ザ・グレート・展開予測ショー

虹を見上げて


投稿者名:蜥蜴
投稿日時:(03/11/22)


筆者注: この作品の中で、厄珍が商品として情報をも取り扱っている設定になっていますが、事実関係の確認は行っていません。
     原作中にそのような事実がない場合、申し訳有りませんが作品独自の設定としてご了承下さい。

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          ***  虹を見上げて  ***







 ある夏の土曜日の午後。
 学校帰りの私が駅の改札口を抜けて外へ出てみると、そこにはやや強めに降りしきる雨が見えました。

「あれ〜? さっきまで晴れてたのになぁ?」

 そう言いつつ、いつも鞄に入れている水色の折りたたみ傘を取り出す私。
 傘を広げた私は、そのまま雨の降る街の中へと向かっていったのでした。

 梅雨の時期も過ぎたというのに、ここのところ、ずっと雨の日が続いています。
 今日は久しぶりに晴れ間が覗き、帰ったら洗濯物を外に干そうかと思ってたんですけど。
 だけど、私は雨の日が嫌いという訳ではありません。

 耳に響いてくる小さな雨音。
 汚れを雨に洗い流され、清浄な気配を漂わせてくる湿った空気。
 靴底に感じる濡れたアスファルトの感触。

 全てが三百年間近く幽霊で在り続け、生き返ってから未だ一年にも満たない私に新鮮な感動を与えてくれています。

「――――♪」

 何となく楽しい気分になり、流行のラブソングを小さく口ずさみながら歩く私の視界に何かが引っかかりました。

「ほえ?」

 視線を向けてみると、そこには赤いバンダナを額に巻き、白いTシャツと青いGパンを来た少年の姿。
 どうやら小さな商店の軒下で雨宿りしているようです。

 ――あっ、横島さんだっ。

「横島さあ〜ん!」

 私は彼に呼び掛けながら、弾んだ足取りで彼の元へ走り寄っていったのでした。




「ああ、おキヌちゃん。今、学校の帰り?」

「はいっ! 横島さんは?」

 挨拶を交わす私と横島さん。

「いや、事務所に行く途中だったんだけど、雨に降られちゃって……。
 アパートを出る時は晴れてたもんだから、傘も持ってなくてさあ」

「……じゃあ、入っていきます?」

 そう言う横島さんに私は小さく傘を揺らして、少し上目遣いに尋ねます。

「……それじゃ、お願いしようかな」

 そんな私に横島さんは、ホッとするような微笑みを浮かべながら頼んできたのでした。




 事務所に着いた私と横島さんが二人で並んで応接間に向かい、

「ただいま〜」

「ちわ〜っス」

 と中に入って行くと、そこにはソファーに座ったシロちゃんとタマモちゃん。
 テーブルを挟んだ向かいのソファーには、二十代半ば程のセミロングの茶髪の女性。
 恐らくは仕事の依頼人なのでしょう。
 その容貌は美人と言うより可愛い感じ。
 そして、その肢体はブランドものではないけれど、品の良いベージュのスーツに包まれています。

 私の目は自然と、彼女の体のある一点に向かいます。

 ――むむ、大きい。美神さんと同じくらいかもっ。

 次の瞬間、私の斜め後ろにいたはずの横島さんが、その女性の目の前に片膝を立てて中腰で座っていました。
 そして、彼女の両手を両手で包み込み、顎の高さ辺りまで持ち上げながら彼女に話し掛けます。

「どうされました、美しいお嬢さん。何かご心配事でも?
 ああ、もう心配いりませんよ。この……」

「ちょっと、よ……へ?」

 例のごとく女性を口説き始めた横島さん。
 そんな彼をたしなめようとした私の視界から、彼の姿が一瞬で消えていました。

 ふと見ると、そこには呆然とした顔の女性。
 引きつった笑顔を浮かべながら、両手をわきわきさせているシロちゃん。
 溜息を吐きながら、そっぽを向いているタマモちゃん。

 そして、いつの間にこの場に現れたのか、両肩を怒らせて仁王立ちしている美神さんの姿がありました。

 視線を下げてみると、美神さんの右足の下には横島さんの後頭部。
 その顔は床と熱烈な接吻を交わしていて、顔に面した床からは、何やら致死量っぽい量の血液が溢れ出してきています。
 体をピクピクと動かしていますから、まだ恐らくは死んではいないはず。

