ザ・グレート・展開予測ショー

アシュタロス〜そのたどった道筋と末路(涙)〜ヴァンパイア・メイ・クライ9


投稿者名:♪♪♪
投稿日時:(03/11/24)



 人が怒りを感じるのはどんな時か。読者諸氏は、こう問われると大いに悩んでしまう事だろう。答えに思い至らないのではなく、その答えの多彩さ故に。


 侮辱された時? 大切なものを奪われた時? 理不尽にも傷つけられたとき? 己の道徳観念に反する事件を耳にした時?


 無数にある答え。その全てが正解なのだ。人それぞれに人格があるように、人が怒りを感じる理由もそれぞれ。
 たとえば、仏教に対する悪口が在ったとする。ソレを耳にした仏教の人間は憤慨するが、仏教に組しない者は何も感じない。基本が無宗教である日本人なら逆に理解しやすいたとえだろう。


 だが。
 今、『彼』が感じている怒りに関して、反論をはさむ余地は一縷も存在しない。
 至極もっともで、至極正当な怒りを、『彼』は感じているのだから――




















 ――自慢の脛毛胸毛は『冥子ちゃんの精神衛生上悪い』と夜叉丸にむし取られた。今彼の肌は光沢を放つほどツンツルテンである。


 ――自慢のフェイスは赤や黄色のマジックで彩られ、子供のキャンパスと化していた。パピリオ画伯、と頬の端に残った文字が犯人を物語る。


 ――『この野郎マッチョなくせに贅沢しやがってー』と、嫉妬の炎をバーニングさせたアシュタロスと横島の貧乏コンビにスキンヘッドにされたうえ、布巾で磨かれた。おかげで、今彼の頭部は眩いほどに光り輝いている。


 ――視認する事は出来ないが、寿命の蝋燭も相当量磨り減ったものと思われる。令子とエミ、ルシオラとおキヌそれぞれの修羅場を前にすれば当然だろう。


 なぜに。
 なにゆえに、自分の船に海賊行為を働いたお馬鹿どもにここまでされにゃならんのか。


「ご苦労様〜♪」


 ヴラドー島の海岸で。
 冥子のねぎらいの言葉を背に受けながら。
 ミスター・ジョーンズは、精神世界に篭った全ての感情を現実世界に押し出すべく。


「ばっきゃろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!! 死んぢまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
 絶叫した。
 ミスター・ジョーンズは、以後日本人に対するかなり根強い偏見を抱くにいたったと言う、そういうお話。


 哀れな彼に祝福があらんことを――


 父親と同じくヴァンパイアの血を受け継ぐ癖にキリシタンなピエトロ君は、遠ざかっていく彼に対し哀れみ混じりの祈りをささげた。


「ここがヴラドー島――」


 勿論。
 美神令子をはじめとするGS達は哀れなジョーンズに向ける意識など持ち合わせてはいなかった。ヒデェ。


 ま、ソレも分からないでもない。霊感をもつ彼らは、島に踏み入った瞬間から、この島の異常性を感知してしまい、驚きのあまり周りに対して向ける意識が希薄になってしまったのだ。
 見た目はちょっとホラーチックな孤島でしかない。北側の断崖絶壁から南に向かって、なだらかな斜面が続く、山を真っ二つに割って置いたような島。一番高い場所、開けた頂点に不気味な古城があって、そこにギャアギャア謎の泣き声を放ちながら蝙蝠が群がっている。ホラー映画の舞台にあつらえたような外観だった。


 正直、見た目でインパクトを受けるような繊細な感覚の持ち主は、一同の仲では冥子ただ一人。
 それよりも重要なのは――


「島中を強力で邪悪な霊波動が覆ってるわ……」
 美神令子が漏らしたこの一言に尽きる。
 圧倒的な霊波動が、城から当たり一体に放出され、さながらドームのように島を覆っていた。
 霊波動というのは、いわば空間に対して広げられる波紋のようなものだ。邪悪な霊波動とそうでないものとの区別は体感するしかないが、この島の異常性について説明するなら『波紋』という表現が適切であろう。
 小さな桶に満ちた水を連想してもらいたい。そして、その桶を持ち上げて左右に振るう。ヴラドー島の状況はまさしく大きく波打っている上体なのである。


 それも、特大の大波。波紋が強すぎて、隣に立つ人間の霊波動すら全く感じられない。


「隣に吸血鬼が立っていたとしても気付けないわね……」
「け、見鬼君こわれちゃいました」


 エミの呆然としたつぶやきに、大丈夫と言おうとしたのだろう。荷物の中から見鬼君を取り出したおキヌだったが、取り出した物体はうんともすんとも言わない。


「霊波動の中心はあの古城か――」
「ええ。あそこがヴラドーの住処です。先生はふもとの村で結界を張っているはずです」
「力の限り逆効果になっているな」


 ふむ。とあごを撫でるアシュタロス。結界で島を覆う事で波動が逃げ場を失い、島中を乱反射してえらい事態を引き起こしている。これが普通の霊波動ならば、アシュタロスには通じなかったのだが――


「その事は先生も自覚してらっしゃるのですが――」
「ま、仕方の無い事でしょうね……張らなかったら張らなかったで、かなり好き勝手やられるだろうし。ヴァンパイアの眷属相手に空中戦なんて想像もしたくないわ」
 ベスパの言だ。彼女も、だてに大阪時代アシュタロスの助手をしていたわけではない。そこら辺のスイーパー顔負けの知識と能力をきちんと保有しているのだ。


「――ピート。君の話が確かなら、あそこには村があるはずやな」
「ええ。そうです」


 予想通りの返答を得た鬼道が、表情を険しいものに摩り替えた。


「こう言っちゃなんやけど……人、おらんようなっとるで?」
「はい?」


 まるで直接見てきたかのような事を言い出す鬼道に、一瞬あっけに取られる一堂。そんな彼に絶大な信頼を寄せている冥子が、のんびりおっとりした口調で問うた。


「マー君、やっぱり〜?」
「うん。気配ないし」


 ――ドラゴ○ボール!?


 さらっと飛び出したとんでもねえ表現に、一同が抱いた感想は全く同じだった。徹底したリアリストの美神令子はその発言を一笑に付し……


「馬鹿ねー。そんなことわかるわけ――ああああああああ、わかった、わかった、疑わないから冥子、泣きそうになるのやめて式神をしまってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
 ……かけて、骨の髄までしみこんだ冥子に対する苦手意識を露呈させた。
 まあ、表面上はともかく、内面では全員令子と同意見だった。
 この距離で城のふもとにいる人間が分かるはずが無い。いや、分かるだけの能力があったとしてもジャミングの中では正常に機能すまい。


 鬼道の言葉の合否はともかく、村にいかなければ話は始まらない。一同は表面上鬼道に対するコメントを控えて、村へと向かった。




































 村に着いた。
 ――ホントに誰もいなかった。


「ほらな」
「きゃ〜〜〜〜♪ ま〜君凄〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い♪」
 胸を張る鬼道と、恋人の活躍? に歓声をあげる冥子。


 ――こいつ、ほんとに人間か?


 その他の人々は何を言うべきか迷っていた。




「――海賊行為って、いけないことなんだよね」


 日光を一切通さないように作られた古城。その一室に幼い声が反響する。
 精神衛生上あまりよろしくないつくりだったが、そこに住まうものたちのことを考えれば当然と言える。太陽を知らないヴァンパイアは陽光を精神衛生良化の材料として認識しなかった。特に、そこに住まうのは世界最古にして最強の血統を誇るヴァンパイア。太陽を浴びずに長い年月を過ごした彼は、逆に暗がりに対して精神的安堵を抱くに至っていた。
 ――部屋の片隅には『ゴ』のつく家庭内害虫が行列作ってたりするし、カビはいたるところに生えていて吸血鬼としても劣悪な環境だったが。


 そんな精神衛生上最悪の部屋が、ヴラドーの玉座だった。蛟も主にここにつめている。
 浜辺にGS達がやってきた事実と、その具体的な手段について報告を聞いた蛟の第一声がこれである。
 幼い子供特有の正義感に、ヴラドーはあきれて、


「魔族の言葉とは思えんな」
「僕は破壊願望無いから」
「何度聞いても意外だな……竜神系統の魔族というから、もっと剣呑な奴だと思っていたのだが」


 ヴラドーの元を夜刀神自らが訪問したのは、一年前――その後、儀式や特殊な装置による魔力再生を終え、蛟と対面を果たしたのは一ヶ月前の事。その時ヴラドーを襲った驚愕は、夜刀神の提案を聞いたときの非ではない。
 魔力の再生作業中に部下になる蛇神の事は聞かされていたが、ここまで純真かつ幼いとは――正直、メドゥーサクラスの残虐魔族を想像して気合を入れていたのに、拍子抜けもいいところだった。


「うん。僕って作られ方が特殊だから」
「まあ、私としてはそのくらいの方が扱いやすいがな。メドゥーサみたいな奴が来てたら、いに穴が開きかねん」
 吸血鬼でも神経性胃炎は患うらしい。
 ヴラドーの至極最もな表現に対し、蛟はあどけない瞳で吸血鬼の王を見上げ、首をかしげ――


「めどぅーさおばちゃんが……こわい??」


 ずざぁっ!!!!


 引いた。
 そりゃあもう、力の限り、ヴラドーは蛟から遠ざかった。
 『めどぅーさおばちゃん』
 この一言に対する反応である。
 メドゥーサという魔族を知るヴラドー。かの魔族をそう呼ばわることは自殺行為に斉しい事もしっかりと知っていた。
 ――ヴラドーとメドゥーサの関係は案外古い。ヨーロッパで暴れまわり、ペストと同じ勢いで死者を量産していた頃に知り合ったのだ。


 当時、怒りに駆られて相手が魔族だと言うことも見抜けなくなっていたヴラドーは、メドゥーサを見るなりこう言ってしまったのだ。


 ――ふん。年増の血はまずいが、のまんよりはましか。


 結果。
 苛烈な戦闘が幕をあげた(爆)
 時間帯が夜で相手がヴァンパイアを侮っていた事もあり、なんとか引き分けに持ち込む事は出来たが……その時の負傷が元で、人間相手に不覚を取る羽目になったのだ。


 なにより、怒り狂ったメドゥーサが怖かった。
 愛妻家のヴラドーだが、妻の生前に一度だけ浮気をし、ソレが露見した事がある。その時の妻と全く同じ殺気を、メドゥーサから感じた。


 浮気事件とあわせて、一種のトラウマと化すほどに。


「あれ? どしたの?」
「お、お前……メドゥーサの奴のことをそう呼んでんのか!?」
「うん」
「本人の前でもか!?」
「うん」


 衝撃のしんぢぢつに、のけぞるヴラドー。脳裏に、120%増しで恐ろしさに装飾が加えられた、行かれるメドゥーサの姿がリフレインする。
 怖い。


「な、なんちゅー、命知らずな」
「めどぅーさおばちゃんは優しいよう」


 大好きなおばちゃんが悪く言われるのが気に入らないのか、ぷくぅ、と頬を膨らませる蛟。


「そりゃあ、いつも言葉に詰まるけど」


「はい????」
 なんか。
 聞き捨てなら無い情報が、鼓膜を刺激したような気がした。
 言葉に詰まる?


「どやされたりはしないのか?」
「そんな事無いよ」
 なんですと?


「――み、蛟? 今、私の鼓膜が破れて音が聞き取りにくいみたいなんだが」
「ヴラドー君。鼓膜が破れたら音が聞こえないよ?」


 蛟の発した正論の突っ込みは無視する方針で。


「どぉやら渡しから見るメドゥーサ像と君から見るメドゥーサ像が凝れでも勝手位喰い違ってるみたい難で、意見好感を求めて見たいなーっておもて見たり南下したりするのだが」
「見事に大混乱だねー誤字脱字一杯」


 大根二本何処からか取り出す蛟。小ネタが好きらしい。


「そ、それで――お前はメドゥーサをそう呼ぶにあたってコツとかいるのか?」








































「半ズボン履いたらいいんだって、夜刀神様が言ってた」


































 ずげしゃぁっ!!!!


 ミスターヴラドー。芸術的なまでのダイブを石床に向かって敢行する。


「それで、半ズボンはいて見せるたびにおばちゃん、『あたしはショタコンじゃない』ってつぶやきながら壁に頭打ち付けるんだけど、なんでかな?」


 ショタコン――中世で立ち腐れたヴラドーの頭に常識を刷り込むため、夜刀神が持ち込んだ書物の中にその単語に関する記述があった。


 半ズボンをはいて似合う年頃のお子様に萌える性癖。
 あのメドゥーサがそうだと言うのか。
 竜神族の中でも最も邪悪で強いと呼ばれる女竜神。そのさすまたの前で屠れぬ生き物はいないとされる戦士。
 ソレがショタコンとな!?


 ヴラドーの精神を除ける存在がいたなら、大根が走り回っている愉快で幼児番組向けな光景を目の当たりにするだろう。いや、子供に見せたら夢に見るか。なんせの大根は、怒り狂ったあの、メドゥーサの形相を写し取った顔をつけているのだから。


 ――世界は不思議が一杯だな。まだまだ知らない事がある。


 いっそ現実逃避してしまうかとも思う程に追い詰められたヴラドーだったが、ソレを留めたのは、脳裏に刻まれたある記憶だった。


「――蛟。下がってくれ」


 ヴラドーの命令に、蛟は違和感のかけらすら抱かずに素直に従う。いつもの事なのだ。ヴラドーが唐突に退出を求めるのは。その理由は定かではないが、――どうやら、何か切羽詰った理由のようだが。


 ――トイレかな?


 偏見も何も無く、素直にそう思えるあたりに蛟のキャラクターが現れている。事実はそんな下世話なものではなかった。


 いや、むしろ――ヴラドーにとってはそちらの方が救いがあっただろう。








 蛟が退室したのを見計らって、ヴラドーは襟元に指を差し込んだ。
 指先に触れる、冷たく細い感触――金色の鎖を引き出し、付属するカメオを見据える。純白の瑪瑙に掘り込まれた彫刻は、ヴラドーが一流の職人に彫らせた一品だった。


 忌まわしい『あの日』――彼が、アン・ヴラドーの元を留守にした理由。


 ある小国の姫君だったアン。吸血鬼の自分を慕ったというだけで、城をたたき出されたアン。
 彼女にとって、人々に追われながら世界を流離う事がどれ程の苦痛だったか想像に難くない。精神的には満ち足りていたと断言できる。それ程に自分達は愛し愛されていたのだから。
 肉体的な問題で、家内の無理を強いていた事は確かだ。そんな彼女に対し、せめてもの贈り物にと発注したものだった。ソレを受け取りに行っている間に、あの悲劇は起きた。


 彼女の形見と呼べるものは、何一つ残っていない。無知蒙昧で下賎で低劣なあの村のクズ共が、全て燃やし尽くしてしまったから。
 結局、一度も彼女の触れた事の無い、このカメオを形見代わりに持ち歩いている。


「アン――」


 今日もまた思い出してしまった。
 吸血鬼の群れを指導する王という立場から、めったに思い出さないように努力しているものの、時たまふっと思い出してしまう事がある。
 彼女の声。彼女のしぐさ。彼女の言の葉。彼女の、彼女の――


 あれはいつだったか。いつもの通り気障に気取って『吸血鬼にとって、世界は灰色も同然なのだよ』などとえらそうな事をのたまったときに、拳と共に突きつけられた言葉。


『えらそうな事言ってんじゃない! 世界の不思議全部アンタは知ってんの? ソレを全て知り尽くすなんて、神様でも出来ないんだから!
 世界は不思議が一杯なのよ! 全く、吸血鬼はそんなだから嫌われちゃうのよ!』


 その後はいつもどおりぐだぐだと説教された。もう二度と取り戻せない愛しい時間。


「アン――」


 虚空に吸い込まれる言葉を最後に、ヴラドーの声は途絶える。
 後に続いたのはただただ言の葉としての意味を成さない――嗚咽だけだった。

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