ザ・グレート・展開予測ショー

いつか聞こえた、あの子守唄!/下


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/11/29)


 いつか僕は、消えていなくなる
 いつか僕は、誰もが愛される場所に行く

 いつか君は、この世に生まれ出でる
 いつか君は、愛されて命を得る

 僕はここに居る、君は僕の腕の中に
 君はここに居る、僕のベッドの傍らに

 川の流れにも似た世界で、僕らは出会う
 優しさと嘆きが混在する、矛盾の世界で

 願わくば、僕の死で泣かないで
 願わくば、君の生命で泣きたい

 朝の光と夜の闇、どちらも君が好いてくれるように
 調和と混沌、それこそが僕たちだから

 朝に生まれた誰かの声に、僕は答える
 この世界へようこそ
 夜に旅立つ誰かの声に、僕は答える
 さようなら、僕の友達

 見てくれ、僕は笑っているだろう?
 友よ、兄弟よ
 この子が望んでくれたんだ

 ―――この世界に生れ落ちることを




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                いつか聞こえた、あの子守唄!/下


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 おキヌの食事は、一旦冷蔵庫で冷えたとはいえ、暖めて食べればやはり美味しかった。
 油揚げが一杯入った味噌汁も、大き目のハンバーグも、食後の蜂蜜入りミルク・シェイクも大満足だった。
 満腹後にすぐ入浴した。事務所の浴室は大きめの造りになっているから、3人一緒でも手狭ではない。
 暖かいお風呂で今日一日の汗と汚れを流すのは、とても爽快だった。ちょっと冷えていた手足の先まで、お湯が染みとおるようだった。

 身も心もすっきりとした3人は、美神とおキヌにお休みの挨拶をしてから就寝する予定であった。
 部屋の電気を消しベッドへと潜り込むと、湯の温もりがゆっくりと布団の内側を暖めていく。
 時間が少しずつ経過する中で、もぞもぞと布団の中をうごめく2人の少女は全然寝付けそうになかった。


 「うー・・・・・・歌ってほしいでちゅよぉ」

 「うー・・・・・・歌ってほしいでござるよぉ」

 「あんたらいいかげんにしなさいよっ。眠れないじゃないの!」


 寝床に入ってから一時間以上もこの調子であった。
 シロが発言すればパピリオが呼応、パピリオが発言すればシロが呼応、といった具合である。
 同室で寝ているタマモにしてみればたまったものではなかった。

 飛び起きて部屋の明かりをつけ、憮然とした表情でシロとパピリオを睨みつけているタマモ。
 が、シロとパピリオは、布団から顔を覗かせたまま、半目でタマモを眺めやっている。
 別にタマモの言うことなんか、どうということもない、と言わんばかりの目線であった。


 「なによ、二人とも。その目付きは」

 「んーなこと言ってまちゅけど、タマモもひのめが、けっこー羨ましいんじゃないでちゅかねー?」

 「言えてるでござるな。ああ見えて、タマモもけっこう『甘えんぼ』の顔つきしていたでござるからなー」


 目に見えてタマモは怯んだ。珍しくもシロの一言で怯んでしまった。
 擬音で描写すれば、『ギクッ』とか『ビクッ』とでも描けるだろう。
 シロとパピリオの白眼視はなおも続いている。タマモは額にじんわりと浮かぶ汗を自覚した。
 沈黙が場を制していたが、結果はすぐに表れた。


 「な、な、なんですってぇ!? い、言うに事欠いてよくもっ。ケンカ売ってんの、あんた達っ!」


 これまた珍しく頬を染めて激昂するタマモであった。
 憤りか羞恥のためか、頭髪までふるふると小刻みに震えている。


 「おー! やるでちゅか、タマモ!」

 「図星を突かれて逆ギレでござるか! いい度胸でござるよ。返り討ちにしてくれる!」


 あっさりと2人も参戦した。
 せっかく温もった布団を勢い良く跳ね上げ、仁王立ちのシロとパピリオ。
 憂さを晴らしたくてしょうがないといった風情である。


 「決着をつけてやるわ、バカ犬っ!」

 「笑止! 自棄になったお主など、拙者たちの敵ではござらん!」

 「そーそー。タマモもはっきり言っちゃえば気が楽でちゅよ? 横島に子守唄歌って欲しいって」


 シロの余裕と、パピリオの意地悪い笑みとセリフに、タマモは切れた。
 真夜中の戦闘は始まった。



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 騒動の階下で、酒をあおる女性陣もいた。
 所長の美神令子は自分でもよくわからぬままに、秘蔵のスコッチを引っ張り出してきてストレートで煽っていた。
 おキヌはそれを横目で見やりながら、ウォッカ入りトマト・ジュースに口をつけている。すでに顔が真っ赤だ。
 本来は『ブラッディー・マリー』という名のカクテルらしいが、ジュースの分量が遥かに多いので、美神曰くジュースであった。


