ザ・グレート・展開予測ショー

僕は君だけを傷つけない!/(6)


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/10/ 6)


 タマモがそれを初めて目にしたのは、いつもの除霊の仕事帰りのことだった。

 夕焼けに染まる海沿いの湾岸道路を、美神の運転で潮の匂いが交じる風を切っていく。
 被害も損害も無く、順調に仕事を終えた事務所一同はドライブ気分だった。
 輝ける世界を、ラジオからのBGM付きで走り抜けていた日のことは、今も鮮明に思い出せる。
 助手席に横島、後部座席にはシロ、タマモ、おキヌが着座している。
 オープン・カーだから、こんな風に空の美しさが身近な日には最高の気分だ。

 おキヌの提案により、近くのパーキング・エリアで休憩を取ることにした。
 焼ける肉などの、食べ物の匂いを敏感に嗅ぎ取ったシロは、尻尾を勢いよく振りながら空腹を訴えている。
 真っ先にトイレに駆け込んだ横島を尻目に、ドリンク類の補給と軽食を求めて、女性陣たちは売店へと向かった。
 ホット・ドッグ、牛肉の串焼き、コーラやお茶等を買い込み、特に肉類の確保ができたことでご満悦のシロである。
 お店のおじさんに、串焼きを一本おまけしてもらった事も、喜びに拍車をかけているようだ。


 「はうう〜♪ 肉の匂いがたまらないでござるなぁ」

 「あんたってば、ホントに肉好きねぇ。ま、人狼ってそんなもんなのかしら」

 「野菜も食べなきゃダメなのよ、シロちゃん」

 「油揚げのおいしさがわかってないようじゃまだまだね」


 人の数もそこそこな為、空きが目立つ駐車場へと向かう。
 談笑の中、先頭に立っていたタマモはふと、コブラの近くに横島の姿が無い事に気付いた。
 到着してから20分近く経過しているし、エリアの利用者数から見て、トイレが混んでいるという訳でもなさそうだ。
 辺りをよく見回すと、駐車場の隅の方に一点の染みのような人影を見出す。
 より海に近く、視界を遮る物も無いため景色が良く、開けた場所に横島の姿はあった。


 「横島・・・・・・?」


 目の前の世界は余りにも荘厳であった。
 茜色、山吹色、琥珀色、赤銅色の妙なるコントラストが、闇と光の調和を具現化していた。
 色という表現などでは到底追いつかない美しさが、今、この世界を染め上げている。
 その世界の中心に、沈み行く夕日を眺める横島がいた。

 両手をジーンズのポケットに突っ込み、ジージャンは風に吹かれるままに。
 全身を夕日の色に染め上げられ、身じろぎもせず、海の彼方を見つめたままだった。
 タマモも、先程から黙然と佇んだままであった。
 彼に声をかけようと思った。が、なぜか躊躇いらしき感情が両の足を引き止める。
 だが次の瞬間には、気にせずと言うよりも、ほとんど無理やりに意志を奮い起こし、横島の元へと足をやった。
 たかが横島ごときに、躊躇うことなどあるものかという思いもあった。

 パーキング・エリア内に設置されたスピーカーからは、BGMが流れ出ていた。
 ピアノとギターの響きに主題を置いたロック調のバラードが、敷地内を空気と溶け合うように広がっていく。
 高めの音程のヴォーカルが、まるで映画のワン・シーンのようにこの世界とシンクロしている。
 コブラの傍らできょとんとしているシロを除いて、横島を見やる美神もおキヌは、あざとい演出とは思わなかった。
 その世界との驚くべき共演にほんの少しだけ、腹ただしくなったのは確かであったが。



 《僕はこの世界に生まれました。あなたを愛するために。
  あなたは知っているでしょう。僕達は皆一人なんだって事を。
  決して終わらない日々の中で、僕はあなたの夢を抱きつづける。
  遠い遠い空の向こうから輝く、あなたの眼差しを感じるから》



 横島の隣に歩み寄り、タマモは顔を見上げた。
 沈み行く夕日を見送る横島の表情、その中で両の瞳が世界の光を溢れんばかりに湛えている。
 だから時折、瞳の中に垣間見える、暮れ行く海の色をも知った時に、タマモは確かに思ったのだ。
 本当に、綺麗だと。
 本当に、悲しいほどに、綺麗だと。



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        僕は君だけを傷つけない!/その6


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 「それだけ・・・・・・?」

 「ああ、そうだ。本当にそれだけだよ」


 眉を軽くしかめて、不審気な表情を隠さないタマモに対し、横島は軽く笑って頷いた。
 ドジを踏んだ、という横島の言を全て疑っているわけではない。
 その口調の軽さが、タマモの観点からしてみると、疑わしさを助長しているのだ。
 勤めて明るく発言している風にも、本当に軽く考えているようにも見える。


 「第一、進んで話題に出すようなことでもないしな」


 何杯目になるかわからないウィスキーを、横島は穏やかな表情で口に含んだ。
 彼とは逆に、口をへの字に曲げて、膨れっ面のタマモもまた、ウィスキーを喉に流し込む。
 二人とも、頬と目元のほぼ全てが薄紅色に染まっており、かなり酔いが回ってきているようで、身のこなしが鈍くなってきている。
 ボトルの中身も残り少なくなり、それぞれに残り一杯分でもう終わりだ。


