ザ・グレート・展開予測ショー

アシュタロス〜そのたどった道筋と末路(涙)〜ヴァンパイア・メイ・クライ7


投稿者名:♪♪♪
投稿日時:(03/11/18)



 ――何故だ――


 横島忠夫は、只今理解不能肯定不可能な状況に陥っていた。
 窓際の席一組を占領して、両サイドには美女が一人ずつ。
 彼女達が浮かべる表情は、太陽のような、ひまわりが仰ぎたくなる晴れやかな笑顔。
 本人は気付いてないことだが、両手に咲き誇った花は、その気になればいつでも手折れる距離にあるのだ! いや、片方の花は既に手折った後なのだが。


「へぇ〜。横島さんの恋人さんなんですかぁ?(にこにこ)」


 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ……


 並の男なら小躍りして喜ぶであろう状況。


「ええ(にっこり)。タダちゃんとは子供の頃から一緒に暮らしていて、親公認の中なのよ」


 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ……


 別人が同じ状況に立たされれば殺意を感じるであろうシュチュエーション。


 なのに、何故。WHY?


 ――何故にわたくしは命の危機を感じているんでありませうか?


 横島の背筋は、汗が滝のごとく流れ落ちて座席の背もたれを湿らせていた……もぉ、寿命の蝋燭は火薬か油でも混入したかのように激しく燃えて激しく浪費されていく。


 おキヌの笑顔はいつもより二割増しでチャーミングだ。ルシオラの笑顔はいつ見ても飽きない魅力的なものだ。
 なのに、怖ひ。
 笑顔の裏で何を思っているのかがわからなかった。知りたくもなかった。


 ――ふ、二人の後ろに龍と虎が見える!?


 まさしくそんな感じの一触即発。


 ちなみに。先ほどの会話をあえて訳すなら、こんな感じ。


「へぇ〜。横島さんの恋人さんなんですかぁ?(にこにこ)」
(横島さんの恋人なんて、私は認めません! とっとと離れてください!(怒))


「ええ(にっこり)。タダちゃんとは子供の頃から一緒に暮らしていて、親公認の中なのよ」
(幼い頃から愛し合ってきたのよ。あなたの付け入る隙はないわ……そっちが離れなさいよ(怒))




「すぅ……すぅ……」
「これって立場が逆やなあ」
 文句を言いつつも、歓喜が表情ににじんでいる鬼道。その手は、ひざの上で熟睡する冥子の頭を撫ぜている。もぉ、どこから見ても新婚夫婦かバカップル。


 令子とエミの二人は、黙ってお互い距離とって座っていた。座っていたが、背後霊のような闘志が火花を散らし、ゼットンのマグマ火球を上回る特大火球を量産中。


 べスパとアシュタロスは、いつの間に休戦したのか甘い空間を作っていた。基本的に好きあっているもの同士の喧嘩など、こんなものだ。パピリオたちは遠ざかっていく地上をあきもせずに眺めている。


 機内を支配するプレッシャー。ルシオラとおキヌの二人が織り成す暗黒の狂想曲に、心底ビビっているピートは、何一つ動じない一同を見回して感動した。


 ――な、なんて余裕! なんて意思力! 唐巣先生が呼び集めただけのことはある……これならヴラドーを倒せるかもしれない!


 ……確かに倒せるだろーが、何かが決定的に間違ってるぞぴえとろくん。




「こ、怖いよう」


 ――恋する乙女二人が発する殺気というか鬼気は、ヴァンパイアハーフだけではなく純粋な魔族である蛟すらもびびらせていた。
 海面をおよぐイルカこと白蛇の玉三郎(通称タマちゃん)にまたがっている蛟と、大空を飛行中の小型機の距離は言わずもがな。いくら蛟の精神年齢が小学校低学年とはいえ、この距離で恐怖を抱かせるのは尋常ではない。


