ザ・グレート・展開予測ショー

Eternal Chaser (後編)1


投稿者名:蜥蜴
投稿日時:(03/11/19)








          *** Eternal Chaser (後編) ***







 タマモはビルの外に走り出ると、玄関脇の繁みに駆け込む。
 そこには、ビル内に逃げ込む際に放りこんでおいた竹刀袋が有った。
 彼女はそれを拾い上げ、その口を緩める。
 そして、ビルの外側から横島が文珠の効果で壊した壁の方へ向かった。
 周りを確認し、近くの遮蔽物に身を隠すと、彼女はその瞬間を待った――――




 しばらくの間、”炎の剣”の助けを借りて魔族の男の足止めをしていた横島。
 だが、頃合と見て、それまでじりじりと近づいていた壊れた壁の向こうへ身を躍らせる。

「こっちだ、クソヤロウ! ついてきやがれ!!」

 魔族の男は横島の行動をいぶかしむ事もせず、悠然とその後を追って行った。





 タマモの霊気を確認した横島は、そこから少し離れた場所へ魔族の男を誘導して行く。
 魔族の男は索敵が苦手なのか、タマモなど構っている場合ではないと思ったのか、そのまま横島の後を付いて行った。


 やがて目的の場所に着いた横島は、地面に”炎の剣”を突き刺すと、振り返って魔族の男と対峙する。
 二十メートル程離れた位置に、魔族の男も足を止める。
 もはや逃げる事すら叶うまいと考えたのか、魔族の男が初めて横島に声を掛けて来た。

「モウ、イイ加減諦メロ。ヨコシマタダオ。
 確カニ、人間トシテハ破格ノ強サダガ、我ニハ貴様ノチカラナド通用シナイ」

「へえ、俺の名前を知ってたのか。俺も有名になったもんだ。
 おまけにご忠告どうも。お礼代わりと言っちゃあ何だが、あんたの敗因を教えてやろう」

「我ガ貴様ニ負ケル事ナド有リ得ン。
 例エ文珠ヲドノ様ニ使オウトモ、我ニ傷一ツ付ケラレンゾ」

「確かに。俺が戦闘中に制御できる文珠なんて三個がせいぜい。
 その程度じゃあ、どう組み合わせてもあんたに勝てんわな。
 だが、知っているか? 文珠はある程度、天候をも操る事も出来るんだぜ?
 そして、今俺達が居るのは雨天の屋外。これが意味する事が解るか?」

 言うや否や、右手に二個、左手に二個の文珠を生成する横島。
 ようやく気付いたのか、魔族の男が慌てて襲い掛かってくるが、横島の行動の方が早い。
 彼は右手の二個の文珠を魔族の男に投げ付けると、大声で吼えた。

「くらええぇぇぇーーーっ!!」




 『落』『雷』




 そして、ほぼ同時に、握ったままの左手の二個の文珠も発動させる。




 『避』『雷』




 次の瞬間、天から魔族の男へと伸びる数条の光。
 一秒にも満たない僅かな時間とは言え、一つにつき約9億Kwもの膨大なエネルギーが、魔族の男へ襲い掛かって行く。



「ガ、ガアアァァァァlーーーっ!!」

 魔族の男の悲鳴が響く中、横島も必死に『避』『雷』の結界を制御して、この瞬間の終わるのを待っていた。

 暴虐の嵐が収まった時、横島の視界に映ったものは――――

 結界を全力展開させて何とか即死は免れたのか、体表面のほとんど全てをケロイド状に焼き焦がせながらも、未だに自分の足で立っている魔族の男の姿。

 対する横島も、『避』『雷』の結界と絶縁体を織り込んだライダースーツのおかげで軽傷では有るが、しばらくは動けない。

 魔族の男は力の大半を失ってしまっている様ではあるが、それでも今の横島とタマモでは勝つ事は出来ないであろう。


 そこまで一瞬で判断すると、横島はタマモの居る方向へ視線を向ける。

 横島と視線を交わした瞬間、彼女は竹刀袋の口の中へ右手を突っ込むと、弾かれたように魔族の男の方へ駆け出して行く。

 彼女が駆けながら右手を一振りして竹刀袋を捨て去ると、その右手には鈍色の光を放つ日本刀の様なフォルムを持つ剣の姿が在った。

 その剣の名は双竜剣。竜神族が神器の一つである。


 竜神族の神器として、本来ならば竜神王の居城の宝物庫に安置されている筈のそれが、何故タマモの手に在るのか?

 それは、彼女が横島のところへ転がり込んだ直後へ遡る――――





 その日、横島とタマモの姿は妙神山に在った。
 タマモが自分の助手になる事をしぶしぶ承知した横島ではあったが、やはりそのままでは不安が残る。
 その為、彼女を妙神山で修行させておこうと考えたのである。

 まず剣術の基礎を学ぶ事になったタマモ。
 彼女は妙神山の管理人代理である小竜姫の指示で、練習用の刃を落とした剣を探す為、物置へと向かっていた。
 武器庫には真剣の類しかなかった為、物置にあるガラクタの中から適当な物を探そうと考えたのである。
 しばらく物置を漁っていた彼女であったが、やがて一振りの剣を見つけた。

 その剣は刀身が反り返っていて、刀身がやや幅広の日本刀の様な形をしている。
 不思議な事に、その剣には日本刀なら刃に当たる部分にも、峰に当たる部分にも刃が無い。
 その為、練習用に作られたものなのだろうと、タマモは軽い気持ちでそれに手を伸ばす。



 ――――そしてその剣は、タマモの手の中で数百年振りの産声を上げたのであった――――



 異変に気付いた小竜姫が物置に駆け付けた時、そこには剣のもたらす圧倒的な力の為に理性を無くしたタマモの姿。
 タマモが手にした剣が何で有るのか一瞬で理解した小竜姫。
 彼女はタマモを救うべく、神剣を抜き放つとタマモに斬り掛かっていった。

 それからしばらくして、ようやく駆け付けた横島が見たのは、満身創痍の小竜姫に止めを刺そうとしているタマモであった。
 その優しさ故に、タマモの命を奪うと言う選択肢を取れなかった小竜姫。
 彼女は僅かな油断から手酷い傷を負わされてしまい、その後の勝負は一方的なものになってしまったのである。

 小竜姫からタマモの注意を逸らすべく、戦いを挑む横島。
 彼にも、タマモの異変が彼女の持つ剣のせいであろう事が理解出来ていた。
 だが、小竜姫が敗北を喫した相手に彼が敵う筈も無く、左腕と右足を斬り落とされてしまう。
 そして、剣の刀身が彼の左肺を貫き、彼の口から吐き出された鮮血がタマモの顔全体に浴びせられた時――奇跡が起こった。

 その瞬間、タマモ本来の意識が僅かな間だけ自らの肉体の制御を取り戻し、その動きを止めたのだ。
 それに気付いた横島は、その機を逃さず残された右腕でタマモの手から剣を払う。
 そして左胸から剣を引き抜くと、彼はそのまま意識を失った。

 意識は戻ったものの、身体中を駆け巡った力の奔流の影響で、満足に動けない状態のタマモ。
 しかし彼女は気力を振り絞り、万が一の事態が起こった時の為に横島から渡されていた、二個の文珠を懐から取り出す。
 そしてそれぞれに『癒』の文字を込めると、倒れ臥す二人へ投げ付けた。
 二個の文珠が発動したのを確認した後、タマモはずるずると床を這いずり横島の元へ向かっていった。


 小竜姫の命令無くしてはその場を動けない妙神山の門番――右鬼と左鬼より異変を報告された、妙神山の管理人――斉天大聖。
 天界での定例会議を急いで抜け出した彼がその惨劇の現場に到着した時、そこに在ったのは――
 血溜まりに倒れ臥す小竜姫と、左腕と右足を失った血塗れの横島の頭を胸に抱えて、呪文の様に彼の名を呟き続けるタマモの姿であった。




 事件から一ヶ月が過ぎようとしていた。
 天界から妙神山へ召喚された心霊治療に長けた数人の竜神族の力で、小竜姫と横島の傷は後遺症が残る事も無く完全に癒えていた。
 タマモの方も、事件からしばらくの間は廃人同然であったが、横島の献身的な介護のお陰でようやく笑みを浮かべる事が出来る様になっていた。

 因みに、何故竜神族の神器が妙神山の物置に無造作に置かれていたのか?
 犯人である某クソガキは、傷の癒えた小竜姫から、修行の名を借りた折檻を三日三晩不眠不休で受けさせられるハメに陥っていた。




 下山を三日後に控えた横島とタマモは、小竜姫に呼ばれて彼女の部屋へ向かっていた。
 廊下をスタスタと歩いて行く横島と、彼の左手を右手で握り締めながら付いて歩くタマモ。
 事件の数日後に意識を取り戻したタマモ。
 だが、幼児退行を起こしていた上、横島が自分の視界から消えると情緒不安定の状態になる様になっていた。
 日に日に緩和されて来ているとは言え、彼女が完全に元に戻るには今しばらくの時間が必要であろうと診断されていた。


