ザ・グレート・展開予測ショー

とらぶら〜ず・くろっしんぐ(7)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(03/11/12)




 とらぶら〜ず・くろっしんぐ   ──その7──





 ひょいと薫の襟首を掴みあげると、美神は自分達の移動式簡易結界の中へ入れた。

「ナニしやが…」
「いけるわね?」

 上げ掛けた抗議を遮って、葵に尋ね掛ける。
 眼鏡越しの瞳が承諾を返していると気付いて、薫も美神が何を目論んでいるのか理解した。

 目の前には紫穂達を飲み込んだ穴がまだ、暗い口を開けている。
 直径は4mと言ったところか。 普段ならともかく、こんな状況下で飛び越せる大きさではない。
 周りに浮かぶ幽霊も、何時牙を向くとも限らないのだ。

「ふひ? ふひひひひひひ…」

 その事に気付いたか、あきらかに逝かれてしまってる犯人が笑う。

「なんかムッチャクチャむかつく」

「ゆくで、薫、姐はん」

 結界で包まれて居れば、制御は何とか出来るのだ。
 とは言え、出来るだけ安全を維持する為に、穴のすぐ向こう側へのショートジャンプ。

「待たせたわね」

 美神の腹の底から出した様な声に、あっさりと男の笑いは掻き消された。

 ぱしんと鞭を鳴らす。 緋色の髪に僅かに隠されたこめかみには、ぶっとく浮かぶ血管。
 テンションを上げてるのは、勿論、彼女だけではない。
 簡易結界の縄の中、美神の両脇に立った二人の少女も、無邪気な、しかし邪気に塗れた笑顔を浮かべている。

「覚悟しときや」

 元よりキツめの葵の顔立ちが、より酷薄な雰囲気を形作る。

「ぐぎゃっ?!!」

 気圧され慌てて人質に伸ばされた腕が、しかし、いきなり有り得ない位置で曲がった。
 ぶらんと垂れた腕の痛みより、一歩一歩迫って来る3人からの威圧の方が強いのか、男の顔は苦痛よりも恐怖が浮かぶ。

「謝ったって、許さねぇぞ」

 言いながら、薫は見えない腕で人質の少女を抱き寄せた。

「それじゃあ、極楽に、行かせてあげるわ」

 周囲の霊達は、放電する様な美神の怒りの霊気に怯えてか、遠巻きにしたまま近付こうとしない。

「ひっ?! ひぃ… ひひひ、ひひ…」

 悲鳴だか笑い声だか判らない呟きが、これから起こるだろう事態の凄惨さを予感させた。

 ・

 ・

 ・

「戻ってきた…か…
 って、え?!」

 ほっとした様な水元の言葉が、出現した面子を見て不審に変わる。

 一緒に連れて帰る組み合わせは、入る前のミーティングで決めておいたのだ。
 葵と紫穂、横島と、確保の優先される人質と犯人である。
 なのに、今、ここには紫穂と横島の代わりに、美神と薫が居た。 想定外もいい所である。

 全員を一遍に連れて跳んで来られるとは、確かに最初から考えていなかった。
 状況と、揃った時の人数・重量を考えれば、安全に跳べるのは5人かそこらまでだろう。

 その人数制限から導かれた組み合わせだった。 残りの面子も、残されても問題なく帰還出来るだろう様に考えられている。
 ちなみに、横島が転移組に入って居るのは、人質達の運搬に男手が要るのと、それでも霊的な不測の事態が起こった時の用心の為に、だった。

 不審を感じたのは、水元だけではない。 やはり外で帰還を待っていたおキヌ達も、である。

「横島さん達は、どうしたんですか?」

「中でハグレたの。 悪いけど、戻るからおキヌちゃんも一緒に来て」

「拙者は?」

 全身で連れてけと、間髪入れずに訴えるシロに、美神は頷きながら言葉を続けた。

「あんたもよ」

 そんな遣り取りに、水元が口を挟む。 顔色がかなり青い

「はぐれたって、ウチの紫穂もですか?」

「ええ。 うちの所の二人も一緒ですけど、そう言う事なんで私達はもう一度中へ戻ります。
 彼女は責任持って連れ帰りますんで、犯人と人質の方はよろしく」

 頷いて水元は、抱き止めた人質の少女を救急車へと乗り込ませる為に、県警の人間へと預ける。
 担架で運ばれるのを見届けると、踵を返してドライブインへと向かう美神に、薫が声を掛けた。

