ザ・グレート・展開予測ショー

アシュタロス〜そのたどった道筋と末路(涙)〜ヴァンパイア・メイ・クライ4


投稿者名:♪♪♪
投稿日時:(03/11/12)



「立ち話もなんだから、ま、奥に入れよ」


 びしょ濡れになった上着を脱ぎ、促す横島。ルシオラは脱がれた上着を受け取ると、しわを伸ばして洗濯籠に放り込んだ。


「出がらしの茶もない所じゃがな」
「居候が何言ってんのさっ」
 げしっ!!
「あだぁっ!?」
「ドクター・カオス。大丈夫ですか?」


 いけしゃあしゃあと恥をさらしたカオスに対し、遠慮なしで足の甲を踏むベスパ。のたうつカオスと心配するマリアをほったらかして、パピリオが接客の準備をする。
 ――と言っても、コタツの上を片付けて座れるようにするだけの作業も、夢の島もかくやという荒れ果て具合の前では難航せざるを得ない。


「せ、先生から手紙を預かっているだけですから。簡単な立ち話で済みますよ」


 ゴミの山の前で四苦八苦する幼子の姿が痛々しかったのか、慌てて懐から手紙を取り出すピート。
 隠れ家である横島の体から無造作に上半身だけを突き出して、アシュタロスがその手紙を受け取った。自らの存在と言う、最も秘匿すべき事柄を平然とさらけ出したアシュタロスに、一同はしばし騒然となる。


「あ、アシュ様!?」
「心配するなベスパ。こいつは私の事も知っている」


 慌てふためき、ピートに攻撃まで加えようとする恋人を片手で製しながら、視線は手元の手紙に釘付けである。


「――どう思う? タダオ」
 ぽいっと投げ渡された手紙を、たやすくキャッチして目を通す横島。そこには、見覚えのある唐巣の字でこう書かれていた。


『横島君達へ
 かなり厄介な事件が起きてしまった。人手が必要なので是非来てほしい。魔族としての君達が必要だと言えば事の重要性は理解してもらえるだろう。
 ナルニアからはドグラ君も呼んである。詳しい話はこちらでしよう。嫌ならこの手紙は破り捨てていい』


「――いや、聞かれるまでもなく思いっきり厄介事だろこれは」


 命の恩人からの頼りだと言うのに、嫌な予感バリバリ感じて、断りたい意欲に駆られる横島を責めることは出来ない。アシュタロスをはじめとする魔族を『魔』として扱うことを嫌い、魔力の使用すら制限するように言明したのは、他ならぬ唐巣神父自身なのだ。
 極力自分の苦境を知らせず、平穏な暮らしを遅らせようと一番努力してくれた人が、でかでかと『魔族として』などと記している。これだけで事件の規模が知れるだろう。


 手紙の外面にしか視線を送らない横島の態度に、アシュタロスはあきれた。腐っても、多くの部下に変態とののしられるほど腐りきっても魔王である。しっかりと手紙の裏に隠された唐巣の真意を読み取っていた。


「タダオ。手紙には破り捨てていいと書いてあるだろう? これは『この話を受ける受けないは自由にしていい』という意味だ。
 私たちが参加しようがしまいが、どうでも言いということだな。
 大きな事件にもかかわらず、私たちを呼び出し、否定する権利を与える――今カラスがかかわっている事件は、下手をすれば命にかかわる」


 空気は振動を一切放棄し、空間によどむだけの存在と成り下がった。音が一切消えたこの現象は、周りの人間から言葉が奪い去られた証であった。


 手紙の文面だけでそこまで推察したアシュタロスに賞賛の念を抱くピート。しばしアシュタロスの引き締まった横顔に尊敬のまなざしを注ぐと、おもむろに口を開こうとして、横島の言葉にさえぎられた。


























「あ、アシュタロスがまともな事しゃべっとる!?」































 こけた。
 そりゃあもう力の限り。アシュタロスも一緒に。




「か、カオスおじいちゃ〜〜〜〜ん! アシュ様が、アシュ様が怖いでちゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」


 カオスに泣きつくパピリオ。


「タダちゃん!! あ、アシュ様がアシュ様がアシュ様が変になっちゃったよぉ!!!!」


 わたわたと狼狽するルシオラ。


「アシュタロス!! 気をしっかり持て! ほれ!! ボケ防止の薬品じゃ!」


 ぱぴりおを抱きとめつつも、懐から瓶詰めにされた蛍光ピンクの、『しゃげー』だの『きしゃー』だの叫び声をあげながら蠢く不気味な物体を取り出すカオス。


「アシュタロス様。言動に不審な点が多々見られます。至急緑の救急車にまたがって産婦人科医の誤診を受けることを推奨いたします」


 何時も通りの口調に見えて、実はめちゃくちゃぱにくっているマリア。


「あ、あんたらねえ!!!!」
 追い討ちに口々に言いたい放題ほざく一同に対し、べスパは青筋を浮かべて怒りを発露させる。どーやら、彼女以外はアシュタロスの推論よりも、アシュタロスがまともな事をシリアスに言い放ったことがショッキングだったようだ。


 ってか、むしろカルチャーショック??


