ザ・グレート・展開予測ショー

かごめかごめ 〜その2〜


投稿者名:777
投稿日時:(03/11/16)

黄昏に女や子供の家の外に出ているものはよく神隠しにあふことは他の国々と同じ。

松崎村の寒戸と云ふ所の民家にて、若き娘梨の木の下に草履を脱ぎ置きたまゝ行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、或日親類知音の人々集まりてありし処へ、極めて老いさらぼひて其女帰り来れり。

如何にして帰って来たかと問へば人々に逢ひたかりし故帰りしなり。

さらば又行かんとて、再び跡を留めず行き失せたり。其日は風の烈しく吹く日なりき。

されば遠野郷の人は、今でも風の騒がしき日には、けふはサムトの婆が帰って来さうな日なりと云ふ。



                               柳田国男著 『遠野物語』 より










「柳田国男は『遠野物語』や『山の人生』で民俗学としての神隠しをいくつか紹介しているわ。彼が調べたのは東北地方のものに限られているけど、それでもいくつかのケースに分けられる。いま話した『サムトの婆』は、年月をおいて帰ってくる話ね。他に『天狗小僧寅吉』のように神隠しから帰ってきた者が神通力を授かるというケースや、神隠しに遭った者がある日ひょっこり帰ってきて、居なくなってからの記憶をまったく持っていないという『記憶喪失』ケースなんかもあるわ」

美神は横島が芹香を見たという神社へ向かう道すがら、神隠しについて説明していた。

神隠しにはいくつかのパターンがある。
『サムトの婆』のように自力で帰ってきて、居なくなってからの記憶もあり、またいずこにかと去ってしまうもの。
神隠しに遭った者が帰ってきて、居なくなってからの記憶がないものや、神隠しに遭ったと思しき人物が別の場所で別人として幸せに暮らしているものなどの『記憶喪失あるいは記憶改竄』ケース。
そして、神隠しに遭った者が何らかの神通力を授かって帰ってくる『天狗小僧寅吉』のケース。

寅吉は幼いときから予知能力を持った不思議な子で、七才のときに五条天神の境内に店を開いていた常陸国岩間山の十三天狗の頭領杉山僧正に出会った。
寅吉は天狗についていき、天狗の国で神通力を習い、神通力を修め天狗によりまた人の世界へ帰された。
人の世に帰ってからも、寅吉は天狗の世界で見聞きしたことを人々に話して聞かせたという。
江戸後期の国学者平田篤胤は寅吉から聞いた話をまとめ、『仙境異聞』として著した。

「今回の来栖川芹香の神隠しは、この『寅吉』のパターンだと思うの。オカルトに興味があった芹香は、おそらく自分の意思で神隠しを起こし、そして神通力を得て帰ってくるつもりなんでしょうね」

美神はそう言って言葉を締めくくった。
横島は美神の説明を聞き、少しばかりほっとした様子で返す。

「なんだ、じゃあ結構帰ってくるものなんスね、神隠しって」

横島の言葉に、美神は首を振った。

「とんでもない! 昔は『神隠しに遭った』っていえば、ほとんど『もう帰ってこない』と同じ意味で取られたのよ。帰ってくる話が多いのは、神隠しから帰ること自体が珍しい話だからなの。神隠しは、そんなに甘いもんじゃないわ」

美神の言葉に横島は心配そうな顔をする。

「そんなに危険なら、何でわざわざ自分から神隠しなんて…」

「さぁね。芹香が神隠しを甘く見てたのかも知れないし、あるいは何らかの帰ってくる方法を用意していたのかもしれない。なんにせよ、2億の仕事よ。失敗は出来ないわ」

最後は握りこぶしを振って力説する美神だった。














唐羽亜土(とうはあと)神社は、健康祈願の神社として知られている。
鳥井を経て参道を進めば、掃き清められた境内が目に映る。
両側には石灯籠や狛犬が置かれており、邪を拒むように目を光らせている。
凛とした、神聖な空気を漂わせ、神の社は静かにたたずんでいた。

そこに、そんな空気を意にも解さない闖入者が現れる。
一人は人目を引く美貌の持ち主で、一昔前に流行ったボディコン風の衣装を着た若い女。
もう一人は両肩から重そうな銅鑼を下げ、肩で息をする若い男だった。
言わずと知れた美神と横島である。

