ザ・グレート・展開予測ショー

have a pain in one's [the] 〜 泣きたくなった理由。


投稿者名:veld
投稿日時:(03/12/ 1)






 「好きだ!」

 本当に唐突だったからか。
 呆けた顔をした彼女は、加えていたストローを離し。
 そして、コップからも手を離し。
 深呼吸。
 ―――気道に入ってしまった所為か。
 飲んでいたジュースを吹き出した。

 喫茶店はそれなりの賑わい。
 全ての席が埋まるほどではないが、四分の三は埋まっている。その程度の賑わい。
 ナプキンで口を拭い、ジュースの飛沫の飛んだテーブルの上を拭き。
 そして、俺を見た。

 やぶ睨みの視線には。
 八つ当たりの色が見える。
 若干の怒りと、多分の羞恥。
 ただ、残念なことに。
 俺には、彼女のその視線を見、良心が痛む事はなく。
 寧ろ、強く愛しさが込み上げてくる。

 全く、不思議な事だが。
 無性に。
 愛しく。

 「もう一度。好きだ!」

 何がもう一度なんだか、さっぱりだが。
 俺はまた、言った。
 隣のテーブル席に座っているカップルが一瞬こちらに目を向け―――恥ずかしそうにお互いを見つめ―――そして、視線を逸らす。
 目の前の彼女は、拭く手を休めず。
 そして、溜め息をついた後で。
 手にしていたそのナプキンを俺の顔めがけて、投げつけた。

 オレンジの香りがした。
 ―――湿ったナプキンをテーブルの上に丁寧に置いて。
 俺は、彼女の目を見、言った。

 「・・・弓の香りだ・・・」

 「い、いきなりわけのわからないことを言うんじゃないの!!」





 窓から見える情景は、閑散とした街。
 そんな冴えない通りをぶらぶらと歩く男の面は、見ているだけで景気が悪くなりそうな色。
 俺は、何をすることもなく―――目の前にある、領収書を弄んでいた。

 計、850円。

 ケーキと、オレンジジュースと、アイスコーヒーと。
 ―――お冷と愛想の悪い笑顔で、850円。

 舌打ちさえ、漏れない。

 からんからんからん・・・と、喫茶店の扉が開いた。
 いらっしゃいませ・・・と、覇気の無い店主の声。
 恐らく、その客の面にも覇気は無いのだろう。
 金を持ってなさそうな客には、彼女はあまり良い顔はしない。
 客商売には、向いていない性格なのだ。40半ばになれば、いい加減、気付いても良さそうなものだが。
 商売のコツは、愛想を振り撒くことなのだと言うことを。

 「雪、あんたに客。ってか、横島」

 「わかってるよ」

 入り口からは背中を向け、奥にあるトイレのドアを見ていた。
 それでも、あいつが来た事くらいは分かる。
 窓の外から見えた。それもまたあるが。
 今の時間、来るのはあいつくらいなものだからだ。

 足音は響かない。
 ただ、近づいてくるのは分かる。
 そして、俺の横で、立ち止まった。
 あいつは、尋ねて来た。

 「合い席、よろしいですか?」

 「断る」

 「そうですか」

 「冗談だ」

 「俺も冗談だ」

 そして、あいつは俺の横に座る。
 俺は死ぬほど嫌そうな表情をあいつに向ける。
 と、あいつは肩をすくめ、俺の向かい側の席に座った。
 そして、窓の外を見、呟いた。

 「冬は寒いんだな」

 頬杖をつきながら、あいつは呟いた。

 「春は暖かい。夏は暑い。秋は涼しく。冬は寒い」

 俺は当たり前の言葉を返す。
 そんな答えが欲しかったかは、知らないが。

 「今年の夏は涼しかったけどな」

 肩をすくめ、あいつは言った。

 「異常気象だからな」

 俺はそれに答える。馬鹿馬鹿しい。言いたいことを、用件だけを言え―――そう、言外に目で訴えながら。

 「・・・俺の懐はいつでも異常気象だ」

 「俺の財布の中も同じようなもんだ」

 本当に、不思議なもんだ。
 俺達は、見つめあった。

 「腹が減ってる・・・もう、三日も飲まず食わずだ」

 「俺は、ここ四日間でアイスコーヒーしか飲んでない」

 ―――いつのまにか、店主が隣にいた。
 そして、青筋を立て、俺達を冷ややかな眼差しで見ている。
 対する俺達の目は、限りなく、優しかっただろう。
 愛想の無い、彼女のものとは、逆方向に、媚びが全開だ。