「ぶらどー君。ほんとに僕が攻撃しなきゃ駄目? 蝙蝠に襲わせたほうが早くない?」


 手にした通信鬼に対する、涙交じりの嘆願は、


『――却下だ。私もそんなおぞましい気配領地にいれたかないし関わりたかない』


 絶対零度の冷たさで持って、蛇の化生たる少年を冬眠の一歩手前まで追い詰めた。


「あぅぅ。ぶらどー君いぢめっこだぁ」
『誰がいじめっ子だ! 後私の名前はヴラドーだヴ・ラ・ドー!!』
「え? けどコミックスはぶらどーって」
『危険なネタを振るな!』


 ごもっとも。


『そんなに嫌なら、貴様も眷属使え眷属を!』
「――僕の眷属、あんまり強くないからなあ。けん制にもならないと思うよ」
『そーいや見たことがないが、どんな奴なんだ』
「食いしん坊なだけでこれといったもちネタなし。そら飛べないし……しかも生き物食べられないの。とりえといえば、歯が強いのと面の皮が厚いの」
『……役に立つんか? それ……』
「かるしうむ満点」
『……まあ、けん制に位はなるな。とりあえず放っとけ。直接攻撃はしなくていい』
「うん。わかったぁ」


 ――形式上は、夜刀神の直属である蛟のほうが上官に当たるのだが、ヴラドーは何のためらいもなく命令を出し、蛟もをそれを受領した。
 人間に時折残酷なものが現れるように、魔族にも突然変異的に善良なものが生まれることがある。蛟こそがその模範的な存在であり、温和な性格ゆえ自分から作戦を立てることは苦手だった。
 その性質ゆえ、任務中は他の者の指示に従うことが多いのだ。


「――いくよ、タマちゃん」
 蛟ののどかなつぶやきに、
 しゃげぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!
 とてもじゃないが、らぶりぃちゃぁみぃな名前につりあわない、獣の咆哮が返された。




 一番最初に『それ』に気がついたのは、やはりと言うかなんと言うか、アシュタロスその人だった。
 彼は無言で拳を握り締めると、隣の恋人に目配せをする。
「――ベスパ」
「はい」
 神通棍を取り出し、構え始める彼女の姿に周囲はいぶかしんだが――すぐさま納得し、各々構えを取り出す。
 気付いたのだ。
 機体そのものを包み込む――魔物の気配に。


「流石葦優太郎とその相方――魔力に対しては敏感なワケ」
「――冥子ちゃん。ここは僕に任せてや。君の十二神将やと、飛行機の壁ぶち抜きかねんから」
「うん〜。わかった〜」
「おキヌちゃん。神通ボウガンを」
「は、はい!」
「マリア、センサーに反応は?」
「イエス・ドクターカオス・機体外に・複数・張り付いています」
「ポチ、しっかりするでちゅ」
「うああああっ。お、俺は逃げたいっ」
「タダちゃん。そんな事言わないの」
 てきぱきと迎撃の準備を整えていくGS達。ピートは改めて、この場に集った者達が一流であることを認識した。約一名ほど錯乱しっぱなしなのがいるが、彼を除けばしごく冷静に対処している。


 ――僕も、しっかりしなくちゃ!
 元をたどれば、これはピートとヴラドーの親子喧嘩。史上最高にはた迷惑な親子喧嘩に火をつけておいて、安全な場所から家事を見物するようなゆがんだ性根とは、無縁のピートだった。


 がじっ……


 壁が抉り取られるような音に、一同の緊張が高まる。


 がじがじがじがじがじっ!!


