ザ・グレート・展開予測ショー

さんびゃくねんの、こい。


投稿者名:hazuki
投稿日時:(03/11/29)

震える手で、少女は、『それ』を手にした。

それは、自分には触れることの許されるものではないということは知っている。

けれども、一回だけ。

もう明日は自分は、この世のどこにもいないのだから。

だから、許してください。

少女は戦慄く唇でそう、ひっそりと呟くとそれを、とった。











三百年の、こい。














「え?私のですか?」

今日も今日とて平和(?)な美神除霊事務所の可愛い、GS見習の氷室おきぬはお盆を胸に抱えたまま言う。

丁度三時のお茶へと、お気に入りの紅茶とお客さんからもらったクッキーを美神の前に差し出しての台詞である。


「そーなのよねえ」


うーんと、美神自身も困惑しているらしくその言葉にいつもの覇気はない。

クッキーをひとつ摘みながら、何事か考えるように沈黙するが、はっと目を見張り一言。


「おきぬちゃん、このクッキーおいしい。」


何を考えていたんだと、つっこみをいれたくなるような言葉だが、おきぬはその言葉にふんわりと笑うと


「あ、それこの前きてくれたお客さんのお礼なんです」


嬉しそうに言った。


「おきぬちゃん担当のですよね?確か」

と、唯今発言したのは、横島。

同じようにぽりぽりと、おきぬの淹れた紅茶とクッキーをほうばりながらの言葉である。


「あ、そうなの〜へえ、どこのお店かしらね」


気に入ったらしく、もうひとつ美神がクッキーを摘む。


「さっすがおきぬちゃん。美神さんの除霊の場合、お礼どころか抗議の電話をもらってくるのに菓子折りもらってくるなんて、さすが人徳だよなあ」


クッキーを満足そうに食べ終え、横島。


どがっ!



瞬間、がっと手元にあった電話(子機)を横島の顔面に美神は投げつけた。

もちろん、美神の運動神経(?)に横島(平常時)の反射速度が勝てる訳もなく聞くだけでも痛そうな音をたてて横島の顔面にヒットである。



「アンタも変わらないでしょーが」


ふんっと、鼻息も荒く美神。

おきぬも、そんな二人の光景も既に見慣れているらしく、おきぬは倒れた横島の隣にある子機を拾い


「あ、大丈夫ですねえよかったあ」

と、安心したように言った。


ちなみに倒れてる横島には、大丈夫ですか?の一言だけである。



「………て、なにしてんのよそうじゃなくて今の話題は」


コメカミを指で抑え美神。


軽く左右に頭を振り美神は、訳が分からないと言った面持ちで


「なんで今あの村に、おきぬちゃんの幽霊が出るかってことなのよ」




























────アシガ痛イ。


今年は、不作だったからお金がなかったの。

『おとうさん』がそういった。

───は、一番年上だから、今年の草鞋は我慢してくれるかい?

泣きそうな顔で。


うんいいよ、───は、おねえさんだもん、おっきいもん裸足でも全然大丈夫だよ。


だから、泣かないで


独り古い草鞋にを履く、古い草鞋はうすっぺらだ。

裸足をもうそうかわらない。

地面にじかに足が触れる。

皮がむける。

血が出る。

そしてまたかわがむける。


じんじんと耳が痛くなるほどの寒さのなか、10に満たない少女はぐっと唇をかみ締める。

涙をこらえ、笑う。



誰にも心配させないために。



大丈夫だよ。こんなのずっと我慢してれば足の皮がつよくなって痛くならなくなるんだから。




───ダケド、アシガ痛イ。


























事は、数日前のことであるらしい。


例の祠周辺に、いるというのだ。

おきぬの姿そっくりな、幽霊が。


別に害があるわけではない、ふよふよと、浮遊霊のようにただよっているだけなのだが、いかんせん姿が姿である。

世間への外聞が良くない上に、もしかしたら何か東京でのほうで異変でもあったのか?と心配した氷室夫妻が、連絡をくれたということなのだ。


「……そんなこと、言われてもねえ?」


首を傾げ美神。

視線の先には同じく戸惑ったようなおきぬがいる。


「私、ここにいますけど?」


「じゃあ、寝てるうちにかってに抜け出してるとか?」

ぴしっとソファーから指をたて横島。


「東京から?」

それで朝また、かえってきてるって?