「み、美神さ〜ん、何なんスか、この重い銅鑼は〜っ!?」

銅鑼の重さに悲鳴を上げる横島を、美神は『何を軟弱な』と見下げた目で見て、鼻を鳴らして答える。

「神隠しに攫われた子供を捜すのは、昔から銅鑼を鳴らして『返せ返せ』って叫びながら歩くと相場が決まってるの! 狐に攫われたんなら狐穴にいなり寿司や赤飯を供えるんだけど、今回は神様だしこれで良いのよっ!」

「はぁ、そういうもんスか…」

「それじゃあ始めましょうか。横島君、銅鑼を鳴らしなさい。銅鑼を叩くときはしっかりと霊力を込めて叩くのよ」

そして2人は、静かな神社に騒音を撒き散らし始めた。


「返せ〜返せ〜」

ドン!ドン!ドン!ドン!

「戻せ〜戻せ〜」

ドン!ドン!ドン!ドン!



「な、何をしてらっしゃるんですか、あなた方はっ!? 神聖な境内でっ!」

静かな神社に突如現れた珍客に、神主は慌てふためいて飛んできた。
そんな神主を美神は、『ちっちっちっちっ』と指を鳴らすという、尊大な態度で出迎える。

「私はGSの美神令子。電話で連絡はしておいたわよね? 神隠しに遭った子供を探すために、お宅の神社を使わせてもらうって。確かに許可は頂いたわ」

「ああっ、まさかあなたがっ…。すみませんでした。どうぞご自由にお使いください」

なぜか神主は青い顔で平伏し、美神の前から消えるように居なくなってしまった。
その様子が、かつて美神に弱みを握られていた地獄会の組長の様子にそっくりで、横島は少しだけその名前も知らない神主に同情を覚えるのだった。

「さ、障害は排除したわ。心置きなく続けるわよ」

爽やかな表情で美神は笑う。
そんな美神に、横島は銅鑼を叩きながらずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「あの、美神さん。こんなことで帰ってくるもんなんでしょうか? 神隠しって、帰ってこないのが普通なんですよね? 助けに行くとか、もっと直接的な手段を試した方が良いんじゃあ…」

横島の言葉に、美神は壮絶な笑みを浮かべて答える。

「馬鹿ねぇ、横島君。何のために霊力を込めてると思ってるの? 相手はたかだか健康の神よ? 私たちの霊力を込めた『お願い』を、聞いてくれないわけないじゃない♪」

つまり、この女は神社の神主だけでなく、祭られた神をすら脅しているというのだ。
文字通り神をも恐れぬ所業である。
もはや何もいえず、横島は黙って美神の後に続くのだった。




銅鑼を叩きながら境内を三周し、横島の手が痺れてきたころ、来栖川芹香はひょっこりと人界に戻ってきた。
彼女は横島が昨日見たとおり、神木に混じった一本の木のように、いつのまにかそこに居た。
美神たちが近寄っても、彼女は神木を眺めたまま、振り向きもしなかった。

「あなた、来栖川芹香さんね?」

美神が声を掛けると、彼女はそのとき初めて人が居ることに気がついたかのように身震いし、大きく振り返った。
横島と視線が合う。
芹香は、昨日見た茫洋とした眼差しが嘘であったかのように、力強い意思を秘めた目をしていた。

「はい、来栖川芹香です」

芹香ははきはきとした口調で美神の質問に答え、そしてにっこりと笑った。


















来栖川グループの屋敷に凱旋した美神たちは、思った以上の歓待を受けた。
広いテーブルの上には途方もないご馳走が並び、徒競走が出来そうな程広い部屋には、ずらりとメイドが並んでいる。

「ああ、姉さん。心配したのよ!」

「おお、お嬢様。無事にお戻りになられましたか!」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

来栖川芹香を伴って部屋に入ると、近寄って声を掛けるものがあった。
一人は芹香に非常に良く似た少女で、芹香のことを姉さんと呼ぶ少女。
一人は筋骨隆々の老人…つまりは美神に捜索を依頼した人物…セバスチャン。
最後の一人はどこか人形めいた雰囲気を漂わせる、耳に変な飾りをつけたメイドだった。

「ただいま帰りました。心配かけてごめんなさいね、綾香、セバスチャン、セリオ」

芹香はよどみない口調ではきはきと3人に答え、そして優しげに微笑んだ。
そんな芹香にセバスチャンは感激で目尻を涙で濡らし、セリオはかすかに微笑む。
ただ、綾香だけはひどく驚いた様子で…そして疑わしげに芹香を見つめて問うた。

