ザ・グレート・展開予測ショー

かごめかごめ 〜その3〜


投稿者名:777
投稿日時:(03/11/17)

もともと、姉は控えめで無口な人だった。
暗い性格というわけでなく、とても物静かな雰囲気をもっていた。
綾香と仲がよかったが、自分の主張をすることは少なく、綾香に何か頼み事をすることもほとんど無かった。
消える前日、姉は綾香を小声で呼び、珍しく『お願い』した。

「私の身代わりをしてください」

姉は小さな声でそう言った。
来栖川家において、綾香はかなり自由な立場にいる。
銃の国アメリカで生活をしていたこともあるし、また彼女が空手の達人であることも手伝い、綾香は気軽に屋敷を抜け出せた。
逆に、姉である芹香は箱入り娘だった。
深窓の令嬢という言葉がぴたりと当てはまる、物静かで人を疑わない彼女は、周りから必要以上に過保護に育てられ、屋敷をこっそり出ることなんて到底不可能だった。
姉は何かこっそりと屋敷を出なければならない用があるのだろう。綾香はそう考え、姉の身代わりを務めることに決めた。
その時、綾香は姉に不思議なことを言われたのだ。

「私が『帰ってきて』もしも違和感を感じたならば、しつこく問い詰めなさい」

次の日、姉は消えた。綾香は心配したが、心のどこかできっとすぐに『帰って』来ると分かっていた。
その次の日、言葉どおり姉は帰って来た。その表情、その仕草に違和感を携えて。
姉はあんなふうに笑っただろうか? あんなふうに喋っただろうか?
強烈な違和感が綾香を襲った。どう考えても、『アレ』は姉ではない。
なぜセバスチャンやセリオが気づかないのか、それが不思議だった。二人は『アレ』を本当に来栖川芹香だと思っているのだろうか?
綾香は姉の顔をした『アレ』を問い詰めた。消える前に姉が言ったとおり、しつこくしつこく問い詰めた。
最初は笑ってこちらを諭していた『アレ』だったが、しつこく問い詰めるうちにふと悲しそうな顔になってこう言ったのだ。

「綾香、私はそんなに『来栖川芹香』に見えませんか?」
















「『アレ』は、絶対に姉ではありません。美神さん、本物の姉を助けてください」

綾香の話を聞き終え、美神は難しい顔で何かを考え込んでいた。
やがて結論が出たか、美神はひとつため息をつき、綾香に向かって頭を下げた。

「ごめんなさい、私のミスよ。まさか帰されたのが『チェンジリング』だったなんて、想像もしなかったわ」

「『チェンジリング』? 何スか、それ?」

耳慣れない言葉に横島が質問すると、美神はすぐに説明を始める。

「西欧に伝わる民話で、妖精が人間の赤ん坊を盗み、代わりに妖精の子供を置いていくって話なの。置いていかれた子供を『チェンジリング』と呼ぶのよ。意訳すれば『取り替え子』ね。取り替え子にはいろいろな例があって、薪に魔法をかけて生きているように見せかけただけのものから醜悪な鬼の子まで、様々な伝説が伝わっているわ。今回の来栖川芹香については、おそらく『芹香の記憶を持った』チェンジリングよ。記憶って言うのはその人間の人格を作るものだし、ある意味でそれは来栖川芹香なんだろうけれど、唯一違うものがある。『魂』よ。きっと、本当に近しい人間にしかわからないだろうけれど、魂が違うならそれは別の物だわ。何より、『本物』の来栖川芹香が存在する」

『チェンジリング』
美神は妖精に攫われた子供の例だけを紹介したが、他にも様々な例がある。
夜中の0時に合わせ鏡をすると、その人の姿記憶を持った別の何かが現れるという。これなどはその最たる例であろう。
チェンジリングとは『神や精霊の遣わした身代わり』である。
それゆえ神や精霊がその子を守るのか、子供を叱るとポルターガイストなどが起こる例も少なくはないという。
あるいは以前紹介した天狗小僧寅吉やサムトの婆もまた、チェンジリングであったのかもしれない。
当人の記憶を持った『ソレ』に対し、一体何をもって『別人』とするのか。
非常に近しい人が見れば多少の違和感を感じるという。その違和感はやはり美神の言ったとおり『魂』に影響するのだろうか。
チェンジリングは近しい人に問い詰められると、自分が取り替え子であることを知るという。そのために、芹香は『問い詰めなさい』といったのだ。
来栖川芹香のチェンジリングは、綾香に問い詰められたために自分がどんな存在かを知り、そして尋ねたのだろう。

『私はそんなに「来栖川芹香」に見えませんか?』と。















美神と横島は、再び唐羽亜土神社へと出向いていた。
来栖川芹香が消え、チェンジリングが現れた神の社。この神隠しの事件も、ようやく終わりを告げるのだろうか?
美神は境内に大きな魔法陣を描いている。神主の迷惑もお構い無しだ。

「美神さん、魔法陣なんか書いて何するんスか?」

魔法陣を書くのは繊細な作業のため、脇で暇そうにしている横島がたずねた。
美神は魔法陣を書く手を休めず、獰猛な笑いを浮かべて答える。

「チェンジリングなんかよこしやがったここのボケ神を召喚するのよ! 何であんなことしたのかきっちり問い詰めて、そのあとに本物を返してもらうわ!」

きっちり落とし前をつけさせるというわけである。
魔方陣はものすごい勢いで完成していく。魔方陣が完成するごとに、美神の獰猛な笑みは深まっていく。
そして、もう少しで魔方陣が完成するというその時!