「待てよ。
 あたしらも行く」
 
 ドスを利かせた、けれど変声前の甲高い子供の声に、ヒールの歩みが止まった。

 紫穂は、薫と葵にとって掛替えの無い、大事な同胞だ。 この世でたった3人だけの、遠慮・衒いを感じる事のない、気のおけぬチームメイト。

「そや、紫穂はウチらの大事な仲間なん…」
「ダメよ」

 振り向いて返されたのは、拒絶の一言。
 余りの簡潔さに、少女達は口をぱくぱくとさせた。

「な、なんで…」
「判りました。 紫穂の事、よろしくお願いします」

「ちょ… 水元?!!」

 そんな戸惑う二人をよそに、水元は即座に頭を下げる。
 薫の怒りの矛先は、彼へと変わった。

「なんで?! なんでや? 水元はん、なんでそない…」
 そうだ! どうしてそんな事いうんだよっ?!」

「お前らが居ると、美神さん達の足手纏いになるからだ」

 淡々と答える水元に、薫が食って掛かる。

「あたしらの力の事は、お前が一番良く知ってる筈だろっ!!」

「だからだ。
 お前らは美神さん達が居なけりゃ、あそこできちんとチカラを揮えない。
 だけど、お前達が居なくても、美神さん達が困る事は無いんだ」

 薫の力に晒されながら、それでも真っ正面から視線を返して、水元はそう言った。

 彼とて、紫穂の事は可愛がっているし心配もしている。 自身、すぐにでも駆け付けたいくらいだ。
 だけど同時に、それが救助の邪魔になる事も解っていた。

 それに簡易結界は、縄へほんの少しだけ霊力を流す事で起動しているのだ。
 必ず役に立つかは判らない超能力。 少しずつ消費される霊力。 その形態の都合上、制限される機動力。
 美神達だけなら、それらを考慮する必要は無いのだ。 が、少女達を連れて行けば、それは純然としたハンデにしかならない。

 そんな水元の考えを読んで、葵が泣きそうに顔を歪めた。

「そやかて」

「後は私達に任せて。 ね」

 彼女の小さな肩を後ろから抱き寄せて、おキヌが宥める。

「それに先生と… 気に食わぬがタマモがおるのでござろう?
 ならば、心配せずとも無事でござるよ」

 シロも薫にそう保証する。

「ま、そう言うこと。
 あんた達は大人しく、私達の帰りを待ってなさい」

 美神が締めて、3人は建物へと向かう。

 やがて、水元達が腰を落ち着けた待機用の天幕の中にも、聞こえて来るおキヌの笛の音。 そして時折混じる風切り音と咆哮。

「…くそぅっ!」

 膝を突いて、薫は両手を地面に叩き付ける。
 剥き出しの地肌に、まだ柔らかい彼女の肌から血が流れた。

 再び叩き付けようとした腕を、水元が掴んで止める。

「そんな事して、どうする。
 紫穂が戻ってきた時に、お前があいつの為に手を傷だらけにしてたら、どう思うかなんて判るだろう?」

「けど…」

 俯いて手を握り締めた薫が呟く。
 葵も気持ちは同じなのだろう、眉を寄せたまま建物をただ見詰めていた。

「ほら、こっちに落ち着いて座れって」

 手を掴んだまま、パイプ椅子へと彼女を誘(いざな)う。
 二人が腰を下ろすのを確認して、水元は救急箱を取ってきた。

「ちょっとしみるぞ、我慢しろよ」
「ガキじゃねぇ…イタっ…」

 消毒液を付けられて薫が思わず声を上げるが、彼は掴んだ手を放さずに、絆創膏を貼るまでを一気に済ませた。

「もっと優しくやれよなっ」

「あぁ、悪かった」

 ちょっとだけ涙目の彼女に、零れそうになる苦笑を押し殺して、水元は素直に頭を下げる。
 それ以上拗ね続けられなくて、薫は口を尖らせてそっぽを向いた。

「紫穂… 無事やろか…」

 静かになったテントの下、目をドライブインへと向けたままの葵が呟く。

 納得出来ても、心配が無くなる訳ではない。
 実のところトロそうに見せ掛けてるだけで、一番頭が回るのは紫穂である。 だが同時に、最も反撃能力が無いのも彼女なのだ。 それだけに、どうしても安心なぞ出来なかった。

「心配ない、なんて気休めは言えない。
 けどな。 それでも今は、紫穂の無事を祈って待つしかないんだ」

 自分にも言い聞かせる響きに、葵もようやく水元の方へと顔を向けた。

 考えてみれば、あの『普通の人々』ハイジャック事件で、前後を省みず危地へと飛び込んで見せたのは、他ならぬ彼なのだ。 葵をして呆れさせるほど、直情的に動いてみせたのは。

 それだけに、少女達を預かる責任者として、水元は自分を抑え、じっと我慢しているのだ。
 薫と葵が戻って来てるからこそ、二人を抑える為に残っているのであって、助けに走り出したい気持ちは二人にとて負けては居まい。

 彼の心情を理解して、葵の表情も少しだけ和らぐ。

 3人は、まんじりと美神達一行が紫穂を連れ帰るのを、黙って祈りながら待っていた。

 

 

 そんな彼等から少しだけ離れた天幕の中の片隅。
 警官達にすら顧みられず、転がされているズタボロが一つ。

 美神にしてもBABELのエージェント達にしても、けして喧嘩を売ってはいけない相手だと、『ソレ』は何よりも声高にその事を実証していた。





 【続く】



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……ぽすとすくりぷつ……

 ちょっとだけ上の方々に。
 次からは、また視点は下の面々へと戻ります。

 って言うか、水元達に動かれると、シーン人口が増え過ぎてツライので(爆)
 だから残すなら残すで、描写は要るかなぁと(^^;

 んでもって、美神達の出番は暫く無し(笑)
 仕事の都合で、生活ペースが変わってるんで、テンポを維持出来なくてすいません(__)

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