ザ・グレート・展開予測ショー

!ほんの少しの幸せ


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:(03/11/12)

 いつもと変わらない朝。横島の狭いアパートに朝食の支度をする音が響く。
 ただ一つ、今までと異なるのは、その朝食を作っているのは横島ではなく妹の蛍だという事だけ。もっとも、横島は朝食などというご大層な物を作る事など滅多に無いのだが。

「ほら、ヨコシ・・・お兄ちゃん!そろそろ起きて!遅刻するわよ!」

 蛍の語気にはやや苛立ちが混じっていたが、それでもその表情は決して不愉快そうでは無く、むしろ愛しい者を見つめる女、と言ったところか。
 妹にやさしく起こされ横島の両目がゆっくりと開く。鼻をくすぐる味噌汁の匂いに反応して不意に腹が鳴った。
 誰かに起こしてもらえるのは結構心地よいものだ。それが愛する者によるものであれば尚更だろう。
 手際よく食事の支度を整える妹の姿を見て、横島は微笑みながら朝の挨拶を交わす。

「おはよー、ルシ・・・あっと、ほ、蛍。」

 ルシオラが横島の妹『蛍』として転生してからだいぶ経つ。だが横島はいまだに『蛍』の事を『ルシオラ』と呼びそうになってしまう時がある。確かに、姿形は間違いなくルシオラそのものなのだから、間違える横島の気持ちも解らなくは無いのだが。

 何時だったか、今のように名前を言い間違えた事があった。その時の蛍の寂しげな瞳を、横島はいまだに忘れる事が出来ないでいる。
 愛し合い、共に人生を歩んでゆく者としての可能性を完全に放棄し、妹として、そしていつかは他人として離れてゆく生き方を蛍は選んだ。だが、頭ではその事を理解していても、蛍の心は激しく揺らぎ続けていたのだ。
 そんな時、不意に『兄』である横島に、かつて恋人として愛されていたときの名前を呼ばれた蛍の心の痛みは、どれほどのものだったのだろうか。
 そんな蛍の心の痛みを感じる事は出来なくても、蛍の悲痛な表情からその痛みを想像する事は、比較的鈍い横島にだって難しい事ではない。

 その時の苦い記憶が、寝起きの横島の脳裏にフラッシュバックする。

(しまった・・・。またやっちまった・・・。)

 横島の顔に後悔の色が浮かぶ。そんな横島に気づいた蛍は、優しく微笑みを返して言った。

「大丈夫よ、お兄ちゃん。私、本当に今幸せなんだから。」

 その笑顔に少し救われたような気がした。
いつだって考える。本当にこれで良かったのか。もしかしたら俺は、蛍にとって最も辛い生き方を選択させたのではないかと。
 そんな横島の気持ちを察したのか、蛍は悪戯をした子供のような笑顔で横島に言った。

「その代わり・・・、次に生まれ変わったときは・・・約束よ。」
「・・・!ああ、約束だ。」
「フフ・・・、じゃ、ご飯にしましょう!」

 ようやく横島の顔に笑みが浮かぶ。そうだ、たとえ二人が結ばれる事が無いとしても、俺は蛍のために最高の兄貴になればそれで良い。
 そして、もし生まれ変われたなら・・・そのときは・・・。

 そしていつもの何気ない会話。横島は朝御飯を口いっぱいに頬張りながら、蛍の話に相槌を打っている。
 学校のこと、友達のこと、最近の流行、そんな取り止めの無い事を話す蛍は本当に嬉しそうだ。




「なぁ、ところで・・・、蛍にお願いがあるんだけど・・・。」

 朝御飯をあらかた食べ終わり、食後のお茶を入れている蛍に横島は、常々思っている事を切り出した。
 どうしたの、あらたまって?と、蛍は急須を持ったまま兄の顔を覗き込む。

「その・・・なんだ、頼むからさ、美神さんと目線で火花散らしたり、おキヌちゃんとの間に割り込んできたり・・・。」

 横島は蛍の顔色を伺いながら続ける。

「と、特に・・・その、ナ、ナンパの邪魔をするのは・・・止めてもらえねーかな・・・?」




「『ヨコシマ』。私、今、ホントーに、シ・ア・ワ・セ・よ。(ニッコリ)」

 有無を言わさぬ不動の微笑み。時は止まった。
 尚、余談ではあるが、この時隣に住んでいた貧乏神は、そのあまりの霊圧に意識を失ったそうである。

 長い沈黙。いったいどれほどの時間が過ぎたのか。一時間か、それともまだ十秒ほどしか経っていないのか。
 と、そんな時。

「おーい、蛍ちゃん!学校いこー!」

 蛍の学校の友人が迎えにきたようだ。そして時が動き出す。

「はーい!今行くー!あ、お兄ちゃん、お皿洗っといてね。」

 そう横島に言い捨てて、蛍はいそいそと登校の準備を整えて出て行ってしまった。



「あのオンナァ!まさか、来世で生まれ変わるまで彼女作るなって言いてーのかぁ!!!そんじゃぁ、俺は死ぬまでチェリーボーイでいろとゆーのか!!!」

 爽やかな朝に響き渡る横島の叫び。魂の叫びだ。


 なんて事の無い、いつもの日常。ただ一つ違うのは、大切なモノを取り戻せたほんの少しの幸せ。


       〜Fin〜

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa