ザ・グレート・展開予測ショー

アシュタロス〜そのたどった道筋と末路(涙)〜ヴァンパイア・メイ・クライ5


投稿者名:♪♪♪
投稿日時:(03/11/14)


 空の旅を終えた人間達は、飛行機が着陸してタラップを踏んだ瞬間、自分が空を飛んだと言う感慨すら抱かずに足を動かし始める。
 彼らにとって、空中を飛ぶ事などそれ程感動的な事柄ではないのだろう。こういった無感動な人間の群れを見るたびに、カオスの心には形容しがたい虚無が到来する。


 自分が始めて空を飛んだとき――カオス・フライヤー一号を製作し、指導させた時は胸が躍ったものだ。今でも、若い頃の情熱はその胸襟の下で燃え続けて、飛行機に乗るたびに年甲斐もなく興奮してしまうものだ。


 ――人間、慣れてしまうものじゃのお。


 数百年前ならいざ知らず、今となっては空を飛べる事など当たり前。それどころか、空飛んで国境を越えることすら認知されすぎて摩滅し、事実として認識されない始末。


 この『慣れ』がいい事なのか悪い事なのか、1000年を生きたカオスに未だ理解できない。人の習性、特に心の難解さに比べれば、科学技術など幼子の足し算に斉しかろう。ヨーロッパの魔王と言われ、昨今は本物の魔界の技術と触れ合う事で爆発的な進化を遂げているカオスの頭脳も、人間心理を完全理解するにはいたっていないのだ。


 学会で討論される心理学を見下すつもりはない。あれも考え抜かれた学問の一つであって、人間の精神を理解するにはうってつけだろう。
 だが、それはあくまで『過去』の推察に過ぎない。未来を予見できないのが、現在の心理学だと、カオスは認識していた。


 イタリアの空港ロビーで、やけに哲学的なことを考えるカオス。現在1000歳オーバーの老人。
「おじいちゃん。あの丸くて長いのなんでちゅか?」
「おお? あれはじゃなぁ……」
 パピリオ相手に、おじいちゃんと孫な会話を繰り広げていたり。




 本人絶対認めたがらないが、横島一家と関り始めたことで精神的な老化が大進行したドクターカオスであった。




「イタリアって、空港って所にそっくりなんだね」
「ほんとねー」
「ノー・ここは・空港です」


 間の抜けすぎて突っ込みどころ満点の会話をとりなすベスパとルシオラ。実際マリアが鋭く突っ込んだが、二人がそれを聞き入れるよりも早く、第三者の声がかかった。


 かけるほうからすれば、犯罪すれすれの老人と幼子、明らかに目立つ美女三人と、探しやすい事この上ない集団で助かるだろう。実際、ピートはそれ程の時間をかけずに一同を探し当てる事が出来た。


「シニョリータベスパ! こちらです!」
「……なんで私の名前だすんだろうね」
「一番・年長に・見えるからでは・ないでしょうか」


 ピートが自分達を呼ぶのに使った名詞に首を傾げるベスパ。そんな彼女の豊満な胸にマリアの言葉が無惨に突き刺さった。


 ちなみに、アシュタロスと横島は、スチュワーデスに対する暴虐を阻止するため、巨大トランクの中に荷物扱いで運ばれていた。




「あなた方がこの仕事を引き受けてくださるとは、正直意外でしたよルシオラさん」
「え?」


 『現場』に向かうための飛行機がある場所まで歩きながら、会話の始まりとして、ピートはそんな言葉をルシオラに投げかける。何故ルシオラに限定したかと言えば、他の面子に話しかけるのが気が引けたからだ。


 カオスとパピリオ、マリアはおじいちゃんと孫な空間を構成していて、正直話しかけること自体が和やかさを破壊しそうな気がして気が引ける。


 ベスパは何故か自分に対して親の敵を見るような視線を投げてくるし、横島とアシュタロスは会話が出来そうな状態じゃなかった。


「べ、べすぱ〜」
「はいはい。大丈夫ですか?」


 自分にがっちりしがみついて離れない恋人を、優しくあやすベスパ。コアラよろしくその体にしがみつき、歯を震わせるアシュタロスには――霜が降りていた。


 生活環境など一切考慮されていない荷物入れの中は、まさに極寒の世界。そんなところにいれば、凍えもしようというものだ。実際、この変態魔王は、流す涙と鼻水が凍り付いていたりする。糊付けされたようにぱりっとしているスーツは実は凍り付いているだけ。
 ルシオラにしがみつく横島も似たようなものだ。これでまともな会話など出来るはずもない。


