはなはだしい。強い相手には搦め手で、弱い相手には力押しで。正義のヒーローがやったらブーイングが嵐を作る遣り方が、一番の正当方なのだ。
 架空の世界なら奇跡は起きる。ドラマのキャラが死んでも、読者がブーイングを送れば蘇る。だが、現実ではそんな事は起きない。


 より勝率の高い方法を、より効率的に選択する。GSも軍人もこの一点において相違点は無い。1500マイトの吸血鬼やら、3000マイト越えの魔族相手に正面から勝算なしに戦う愚か者は、この場にいなかった。


 まあ、それとこれ――思考の帰結と令子の欲望を受け流せるかは全く別な話しなわけで。ピート以外の人間は、たじたじになって行動が遅れた。


 まだ見ぬお宝、吸血鬼の財宝を脳裏に描き。敵がいるであろう扉の外へ視線を投げて。凄まじい瘴気(誤字にあらず)を放ちながら邁進する美神令子。その他の面々も、令子の放つ瘴気に引き摺られる形で行動を開始した。


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