 そんな彼の様子を気にする風もなく、美神さんは般若一歩手前な表情を一瞬で美麗な笑顔へと変貌させます。
 こめかみに青筋が浮かんではいたのですけど。

 そして美神さんは何やら不思議な威圧感を放ちながら、女性に謝罪し始めました。

「ごめんなさいねぇ。うちの丁稚がご迷惑をお掛けしたようで……」

「い、いえ……」

 と呆然としたままの女性が答えを返しています。

 女性と会話しながらも、美神さんは右足をぐりぐりと踏みにじるのを忘れません。

「「ああああああ」」

 私とシロちゃんは、それを見ながら引きつった顔で悲鳴を上げるしかなかったのでした。




 しばらくしてから、まるで何事もなかったかのように元気を取り戻した横島さん。
 彼が大丈夫そうなのを確認してから、私は紅茶を淹れるためにキッチンへと向かいます。

 人数分の紅茶を淹れて戻ってきてみると、そこには泣きながら横島さんを簀巻きにしているシロちゃんの姿。

「先生、すまないでござる。言う事を聞かないと、拙者、一週間肉抜きなのでござる」

「うるせぇ、お前なんか弟子じゃねェや」

 そう会話をしている二人に溜息を吐くと、私は紅茶を配り始めたのでした。




 紅茶を配り終えた私が依頼人の女性の隣に、横島さんを簀巻きにし終えたシロちゃんがタマモちゃんの隣に座ります。
 それを確認したマホガニーのデスクに腰掛けた美神さん。
 両肘をデスクに突き、両手を口元で組んだ姿勢で美神さんが話を始めようとした時、

「俺の紅茶は〜〜?」

 と情けない口調で尋ねる横島さん。
 美神さんは、そんな彼を殺意を込めた視線で睨みつけます。
 そして手元に有った紅茶の入ったカップを右手で掴み、彼に向かって一閃させました。

 直後に意味不明の悲鳴を上げながら床を転げまわる横島さんに、必死で意識を向けないよう努める美神さん以外の四人。
 彼がぴくりとも動かなくなってから、美神さんは仕事の内容を話し始めました。

「そちらの依頼者の女性は氷川聡美さん。
 今回の仕事は彼女が祖父から相続した屋敷の除霊という事になるわ」

 紹介された後、美神さんに怯えを含んだ視線を向けると、氷川さんは私たちに挨拶してきました。
 その表情は強張っていて、顔色も心なしか青ざめて見えます。
 まあ、いきなり心の準備もなしに、目の前をバイオレンスの嵐が駆け抜けていったのてすから無理もないでしょう。
 初めてこれを見て、全然動揺の欠片も見せない方が可笑しいと思いますし。
 私も未だに慣れませんからね。

 そんな彼女を一瞥してから、美神さんは話を続けます。

「厄珍から仕入れた情報によると、彼女の祖父は晩年オカルトにはまってたらしくてね。
 何を思ったか悪魔召喚の儀式を行なって、それに呼び寄せられた悪霊に取り殺されたらしいの。
 屋敷に住むにせよ、土地を含めて売り払うにせよ、そのままじゃ話にならない。
 呼び寄せられた悪霊もそれなりの強さで、並のゴーストスイーパーじゃ勝ち目はない。
 そこでウチに話がきたって訳。
 出発は明日の午後2時。
 仕事のレベルとしては中クラス。
 依頼料は……まあ、これは言う必要は無いわね。
 とにかく、本当なら私と横島クンとおキヌちゃんで充分な仕事なんだけど……。
 今回も、シロとタマモには参加してもらうわ。
 二人にも経験を積ませて、早くきちんと仕事をこなせるようになって欲しいし。
 養ってあげている以上、自分の食い扶持は自分で稼いでもらわないとね?」

「わかりました」

「わかったでござる」

「……わかったわ」

「よし。それじゃ各自、明日の仕事に向けて鋭意を養っておくこと。良いわね?」

 にっこりと笑みを浮かべてそう告げる美神さん。
 そんな彼女の逆鱗に触れるのを恐れて誰もが床で痙攣を始めた物体に気を留めないまま、その日はそれで散会になったのでした。