 牙と外装が擦れ合う独特の音と共に、『ソレ』は外装を食い破って機内に侵入を果たした。
 円柱状の胴体と、輪切りにしたパイプのようだと誤認してしまうほどの大きな口、びっしり細かく生えたのこぎり状の歯……異なる点は多々存在するが、蛇といっても差し支えのない体をした存在であった。
 名前を、野槌。
 夜刀神の直属である蛟、その眷属である――


「来るぞっ!」


 アシュタロスの警告に呼応するように、十数匹の野槌達は一斉に……


 がじがじがじがじっ


 飛び掛らなかった。


「――あれ?」
「??」


 がじがじがじがじっ


 いきなり拍子をはずされて、惚ける一同。殺気や霊気をむき出しにして構えるアシュタロスたちになど目もくれず野槌達はただただひたすらお食事にのみ精を出す。
 食いしん坊である。歯が丈夫である。そう、野槌は生き物以外ならなんでも食べれる食いしん坊なのだ!


 がじがじがじがじがじっ


 パピリオが棒で突っつこうがマリアが踏もうがひたすらに食い続ける。


「アシュ様――こいつは一体……」
「あ、ああ……野槌といって、ある魔族の眷属なんだが――なんというか――そういえば食べる以外能の無い連中だったな」
「それで――どのくらい食べるんですか?」


 思考が麻痺した中、惰性で放たれた質問。返答も惰性の産物だったが、その内容は一同の精神にしたたかなスパンクを打ち据えた。
























「一匹いればこんな小型機くらい余裕で欠片残さず貪り尽くせるぞ」






























 がじがじがじがじがじっ。


 びゅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 しばし、風が吹き出る音と咀嚼音だけが空間の支配者となった。乾いた沈黙を浮かべる一堂の前で、野槌が侵入してきた穴は拡張されていく。握りこぶし程が、赤子の体ほどに。赤子の体ほどが、大人が余裕でくぐれるくらいに――


『うっげろがぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』


 穴が大人二人分になってからようやく、一同は精神的パニック状態から脱出し、危険物の排除に取り掛かった!


 式神が群れを成して押し潰し、神通棍がひらめいて肉片が散らばっていく。おキヌや横島は座椅子でべしべし叩きまくり、魔力光線と神通ボウガンが発射されて目標をぶち砕く。


 かなりのペースで野槌を虐殺していく一同。まさに圧倒的な力の差があったわけだが――たとえ野槌を全滅させられたとしても、最早手遅れだった。
 壁に穿たれた空洞は、確実に小型機の飛行能力を奪っている。


「おい! 非常用のパラシュートは!」
「パイロット達の分しかありません! 便乗するしか――
 くそっ! 島の外だと思って油断しました――まさか、飛行機を狙ってくるとは」


 歯噛みするピート。その彼の視界に――


『イッタリアーノ脱出シマース!!!!』
『チャーオ!!!!』


 ありえてはいけない物体が二つ、後ろへ流れていった。野槌によって拡張されたガラスなし窓から見えたその姿は――まさしく追い討ち。


「……パイロットが・逃げました?」


 マリアの呟きが、現状の全てだった。
 勿論、彼らとて無責任なだけの存在ではない。脱出するにいたった経緯は、それなりに存在するのだ。







 背筋が凍るとは、この事か――


 イッタリアーノのパイロットは、操縦桿を握った手に汗が浮き出るのを如実に感じ取っていた。背筋の汗は言うまでも泣く滝のごとく流れていて、わきの下はワイシャツにしみが出来るくらい湿っている。
 何故にこれほどまでに寒気がするのに汗が出るのか、人間の新陳代謝に対して疑問をぶつけたい心情になった。


「へぇ〜。横島さんの恋人さんなんですかぁ?(にこにこ)」


 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ……


「ええ(にっこり)。タダちゃんとは子供の頃から一緒に暮らしていて、親公認の中なのよ」


 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ……


 空間がきしみ、低く鳴動するのが肌で感じられる。直接視認せず、コックピットと機内を分かつ扉越しの声だけだというのに、ここまでの恐怖が産み落とされるのだ!


