ザ・グレート・展開予測ショー

雨のち晴れ


投稿者名:tea
投稿日時:(03/11/27)


 夜。陰りのない空を満月が仄かに照らし、帳の下りた舞台のような静寂が訪れる時間帯。大半の者が一時の休息におちている時に、横島は一人アパートの屋根に登っていた。

「よっ・・・と」

 錆付いた脚立から足を離し、鬼瓦の継ぎ目に足を滑らせる。横島は暫く辺りを見回すと、目当ての場所に腰を下ろした。

「よし。んじゃ、やるか」

 右手に握るのは、ずしりとしたトンカチ。横島は腕まくりをすると、瓦を剥がしにかかった。劣化した屋根板を確認し、手際よく修繕を施していく。
 雨漏りがするので修繕したい。最初にそう言った時、年老いた大家は目を丸くした。この安普請で最も貧乏であり、それゆえ最も家屋に頓着しない店子。それが横島に対する大家のイメージだったからだ。
 良い医者を紹介してやるだのとかなり失礼な事を言われたが、とにかく許可を貰う事はできた。
 確かに柄じゃないと思う。だが、これだけは今日中にやってしまわなければならない。修繕を終えると、横島は膝を上げて別の箇所に取り掛かった。

「えっと・・・あれ?釘、釘・・・」
「これのことかしら?」
「あ、サンキュ  ・・・・・」

 声の方を見ずに釘のケースだけ受け取った横島は、約三秒思考を停止した。今此処に居るのは自分だけの筈。こんな時間に、こんな所にくるのは一人しか居ない。

「タマモ!!お前、どうして?」

 振り返った横島が見たのは、屋根の上で佇むタマモの姿だった。月明かりに照らされたその横顔は、清冽とした美しさを湛えながらもどこか不機嫌そうだ。

「何言ってんのよ。今日から一緒に住む、って約束だったでしょ?」

 そう言って頬を膨らますタマモを見て、横島は暫し自失した。確かに今の時刻は午前0時を過ぎているから、「今日」である事に違いはないのだが・・・

「・・・だからって、早すぎんか。俺が寝てたらどうするつもりだったんだ」
「布団に潜り込んで一緒に寝る」

 きっぱりと宣言すると、タマモは呆れ顔の横島の隣に腰を下ろした。ひんやりした感じが、瓦越しに伝わってくる。

「・・・いいじゃない、別に。少しでも早く・・・アンタと、一緒になりたかったんだから」
「! タマモ・・・」

 不意打ちのような告白に、思わず赤くなる横島。見ると、タマモの方も顔を朱に染めたままそっぽを向いている。
 普段クールである分、二人の時は素直になってくれる。横島はそんなタマモを可愛く思い、そんな素顔を自分に見せてくれることが嬉しかった。思わず頬が緩む横島だったが、タマモにしてみればやはり気恥ずかしい事だった。

「そ、それより、何でこんなことやってんのよ。今までだって、別に気にしてなかったでしょ?」

 未だ赤く染まったままの顔で、ぎこちなくタマモが尋ねる。横島は暫く逡巡したが、やがて苦笑しながら口を開いた。

「ん・・・なんかさ、嫌だったんだ。零れ落ちてくる雫が、何だか泣いてるように見えてきてさ」

 予想外の答えにタマモが眉をひそめる。そんな詩的ともとれる動機と横島とでは、どう調整したって噛み合う筈がない。嘘を言うな、とでも言わんばかりのタマモの視線に、横島は頭を掻きながらぽつりと付け加えた。

「泣くのは」
「え?」
「泣くってのは、自分じゃどうしようもないだろ。途方もなく悲しい時なんか、堪えても堪えても結局流れ落ちちまう。蓋をした容器が溢れるみたいに、さ」

 言外の意味が汲み取れない。というより、さっきから何かがおかしい。横島は、もっと単純で直情的な性格だ。こうも婉曲した言い回しをする横島を見るのは初めてである。

「横島、結局何を・・・」

 言いたいのか、と訊こうとしたタマモは言葉をなくした。何故なら、横島と目が合ったから。真剣な―――見る者を魅了してやまない、澄んだ瞳に真っ直ぐに見つめられたから。

「俺は・・・ずっと泣いていたんだと思う。いつも、塞ぎようもない心のどこかで、血のような涙が流れてた。タマモのお陰なんだ。俺が、ルシオラのことを乗り越えられたのは。だから・・・俺は、もう悲しまない。そして、もしお前がどうしようもなく悲しい時は、俺が全部受け止めてやる。そう・・・思ったんだ」

 そう言って、横島はタマモの髪を愛しげに撫でた。ゆっくりと、愛情を染み込ませるように。

「・・・横島・・・」

 柔らかい羽に撫でられているような、心地いい瞬間。タマモは目を閉じて、そのまま横島に体を預けた。

「っと・・・おい、タマモ」
「いいから・・・しばらく、このままでいよ」

 タマモが横島の胸に顔を埋める。横島は当初戸惑っていたが、やがて薄く笑ってタマモをその腕に優しく包み込んだ。





 横島の温もりを感じながら、私は心の中で思った。

 本当に救われたのは、自分だと。生きることの楽しさ、愛する人の側にいられることの喜び。全部、横島が教えてくれた。自分を匿ってくれて、解り合おうとしてくれた。いつも、隣で笑ってくれた。

 けど、そんなこと全部言い切れるわけもないから。

 一言だけ―――想いを伝えておこう




「・・・ねえ、横島」
「ん?」






「ちゃんと受け止めてよね。   ・・・涙ってね、嬉しくても流れるものなのよ」





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