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!! ド畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!
 私はどーせボケキャラやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 あんまりな発言と扱いの連続に、アシュタロスの以外に繊細なハートは耐え切れなかったらしい。


「神が何や悪魔が何や私にもシリアスな役回りがこなせる幸せよこさんかいコラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「あ、アシュ様! お気を確かに!」
 横島が使用していた藁人形を、引き続き使用して神どころか悪魔まで呪うアシュタロス。べスパはその腕にしがみついて何とかその行動を阻止しようとするが、もう手遅れっぽい。


 暴走を開始したアシュタロスを前に、頬に汗する一同。横島たちは『言い過ぎた』と後悔し、ピートは尊敬した魔族の思わぬ姿に目を白黒させていた。






 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
 叩きつけるような雨は、ピートが横島家を辞した頃には多少の緩みを見せていた。この分ならあと少しで晴れるだろうと、眼を細めて空を見上げるピート。


 彼は雨が上がった後の青空が好きだった。それ故、彼は自らがぬれる事もかまわず、雨が上がるまでその場で待つ。


『ほうら、見えるかピエトロ。あれが虹だ!』
『――ブラドー。格好つけるのはいいけど、その格好じゃ怪しい人よ』
『うるさい! こうしないと私は灰になるんだ! 純血の吸血鬼をなめるな!』
『いや、絶対論法違うし』
『さあピエトロ! お前もあの虹のように強く逞しく、そして――』
『へえ? ヴラドーはいつから奥さんの私を無視できるほどえらくなったのかな?(笑)』
『スイマセンゴメンナサイ。ワカリマシタカラソノギンノナイフヲシマッテクダサイ』


 脳裏に浮かんだ暖かな情景。物理的にありえるはずがないのに、心の奥底に陽光を照らしたかのような暖かさを招くその思い出は、ピートが唯一父親と共有できる思い出だった。


 あの暖かな光景を形作ったもっとも大きなピース――アン・ヴラドーはもうこの世にいない。残った二つのピースも、失われたピースを思う道を違えたと言うにはあまりに大きすぎる程に、歩む方向が違いすぎる。


 ――誰よりも自分の父親のことだ。説得が不可能なのはわかりきっている。
 妻に行われた残虐を知り、夫は復讐に走り息子は和解への道を模索した。


 夫は言う。
 『あんな醜い生き物は滅びてしまえ。人との共存を望む妻をあやめたあいつらは、生存する可能性を自ら否定したのだ! あんな者達が妻と同じ種族として存在するなど許せぬ!』


 息子は言う。
 『母は人と吸血鬼の共存を夢見ていた。それに、人が僕たちを否定するのは臆病だからだだし、すべての人が醜いなどありうるはずはない。第一、母は人間だった!』


 双方、源泉となっている想い、愛情は同じなのだ。それ故に、その頑健さは誰よりもよく知悉している。説得など、700年の間に念話でし尽くした。


 だから、説得はしない。懐柔もしない。
 ピートは父を討つことを躊躇わない。父も息子を倒す事を躊躇わない。躊躇うことが無駄だとわかっているのである。
 意思の源泉である想いを理解できても、方法はとても共有できない完全否定の対象でしかない。皮肉なものだ。想いは理解できても、その方法ゆえに二人は対立しているのだ。


「子は母を慕い父を憎む。父は常に息子を疑う。――エディプスコンプレックス、か――ヴラドー。僕の覚悟は終わっているぞ」


 晴れ渡り始める空を前に、ピートの独白は吸い込まれて消えていった。










余談。
『…………』ビクンッビクンッ
『ああああああっ!? キーやんが! キーやんが痙攣し始めた!』
『え、えぐれおわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『さっちゃんまで!?』
『きゅ、救急車ぁぁぁぁぁぁっ!!』
『救急車より霊柩車呼んだほうが良くないかこれーっ!?』
『デタント反対派魔族の陰謀かぁーっ!?』
『ふ、二人の口から魂がぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『の、昇って逝くぅぅぅぅぅぅぅっ!!』
 アシュタロスの追い討ちのせいで、世界はデタント崩壊の危機を迎えていた。

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