ザ・グレート・展開予測ショー

オロカナルモノタチ(四)


投稿者名:パープル遼
投稿日時:(03/10/11)



この世界の


残酷さと


美しさを知れ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――愚かなる者達





がたたん、がたたん、がたたん……

電車が揺れる無機質な音だけが響く。
ルシオラと横島の二人は、電車を乗り継いで北へ向かっていた。方角に特に意味はない。ただ、自由になりたかった。
電車に乗ってから、彼らはほとんど会話をしていない。ただ電車の揺れる規則的な音を聞いているだけ。
しかしそれで良いのだ。ただ身を寄せ合って、手を握り合っているだけで。
ルシオラは、その頭を横島の肩に預けている。眠ってはいない。甘えている、というのとは少し違う。
幸福に浸っている、そんな表現が良いかもしれない。
横島はそんなルシオラのさらさらした髪を優しく撫でてやっていた。

ふと首を動かして窓の外へと視線を向ける。のどかな田園風景と山、わずかばかりの民家が見えた。
かなり田舎まで来ているらしい。ルシオラもその横島の動きに合わせて外を眺めていた。

電車が耳障りな音を立てて速度を緩め、聞いたこともないような名前の無人駅に停車した。
ドアが開いて、都会とは違う、気持ちの良い空気が流れ込んできた。

「ここで……降りようか……」

その言葉を発したのはどちらだったか。とにかく二人は電車を降りた。場所など、どうでもよかったのだ。
重要なのは、彼らがほんのわずかな時間――ルシオラが消滅するまでの数ヶ月――をここで過ごすと決めたことだけ。
他に降りた客はいなかった。無人駅なのにも関わらず、車掌すら降りてこない。電車が発車した。
切符の有効範囲は、とっくに切れていた。

駅から出て、手を繋いで歩き始める。もちろん、あてなど無い。
電車から見ていた通り、かなりの田舎らしい。駅の近くにも関わらず、ほとんどヒトを見かけない。
それでも駅の側だけあって、商店などがぱらぱらと建っている。日曜日だからか、ほとんど開いていなかったが。

公園――というかただの空き地――で数人の子供が遊んでいるのが見えた。
適当にゴールを決めて、サッカーをやっているらしい。少女の蹴ったボールが太い木の幹に当たり、歓声が上がった。
それを見ていた横島は声を出さずに笑みを浮かべた。そういえば自分にもあんな頃があったなあ、と。
ルシオラはその快活そうな少女を見て、一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、それを打ち消してからかぶりを振った。
妹の事を思い出していたのだろうか。しかし――彼女は置いてきてしまった。
もうあそこへ戻るつもりは無いが、もう一度逢っておきたい――

てん、てん、てん

体格の良い少年が力任せに蹴っ飛ばしたボールが、全くあさっての方向――こちらへと弾んできた。
ルシオラがそれを拾い上げる。子供達は、何となくこちらがこの町の雰囲気に合っていない事を感じ取ったのか、一瞬押し黙る。
しかし彼女が優しげな微笑を浮かべてそれを放り投げてやると、ありがとー、と元気良く礼を言ってぺこりと頭を下げた。
軽く手を振ってから、そこを後にする。後ろから、きれーなヒトだったねー、という声が聞こえた。

二人はこの小さな町を、ふらふらと彷徨い歩く。その様子は何とも奇妙なものであった。
儚いような、今にも崩れ落ちそうな。それでいて確かな意志の強さを感じさせる、そんな雰囲気を纏っている。
どう見ても高校生ぐらいのカップルが、だ。
たまにすれ違うこの町の住人達は、彼らのその様子に首を傾げる。しかし異常を感じながらも声を掛けられない。
振り返ってその背中を眺めるだけであった。





日が落ちて、辺りが藍色の薄闇に包まれる頃。一件の崩れかけているような、ぼろぼろの空き家を見つけた。
鍵が壊れているのか、それとも初めから鍵が掛かっていなかったのか、いとも簡単に扉が開く。
家の中も、もう何年も使われていなかったように埃が厚く積もっていた。床板がぎしぎしと軋んだ音を立てる。
転ばないように注意して歩く。かび臭いにおいが鼻を突いた。