 後ろの座席にいる人間は全滅だろう。汗だけじゃなく失禁もしている可能性が高い。とりあえず、帰島したら座席の掃除が大変だ。


 何気に現実逃避を始める機長と副機長。二人の視線は、流れるように真横に向いて――


 そこに。少年がいた。


『――あ、どうも。こんにちわ』
 高度ウン百メートルを蛇にまたがって飛んでいたその少年は、二人と視線が合うと、丁寧にお辞儀を返してきた。


 超常現象も現状も忘れて思わずお辞儀を返してしまう二人。特に機長は反抗期の息子と少年を重ねあわせ、『うちの息子もこのくらい素直ならなー』と和やかな思考に至っていた。


 彼らは空を飛ぶ少年の異常性に気付かない。いや、気付こうとしなかった。


(こ、これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ本物の私はお花畑の中で蝶さんと一緒にたわむれているんだっ)


 さらに言うなら、現実から逃げていた。背後の恐怖でトランス状態だったところへ蛟の登場である。見事に違う世界へ旅立ってしまわれたようだ。


『早速ですいませんけど、脱出の用意してください』


「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ……」


 言われるままに脱出の用意をはじめる二人。つぶやきながら目線もうつろなあたり、いい感じに思考がストップしている。


『はい。パラシュートつけましたね?
 それじゃあ』


 二人の準備が整うと同時に、蛟は両手を胸の前で組んだ。
 目をつぶり、五感が受け取る情報を遮断、意識の全てを霊感のみに集中する。霊力をウミネコにつつかれてぐちゃぐちゃになった髪の毛に集中し、それが変容する有様を脳裏に描く。


『おいで――』


 口を動かしたその瞬間。


 ざわっ……


 蛟の髪が、ざわめく。虚空をのたうち、命あるかのように蠢いた毛髪は、変色と変質を繰り返し、不完全ながらも『命』ある物として変質を遂げていく。


『野槌!!』


 搾り出されるように髪の毛が切り離され、一個の命を形作る。

『シャァァァァァッ!』


 生み出された百数匹の『野槌』達――彼らは宿主から切り離されると同時に飛行機へと跳びかかり――











『しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
 万有引力の法則に従い風に流されて、海へ落ちていった!(爆)
 そう! 野槌は空が飛べないのだ!


「あ、あれ?」


(ニュートンを超えることはできなかったなぁ。成仏しろよ〜)


 思いっきり無駄死にしていく野槌の群れに向かって、思わず手を伸ばす蛟。対照的に達観していたのは――五百年近くこのボケボケ主に仕えてきたタマちゃんだったり。舌の先に白いハンカチはさんで振るところなんか、芸が細かい。


 結局、飛行機にたどり着くことが出来た野槌は十匹に届くか届かないかという規模だった。実に九割が地上に落ちた計算になる。


 お粗末を通り越して、タダの馬鹿だ。
 落下していった連中が張り付いていれば一瞬で勝負はついた。ソレを考えると情けない話である。


 ようやく張り付いた十匹はというと――こちらは、ちゃぁんと役目を果たしていた。


 がじがじがじっ。


「――!?」


 思考能力を剥奪され、『蛇はいいなー』などとつぶやいていた機長と副機長は、『頬に当たる風に』よって意識を取り戻した。


 飛行機という奴は、その機能上窓を開けたりできないようになっている。気圧や高度による温度差などの諸問題を解決するための処置だ。よって、飛行機のコックピットに風が吹き込むなど、ありえていい話ではなかった。


 恐る恐る、二人が視線を送った先には――


 がじがじがじがじがじがじがじがじっ


 飛行機の外装を貪り喰らい、機体に大穴を開通中の野槌の姿だった。


「…………………………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………………………」


 二人の間を、不気味な沈黙が包み。


「イッタリアーノ脱出シマース!!!!」
「チャーオ!!!!」


 ――二人の航空パイロットは、プライドも常識も何もかも捨て去って逃げ出した。
 これが、パイロット逃走の真相である。


『空わ不思議が一杯デース!!!!』


 ……再起は可能か? あんたら。

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