ザ・グレート・展開予測ショー

アシュタロス〜そのたどった道筋と末路(涙)〜ヴァンパイア・メイ・クライ8


投稿者名:♪♪♪
投稿日時:(03/11/22)



 白い雲が、黒い物体の後に追随して空を翔るのが見える。大海原に生きるウミネコ達や魚達はそれを自然の一つとして認識し、無視していた。動物達にとって、自然のあり方など自分に累が及ばなければ何の価値も無いものだ。


 たとえ、その雲が飛行機の落下と言う事故だと知っても、その態度は変わらないだろう。世界を探せば人間を友と呼ぶ動物達もいるし、敵対する動物達もいる。ここにいる魚やウミネコ達は、後者だった。


 ――彼らは、自分達の友であるヴァンパイアに対して非道を行う人間を、快く思っていないのだ。


 己が主の計画を妨げんとした者達の前途を、瞬き一つすらせずに、蛟は注視していた。彼は人間に敵意を持って害をなすわけではない。ただ、主である夜刀神の意思に忠実であるだけである。


 彼が頭を突っつくウミネコを払った時、空に変化がおきた。白い雲線が一瞬、黒く染まったかと思うと、大きな白い花を咲かせ、消滅したのだ。なんと言うことは無い。飛行機が落下の途中で爆発したと言うだけだ。


「任務完了ぉ」


 海面に落ちていく破片を眺めながら、気の抜けた呟きをもらす蛟。


「――うん。あれでアシュ様は死なないだろうけど、取り憑かれた人間の方が死ぬね。
 案外簡単だったなあ」


 拍子抜けしたとばかりに嘆息する。正直に言えば、アシュタロスと正面衝突して殺される可能性すら考えていたのだから、手ごたえが無さ過ぎて肩透かしを食らった気分だ。


「――ま、いいか。
 早く帰ってご飯にしよっと」


 暢気な事を口にしてヴラドー島への進路をとるように玉三郎に命ずる蛟だったが――ふと、ある欲望に駆られてソレに素直に従った。
 白蛇を操る手綱を奮い、自らの体を水面すれすれにもっていく。
 波しぶきを浴びながら、彼はつぶやく。
























「いるかに乗ったしょーねん」
 ……どうやらこのネタ、気に入ったらしい。


























 ざぱーーーーーーーんっ!!!!


 つぶやいた彼の顔面を、理不尽なくらいに大きな波が直撃した。
 この陽気と天候ではあり得ない位に理不尽な波だ。ウミネコのせいで乱れきった髪形が元に戻ったものの、その波がもたらしたものと言えばそれだけだ。


「……帰ろ」


 つぶやき、帰途に着く少年――その背中に漂う哀愁は、決して気のせいなどではないだろう。




 太陽が――サングラス越しに網膜を刺激する。突き刺すほどでもなく、かといって生ぬるくは無い。
 毎日ボディビルディングで鍛えぬいた自慢の肉体や、育毛剤で剛毛に仕立て上げた自慢の脛毛と胸毛にも、太陽は恩赦を与えてくれる。肌が黒く焼ける音が鼓膜に響いてくる錯覚すら覚える。


 カクテルグラスを軽く掲げると、スカイブルーの液体が陽光を乱反射させ、海に勝るとも劣らない美しさを見せた。
 大枚をはたいて購入したクルーザー、彼を包み込む海……その全てに『太陽』は存在していた。
 それ故に――彼はこうつぶやくのだ。


「――太陽が一杯だ」


 くいっとグラスを傾けて笑みを浮かべてみせる彼の名前は、ミスタージョーンズ。
 このむさくるしい見た目に似合わず、下着メーカーの若手営業マンである。


 がしっ!


 そんな水面に揺れる一つのパラダイス――性格には、その土台であるクルーザーのふちに、白い物体がかけられた。


 楽園とは明らかに異なる音に反射で振り向いたジョーンズの目に映ったのは――


 ――人の手!?


 ざばぁっ!!!!