「ありえないわね。」

と断言してみせる美神。

なんせ、その「幽霊」が出ていたとされる日時、おきぬは美神たちと一緒に除霊作業にあたっていたのだ。




そんなことは、理論的にありえない。


つい、と美神は顎に手のひらを当てて半ば独り言のように、呟いた。




「一回いってみたほうがいいかもね………なんか霊感にひっかかる」























────モウイナイ


足をすり切らし、豆をつくってたどりついた場所には、誰もいなかった。


あるのは、ただ焦げた家と、はらっぱだけ。



『おとおさん…おかあさん…』


今年は、不作だったためにもらえなかった、もう一個しかない草履を履きつぶしてようやく、ついた場所。


少女は、泥に汚れた顔をくしゃくしゃに歪ませて、呟いた。






『───逃げてね。おかあさんとおとうさんも、ちゃんと逃げるから、そして逢おうね?』



脳裏に浮かぶのは、優しいひとの顔。



ないちゃ、駄目だ。

みんな心配する。

無理いって、『家』に行っていいって行って貰ったのに。

みんなの中で、一番年上なのに。


笑ってかえらないと、姫さまも、弟たちも妹たちも、『お父さんとお母さん』も心配する。



大丈夫、笑える、だってわかってた事だもん。



無理だとは、わかってた。

みんな優しいから言わなかっただけなんだ。


───ダケド、モウアエナイ。



少女はずるりと、重い身体をひきずって踵をかえした。




























「大丈夫でござるか?おきぬどの?」

きゅっきゅっと皿を拭きながら、シロである。


唯今、夕食後の後片付け作業中であり、おきぬが、皿洗いそしてシロが皿拭きである。

(おきぬが家事、学校、GS見習のとしての仕事の三重の負担を軽くしようとする美神の働きにより美神以外は、交代でおきぬの家事を手伝うことが義務付けされているのである)

「んー……大丈夫」

ちゃかちゃっと、最後の一枚を洗い終えおきぬ。


「やっぱし、少しは気になるけどね?」


「拙者もついていきたいでござる…」


ふきふきと、皿を拭きながら、シロが言う。

明日同行するメンバーは、横島と美神だけなのだ。

おきぬは、濡れた手を拭きながら笑うと


「有難う、シロちゃん」


と笑う。



「でも、危険は今回に限っていえばないし、美神さんがいかないといけないって気がするからいくだけだしねっ」


「………あのドケチな美神どのが、三人分の旅費をだそーという時点で……」

その時点で心配でござるよ。

とシロはううっとうなりながら言う。


有る意味、もっともな意見である。




おきぬは、苦笑しながらも、かえってきたら焼肉をシロのために用意するということで許してもらった。






ふと、こんな瞬間に感じるものがある。


目の前で約束でござるよっと笑うシロをみているときや、疲れきった身体であたたかな布団にはいるとき、目の前に美神や横島がいるときであったり、タマモが美味しいといいながら、きつねうどんを食べてるとき。