 横島とタマモは小竜姫の部屋の前に辿り着くと、ノックをして彼女が居る事を確認した後、戸を開いて中へ入っていく。

「ちわーっス」

「……お邪魔します」

「いらっしゃい、二人とも。今日はあなたたちに話が有ってお呼びしました」

 そこには畳間の上に正座して、両手を腿の上に置いている小竜姫。
 彼女の前には、一メートル強の細長い桐の箱が置かれている。

 小竜姫に促された二人は、彼女に倣って桐の箱を挟んだ向かいに正座した。

「今回の件は、本当に申し訳ありませんでした。
 こちらの不手際で、あなたたちには本当に辛い思いをさせてしまいましたね」

「……いえ」

 ちらりとタマモを見て返事をする横島。
 タマモの方は、無言のまま俯いて、握っている彼の手をさらに強く握り締めた。

「あなたたちを呼び付けたのには理由があります。
 例の剣についての事です」

「……あれの?」

 ぴくりと身体を震わせたタマモと、眉をひそめながらも問い掛ける横島。
 そして小竜姫が目の前の桐の箱の蓋を開ける。
 そこには、タマモにとっては見るのも忌まわしい、あの剣の姿が在った。

「はい。この剣の名前は双竜剣と言います。
 竜神族の神器の中でもかなりの力を持つ剣で、自ら”遣い手”を選び、”遣い手”の手の中に在る時のみ、力を発揮します」

「それが何故物置に?」

「それについては、お恥ずかしい話になるのですけど……。
 天竜童子様が妙神山に遊びに来た時に、城の宝物庫から双竜剣を持ち出して来ていたのです。
 どうやって持ち出す事が出来たかについては、口を割っ……いえ、お話しては下さりませんでしたけれど。
 何をしても覚醒しない双竜剣に飽きてしまった天竜童子様は、それを物置に放置して忘れてしまっていた様です」

「なるほど。でも、何故あんな危険な武器が簡単に持ち出せる様になっていたんです?
 厳重に保管されてしかるべき代物じゃないかと思うんスけど」

「その事なのですが……。
 双竜剣は、決して妖刀の類などではないのです。
 確かに、擬似的な意識の様なものがあり、敵を倒そうという意思を発するみたいですけど」

「ふざけないで!! あれが妖刀じゃないですって!?
 じゃあ、何!? 私があんたや横島を殺しかけたのは、私の意思だとでも言うつもり!?」

 それまで俯いたまま黙って話を聞いていたタマモが、顔を上げて小竜姫を詰問する。
 その瞳には、みるみる内に涙が溜まっていった。

「それも違います。
 双竜剣とは、本来竜神族の者が持つ事を前提として作られた剣なのです。
 その力は、未だかつての力を取り戻していないあなたには大き過ぎるものなのでしょう」

 それに、と小竜姫は続ける。

「この世界には様々な力が有ります。
 財力、権力、暴力――そして、霊力もそうです。
 一見、まるで違う形態を取っているかの様なその力の数々には、一つだけ共通点が有るのです」

「……それは何ですか?」

「それは、その力を持った者の器を超える程の大きな力は、例外無く持った者を破滅に導くという点です」

 そう言われて納得する横島。
 確かに、今回の件はタマモが双竜剣の力に飲み込まれてしまったが為に起こっていたからだ。

「双竜剣が何故、タマモさんを”遣い手”として見出したのかは解りません。
 ですが、一度剣の力を発動させてしまった以上、双竜剣とタマモさんは互いに括られた状態になってしまったという事です。
 そしてそれは、タマモさんが双竜剣と一定以上の距離を取ってしまうと、命を維持する事も困難になってしまった事を意味します。
 つまり、結論から言えば、タマモさんは常に双竜剣を身近に置いておかなくてはならないという事なのです」

「でも!!……でも……!」

 小竜姫の言葉に納得いかず、涙を流しながら激昂するタマモ。
 小竜姫は、そんなタマモを優しい口調で諭す。

「あなたの気持ちも解ります。大事な人を自分の手で殺め掛けてしまったんですもの。
 だけど、これはあなたの命に関わる事でもあります。
 身近に置いておくだけで、使わなければ良いのですよ」

 タマモの手を握り締め、優しく彼女を見詰め続ける横島。
 その視線を感じながら、やがてタマモはコクンと頷いた。


 こうして双竜剣は、タマモの手に渡る事になったのである。
 その日から今朝まで、玄関脇の傘立てに放りこまれたままになっていたのは、彼女のささやかな復讐であった。



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