 人肌で暖をとる二人のため、心なしか早足で歩きながら、ピートはルシオラの疑問に答えた。


「いえ。先生からあなた方の身に起こった事は聞いてますから……GSの手伝いで命を懸けるなんて、絶対にしないと思っていたんです」
「ま、普通のスイーパーの持ってきた話だったら門前払いだけど。唐巣先生はタダちゃんの命の恩人よ。見捨てられるはずないじゃない。
 所で――何処なの? 私達が行くところって」
「地中海にある小さな島です。ブラドー島と言います」
「何!? ブラドー島――?」


 以外にも、その固有名詞に真っ先に反応したのは、パピリオを肩車していたドクターカオス。会話相手であるルシオラすら上回る反応速度と、自分から和やかな空間を壊す相手の行動に驚きを隠せないピートだった。


 一同の視線を集めたカオスは、普段めったに見せないシリアスなお顔で口を開く。道化師のような格好をしたパピリオを背負っていては、孫好きおじいちゃんの空気を打ち消すに足りないが。


「成る程、な――唐巣が増援をほしがるわけじゃ」
「おじいちゃん、何か知ってるんでちゅか?」
「ああ。700年程昔に少しな……小僧、おぬしが言う敵と言うのは、吸血鬼じゃな?」


 これに驚いたのはピートのほうである。
 ドクターカオスとブラドーのいきさつは知っていたものの、相手がそれを思い出すとは思っていなかったのだ。侮りと言うなかれ、ハーフとはいえ吸血鬼であるピートは長寿生物の天敵が『記憶の劣化』にある事を知っている。ピートは物覚えもいいほうだと自負しているが、過去の事で覚えているのは余程イメージに残った事件だけで、それ以外の事は全てあいまいし、思い出そうとしても時間がかかる。


 はっきり言って、短命な人間が100年も生きたら、過去の事は思い出しにくくなるのが普通なのである。当たり前だ。寿命がいくら伸びようとも、神経細胞の限界は変化しない。人間が通常60年そこらで呆け始める事を考えると、長寿を得た人間が呆けるのは髪が白くなるのと同じ自然現象である。脳細胞を初めとする、体の神経が持たない。
 カオスの他にも不老不死を得た魔術師は数多くいるが、皆200年そこらでボケ始めて死んでしまう。あの伝説の錬金術師パララケルスも、500年が限界だった。その500年ですら、今わの際の明晰振りが偉大さの証明となっているのだ。


 そういった『実例』を数多く見てきた吸血鬼間の共通認識を、ピートも持ち合わせていたので、相手の元気すぎる姿に唖然としたものだ。


 にしても、700年も前の事をすぐさま思い出せるカオスの反応は異常だった。呆け始めても、『ヨーロッパの魔王』の名前は伊達ではない。


 驚いたのはルシオラも一緒である。吸血鬼と言えば、魔族間でも警戒される種族だ。特に霧になる特異能力は、高めて他者との連携に組み込めば、三桁のマイトを覆せると言われている。


「吸血鬼!?」
「――それも、最古にして最強のヴラドー伯爵。最盛期には霊力1200マイトを誇った化け物じゃ」
『せんにひゃくっ!?』


 今度は全員が驚いた。当たり前である。普通の種族ならまあまあ強い奴ですむが、三桁をひっくり返せると言われるヴァンパイアがそのマイトを保持していては驚愕以外のどんな感情が抱けよう。


「何で知ってんだじいさん!」
「奴に止めを刺したのは他ならぬワシじゃからな。
 まあ、腕利きのヴァンパイアハンター総出で攻撃されて、わしが追い詰めたときにはボロボロじゃったがな。700年フルに使って魔力の回復にいそしんだとしても、身を隠しながらでは300マイトが精々じゃろう。腕利きのスイーパーを集めれば対抗できる数字じゃ。
 ――そのヴラドーが、何らかの手段を使って魔力をフルに回復させて復活した。
 そんなところじゃろう? 奴の根城の状況は」
「――驚きましたね」


 驚愕のあまり脚の動きを止めてしまうピート。すぐさま歩き出すが、表情から驚愕の影は消えなかった。


「その通りです。ヴラドーの魔力は最盛期を超えています。割合としては1.2倍くらいですから――1500マイト前後ですね」
「それじゃあ魔族としての私達が必要だよねえ」


 ようやく納得が出来たベスパだった。ただでさえ数多い弱点に見合った長所を持つ吸血鬼の最強、しかもパワーアップ版とくれば、唐巣の対応も納得がいく。自慢じゃないが、ルシオラ達に勝てる相手など早々いるものではない。
 首肯するルシオラ達に反抗するように、カオスの表情には疑惑が空気となってわだかまっていた。


 正直、それだけでは増援を呼んだ理由にならないと思っていたのだ。ヴァンパイアを相手にするなら、自分達なんぞよりヘルシング家に頼った方がいい。あの家は、弱点の多いヴァンパイアとの戦い方を知り尽くしたヴァンパイアハンターの名門だ。
 そこを飛ばして、自分達を呼ぶ理由――


 ――まさか!?