じんわりとあたたかく、そして切なくなるような、もの。


もしかしたら、シアワセというのはこんな感情かもしれない。


おきぬは、そんなことを感じながら、守れる約束を言える自分に心から安堵し、ゆったりともう一度笑った。




























───ヒトガシヌ。


隣のおばさんも、かずぼうも、お侍さまもみんな、死んだ。


独りだけでも辛いのに。

いなくなるっていうことは、死ぬっていうことは、こんなにこんなにこんなに───



『───、えらい導師さまが江戸からこられるんだ』




成長したやせっぽちの少女は、それを聞いた。


顔立ちこそ美しいといえる部類に入るのに、手足はいつも荒れており、着ている物もお世辞にもよいとはいえない粗末なものだ。


それでも、その顔に浮かべる笑顔は、それらを全て吹き飛ばせるほどの美しさをもっている。



『──ここで親のいない15の子は、私だけですよね……』



少女は、笑顔すら浮かべ言うのだ。


目の前で、泣いているひとを泣かせないために。



『───、──っ』




泣いてくれる人が、いる。


やせっぽちの少女は、それだけを、自分のために泣いてくれるひとがいることだけを、思いわらった。





───ヒトガシヌノハキット、ワタシデ最後。





























次の日、太陽が高くなる頃には、おきぬたちは、例の祠にいた。


「特に、性質の悪いのは、感じないけどね」


ぐるっと辺りを見渡すように、美神。


「…………つーか………この山だきゃーっ………」

息も絶え絶えに横島、地面にへたり込みながらの台詞である。



そんななか、おきぬはぼんやりと、空をみていた。


とすとすと、岩山をなんとはなしに、触っりながら歩いているとがこっと一部分だけ不自然な空洞があることに気付く。




「あれ?」



なんだろう?とおきぬはそう呟き、そっとその空洞を覗き込むと、がたがたっという音と共に、視点が反転





「──きゃあっ」


その叫び声に、横島と美神がおきぬのほうを振り向いた時にはもう、おきぬはその場所にはいなかった。









「……いたたたた………」


気がつくと、大きな洞窟のような場所におきぬはいた。



視界の先にはおきぬが、落ちてきたであろう、穴が見える。


そこから、光がはいってきており、洞窟の中も比較的あかるい。


頭から落ちたらしくくらくら回る頭を振りながら起き上がってみると、目の前に薄汚れた鏡があった。


丁度、おきぬの目の高さくらいにある。

大きさは、だいたい人の頭くらいであろうか?

鏡は、洞窟のような(と、いうか空洞)場所でこんなところにあるような代物ではない。

呪われたものだとかなら、それなりの邪気はあるはずだが、それもない。


なんだろう?


おきぬは首を捻り手にとろうと、する。



その瞬間ぼうっと、壁に、鏡が光を反射した場所にひとりの少女がうつっていた。







「え?」



おきぬは、一瞬自分が鏡に映っているのだろうか?と思った。


だけども、そこに写るのは、巫女の姿をしたおきぬではない。


ぼろぼろの麻の服に、身を包んだ貧相な、少女だ。




手や足はいっそ、痛々しいほど細く、足の先からは血が流れている。

手もがさがさと荒れており、顔色もお世辞にもいいとはいえない。




だけど、それはまぎれもなく、おきぬであった。








鏡によって照らされた少女は、仮初の現をいただいた少女は、言う。



はんなりと、笑って。


『あの…そのワタシおきぬと言います』




シッテル




『明日、導師さまから言われて人身御供になるんです。』



(この光景は、しってる。)



『えっと………でもみんな、が助かるならいいかなあって思ってるんです。』


(どんな気持ちでこんな事をいったのかも。)



『姫さまも、村のみんなも、全部大好きだから……』

寒いのだろう。そうっと手を擦り合わせながら、言う。


『だけど…やっぱし怖いんです。』

笑いは絶やさずに、身体だけは震わせ、言う。



『やりたいことも、たくさんあったし……できるなら、生きていたかった』



これは、遺言だ。

少女の本音を漏らす事の、弱音をもらすことのかなった。少女の。



おきぬ自身の。


『あの、貴方は、これを見ていてくれてるひとは、シアワセですか?』


少女は、ぐっと両手を握り締め言う。


『シアワセだったら、いいなあ………』


まるで、そうあってくれと、願うように。




『海も山も、湖も村も、綺麗ですか?』





自分が、命を掛ける、それだけのシアワセが自分のいなくなったあとに降り注ぐようにと。





『恋もできなかったし、おかあさんにも、なれなかったけど、だけど、この一番すきな場所に、シアワセが降り注ぐと、いいなぁ」





きっと、誰も聞くことの無いだろう。だけどものこさずにいられない、言葉。







──覚えてる。


自分は、この鏡に、導師さまの霊力が宿った鏡に、最後の言葉を宿したのだ。

そうして鏡を置いて、泣いたのだ。

死にたくないと、叫んだ。



一番上だから我慢させられた。

おとうさんと、おかあさんも、いないことをおもい知らされもした。


泣きながら、それでも、自分を育てた人に『人身御供』になれと、言われた。




辛かった、苦しかった。

だけども、それを上回るほど、みんなが大好きだった。


それを上回るほど、みんなはこんな自分にシアワセをくれた。

こんなシアワセをくれるひとに、不幸になってほしくなかった。





だから、いいや。



泣きながら、泥と涙に汚れた顔で少女は、笑ったのだ。



そして思った自分がいなくなったあとも、シアワセであったらいいなあと。





「………恋くらいしたかったかなあ」





そんな呟きだけを残して。







おきぬは、泣いていた。


300年前の自分のために。


恋もしらずに、全てを捨てようとした自分に。


そして、こんなものを残さずにはいられなかった自分に。




おきぬは、そうっといとおしげに、鏡に触れ





「三百年の、こいなら、いましてるよ」







ひっそりと呟いた。

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