 「「・・・奢ってくれ」」

 「・・・つけにしとくよ」

 「「げ・・・」」














 「弓にフラレた」

 「告白したのか?」

 ミートスパゲティーのソースを口の周りにくっつけながら、あいつは尋ねて来た。
 俺は頷き―――そして、水を含んだ。
 少し、苦かった。

 「とりあえず、だ。デートに誘って・・・この店に入って―――適当に、食って」

 「ふむ」

 フォークを口に咥え、あいつは目だけは真剣に俺を見。

 「告白したんだ」

 「お前、馬鹿だろ?」

 そう、のたまった。

 「段階を踏めよ。告白ってのは、もうちょっと」

 「気分を高めて・・・か。俺はそんなに器用じゃねぇんだよ」

 窓の外の景色は、刻一刻と変わっていく。

 「・・・わかってるよ」

 あいつもまた、頷き、呟いた。

 「大体・・・お前は言えるような立場じゃねぇだろ?」

 「何?」

 「街で見境なく女に声を掛けているか、と思えば、意中の女には気持ちを伝えることさえ出来やしない」

 ―――表情を強張らせ―――そして、そっぽを向いて。
 あいつは言った。

 「してるだろ」

 「冗談と、軽口を混ぜ合わせたような・・・そんな言葉は告白なんかじゃねぇよ」

 「・・・うるせぇな」

 ―――ぱたぱたと、手を振って。
 あいつは、呟くように、言った。

 「冴えねぇ、なぁ」

 「全く」

 俺は頷き、あいつを見た。
 遠い目―――眼差しは通りに向いていた。けれど、何故だろうか。
 あいつは、何も見ていない、そんな気がしたのは。





 口の周りのソースを、舌で舐め取ると、あいつは苦笑しながら言った。

 「なぁ」

 「何だよ?」

 「多分、弓さん、お前をフッたこと、後悔してると思うぜ?」

 何故。
 そう思うのだろう。
 楽天的過ぎる考えだ―――怒りさえ、湧かない。

 「何で?」

 そう思うのか―――聞こうとして。
 馬鹿馬鹿しい。そんなことは決まっているじゃないか。

 「・・・さぁな」

 ただ、気まぐれに、言っただけなんだろう。

 「・・・期待した俺が馬鹿みたいじゃねぇか」

 「頭下げて・・・もう一回告白しな」

 「馬鹿みたいじゃねぇか」

 「駄目だったら、もう一回」

 「・・・お前、ふざけてんのか?」

 「ふざけてねぇよ」

 「駄目に決まってるじゃねぇか・・・」

 「告白出来る相手がいるってのはな」

 「・・・?」

 「すげぇ、良い事なんだって、思うぞ」

 ―――笑顔を浮かべ。
 笑う。

 「・・・どうだかな」

 俺は窓の外を見つめ。
 そして、溜め息をついた。
 相変わらず、人通りはない。時間は昼時を少し過ぎた辺りか。
 閑散とした街。
 そろそろ、出ようか。―――俺はあいつを見。
 あいつは口を開いた。

 「そうだって。俺が言うんだから、間違いない」

 「・・・もう少し、まともな慰め方をしやがれ」

 「無理だ。慰めるつもりなんて皆無だからな」

 溜め息が、通り過ぎる。
 冴えない。











 隠れ家、と俺が名づける狭い部屋の中に入り。
 そして、けたたましく鳴り響く電話の着信音に気付く。
 気付かない方がどうかしてる―――この部屋の電話が鳴ることなど、滅多に無いから。

 取ってみて。
 そして、戸惑う。

 電話番号を知らないはずの―――弓からの電話。
 妙に楽天的だった、あいつの顔が浮かぶ。

 謝罪、とも取れないことはない、そんな内容。

 「今日は、その・・・いきなりだったから驚いただけで・・・でも―――」

 後の内容はあまり覚えてはいない。
 けれど、あまり意味はなかった。
 遠まわしに。
 そう、なかったことにしよう、ってことだったのだろう。
 それはどちらとも取れる言葉で。

 つまり、やり直しのチャンスをくれる、と言う意味と。
 そして、今回の告白は聞かなかったことにするから、友達として―――と言う意味と。



 ふと。
 思ったことがあった。




 告白出来る相手がいるってのはな―――





 ―――?


 「なぁ、弓」

 「何ですの?」

 「やっぱ、好きだ。付き合ってくれ」









 がちゃ。





 返事は聞かず、受話器を置いた。
 返事なんて、いつでも聞ける。
 駄目なら駄目で、諦めもつく。
 今、必要なのは、考える時間だ。

 勇気の無さを誤魔化すように、誰にも聞かれない心の中で逃げ口上を連ねる。













 いや、やっぱ、諦め・・・つかねぇだろうな。



 壁にもたれて、そのまま、薄汚れた天井を見つめ、鳴らない電話を見つめていた。



 意識が、薄れていく。
 ゆっくりと、不安も、期待も、消える。
 ゆっくりと―――







 眠りにつく瞬間に。


 誰にともなく―――言葉を吐く。

 「告白出来る相手がいるってのは―――」


 素晴らしい?
 って、お前には、いないのかよ?
 横島?








 言葉を忘れる、一瞬の合い間に。
 俺は、何故か泣きたくなった。

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