 絶対にありえてはいけない推論にたどり着いてしまい、愕然となるカオス。
 真上にまたがっていたパピリオが一番それを感じ取り、祖父の顔を覗き込む。


「おじいちゃん?」
「――心配するなパピリオ。大丈夫じゃよ。
 小僧。それで、ヴラドーの魔力が増大した原因はわかっておるのか?」
「ええ。カオスさんの考えどおりだと思います」


 カオスの台詞と表情から、脳内で作られた方程式を察したピートは、表情を引き締めて答えた。


「他の皆さんは知らない事ですから、口外無用にお願いします。
 ヴラドー伯爵は魔族と結託して、そいつから魔力の供給を受けたようです」
「魔族――だと!?」


 アシュタロスの腐敗を免れた魔王としての頭脳は、すぐさま高速回転を開始し、その魔族の動く理由を推理し始めた。


 自分がいなくなってからのことは良く知らないが、おそらく今の魔界はデタント運動のおかげで大きな会戦を止められているはずだ。小さな小競り合い位は許容されているから、問題はヴラドーを復活させたという魔族の考え方だ。


 望むのは魔族としての騒乱か、それともデタントそのものの崩壊か。この点がわかるだけでずいぶんと違うのだが。


「――ピート。魔族連中の容姿はわかるか?」
「わかりません。と、言うより――確信はあるものの、証拠がない状態でして」
「誰もその魔族の姿を見ていないと?」
「ええ」
「ふむ……人間界のものを極力利用する手口はメドゥーサに似ているな。
 人間を使わないという点で夜刀神(やとのがみ)という可能性もあるが……」
「流石元魔王。魔族に対する知識は本物ですね」


 追従でもなんでもなく、素直な感嘆を口にするピートに、アシュタロスは眉をひそめて言い返した。


「楽観できる状況でもないぞ。
 夜刀神が相手だったら、今の私では殺されに逝く様なものだ」
「やとのがみ……? そんなに凄いやつなんですか?」
「元をただせば神族でな。マイトそのものが魔王クラスまであるのも恐ろしいが、何より厄介なのがその特殊能力だ。今頃は私の後継者に納まっているのだろうが……」


 アシュタロスはあえて話さなかったが、夜刀神がアシュタロスの後継者に収まっているであろう事は、仮定形でなくほぼ事実なのだ。なにせ、アシュタロスの情報を神魔族に『売った』のは、他ならぬ夜刀神その人なのだから。


 失望してもいないし、裏切り者だとも思わない。何故なら、夜刀神が謀反をたくらんでいたのはアシュタロス自身が良く知っていたからだ。元々、隙あらば自分を倒してもいいというのが部下にしたときの条件で、アシュタロスも部下としての能力に信用しつつも、十分に警戒していた。


 ただ、相手のほうが紙一枚分上手だった、というだけである。もしも歴史にIFを語ることが許されるなら、夜刀神の謀反が成功するかしないかで、歴史は大分変わっていたはずだ。もしかしたら、平行世界を探せば自分が夜刀神の謀反を抑えた歴史も実在するのかもしれないが――


「まあ、やつ自身が動くことはありえんだろう。今の時点で予想されるのは、メドゥーサと夜刀神の部下――蛟あたりか」
「その二人の特徴は?」
「戦う気か? 二人とも霊格が違いすぎるから見つけたらダッシュで逃げたほうがいいぞ?」
「お、俺は吸血鬼からも逃げたい……」


 横島の本能に忠実なつぶやきは黙殺された。
 アシュタロスはふむ、と記憶の奥底にある二人の姿を思い浮かべて、口に出す。


「メドゥーサを一言で表すなら――乳だ」
「乳?」
 律儀に問い返すピート。
「でかいんだ。年増だがあれはでかかった」
 しみじみ思い出すアシュタロスに、あきれる一同。べスパのこめかみがヒクヒク痙攣しているのは目の錯覚ではあるまい。


「そうか。乳か!」
「そう。乳だ!
 何を差し置いても、あの女は乳がいい! 美神に匹敵する乳だ!」
「そーか! それ程の乳か!」
「ああ、後は瞳孔が縦に裂けてたよーなきもするし、さすまた武器に使ってたよーな気もするし、超加速を使いこなしてたよーな気もするが、それは巨乳の手前、どうでもいいだろう」


 よかないです。大きな問題です。
 ってか、変態アシュ様はこの状況でも乳しか思い出せないご様子。


 ――なんでか意気統合しあう横島とアシュタロスの後ろで、夜叉が一命怒りに燃え滾っていた。








「そぉ。そんなに大きな乳がいいの」
「あ゛!」









「――さて。話を戻すとしようか」


 背後の気配に恐れをなして、汗を滝のよーに流しながら、アシュタロスはあさっての方向を向いて説明を続行した。
 背後から聞こえる『わ、悪かったルシオぶべらっ!?』『す、スレンダーもなかなかいいもはぶしっ!』等の騒音は無視する方向で。


「蛟を一言で表すなら――蛇柄の着物を着た子供だな」
「子供ですか。髪型は?」
 くそまじめかつりちぎに返答するピート。至極まともな反応に思えるが、アシュタロスは彼の頬に浮くでっけえ一筋の汗を見逃さなかった。
「そう。子供だ。瞳孔は縦に裂けていて顔は中性的で……正確は極度の天然ボケ。ともかく、この二人と出会ったら真っ先に逃げるように、他のGSにも通達してくれ」


 相手が男ならそれなりにシリアスになるらしいアシュ様。事細かな容姿に関する証言を、ピートは律儀にメモを取っていた。


 いつか真面目さのせいで損をするタイプに見える。特にこのメンバーの間だと。







「夜刀神さまの言ってた通りだ……」


 遥か彼方に空港を望める高み。
 真後ろを向けば水平線を見渡せる場所に、その少年は立っていた。


 ――ウミネコに頭突っ突かれてるけど。


 ピートがここを遠視出来る能力を持ち合わせていたなら、驚愕を声にして同行者に危機を知らせていただろう。
 その容姿は、アシュタロスが自分に伝えたものと全く相違点のないものだったから。しかも、信じがたいことに海面に魔力も使わずに直立していた。


 ――あえて言うなら、ウミネコに突っ突かれまくってぐちゃぐちゃになった髪形か。


「アシュタロス様……ずいぶん弱体化してるなあ。僕でも勝てそうだけど、人間の因子も入ってるし。
 気をつけないと。負けたらメドゥーサおばちゃんうるさいからなあ」


 あの、メドゥーサを堂々とおばちゃん扱いして五体満足で行きていられるのは、世界広しといえども蛟ただ一人である。実力差というだけではなく、それ以外にも理由があるのだが……


 アシュタロスたちの様子を除くのに使っていた、双眼鏡方遠視兵鬼を首にかけて、蛟は小さく海面をける。


 瞬間――


 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!


 『何か』が海中でうごめくことで海面が隆起し、『何か』が海面をぶち抜いて海を打ち砕く。砕けた海はしぶきとなって周囲に降り注ぎ、幾重もの波紋のコントラストで蛟の視界を楽しませる。


 すたんっ


「ま。ぐぉすとすいぃぷぁ達の相手はヴラドー君がしてくれるし、僕はアシュ様をしとめるのに専念しないといけないんだけどね。
 あーあ。メドゥーサおばちゃんに手伝ってもらえばよかったかなあ?」


 極めて身軽に、蛟は首をもたげた『それ』――自らの眷属である、巨大な白蛇にまたがった。ご丁寧に、蛟用と思われる鞍に手綱まで取り付けられている。


「あ」


 ふと、蛟はある意欲に狩られた。子供らしく意欲にあがらわずに、白蛇を操る手綱を奮い、自らの体を水面すれすれにもっていく。
 波しぶきを浴びながら、彼はつぶやく。

























「いるかにのったしょーねん」























 しばし、波の音だけが周囲を覆い隠した。
 自然界の呆れをあらわすかのように、周囲には波の音以外消えうせてしまう。ウミネコの動きも一瞬止まる。


「……空しい」


 悲しげにつぶやいて、ヴラドー島への帰途へ(ウミネコに突っ突かれながら)つく少年。
 その背中がすすけていたのは、決して目の錯覚などではないだろう。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa