ザ・グレート・展開予測ショー

++夕日と月++


投稿者名:姫桜
投稿日時:(03/11/11)

         彼女達の存在は、まるで夕日と月のようだった。

               ++夕日と月++

夕日がきれいに見える頃、横島はようやく学校を後にしていた。出席日数が足りないため、補習を受けていたら夕方になってしまった。今日は珍しく休みをもらったので、補習に参加できたのだ。
学校を出ると、空はオレンジ色に染まっていた。淡いブルーとオレンジのグラデーション。
『短い間しか見れないから、余計に美しいのね』
今はない、彼女の声が耳元で聞こえた気がした。美しい夕日を眺め、ため息を一つ付くと、聞き覚えのある車のエンジン音が耳に入ってきた。
「遅かったじゃない!」
その車の運転席には、夕日と同じような色をした長い髪に、深いグリーンの瞳を持つ女性・・・美神令子が乗っていた。
「あれ?美神さん、今日は休みじゃなかったんすか?」
横島は早足で車の所へと行った。
「休みだからこんなトコに来たんでしょーが。ほら、乗って!」
横島は言われるままに車の助手席に乗った。
「どこ行くんですか?」
「どこ行きたい?」
「行く場所決めてないんですか!?」
「悪い?」
「じゃぁ、何でここにいるんですか?」
横島のその問いをきっかけに、テンポ良く続いていた会話に、休符が付いた。
「ねぇ、あんたさっき、あの娘の事考えてたでしょ?」
横島の問いに答える事なく、今度は美神が問いを投げてきた。あの娘・・・それは、約1ヶ月前、横島が失った大切な存在。美神は、その事件が解決して以来、その娘の名前を口に出すことはなかった。「あの娘」いつもこの呼び方に決まっている。名前を忘れたわけではない。忘れたわけではないが、ただ、その名を口にすると、今自分たちが過ごしている時間が別のものになってしまいそうだったから、わざと口にしなかったのだ。
「・・・」
横島は、夕日を眺めながら無言でうなずいた。
「夕日見ると、思い出すんですよね・・・。あいつの事。あのときの事・・・。失恋の痛手が癒えていないっていうのもありますけど、あの事件は俺には刺激が強すぎて・・・」
自嘲気味に笑った。そんな横島の苦笑いが、美神の涙腺を刺激してしまった。その刺激が涙に変わる前に、美神は車を急発進させた。
「ちょっと!危ないっすよっ!!!」
横島は口をだらしなく開けて、男らしくもない叫び声を上げている。それでも、美神は無言で車を走らせた。10分くらい行った所で、海の見える公園に着いた。海と言っても、そんなにきれいなもんじゃない。でも、最近美神が仕事帰りに発見した、夕日がいちばんきれいに見える場所なのだ。
「あ・・・・」
さっきまで騒いでいた横島も、急におとなしくなる程に美しい夕日。美神も一瞬目を奪われた。
「・・・あんたをあの戦いに巻き込んだ事、悪いと思ってる。GSの能力があるとはいえ、あんたもまだ高校生だもんね。」
夕日を見つめたまま、美神が淡々と語りだした。
「あの戦いを経験して、あんたは随分大人になった。そして、その分傷ついた。」
美神のハンドルを握る手に、ほんの少し力が入った。
「あの事件が終わってから、私たちはあの事件の話題を避けてきたわ。あんたを傷つけまいとして・・・。でも、それが余計に傷つけてたのかもね。」
「美神さん・・・」
横島は、まさか美神の口からそんな言葉が聞けるなんて思ってもいなかったので、言葉を失った。
「あんたさ、泣いてないでしょ?」
「へ?」
美神からの突然の問いに、思わず間抜けな声を上げてしまった。
「あの事件が終わってから、大声で泣き喚いた事ないでしょ?」
確かに、あの事件からは泣いてない。たった1度だけ、事件の最中に美神とおキヌの前で大声で泣き叫んだ事はあったが、それからは一度も・・・。
「ええ、まぁ・・・」
「泣けばいいじゃない。ガマンしなくてもさ。」
美神が、横島のほうを向き、にっこりと優しく微笑んだ。横島は彼女のこんな優しい表情を見た事がなかった。
「・・いや、でも・・・」
男として、女性の目の前で大声を上げて泣くのはみっともない気がした。今にも溢れてきそうな涙を必死でこらえた。
「泣けっつってんのよ!」
美神は強引に横島の頭を自分のほうに引き寄せ、頭をポンと叩いた。
「・・・・美神・・さん?」
「あんたに泣き場所を与えないほど、私は冷たい女じゃないわ。」
「・・・・ゥッ・・・グスッ」
美神の言葉と同時に、横島の目から涙が溢れた。
「ヨシヨシ。忠夫くん。」
ちょっとふざけながら、美神は優しく横島の髪を撫でた。