 『あの、美神オーナー・・・・・・』

 「なによっ、人工幽霊一号!?」

 『ご機嫌を損ねていらっしゃるところを申し訳ありませんが、天井部屋の御三方がケンカを始められたようで・・・・・・』

 「ほっときなさいよ、そんなもん!」


 酒の勢いか、僅かに呂律が回っていないようにも見受けられる美神である。
 おキヌも積極的に動こうとはしない。これまた酒の勢いで、反応がかなり鈍くなっているようであった。
 どことなくあせっているらしい人工幽霊一号の声に、美神も溜息交じりに返答を返した。


 『いえ、あの、霊力戦になりそうでして・・・・・・』

 「原因はなに?・・・・・・・・・・・・って、いや、言わなくてもいいわ。なんとなく見当はついてるから・・・・・・」

 『あの、横島さんの・・・・・・』

 「人工幽霊一号? 言わなくてもいいって・・・・・・い・わ・な・か・っ・た?」


 人間どころか妖怪も逃げ出すこと疑い無しの、殺気交じりの視線に、人工幽霊一号は口をつぐんだ。
 人工幽霊一号の見るところ、こと横島を話題に扱うときには、美神はやたらと過剰反応を示していることが顕著だ。
 ここはおとなしく矛を収めることにした。人のように表情があれば、人工幽霊一号は微笑を浮かべていたに違いなかった。


 『・・・・・・了解です、美神オーナー』

 「ふぅ・・・・・・・・・って、ホントにあのガキどもはっ!」


 グラスも酒瓶も放り出して、階上へと駆け上っていく美神令子である。
 汗を浮かべつつ苦笑して見送るおキヌ。
 手の中のグラスには、まだ半分以上ジュースが残っている。とはいえ既に3杯目なのだが。


 「ねぇ、横島さん。わかってますか?」


 階上から聞こえる盛大な騒音に呆れつつ、おキヌはこの場にいない少年に向けて、溜息混じりに言葉を投げた。
 美神、シロ、タマモ、パピリオが、なぜ横島の子守唄にあれほど騒ぎ立てるのか、おキヌにはなんとなくわかったような気がしていた。

 美神は父親の愛情を一身に受けたことが余り無い。
 シロは幼くして父親を失った。タマモは父や母といった存在を知らない。
 パピリオは生まれたときからあの姿のままで、両親と呼べる者など無い。
 皆が皆、煩悩少年とばかり思っていた彼が見せた、父親像に限りなく近い姿に、良くも悪くも心が揺らがされてしまったのだろう。

 そして自分もある意味、両親が居ない。
 大切にしてくれる義理の両親と姉が居る。そのことはとても嬉しいし、幸せだ。
 けど、300年前に生きていた頃には身寄りは無かった。氷室という姓がつく前の自分は孤児であり、幽霊だったのだ。

 ひのめを抱いて、子守唄を歌っている横島を見たとき、おキヌは目を奪われた。
 そこには、見知った煩悩少年の姿はかけらも無かったのである。
 少しだけ年上の男の子が、まるで父親のような温かさに満ちていた。その歌声のなんと柔らかく、温もりに満ちていたことか。
 今もはっきりと思い出せる。甘く優しい中低音の歌声と、自分の胸の内で高鳴る鼓動を。


 「卑怯ですよ? 横島さん・・・・・・」


 グラスをテーブルにおき、立ち上がって窓の外に視線を投げるおキヌ。
 突然、あんなふうに見知らぬ顔を見せ付けられては、心の準備も何もあったものではない。
 美神達も同様だろう。全員揃って、あんなに歯切れの悪い会話なんて珍しいのだから。
 不意に、自分を助けてくれたときの横島の顔が浮かんだ。


 『おキヌちゃん、大丈夫か!?』


 脳裏に浮かんだ真面目な表情と、暖かな声音、そして自分に向けられる優しさを思い出し、瞬時に赤面してしまうおキヌであった。


 「もう・・・・・・やんなっちゃうな」


 単純な自分にちょっぴり腹を立てつつも、嬉しさに頬を染めるおキヌである。
 階上からは相変わらず、騒ぎが聞こえてきていた。


 「いーかげんにしなさい、アンタたちゃー!」

 「ええいっ、おばさんは黙ってるでちゅよ!」

 「美神どのとて、この件ばかりは譲れんでござるよっ!」

 「燃やす! あんた達、全員燃やし尽くすっ!」



 ―――キミを、守って、あげたい・・・・・・かぁ。



 窓枠に両肘をつき、おキヌは階上からの騒動も耳に入らぬまま、ぼんやりと夜の世界を見やった。
 外には静寂と街頭の光、そしてどこかに居るはずの、彼の姿。
 おキヌはお酒の雲に浮かぶ自分を自覚しつつ、そのことも楽しんでいることに笑った。
 そして思った。

 ―――人間になれて本当に良かった、と。



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 「へーっくしっ! ああ、くそ・・・・・・風邪かな? 美女が噂してるんならえーんやけど・・・・・・って、んなわきゃねーか」


 都電の中は平日だというのにさほど込み合っていなかった。これもある意味ラッキーなのかもしれない。
 いつもならむなしい一人ボケツッコミも、今夜に限ってはダメージとはならなかった。
 帰宅途中のバイト少年、横島忠夫は久しぶりの満腹感に身も心も浸っていた。やはりお腹一杯というのは実に良い。
 しかも手土産に、魔鈴お手製の料理をタッパーに詰めたものをもらえたのだ。美智恵からのベビー・シッターの御礼ということで。

 事務所の騒動など露知らず、横島は手足にじんわりと伝わってくる温もりに、我知らず微笑した。
 温かい食事はやはり良い。しかも見目麗しき女性のお手製なのだ。男としてこれを喜ばずして何を喜べようか。
 これでしばらくは食事に困ることは無い。カップ麺を添えて食せば、より満足度が違うことだろう。と、横島は心底そう思う。
 やはり今日は職場に顔を出してよかった。たまにはこういう恩恵が無いとな。事務所の面々に睨まれたのは今もよくわからないが。


 「これで彼女がいりゃー、言うこたないんやけどなぁ。ま、いっか。今日はそこそこええ日やったし♪」


 それにしても、ひのめがうまく寝付いてくれたのが、横島としては何よりだった。
 柄にも無く子守唄を歌ったり、祈ったりもしたが、あれはあれで本当の気持ちだったと思う。
 我が身を振り返れば、もう少し愛や生活に潤いが欲しかったりもするが、まぁ、赤ちゃんと比べてどうこう言うのはよそう。
 横島としても、そのくらいの気概はある。

 車内放送が次の駅への到着を告げた。ゆっくりと速度を落とし、ホームへの進入を図る。
 停車した都電がドアを開き、そこから身を出した横島は、空がすっかり闇へと転じていることに改めて気付いた。
 今日一日はほとんど事務所内で過ごしたし、星の綺麗さは好きだが、衣食住の確保が優先という生活の只中なのだ。
 風情よりも手の中の食料のほうが遥かに大事であった。


 「うーん、これも女の子にゃ言えんことかな」


 もし彼女が出来たらどう振舞えばいいのか、やはり横島にはさっぱりであったが、次の瞬間には考えるのをやめた。
 かっこつけてもすぐばれるに決まっているのだ。あれこれ思い悩むのはとりあえず止めておこう。


 「まぁ・・・・・・今よりちっとでいいから、マシになれりゃいいかな?」


 半分は自分に向けた応援。そしてもう半分は脳裏に一瞬浮かんだ、とある少女の面影に向けての確認。
 かつて恋仲、と呼べるかどうかは未だにわからないが、確かに想いを交し合った相手。種族は異なっても、本気で恋した女の子。
 たぶん彼女は苦笑しているのかもしれない。現に自分も苦笑しているのだから。

 まぁ、それでも良い。横島は口笛を吹きながらそう思った。なぜなら今日はなんとなく心が温かいのだ。
 たぶん時給は稼げた。夕食費が浮いた。しかもリッチな夕食にもありつけた。それが原因かもしれない。
 自分でも赤ちゃんをうまく寝かしつけられることがわかった。これは自分でも以外だった。
 良い一日だった。


 「・・・・・・♪・・・・・・♪・・・・・・♪♪」


 通いなれた家路をのほほんとした風情で歩いていく横島。その表情に憂いは無い。
 帰りの闇の中にか細く響かせる口笛は、いつか聞こえた、あの子守唄であった。










                     おしまい

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