「あ゛―っ! 死ぬかと思った!」
「近くに船がいてよかったわー」
「み、皆さんタフですね」
「ドクター。マリアの耐水防御どう?」
「致命的な破壊は避けられたが、こりゃあもう一度水没したらお陀仏じゃの」
「ぬがーっ!? 何故におキヌちゃんは生身じゃないんや! 生身やったら素肌に張り付く着物が見れたのにぃーっ!」
「アシュ様!!?(激怒)」
「へぶしっ!?」


 ミスタージョーンズに驚きの声を上げさせる暇すら与えず這いあってきたのは、びしょぬれのGSご一行であった。勿論、彼が一行の素性など知るはずもなく、大いにのけぞることしか出来ない。一行の中のカップル一組が、文字通り血まみれの修羅場を演じているとなれば、言うまでもないだろう。


「おじゃましまーす」
「ぬおうわぁっ!!?」


 海蛇らしき物体にまたがった令嬢が、ジョーンズの正面に降り立ち、眉をひそめて自分の服をつまむ。ファンシーで乙女チックな服から水滴が滴り、重量感を発している。
 服装が重量感を放っているのは、その場にいる全員の共通事項だった。


「お洋服が〜びしょぬれだわ〜」
「……冥子ちゃん。荷物、拾うといたで」


 夜叉丸と二人で水没の危機をフォローしたらしい、洋服トランクを一丁ささげるように渡す鬼道――が、本人はびしょぬれ。わが身を省みず恋人のために奮闘するとは、まさしく男の鏡だ。血祭りにあげられているアシュ様にも見習わせてあげたい。


「ちょっとピート。あれはどう見たって組織的に私たちを襲ってきたわ。葦さんは知っていたようだけど……そろそろ、敵の正体くらい教えてくれたっていいんじゃないの?」
「そう、ですね……あれは――」


「な、なんなんだあんたらは!? ここは私の――」
「鬼道君」
 至極まっとうにクルーザーの所有者として権利を行使したジョーンズ氏の末路は哀れとしか言いようがなかった。


「とうっ」
「うげっ!」

 一瞬にして後ろに回りこんだ鬼道が、手のひらを閃かせて首筋を痛打し、昏倒させる。その有様を見たピートは思わず、


「む、むごい……」
「人命救助をおろそかにするような奴はこうなって当然なのよ。こちとら着水してから今まで泳ぎ通しだったんだから」


 一理あるような気がしないでもないが――やっぱり、どこか理不尽な気がする。
 倒れたジョーンズを見向きもせずずっぱり言い捨てる令子に対し、恐怖感が絶えないピエトロ君でありました。




「敵の名前はヴラドー伯爵――最も古く、もっとも強力な吸血鬼の一人です」
「吸血鬼――!」


 ジョーンズ氏をクルーザーの中に運び込んで治療などのごたごたがひと段落して。
 ピートから明かされた敵の正体に、話を聞いていなかったGS一行は驚愕の色を隠せなかった。が――その驚愕の種類は、アシュタロスたちのものとは似ても似つかない異質なもの。
 というのも、吸血鬼という種族自体が表の世界から耐えて久しい存在なのだ。
 『世界で一番ポピュラーで、厄介な種族』としか捕らえていないことが、表情からもありありと伺えた。


 直接であったことがあったり、現在進行形で接触したりが多い魔族ならともかく、人間や神族のヴァンパイアに対する認識など大体そんなものだ。唐巣も最初はそのつもりでいたし、彼とつながりのある親族、小竜姫も今回の一軒を察知していながら『手出しする必要無し』と判断して無干渉を決め込んでしまって……事の異常性――魔族がかかわっている――に気づいた時には、最早後の祭り状態だった。
 実際、海外での出来事に対して日本の神族が出来る干渉といえば、手のものを送り込むか、正式な手続きをして遠征するかしかない。長たらしい手続きなど、終わるまでに決着がついているだろう。


 ――そう。だから唐巣は私達を呼んだ。


 唯一、ヴラドーと繋がる魔族を討てる者達を。ピートの説明に真剣に考え込み、対策を講じる令子たちの姿は、頼もしさを感じさせるに十分なものがあった。
 それも、ヴァンパイアに対してのもの――3000マイトを超えるように『造られた』蛟に対して対抗手段があるとは到底思えない。
 その力を持ってなお魔族の寿命を得る……自分には到底不可能なことだが、夜刀神にならば可能だろう。アシュタロスは、お世辞も過大評価も含まずそう思っている。自分も創造能力に長けた魔族だが、夜刀神はその自分の上を行く『魔法科学者』なのだ。


 ――ヴァンパイアは確かに10倍のマイトを覆せるが、伺って見れば人間にも同じことが言える。私たちは蛟だけを相手にしていればいいから……楽だなこりゃ。


「けど、あの変な化け物は一体なんや? どう見ても、ヴァンパイアの眷属には見えへんかったで」
「吸血鬼の眷属って〜、確かこうもりと狼じゃあなかったかしら〜?」
「あれはヴラドーの手のものじゃない」