夕日が沈んだ頃、ようやく泣き声も落ち着いてきた。
「・・・スンマセン。何かみっともない真似・・・」
横島が遠慮気味に美神から身体を離す。
「みっともないなんて前からじゃない。気がすんだ?」
「はい。・・・話、してもいいっすか?」
「いいわよ。」
横島が、少しずつ、まだ鼻声で話し出した。
「俺、あの事件で色んな人が傷ついていくの見ました。俺はあの事件で何が出来たのかなと思って。俺は結局誰も救えなかった・・・。ルシオラも犠牲にしてしまったし、美神さんだって危険な目に・・・。俺は役立たずでした。目立ってはいたけど、結局はアシュタロスを倒した事は自己満足に過ぎなかったのかもしれない。ルシオラの仇・・・と思って、憎しみだけで倒したに過ぎなかったのかもしれない。正義が本当に正義なのか、悪が本当に悪であるのか、俺、分からなくなって・・・。」
横島のこぶしが堅く握られた。
「本当にそんな事思ってんの?」
「え?」
「本当にバカよね、あんたは。あんたはあの娘を「救ってあげる」事が目的だった?女はね、ただ守ってもらうだけってのは望んでないのよ。自分のために戦ってくれた男がいるだけで、幸せじゃない。それに、あんたが戦った事によって世界が救われたわ。色んな人が救われた。あの時のあんたのパワーは凄まじかったわ。・・正義が本当の正義なのか、悪が本当に悪であるのか・・それは、私にも分からないわ。でも、人類にとっちゃ、私たちのした事が正義なのよ。」
「美神さん・・・」
「今あんたが後悔しても、あの娘は報われないわ。前にも言ったでしょ?あの娘はアシュタロスの手先ではずの一生を正しい事に使ったの。・・・ふっきれとは言わないわ。ただ、自分を責めるのだけはやめなさい。」
美神の凛とした声が、横島の心に響く。
「・・・はい。」
「よし!」
美神はにっこり微笑んだ。強い力を秘めた、美神の笑顔は、横島の胸を締め付けた。
「帰ろっか?寒くなってきたわね。」
膝に掛けていたショールを、肩に掛けなおすと、再びハンドルを握った。
「あの・・・美神さん?」
「ん?」
「ひとつ、お願いがあるんですけど・・・。」
「何よ?」
「東京タワー、連れてってもらえません?」
「あんた、人の車をタクシー代わりに使おうっていうの?」
「い、いや、そんなわけじゃないんすけどね、あの〜・・・、その・・・、あの場所に・・・、俺が一番想いを残しているあの場所に、一緒に行きたいなぁ・・・なんて思って・・・。あ!ダメならいいっすけど・・・。」
横島が不器用に一生懸命言葉を紡いでいるのを見て、美神はクスッと笑った。
「いいわよ。別に。その代わり、缶コーヒーくらい奢んなさいよ!」
「は、はい!」
横島は本当に嬉しそうに、そして、少し顔を赤らめながら小さくガッツポーズを作った。
「じゃぁ、飛ばすわよっ!!」
美神は思いっきりアクセルを踏み込み、東京タワーまでスピード違反も気にせずに飛ばした。オープンカーである美神の車は、風が思いっきり感じられてとても気持ちいい。横島は、運転する美神の横顔を、気付かれないようにそっと、見つめていた。風になびくサラサラの髪はつい手を伸ばしたくなるほどに美しく、強い光を秘めた深いグリーンの瞳は、ずっと自分だけを映していたいと思った。
美神をそっと見つめていると、横島の視界に優しい光りを放つ月が入り込んできた。月と美神を同時に見つめる・・・。その時、ふと思う。美神は、自分にとって月のような存在ではないか・・・と。夕日が沈んだ後の暗い夜空に優しく、強い光りを注ぎ、夜の静寂を支配する。美しく、凛とした姿で、世界を照らす。上手く言いすぎなのかもしれないが、横島にとって、美神はそんな存在のような気がした。
「着いたわよ!」
横島は、美神の一声にハッと我に返った。目の前にその存在を大きく主張している赤いタワーがあった。
「あ、じゃぁ、俺コーヒーでも買ってきます!」
今月ピンチなんすけど・・・ボソっとそう付け加え、車を降り、自動販売機を探しに向かった。
「ん、行ってらっしゃい。」
美神は横島の背中を見送ると、シートを倒し、空を見上げた。
月・・・。空には美しい星がきらめき、優しい光りを降り注ぐ月が出ていた。タワーと共に目に入る月は、美神の心を締め付けた。月を見上げると、何故か切ない気持ちになる。
――あの娘・・・ルシオラも、アイツにとって月のような存在だったんでしょうね・・・――
美神はそんな事を考えながら、目を閉じた。目を閉じると、あの事件のときの記憶が蘇る・・・。アシュタロスの不気味な笑み、ママの冷たい瞳、芦優太郎の冷たい唇、魂の砕ける痛み、横島くんの泣き叫ぶ声、ルシオラの嬉しそうな笑み・・・。全てが美神の中では消化しつつあるが、横島の中ではどうなのだろう・・・。まだ、今は亡き彼女を想い、苦しんでいるのだろうか・・・。自分には、何ができるのだろう・・・。
心の中に沢山の想いをかかえ、美神はいつの間にか眠りについてしまっていた。


美神は夢の中に居た。目の前には星空と、巨大な建物。苦しくて、痛くて、切なくて、でも、暖かい気持ちがした。体中がバラバラになってしまいそうだが、何故かガマンできた。
『ここで一緒に夕日を見たね、ヨコシマ』
唇が勝手に言葉を紡ぐ。美神の意思に反して、言葉が溢れてきた。
『短い間しか見れないから・・・きれい』
そこで、美神は気付いた。これは・・・この気持ちは、ルシオラの気持ちなのだ。言葉はルシオラの言葉。痛みは、ルシオラの痛み。消滅する寸前のものだろう。そして、今いる場所は東京タワー。そして、目の前の巨大な建物はコスモ・プロセッサだ。
身体が砕けるような痛みが増してきた。ルシオラは、これだけの苦しみ、痛みを味わいながら消滅していったのだ。愛する人・・・ヨコシマのために・・・。苦しくてたまらないのに、彼を信じ、幸せをかみ締めながら消えていった彼女を思うと、美神は胸が締め付けられた。短い人生だったからこそ、夕焼けのように美しく輝いて生きた彼女の気持ちを全身で感じた。そして彼女がここまで横島のことを想っている事に少し悔しさを感じ、その真っ直ぐな気持ちを羨ましく思った。同じように横島も想っていたのかと思うと、胸の辺りがズキンと痛んだ。

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