ザ・グレート・展開予測ショー

幕間暮夢


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(03/11/12)



「あれ?センセー?」

私は、それまでの気分を全て台無しにされた様な不快感を感じた。
そう言いながら教室に入って来たのが私の受け持つクラスの、
目下、我が校最悪の問題児でもある横島忠夫と言う生徒だったからだ。

「何してんスか?こんな時間に。」

「お前こそ授業にも出なかったくせに、こんな時間に何しに来た?」

「授業に出られなくても、勉強はしてるんですよ。
ピートに取っておいて貰ったノートと置いてあった教科書と、持って帰ろうと思って・・。」

「お前、この間もそう言いながら夕方に登校して、運動部女子の着替えを覗く為の
足場や光学機器を設置しようとかしてたよな・・・?」

「ハハハ、やだなあ・・・今日は違いますって。」

明らかに白々しい返事だったが、最早それ以上問い詰める気にさえなれない。
授業への不参加に加え成績も最低ランク、
得体の知れない霊能者だか何だかの所に出入りしてアルバイトをしているらしい。
吸血鬼だの机妖怪だの虎人間だのを呼び込んで教室も化け物屋敷にしてしまう。
―いや、“彼ら”でさえ、横島よりは成績も授業態度も素行も遥かに上だ。
そして極め付け、悪質な覗き・痴漢行為の数々。
進級とか以前に、何故退学にならないのかが疑問だ。

ダメ人間め。テスト前の悪あがきでも覗きでも構わん。
もう何も言わないから、さっさと用事を済ませて出て行ってくれ。

私がこれから迎えたいひとときに、この生徒の存在はあまりにもふさわしくなかった。
何かに深く思いを巡らせたり、後悔したり、祈ったり、そんな魂からの声とは
無縁に生きている様な輩だ。目先の即物的な欲求・・金とか女とか・・ばかりに目を向け、
きっと何の関心も持つ事はないのだろう・・・
私の好きな、この美しい眺めなんかには。この一瞬の――。

「・・・夕陽、見ようとしてたんスね?」

私は振り返った。
横島は鞄に何かを詰めている最中で、自分の手元を見ながら再び話し掛けてきた。

「沈む瞬間、待ってたんじゃないんですか?」

「あ・・・ああ。うん・・。」

「・・好きなんスか?夕陽。」

思いがけない相手からの思いがけない指摘に動揺したが、視線を戻すと今まさに、
建物で覆われた東京の平野、その向こうに広がっているであろう海へと、
大きな赤い光球が吸い込まれて行こうとしている所だった。

「そうだな・・夕陽が・と言うか、地平線や水平線に沈んで行くのが好きなんだ。
先生、東京に来て初めてこれを見たんだよ。私は富山の生まれでね・・・。」

「日本海側じゃ、見れないっスよね。山があって。」

「・・ああ。まあ、山に沈む夕陽も悪くはないんだが・・見飽きちゃってね。
いつかは田舎を出て東京へ行きたいとも思っていたから、抱き合わせで
『水平線や地平線に夕陽が沈むのを見たい』と思う様になって・・・今の私の原点だな。
・・それにしても、随分と早く気付いたな。向こうじゃ見れない、って?」

「・・・気付かないで、向こうで海に沈む夕日を見ようとした奴がいるんですよ。」

「なかなか気付かんものだよ。お前の友達か?ここの生徒か?そのオッチョコチョイは。」

横島はその問いに答えなかった。うつむいたまま黙々と手を動かしている。

一体、何だと言うのだろう。
先程の語りかけと言い、今の沈黙と言い、まるであの横島ではない他の誰かを相手にしている様な気分だ。
そして―――

「・・・一瞬なんですよね。沈む時の美しさってのは。」

彼が再び口を開いた。

「昼が夜に変わる前の一瞬の輝きだから、その眺めは、綺麗なんです。」

もう一つ感じていた彼の言動の違和感、その内容がやっと分かった。
横島が夕陽やそれを見る事に拘りを示しているのは事実だ。
その「美しさ」についてまで語り始めた。
・・・なのに、彼自身は見ようともしないのだ。その夕陽を。
終始、横島はうつむきながら鞄に詰め込んだり、詰め替えたりしている。

「見なくて、いいのか・・・?その夕陽。」

「センセー、・・・夕焼けが、沈む夕陽が好きなのは、俺じゃないんです。
俺は・・そんなものより目先のねーちゃんのチチしりふともも・・っすよ。」

彼は顔を上げて立ち上がった。
教室の中はかなり暗くなっており、私の方からは彼の表情が見えない。

「だけど、あいつはそんな俺と一緒に夕焼けを見る事を命懸けで祈ってたんです。
だから俺は“一人”で過去に浸ったりはしない。
・・夕焼けを眺めてあいつを思い出し、一瞬の美しさにあいつを重ねたりはしない。

あいつはいつも俺と共に在るから。そしてまた会える日が来るから。

だから、俺が見るのは・・・
そんな俺とあいつとが、いつかまた、連れ立って一緒に見る夕陽なんです。
・・・これは、俺の“祈り”です。」

私には彼の言っている事が半分も理解できなかった。
「あいつ」とは誰の事だ?さっき出てたオッチョコチョイな友人か?
口振りからガールフレンドのようにも聞こえるが・・今、いないのか?別れ・・それとも?

「暗くなったし、もう出ます。」

横島は私に背を向け、歩き出した。

「沈むのは一瞬でも、太陽は無くなったりしない・・明日もまた・・
・・・何度でも昇って来るんですよ。」

彼が出て行った後の薄闇の教室で私はしばらく立ち尽くしていた。
夕暮れの、あまりにも非現実的だったひとときは私の中で整理が付きかねていた。

廊下に出る。しばらく歩くと、反対側から横島を先頭にスポーツウェア姿の女生徒の集団が
口々に怒鳴りながら疾走してきた。

「よ〜こ〜し〜ま〜あああっ!!またしょうこりもなくーーーっっ!!」
「待てこの野郎!!」「女性の敵!!」

「かんにんやーーーっ!!仕方なかったんやーーーーー!!!」

やっぱりさっきのは覗きの下準備だったか・・・。
私の手前で横島は集団に捕まり、首根っこを掴まれながら取り囲まれた。

「フフフ・・・どうしてくれようかしらねえ・・。」

「ああっっ!センセー、助けてくれぇ!」

「あー、君たち。・・まだ教室に残ってる人がいるので、
なるべく音が漏れない様にしなさい。」

「ハーーーーーーーーイ!!」

「てめえ!それでも教師かーー!?」

どかべきばきごりょぼきっ・・げしげしげしげしっ!!!

・・・・夢だったのかもしれないな。
現実と現実との隙間に在るような、そんな夢だったのだ。

そう思う事にして私は、彼が特に学校側で処罰されない理由が何となく頷けるほどの、
その凄惨な私刑現場を後にした。


(END)
―――――――
何となく失敗作かもしれないです。
横島君が意固地すぎだったり、雰囲気が不思議系になり“過ぎ”だったりと。
アシュタロス戦終盤での彼を基にした解釈で書いてみました。
気分的には「いつかOXOXする日」のプレ・ステージのようなものです。

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