ザ・グレート・展開予測ショー

家族風景・前


投稿者名:K.H
投稿日時:(03/11/13)

 私のヤドロクはこう言ってしまうのもどうかと思うが――親バカだ。
 割合、ドライな性格をしている私に比べ、アイツは随分と子供に甘い。もっとも、そういった性格だからこそ、子供に好かれているのだとは思うのだが。妹も随分と懐いているようだし、それに関しては仕方ないと思いつつも、アイツの数少ない美点であることは間違いないと思う。
 だが、それに輪をかけて、アイツは子供――娘には甘い。好きなお菓子は毎日、山ほど買ってくるし、娘が欲しいと言った玩具は何でも買ってやる。その他、事あるごとにアイツは必要なものを過剰ともいうべきスケールで物を買い与えているのだから、こればかりは何回も注意――というか、制裁――をしたのだが……学習しているとは言い難い。

 数奇な運命によってこの世に誕生した娘。私自身もその事は充分理解している。だから、アイツが娘に不自由にさせないように、と考えているのは、納得はしなくとも理解はできるのだが。

 だが、それを踏まえても、アイツの親バカぶりは度を越していた。このままでは娘の将来に不安を覚えるほどに。





   家族風景





「……ってわけなのよ」

 今までの事を説明し終えて、私はようやく一息ついた。ふと、ノドの渇きを覚え、目の前に置いてあるティーカップを手に取り、中身――紅茶を口に含んだ。
 ぬるま湯程度の暖かさの紅茶は香りも風味も損なわれてしまっており、思わず眉を顰めてしまう。それは、知らず、随分と話し込んでいた証拠である事を示していた。
 仕方なしに、一口飲んだだけでソーサーにカップを戻す。次いで、ちらり、と目の前に座る人物を見た。

「そうねぇ――」

 その視線を受け、困ったように溜息をつく人。すでに四十歳を超えているが、それでもその超然とした雰囲気は以前と少しも変わらない。いや、むしろ益々貫禄が出てきたようだ。
 それが、目の前の女性――私がもっとも頼りにしている、母である。

「つまり、彼が娘を甘やかし過ぎているから、娘の将来が気になるのね?」

「そういうことなのよ」

 そう。私が今相談しているのはうちのヤドロクと娘の事だ。
 娘に甘いだけのアイツと、それを当然と思っている節のある娘。それは、年々ひどくなってきているような気がする。――いや、気のせいではないはずだ。近頃、娘も思春期を迎えているのか、随分と私の言うことに反発するようになってきた。以前はまだ、アイツが甘やかしている分、私が厳しくすればいいと思い、躾や常識は私が教えてこれた。それが、最近はむしろそれに敢えて反発している。危険な兆候だと、私は自分自身の体験からそれに気付いていた。

「私は厳しくすることでしか物を教えられない。でも、今のあの子には逆効果にしかならないわ。だからこそ、諭す事が必要なのよ」

 私は、道を示すようなことはできない。自分の価値観を相手に見せることで成長を促すことしか。けれど、それは思春期のような、難しい時期の子供には却って逆効果にしかならない。それは理解している。だから、今は相手の尺度で物を考えられるような大人が彼女を諭すしかないのだ。
 ――そして、それは旦那であるアイツが誰よりも、適任だ。
 けれど。

「でも、アイツはあの子を甘やかしてばかりだわ。でも、このままじゃあの子は駄目になる。今、ただでさえ不安定な時期なのに――」

「そうね……」

「どうにかならないかしら、ママ? ママからだったら、あの子も話を聞くと思うの。このままじゃ、本当に――」

 本当に、あの子はアイツの望んだ――

 続きは言葉にする事も、考える事もできなかった。ある意味、それは禁忌であったから。アイツの運命を変え、そして私たちを苦悩させる、パンドラの箱。口にするのは憚られた。
 それでも、ママには充分伝わった。目を閉じ、沈痛そうな表情をする。そして、幾ばくか沈黙が続き、ようやく口を開いた。

「――そうね。たぶん、私が言えばある程度は聞いてくれるでしょうね」

「だったら――」

 ママの言葉に私は喋ろうとする。けれど、ママはそれを遮るように顔を左右に振った。

「でも、駄目よ。それでは何の解決にもならないわ。子供はいつだって親を見て成長していくものよ。そして、あの子はあなた達の子供。私からは何も言えないわ」

 その言葉に。私は唇を噛み、俯く。ママが言った言葉は百も承知なのだ。……けれど、それは普通の家族に対し通じるものであり、あまりにも複雑な私たちには到底不可能のような気がした。
 どうすればいいのか。様々な感情が心の中を渦巻く。過ぎ去った過去と、これからの未来。全てがあやふやで、ひどく頼りないものだと思ってしまう。
 気付けば、ぽつりと弱音を吐いていた。

「でも、あの子は【彼女】なのよ」

 一度吐き出された弱音はずるずると心の奥底から芋づる式のようにさらに大きな弱音を引きずり出してくる。もう、言葉は止まらなくなった。

「――アイツが度を越した甘やかしをしているのも、あの子が【彼女】の生まれ変わりだから。そして、私が強く出れないのも【彼女】に負い目があるから」

「それは、違うわ」

 冷静に、ママは否定する。けど、それはむしろ私の神経を逆撫でする言葉でしかなかった。

「――違わない! だってそうじゃない! じゃなければ、アイツが私を蔑ろにしてあの子を構っている理由は何なのよ!? 単に私に飽きただけ?」

「落ち着きなさい、令子――」

「私なんかただの道化じゃない! アイツは【彼女】に縛られて本望かもしれないけど、私は嫌よ! もう、これ以上は我慢できないわ!」

「落ち着きなさい!」

「あの子なんか――あの子なんか生まれてこなければよかったんだわ!」

「――令子!」

 瞬間、パチン! という音と共に、頬に鋭い痛みが走る。
 ――叩かれた、という事を理解するまで、幾ばくか時を必要した。気がつけばソファから立ち上がり、私は息を切らしていた。

「あ……」

 空気が肺から抜けたような音が口から勝手に漏れた。それが合図になったのか、両目が一気に熱くなり、鼻の奥がツンとした痛みに襲われる。それを反射的に我慢しようとして――ぐい、と体を引き寄せられていた。

「落ち着きなさい、令子。それは思っていない事だとしても、言ってはいけない事だわ。あなたがそれを言ってしまったら、あの子が産まれてきた意味も、そして何よりあなたと彼――横島君が結婚した事も、全て否定してしまう」

 ママは私を抱き寄せ、背中を軽く叩いて、そう言った。私の視界を遮るように、ぎゅっと抱きしめて。
 その声があまりにも優しい声色だったから、私はもう我慢できなかった。張り詰めていた気持ちがどこかでプツン、と切れる。

「う――」

「――私は知っているわ。あなたがあの子をとても大事にしている事を。横島君も知っている。そして……あの子も、蛍もちゃんと分かっているはずよ」

 止まらない。ダムが決壊してしまったかのように、ぼろぼろと涙が溢れてくる。もう、とにかく駄目だった。

「あ――ぁ」

「あなたもちゃんと知っているはずよ――だから、思い出しなさい。美神令子は、世界中の誰よりも幸せな家族を持っているって」

「うわぁぁぁぁぁん――――!」

「よしよし――いい子ね」

 涙が、止まらなかった。ママの言葉はまるで、全てを真っ白にしてくれるような優しさに満ち溢れていて、泣くほどにそれは強くなっていった。
 ああ、私はこんなにも素晴らしい母親がいるのだと、そして、その血を継いでいるのだと。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ぽつりと心のどこかでふと思った――


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