 翌日、小雨が降り始めた中、除霊現場の近くに到着した私も含めた美神除霊事務所のメンバー五人。
 私と横島さんは、最後尾を並んで歩きながら言葉を交わしていました。

「しっかし美神さんもひでェよな。流石に昨日は死ぬかと思ったぜ」

「でも横島さんも悪いんですよ?
 いつもみたいに、見境なく女の人を口説くんですから」

「しかしだな、おキヌちゃん。
 イイ女をみたら声を掛けるのが、男としての性と言うか、甲斐性と言うか……」

「もうっ、知りませんっ!」

 頬を膨らませてそっぽを向いた私に、さらにあたふたと言い訳を続ける横島さん。
 そんな二人の間を流れる空気に心地良さを感じながら、私は歩みを進めたのでした。




 やがて目的の屋敷にたどりついた私たち五人。
 禍禍しい雰囲気を醸し出すその三階建ての大きな洋館に、少し気後れしている感じの横島さんとシロちゃんとタマモちゃん。
 表情を引きつらせた横島さんを見咎めると、美神さんは彼を詰問します。

「シロとタマモはともかく、何であんたまでビビッてんのよ!?」

「いやほら、俺ってばホラーな雰囲気はやっぱり苦手で……
 相手が危険で正体不明ならなおさら……なっ!? おキヌちゃん!?」

「私は別に平気ですけど……」

 いつかしたような会話をしながら、私たち五人は洋館の玄関の扉を開けて中へ入っていったのでした。




 中に入った私たちの前には三階まで吹き抜けになったエントランスがありました。
 その中程まで来た時、急に開けてあった玄関の扉が大きな音を立てて自動的に閉まります。

「な……!?」

 美神さんが驚愕の声を上げた次の瞬間、私たち目掛けて数え切れない程の邪霊達が襲い掛かって来たのでした。




 ピュリリリピュリュリュリリィイ……

 ネクロマンサーの笛で、邪霊達の動きを鈍らせる私。

「あんたら、ウザイのよっ!!」

 神通鞭を縦横無尽に振り回し、それを引き裂いていく美神さん。

「せやあああぁぁぁっーーー!!」

 私の目に映らないほどの速さで霊波刀を振るい、当たるを幸い薙ぎ倒していくシロちゃん。

「ヒュッ…………!!」

 口から狐火を吹き、焼き払っていくタマモちゃん。

「でェェェェェェーーーーい!!」

 ”栄光の手”と文珠を巧みに使い分け、消滅させていく横島さん。

 私たちは現在、終わりの見えない戦いに突入していました。
 それでも、未だ誰も大怪我をすることもなく、戦い続けることが出来ています。

 前衛に位置し、邪霊達を倒していく美神さんとシロちゃん。
 後衛に位置し、それを援護する私とタマモちゃん。
 横島さんは四人の間で忙しなく位置を変え、それぞれをフォローしています。

 ”彼女”を喪ってから数ヶ月。
 以前通りの振る舞いを見せる様になった横島さんではありましたが、その内面の変化はこういうところに如実に現れています。
 以前でしたら目の前の敵を倒すことにのみ集中していたはずなのに、現在は出来るだけ戦局全体を見渡すよう心掛けているようです。
 戦いを続ける仲間たちの誰かが集中力を途切れさせそうになったのを見ると、すかさずフォローに入ってその人を回復させています。
 美神さんもそんな横島さんに信頼を置いているのか、最近は除霊中に細かい指示を与えるようなことはしていません。

 以前、書類整理をしていた美神さんにそのことを指摘した時には、デスクの椅子を回して私に背を向け、

「ちょっとは使えるようになったとは言え、所詮、丁稚は丁稚よ。
 おキヌちゃんが思っているようなことは、何も考えてないわ!」

 と強がっていました。
 ですが、両耳が真っ赤になっているのが見えましたから、照れ隠しなのはバレバレでしたが。

 そうして戦いを始めてから40分ほど経った頃、私たちはようやく最後の邪霊を祓い終えたのでした。




 エントランスの片隅に陣取り、念の為に簡易結界を張った私たちは、十五分間の休憩に入ることにしました。
 横島さんが降ろしたリュックの中から人数分のスポーツドリンクを取り出し、みんなに配っていくシロちゃん。
 それを飲みながら、しばしみんなの間にほっとした空気が流れます。
 そんな中、一人ぷりぷりと怒っている美神さん。

「ったく、悪霊が邪霊を使役できるようになってるなんて聞いてなかったわよ。
 厄珍のヤツ、最新の情報を教えなかったわね? 帰ったら半殺しよ!」

「いや、きちんと事前調査をやらなかったウチも……」

 美神さんはがじがじと親指を齧りながら憤っていましたが、口を挟んだ横島さんに皆まで言わせず、そのこめかみに左肘を叩き込みます。

「……お、俺はただ、正論を言っただけなのに……」

「うっさいわね! 正論ってえのはね、言われたことが正しければ正しいほど腹が立つもんなのよ!!」

 床にうずくまり、鼻血をだくだく流しながらうめく横島さんに、理不尽な主張をする美神さん。
 そのまま気を失った彼に、私とシロちゃんは慌てて駆け寄ったのでした。




 横島さんが気が付いてから、決戦へ向けて最後のミーティングを行なう私たち五人。
 美神さんはみんなの顔を見渡した後、話を始めました。

「このエントランスが三階までの吹き抜けになっている以上、目的地である三階の書斎まで邪霊による襲撃はもう無いと予想されるわ。
 だけど、予想はあくまで予想。
 各自、絶対に油断せず、周囲への警戒を怠らないように。以上!」

 そして私たちは上階へと続く階段を昇り始めて行きました。




 美神さんの読み通り、書斎の前に着くまで邪霊による襲撃は有りませんでした。
 書斎の扉の前に立ち、私たちは呼吸を整えます。
 そして横島さんの方へ振り向き、顎をしゃくって扉を示す美神さん。
 横島さんは真剣な表情で頷いた後、美神さんの横を通り過ぎる際に、そのお尻をつるりと撫でていきます。
 直後こめかみに青筋を浮かべた美神さんが横島さんの腰に蹴りを入れると、彼はそのまま扉を開けながら中へ転がり込んでいきました。

『キシャアアアアァァァァーーーーーッ!!!』

「ぎゃああああーーーーっ!!」

 その途端、吼えながら横島さんに襲い掛かってきた首から下がない巨大な悪霊。
 彼は悲鳴を上げながらも、咄嗟に『壁』の文珠を発動させ難を逃れました。

「な、な、何てことすんですか、あんたは! 死んだらどうすんですか!?」

「あ〜ら、死ななかったんだから良いじゃない?」

 顔を引きつらせながら抗議する横島さんに、悪びれもせず微笑みながら答える美神さん。

「……チクショー、クソ女。いつかヒィヒィ言わせちゃ……ガッ!」

 美神さんは横島さんが目の前を通っていく自分に対し小声で毒づいているのを聞き咎めると、彼の額を右足のパンプスの踵で蹴り抜き、

「さて、ずいぶん手間取らせてくれたけど、これで終わりよ。極楽へ行かせてあげるわっ!!」

 と悪霊に向かって啖呵を切りました。

『キシャアアアアァァァァーーーーーッ!!!』

 文珠の効果が切れ、再び襲い掛かってきた巨大な悪霊。

 それを美神さんの神通鞭が引き裂き、シロちゃんの霊波刀が斬り捨て、タマモちゃんの狐火が焼き尽くします。
 こうして、この日の仕事は終わりを告げたのでした。




 仕事を終えた私たちが洋館の外へ出てみると、いつのまにか雨が止み、雲が急速に薄くなってきていました。

「わあ……」

 空には雲の切れ間から覗く陽の光が織り成す光のカーテンの合間を縫って、弧を描きながら一筋に伸びていく七色の虹の姿。

「綺麗……」

 そう言うと、私は同意を求めるようにみんなの方を振り向きました。

「そうでござるな」

 ぱたぱたと尻尾を振って、にこにこと答えるシロちゃん。

「まあ、そうかもね」

 興味なさそうにしながらも、虹から目を離さないタマモちゃん。

「ああ、そうだなァ……」

 優しい表情で肯定してくれる横島さん。

「そう言えば、虹なんて見るの久しぶりねぇ」

 目を細めて微笑む美神さん。

 そんなみんなの様子に嬉しくなり、再び視線を戻す私。

 ――明日も虹、見れると良いなっ。

 私はそう思いながら、いつまでもいつまでも虹を見上げ続けたのでした。






                                               fin.

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