押入の中から布団を見つけたが、ほとんど虫がわいていた。それでも何とか使えそうな毛布を見つけ、二人で寄り添うようにして眠った。
疲れていたからか、夢も見なかった。





“――――突然の核ジャックに対し、世界GS本部は民間と協力し特別チームを編成――――”





窓から差し込む太陽の光が目に当たり、横島が目を開けた。不自然な体勢で眠っていたからか、体の節々に痛みを感じた。
隣で毛布を被っているルシオラはまだ起きていない。すうすう、という規則正しい寝息が聞こえた。
横島はこのまま彼女が起きるのを待とうと思っていたが、空腹を感じて身じろぎしてしまった。

「……ん」

案の定、ルシオラが目を開いた。まだ少し寝ぼけているらしい。
横島は起こしてしまった事を謝ろうかとも思ったが、とりあえず――

「……おはよう」

と言った。

「……うん、おはよう」

ルシオラは、にっこりと笑って挨拶を返してきた。……彼はその笑顔に見とれて謝りそびれてしまった。





当然だが、この家の中に食べ物は無かった。水道も止まっていたが、裏に井戸を見つけた。そこで顔を洗い喉を潤し、町へ出る。
昨日歩いて通った道を戻り、商店を探して買い物をする。かなり安いと感じたが、横島の残りの所持金ではもちろん贅沢はできない。
パンと、火を通さずに食べられそうな野菜を少々。それに砂糖を一袋。とりあえずそれだけを持ってレジに行く。

適当に腹を満たした後に、アルバイトを探し初めた。GSの仕事をしようにも、こんな田舎では問題になるような霊障は起こりにくい。
もっと地道な、普通の仕事を探さなければならなかった。

とはいえ、それほど苦労するまでもなく、求人の張り紙を見つけた。多少汚れているものの、それほど古いものではない。
早速その張り紙の張ってある店に入っていった。

「すいません、雇って欲しいんですけど――」





“――――核ミサイルは南極の中心部に反転。国連は南極を第一級核汚染区域として立ち入りを禁止する方向――――”





彼らがこの地へやってきて、既に一週間が経過していた。
そろそろ仕事にも慣れ、村の人間ともだいぶ打ち解けてきていた。彼らは、突然現れて勝手に廃屋に住み着いた二人を、特に怪しみもせず――話題に乏しいのか、すぐに噂が広まった――若い人間が村に増えたと言って喜んでいたほどである。

「ルシオラ、支度はすんだか? そろそろ行かないと遅れるぞー」

「あ、待って、今行くっ! ……ん、今日もいい天気!」





“――――東京都●●区に突如、謎の巨大建造物が姿を現しました!!
 それとほぼ同時刻に、世界各地で悪霊が異常発生するという――――”





愛することを知った。愛されることを知った。幸福を知った。
誰かを好きになるだけではなくて。誰かに好かれるだけではなくて。その両方を。
何か満たされるような。欠けていたモノが埋まるような。自分が、自分たちが完全になったような錯覚。





夕焼けに照らされた川縁のあぜ道を、二人は手を繋いで歩いていた。
横島はいつもの服装、ルシオラは薄汚れた白のワンピースに、麦藁帽子を被っている。
ふと、ルシオラが立ち止まって話しかけた。

「ねえ、少し夕日を見ていきましょうよ」

言われた横島は、おう、と答えて土手に降りる。ルシオラと並んでそこに座った。
この二人が夕日を眺めるときは、大抵言葉少なになる。今回も例外ではなく、しばしの間無言であった。
しかし夕日の赤が最も強くなる頃、ぽつり、とルシオラが呟いた。

「ね、ヨコシマ。私たち、幸せね」

彼女は横島が、幸せではない、などと答えることがあり得ないと確信していた。つまり、質問というより確認であったのだ……傲慢な考えであるとは思うが、聞きたかったのだ。
しかし、なぜか返事は帰ってこない。……微かに、ぱちっと何かがはじけるような音を聞いただけだ。

「――ヨコシマ?」

隣に目を移す。そこには誰もいない。

ひゅうっ

強い風が吹いてルシオラが被っている麦藁帽子を空中に吹き上げた。
しかし彼女はそんな事にも気づかない。慌てて土手を駆け上がって当たりを見回す。言いようのない不安感が――絶望が襲ってくる。
いない。どこにも。

「ヨコシマ――ヨコシマ、どこに行」





End

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