ポンッ!

「し、しかたなかったんじゃぁぁぁ〜〜〜!!!」

恐怖に震えた泣き声を発しながら間抜けな音とともに現れたのは、見かけの年齢ならゆうに70は超えているであろうと思われる老人だった。
白い着物をまとい、どこか神秘的な雰囲気を漂わすその老人。彼こそが、唐羽亜土神社の神だという。
神の威厳もどこへやら、老人は泣きながら美神に説明する。

「しかたなかったんじゃあ。わしはそもそも誰も隠しておらん。なのに、お主が怖い顔で返せ返せというから仕方なく・・・」

老人の説明はこうだ。
自分は非常に気が弱い、無害な神だ。
人間の少女が神隠しに遭いたがっているのは知っていた。だが人間を隠す勇気など自分には無く、放っておいた。
すると少女は諦めたのか『かごめかごめ』を謡いだし、その歌によって隠された。
これで一安心だと思っていたのに、次の日別の人間の女と男がやってきて、怖い顔で『返せ』と言う。
しょうがないので取り替え子を作り、その女たちに渡した。
取り替え子の記憶については、少女を隠すつもりはなかったが逢魔ヶ刻に注連縄を巻いた木のそばにいたため供物の一つに数えられていた。
供物の一つに数えられた以上自分の持ち物であり、だからこそ取り替え子を作るのは簡単だった。

「え〜と? つまりあんたは、脅されたから仕方なく身代わりを作ったと、そういうこと?」

『そうじゃ』と答える神に、横島は呆れて物も言えなかった。
どこの世界に人間に脅されて怖がる神がいるのだろう。
あまつさえ、召喚される前に自分から出てくる神なんて。

「あ〜、わかった。とりあえず、あんたあの取り替え子は消しておきなさい。それが終わったらもう帰って良いわよ」

美神も同じ気持ちだったか、あきれ返った声で神に声をかける。
神に対して尊大すぎる態度だったが、当の神は『本当にすまんかったぁ』と腰の低い対応をしながら帰っていった。







「結局、どういうことなんスか? 美神さん」

神が帰ったあと、地面に書いた魔法陣もそのままに、美神たちは芹香が消えた場所に来ていた。
神社の神は『かごめかごめ』によって芹香は消されたと言った。
ソレを聞き、美神はまっすぐに子の場所にやってきたのだ。
美神は何かを探しながら横島の質問に答える。

「神は『かごめかごめ』で消されたって言ってたでしょ。つまり、芹香を隠したのは『かごめかごめ』で呼び出された『隠し神』なの。かごめかごめを歌い終わって振り向くと、後ろには隠し神が召喚される。何が召喚されたのかはわからないけれど、その召喚されたものが芹香を隠しているのに間違いないわ」

美神は地面を調べたりあたりの霊波を探ってみたりしていたが、結局何も見つからなかったかため息をついて首を振った。

「だめね、何か手がかりが残ってれば、芹香の召喚した隠し神の正体がつかめるかと思ったんだけど。横島君の言ったとおり、やってみるしかないか」

「え? 俺、何か言いましたっけ?」

「言ったでしょう? 助けに行くとか、もっと直接的な手段を試した方が良いって。同じ状況で神隠しを謡って、何が召喚されるのか試してみるのよ」

美神はそう言って横島の記憶にある芹香が経っていた場所に経ち、そしてゆっくりと謡い始めた。



かごめ かごめ

籠の中の 鳥は

いついつ 出やる

夜明けの 晩に

鶴と亀が 滑った

後の正面 だ〜ぁれ?




最後の歌詞とともに美神は振り向く。
横島は美神も芹香と同じく消えてしまうかと思ったが、そんなことはなく美神は消えることなくその場に残っていた。

「おかしいわね…」

美神は納得がいかないようにあたりを見回し、暫らくして横島に向き直る。

「いい、横島君。一昨日あなたが見たことを正確に話しなさい。芹香はどこにいて、どんな様子だったか。あんたはどこにいて、どんな風に芹香を見ていたのか。霊能者の存在は、こういった儀式には重要なファクターになりえるわ」

横島は一昨日自分が見た芹香の様子をなるべく正確に話した。
自分が芹香の真後ろに立っていたこと、振り返った芹香と目が合った事を話すと、美神は訝しげな顔になる。

「何? 横島君は真後ろにいたの?」

そういったきり、美神は黙り込んで何かを考え始めた。
横島を一昨日立っていた場所に立たせもう一度神隠しを謡ってみたり、逆に横島と位置を入れ替えて横島に歌わせたりしたが、結局何の変化も無かった。
やがて美神は何らかの結論を出したらしく、横島に向き直り、その言葉を口に乗せた。







「分かったわ、横島君。『隠し神』に選ばれたのは、あなたよ」

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