ザ・グレート・展開予測ショー

冬は訪れてろ ―前編―


投稿者名:veld
投稿日時:(03/11/25)



 雑然、と言うか、酒瓶とジュースの缶とお菓子の袋などで、ゴミの山と化している部屋の中で呆然としながら、死屍累々たる同級生達の姿を見、横島は溜め息をついた。
 ―――部屋の片づけを誰がすると思ってんだよ・・・。(勿論、シロだけど) ―――思わず、溜め息を漏らす。

 玄関に恐らくは蹴り出された目覚まし時計が指し示す時刻は深夜の三時。散々騒いだのだろう―――部屋に入る時、隣の部屋に住んでいる小鳩ちゃんが顔を出し、何だか悲しそうな顔をしていたのを思い出す。ひょっとして、さんざん女に対する愚痴をこぼしていたんじゃないだろうか―――そう思うと、怒りまで沸いてくる。
 ―――小鳩ちゃんに、俺まで同類だと思われたらどうしてくれるんだっ!!―――
 とりあえず・・・正直な気持ちだったことは間違いなかった。


 ドアの傍でぐーぐーといびきを掻いているクラスメートだろう―――見覚えのある男を、つま先で軽く小突くと、彼は「うっ」とうめき声を上げて、目を擦りながら、瞼を開いて、彼を見た。

「・・・おぉ、よこしま・・・おはよう・・・」

 寝ぼけた声―――まだ、はっきりとは覚醒していないんだろう。そして、起きる気もないのかもしれない、腕一本以外はまるで動いていない。

「おう、おはよう・・・えっと」

 同じクラスだったが―――誰だったか名前が思い出せなかった。
 勘で―――言ってみる。

 「・・・林」

 彼は目を閉じた。そして、不規則な深呼吸を二、三度すると、目をぱちっ、と開き、言った。

 「・・・駄目だ・・・俺、寝るわ。じゃぁ、おやすみ・・・」

 何が駄目なのか、どうなのか。
 というか、名前、あっていたのか、どうなのか。
 彼はまた溜め息をつくと、どうしよう、と呆然と再び、佇んだ。
 文字通り、蟻の通る隙間も無い。まして、眠れるスペースなどと言うものはなさそうだった。
 寝るとなれば、彼らの上に・・・と言う事になるだろう。が・・・だ。男と肌を触れ合わせるなんてぞっとしない。人間の床を前にして、彼は敵前逃亡を図ろうとして―――思う。

 冬だ。
 しかも、雪が降っていた。
 つまり、寒い。
 洒落にならないくらいに、寒い。
 雪は、かなり強い勢いで降っていた。
 そして、シロを送った後、帰ってきた時の事を考えると―――ぞっとした。



 死ぬ。
 間違いなく、死ぬ。
 そりゃ・・・もう、死ねます。奥さん。
 いや、奥さんって、誰か知らんけど。
 風はびゅんびゅんと吹いています。
 窓を叩いてます。薄いドアですから、分かります。
 吹雪いてやがります、奥さん。

 「・・・生か、死か」

 結局の所、そうなのだ。
 自分はついてない。
 最後の最後はギャグキャラなのだ。
 るるる〜とか涙を流して、「あぁ、どうせ俺は女と一緒に寝る・・・とかそういうオチはないんや・・・」とか。
 そういう風にならざるを得ないのだ。

 ただ。

 ここは、やばかった。
 蒸すほどの男臭。汗臭さの中に、近づかせるのを躊躇わせる何かが漂っていた。
 ・・・いかん。

 まして。
 自分は、最近、変な夢を見る。
 いや、こんな状況で見はしないとは思うが。
 五日に四度のペースで見ている以上、その保証はない。
 いや、寧ろ、見る可能性の方が高い。

 いや、その内容は単純なものだった。
 説明すれば、三秒で事足りる。

 『シロの夢』・・・だった。












 キラキラと輝く向日葵の花畑の中で微笑むシロがいる。白いワンピースに、麦わら帽子。夏先取りッ!なファッションだった。―――今は冬だが―――けれど、夢の中では夏。それも、夏真っ盛りだった。そして、夢の中の自分はそれを当然と思っている。
 大きな入道雲が、風に流れて行く。陽光は適度に輝いている。眩しくもなく、かと言って、暗いわけでもない。丁度良い光度だった。ゆらりゆらりと、優しい風に揺れる向日葵、そして、その中で彼女が声を掛けて来る。