「姉さん? 本当に姉さんよね?」

「ええ、そうよ。どうかしたの? 変な綾香・・・」

芹香は微笑む。けれど綾香は訝しげな目をしたままだ。

「上手く言えないんだけど、雰囲気が明るくなったっていうか。性格が変わったって言うか…」

綾香の言葉に、今まで黙っていた美神が我が意を得たりとばかりに説明を始めた。

「神隠しから帰ってきた人物は、往々にして精神的に成長していることがあります。彼女は居なくなってからの記憶を失っている、神隠しでいう『記憶喪失』のケースですが、失った記憶の中で何か精神的に成長を促すことがあったのでしょう。性格が変わったように思えるのは、きっとそのせいでしょう」

美神の言葉どおり、来栖川芹香は神隠しにあった1日をすっかり忘れていた。
それどころか、確かに屋敷の部屋に居たのに、気づいたら神社に居たというのだ。
何かに操られていたのではないかと考えられたが、美神が様々な霊的検査を施しても何も出なかった。
結局、彼女がどうして神隠しにあったのかは、分からず終いである。




それから美神たちは来栖川家の歓待を受けた。
芹香はよく笑う、明るい女の子だった。
食事もたけなわになったころ、一人の紳士が美神たちに挨拶したいと顔を出した。
来栖川家当主、来栖川正宗である。

「家内は病に臥せっておりまして、そのうえ娘まで居なくなってしまい、たいそう心配したのです。美神殿、横島殿、本当にありがとうございました」

彼はそう言って頭を下げ、その姿は美神たちに好感を抱かせた。
美神たちは彼としばらく歓談し、困ったことがあれば相談に乗る、という約束をしてから別れた。
来栖川芹香行方不明事件は、こうして終わりを告げた。























かごめ かごめ

籠の中の 鳥は

いついつ 出やる

夜明けの 晩に

鶴と亀が 滑った

後の正面 だ〜ぁれ?




誰かが歌っている。
横島は自分の手すら見えない闇の中に居た。
不思議と恐怖は感じない。ただ、誰かが『かごめかごめ』を歌っている声が聞こえる。
誰か?  いや、そうではない。この声には聞き覚えがある。
来栖川芹香。神隠しから帰ってきた少女が、この声でこんな風に歌っていた。

そう意識した途端、横島の前に一人の少女が現れた。
少女は横島に背中を向けてしゃがんでいる。けれど、彼女が来栖川芹香であるということが、横島には分かった。



かごめ かごめ

籠の中の 鳥は

いついつ 出やる

夜明けの 晩に

鶴と亀が 滑った

後の正面 だ〜ぁれ?




彼女は歌を止めない。
横島もまた、やめさせようという気にはならない。黙って彼女のしゃがんだ後ろ姿を眺めている。
と、歌が止まった。しかし彼女は振り向かない。

「………けて」

「…え?」

小さな声が聞こえた。
初め、横島はその声が目の前の少女が発したものだと気づかなかった。
そのくらい、昼間であった彼女とは印象の違う声だった。
控えめというよりは弱々しいとでも言うべき、小さな小さな声。
昼間の明るいはきはきした印象とは、正反対の声だった。

「……助けて」

彼女の小さな声が災いして、横島には彼女が何を言っているのか分からない。
彼女は何度も同じ言葉を繰り返しているようだ。まるで祈っているようだ、と横島は思う。
『助けて』の前に何かいっているようなのだが、それが聞き取れない。

「…まを助けて」

何を言ってるのか分からない、そんな状況に焦れ、横島は一歩踏み出した。
その途端少女は振り返る。そして、横島はその茫洋とした瞳と目が合った。
















ジリリリリリリリリリリリ

目覚ましが鳴っている。
横島は寝床の中から腕を伸ばし、目覚ましのベルを止めた。
何か、妙な夢を見た気がする。
誰かに『祈られて』いたような…。
頭がはっきりしていくごとに、手から砂がこぼれるように夢の残滓が消えていく。
横島は頭を振り、完全に眠気を追い払った。今日もアルバイトがある。早めに頭を切り替えることだ。




横島が出勤すると、既に美神除霊事務所には客が来ていた。
ソファーに座った少女に、横島は見覚えがあった。

「来栖川綾香です。昨日は姉のことで、お世話になりました」

少女はそう言って頭を下げる。
けれどすぐに頭を上げ、きっぱりと言い放った。









「でも、『アレ』は姉さんじゃない」

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