 鋭いところを突っ込むバカップルにアシュタロスが答えた。


「あれは蛟という魔族の眷属で野槌という。先ほど体感したとおり防御力と食欲が旺盛だが……攻撃は一切してこないし人も食べられないから危険は少ない」
「ちょっ……!? 魔族ってアンタ!」


 ピートの前で猫をかぶるのも忘れて、驚愕を前面に押し出すエミ。普通のスイーパーにとって、敵に魔族が与しているという事実は驚愕よりも恐怖の対象なのだ。
 ここにそろったスイーパーはありとあらゆる意味(性格趣味思考その他諸々)で普通とはかけ離れていたが、それでも畏怖を感じないほど鈍感と言うわけでもない。
 ただ、ある事実を思い出したエミは、それ以上狼狽しなかった。ただ、小さく嘆息して――


「通りで。魔族スイーパーのあんた達が呼ばれるワケね」
「そういうことだな」
「魔族……スイーパー?」


 少なくとも、令子にとっては初耳の単語である。思わず口をついて出た疑問に答えたのは小笠原エミ当人である。


 勿論、この御寮人の間に友誼や助け合いなどの暖かい単語が介入できるはずも無く――


「何度か高位の魔族と戦った経験からきた、葦優太郎の二つ名よ。令子ちゃぁん。アンタ、そんな事も知らないワケェ? エミ、じんじられなぁい」


 ぎしっ!
 空間が悲鳴を上げる音を、一同は確かに聞いた。そして、美神令子の額に青筋が駆け巡ったのも、確かに目撃した。
 ――現場からいそいそと逃げ出す彼等を、臆病者と呼べる人間がこの世に存在するだろうか?




「なんでまあ飽きもせず喧嘩できまちゅね」
「天敵って奴じゃな」
「天敵でちゅか……」


 遠くでマグマ火球を作り出している修羅二人を傍観するは、おじいちゃんと孫こと、カオスとパピリオである。普通、大の大人が幼女を抱きかかえていると犯罪チックな香りを放つものだが、この二人は別格。何処からどう見てもお爺ちゃんと孫でしかない。
 毛髪をかき乱すタオルの感触に眉をしかめながら、パピリオは問うた。


「おじいちゃん。天敵って何でちゅか?」
「自然界における弱肉強食――弱者にとっての強者だったり、例えはいくらでもあるが、今あの連中の場合はひたすら仲が悪いって事で納得しておけばいいじゃろう」
「仲が悪い、でちゅか」


 子供と言う奴は、やたらと覚えた手の言葉を使いたがる生き物だ。魔族であるパピリオもその誘惑からは逃れられず――


「じゃ、ルシオラちゃんとおキヌちゃんも天敵同士なんでちゅか?」


 言った――言ってしまった。


 その発言を聞いた祖父は、自分の頬が引きつったのを自覚した。そして、視線だけをゆっくりと『そちら』に向ける。




「あれ? ルシオラさん着替えないんですか? タオルならここにありますけど」
(何を企んでるんですかこの人わ!)


「あ、いいのよ。タダちゃんが体拭き終わってからで。元々よそ様のものだし、ね?」
(同じタオルで体を拭く――幽霊のあなたには出来ない芸当よ! おほほほほほ!)


「そんなの駄目です! 風引いたらどうするんですか!」
(考えてる事丸わかりなんですよ! おとなしく無臭のタオルで体を拭いてください!)


「それはそうだけど……これ以上迷惑かけるわけにも。おキヌちゃん、タダちゃんが着替え終わったかどうか見てきてくれる?」
(と・く・べ・つ・に! タダちゃんの裸見せてあげるからここは見逃して! おねがい!)


「終わったら声掛けてくれますよ。それよりもほら……」
(そんな事言ってごまかそうったって駄目です)


「……じゃ、お言葉に甘えちゃおうかな?」
(――流石にこんな単純な手には引っかからないわね)




 ……なんというか。
 会話や表情は日常生活でも垣間見れるレベルで和やかなのに、裏にはコールタール張りにどろどろしたものが流れている感じ。
 色々な意味で黒い空間が、クルーザー屋内に続く扉の前で展開されていた。多分、中で体を拭いているヨコシマは別の体液――主に皮膚から分泌される塩辛い奴を滝のように垂れ流していることだろう。


「あれは天敵と言うより――」


 ピートや鬼道、同姓の冥子ですらビビらせる鬼気を発する二人の乙女。好きな人を思いやる気持ちゆえ暴走する二人の少女に対し、カオスは見も蓋も無い評価を下してのけた。


「同族嫌悪じゃろ」


 あながち間違っていないかもしれない。


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