 「先生ッ!綺麗でござるか?」

 何が―――と、思う間もない。
 彼女の手の中に色とりどりの花があるのを見つけ、自分は頷くのだ。
 すると、彼女は眉間に皺を寄せて、ぷいっ、と向こうを向いてしまう。

 「何だよ?」

 尋ねても、まるで意にも介さずに―――彼女は膨れっ面を空に向けるのだ。

 そして、言う。

 「先生の馬鹿・・・」







 それから、まだ多少はあると思うのだけど、思い出せなかったりする。
 ただ、この夢を見るたびに、何故だか、自分は掛け布団を抱きしめているのだ。

 もし、そんな夢をこの場で見たら―――。
 ―――シロの名を口走ってしまうかもしれない。
 ・・・練り山葵一本で済むんだろうか。
 いや、それも恐いが!!
 布団の代わりに男に抱きつく羽目になるかもしれない!!
 それはもっと嫌だった。凄く嫌だった。

 窓の外を見た。部屋の中の景色しか見えない。ただ、音は聞こえた。まだ、雪は止んでいない。

 「野宿・・・。下手したら死ぬよな・・・」

 だけど―――彼は部屋を出るべく、ドアを開けた―――びゅおうぅぅぅぅぅ、と勢い良く吹き込んでくる冷たい風。
 自然、浮かぶ笑み。
 ばたんっ。
 閉めた。
 音は止んだ。
 ―――深呼吸を二回。
 開けた。





「・・・さっきより・・・全然寒いじゃねぇか・・・」

 漏れた言葉は白い吐息と共に風に流された。防寒具を身に纏ってなお、身体に注ぐ風と雪の冷気は防ぐ事は出来ない―――当たり前かもしれないが、後悔はした。甘く見ていたのかもしれない。大自然は凶器だ。
 浅く積もった雪を踏みながら、フェンスに寄りかかり、階下を見下ろす。―――積もっていた。眠っていたら、パトラッシュが迎えに来てくれるような状況になるかもしれない。いや、もう、確定だった。眠る身体に雪が降り積もるだろう―――ぞっとする。

 「・・・やっぱ・・・戻るしかないのかなぁ・・・」

 後ろを見てみる―――開け放ったドアから吹き込む寒気が、眠る連中を起こしはしないだろうか―――と期待していたのだが、閉めないままにしておいた効果はまるで上がらず、寧ろ、せめてもの救いだった室温さえも下がってしまう、と言う最悪の状態になってしまっているまいるーむ。
 退路は塞がれた。この際、事務所に行ってみようか―――とも思うが、行く前に逝ってしまうような気がしないでもなかった。心情的に。
 憂鬱な面持ち―――考えても、考えても、良い考えは浮かばず、ただ、体温が奪えわれていく。眠気も増していく―――限界は近づく。
 がくんっ―――頭が手すりにぶつかった―――そのまま、落ちていきそうになる恐怖に、意識が覚醒する。同時、声が掛けられる。
 声が掛けられるのと、目覚めたのはどっちが先だろう―――愚考にいたる前に、身体が動いた。振り向き―――そして、唖然とした表情の小鳩ちゃんの姿を見つける。

 「横島さん!死んだりしたら駄目です!どんなに悲しい事があったって!貧乏だって!女の人にもてなくたって!・・・あ、あの、その、小鳩じゃ・・・駄目ですか!?横島さんの・・・隣に立っちゃ駄目ですか!?」

 全く違う方面のことを考えていた脳は、彼女の言葉をちゃんと認識する事は出来なかった―――が、ゆっくりと、ゆっくりと、動きを止めていた血が動き始める。
 先ほど掛けられた声の内容一切を消し去って。

 「小鳩ちゃん・・・何て言ったの?」

 一世一代の告白をフイにされ、温厚な小鳩も少し腹が立ったが、雪山に遭難しているかのような横島の顔に、怒りを収める―――冷静に考えてみれば、とんでもない事を口走っていた。顔が冷気の所為ではなく、赤く染まる。

 「あ、気にしないで下さい・・・それより」

 どうしたんですか?―――そんな眼差しに、横島は苦笑いを浮かべた。

 「ん?あ・・・いや、寝れなくてさ」

 嘘です。死ぬほど眠いです。と言うか、さっき、死に掛けました。―――心の中で呟きつつ、横島は頭を掻いた。

 「そうですか」

 全然納得いかなかったが、とりあえず小鳩は頷いた。

 「・・・うん。にしてもさ・・・雪、こんなに積もるとは思わなかったなぁ」

 「そうですね・・・東京にも、雪ってこんなに降り積もるもんなんですね」

 「だねぇ・・・」

 たわいも無い会話の間にも、びゅぅぅぅぅ・・・と、雪は吹き付けてくる。
 今夜の間は吹雪いているかもしれない。―――漠然と彼はそう思った。
 そして、彼女を見つめ、縋るような眼差しを送った。

 「あの・・・部屋の中には戻らないんですか?」

 が、届かないようだった。

 「・・・小鳩ちゃん。俺、思うんだけどね?」

 「?」

 「凍えるような街の中と、眠る隙間も無い部屋と、可愛い女の子とお茶だけで過ごす夜と、どれが素晴らしいかと言えば」

 遠まわしに。

 「横島さん」

 「何?」

 「お茶、飲みませんか?あの、出がらししかないんですけど・・・」

 可愛い女の子、の部分で、小鳩は若干の躊躇いを自分の中で感じてはいたが、そう言われて断れもしない。
 ―――男女七歳にして席を同じうせず―――先の行為、と言うものに関してはまるで考えなかったのは、あしからず。

 「良いの?」

 一応、尋ねる。あっ、やっぱり駄目です!なんて言われたら、土下座も辞さない覚悟だった。

 「はい・・・ここは寒いですから・・・」

 「・・・小鳩ちゃん」

 たれた鼻水が凍り付いている事も知らず、横島は微笑んだ。








 規則的な寝息を立てている小鳩の母と、貧乏神にして貧乏神にあらず、でもまだどっちかと言うと貧乏神っぽい感じの貧。どうやら、先の騒ぎで眠れなかったのは小鳩だけだったらしい―――心の中にあった、小鳩への申し訳なさに、思わず言葉が漏れた。

 「ごめんな?小鳩ちゃん・・・隣に部屋、うるさかっただろ?」

 Tパックを急須に入れ、ポットのお湯を注ぎながら、小鳩は少しだけ顔を歪めたが、微笑んで、首を横に振った。

 「全然・・・ただ、横島・・・帰ってきたら殺す、とか、もう、この際だからその辺から食料奪おうぜ?俺達は何と言っても何とかかんとか会だし・・・とか言われて物凄く恐かったですけど。借金取りか何かですか?あの人たち・・・」

 最後の方になると、声は震え、心なしか、身震いもしているようだった。

 「い、いや・・・違うんだ。あの人たちはちょっと可愛そうな人たちで・・・」

 知り合いだとは、思われないことにしよう。―――心の中、一秒で決別を誓った。

 「あ、えっと、その・・・私、借金取りには慣れてますし・・・平気ですよ?」

 物凄く悲しい包容力を見せてくれる小鳩に軽く泣きたくなりつつ―――横島はただ、これだけ言った。

 「・・・いや、本当に違うの。全然違うから」

 何故か、涙混じりだった。
 急須を揺すり、マグカップの中に注ぐと、色素の薄い紅茶が溜まっていく。

 「あの・・・何だか、恥ずかしいです・・・」

 俯いて、彼女は言った。

 「何が?」

 「出涸らし・・・なんて、本当に・・・」

 急須から手を離す事はなく―――注がれたマグカップの中を覗いていた。
 やっぱり、色素は薄い。と言うか、赤くない。オレンジ色に見えなくも無いけど、でも白色に結構近い、そんな色だった。
 横島は苦笑を浮かべた。勿論、そのマグカップの中のお茶に、ではなく、気にしている小鳩に、だった。

 「気にするようなことじゃないって。俺なんて、お茶なんて飲まないし。水だよ?不味い水ばっか飲んでるし・・・いや、白湯、かな?―――いや、ガス代もったいないし・・・使いもしないかな・・・つーか・・・使えるかな・・・ガス、止められてた気もするし・・・(汗)」

 何だかいろいろと悩みながら、マグカップに手を伸ばし―――、一口飲む。美味い。そう、素直に思った。

 「美味いよ?小鳩ちゃん・・・飲みなよ?」

 マグカップを置くと、急須に手をやっていた小鳩の手に触れる。そして、もう片方のマグカップに注ぐと、小鳩の手をそのマグカップの取っ手に置いた。

 「飲も?」

 人間、寒い所から暖かいところに来ると、固くなったいた体が柔らかくなるもので。
 彼の頬は緩みきっていた―――だから、というわけでもないが、微笑みが彼女に向けられていた。

 「あ、はい!」

 顔を赤くしながら、少女は照れ隠しに飲んだ。
 紅茶は少し、熱かった。






 続きますぅ♪

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