 「冗談・・・・・・というわけではなさそうね」

 「ああ、冗談は無しだ」


 頭部が緩やかに左右へと波を打ちながら、横島はか細くなり始めた、しかし毅然とした声音で返答した。
 正面からのタマモの視線を、怯むことなく、むしろ受け入れるような横島の眼差しに偽証の色は無い。
 互いに空になったグラスに最後の一杯を注ごうとするタマモは、瓶を取り上げると名残惜しげに中身を見やった。


 「ふふ・・・・・・残念ね。もうおしまいなんて」


 酔いが思考能力の大半を占めていたが、今の横島がタマモの表情の変化に気付かないと言うことは無かった。
 飲み始めたときに見せていた尖った印象が薄れ、口移しでの飲酒を提案してきた時の笑みが唇に浮かんでいる。
 なんとも移り気なタマモの様子に、酔ってはいても苦笑を押さえられない横島であった。


 「そうだな・・・・・・」


 自分が浮かべているはずの笑みすら、唇が引きつっているようにしか感じられない。
 と、意識が急速に下降し始めた。意識の混濁という、ネガティヴな生理的嫌悪感は無い。
 螺旋式のウォーター・スライダーにも似た、下り気味の感覚が横島の意識と思考を運び去っていく。
 同時に脳内を覆い尽くす浮遊感を心地よく味わいながら、横島はソファーの背もたれに身を預けた。

 横島の手の中にあったグラスが、厚い絨毯の上に落ちた。中身はもう一滴も残っていない。
 それをぼんやりと見やるタマモも、もはや視線は蕩けていた。
 横島の表情に目をやりながら。


 「・・・・・・・・・・・・・・・ルシ・・・・・・」


 タマモは軽く目を見張った。
 今、確かに横島は何かを呟いた・・・・・・ような気がした。


 「横島・・・・・・?」


 横島の表情には、先程までのポーカー・フェイスとはまるで正反対のあどけない寝顔が浮かんでいた。
 両目は深く閉じられ、規則正しい呼吸音が鼻腔から聞こえてくる。
 酒精と睡魔の手に完全に身を委ねた横島は、タマモの声が聞こえてはいない。

 タマモは溜息を一つ漏らすと、ゆっくりとした動作で横島の両足を跨ぐように、彼の上へと座り込んだ。
 じっと彼の顔を覗き込むタマモ。


 「笑っているの・・・・・・?」


 口の端がほんの少し上カーブを描いているようだ。
 それはアルカイック・スマイルとでも呼べるものであったかもしれない。
 ほのかに悲しみを湛えた、どこか憂いを感じさせる微笑が、今の横島の寝顔には在った。


 「貴方って、そんな顔も出来るんだ・・・・・・」


 微笑を浮かべた彼の唇を指でなぞりながら、タマモは一人ごちた。
 心に、風にあおられる羽毛のように浮かび上がってくる、ほんの僅かの罪悪感がタマモの視線を緩ませた。


 「ごめんなさい、横島。せっかく楽しく飲んでいたのにね」


 彼の胸に自らの額を乗せつつ、タマモは聞こえていないことを承知で、彼の温もりに包まれつつ詫びた。
 せめて彼の心に聞こえるように、との想いが彼女を揺り動かしたのかどうかは、実のところ彼女自身もわかっていなかった。

 が、タマモには自信があった。
 間違いない、絶対に。そう確信していた。
 幼さが色濃く残る少年の顔、その輪郭を細くしなやかな指でなぞりながら、タマモは微笑み、そして思った。
 あれは確かに、誰かを一途に愛した男の顔だと。

 横島がそんな顔を見せたことに、タマモは先程までは苛立っていた。
 今ではもう違う。軽やかなスキップにも似た弾みが心を浮き立たせている。
 雲の上を歩くような、ふわふわと頼りなく、だが心地よい感覚が胸の奥から脳髄を痺れさせている。

 もう両目を明けていられない。
 全身の感覚も、思考の全ても、ゆっくりと晴れの日に干した羽毛布団に似た温もりに包まれつつある。
 ふらふらと九房の頭髪を揺り動かしながら、横島の懐にもたれかかった。
 少し汗臭く、よれよれになったシャツが、シーツ代わりにタマモの頬を受け止める。でもなぜか不快な気分にはならない。
 布地を通して、肌の温もりがタマモの意識を捕らえた。やはり悪い気分じゃない。タマモはこんな感覚が自分でも不思議だった。

 横島の、規則正しい心臓の鼓動が、今夜はやけに耳に残る。
 ひとつ、ふたつ、みっつ、と数えてみるが、10を越えたあたりで止めた。
 大きなあくびが腹の底から浮かび上がってきたからだ。
 目尻を濡らす涙を拭うのも、面倒くさくなっている。
 
 ふと、タマモは、横島の閉じられた瞳の輝きを思い起こした。
 なぜか、紫水晶の輝きが脳裏に浮かんだ。
 

 「また・・・・・・貴方に優しく出来なかったな」


 ふわりとした感覚の睡魔のヴェールに包まれ、タマモは眠りの淵へと沈んでいく。
 もう、不快ではなかった。






              「その7・・・・・・つーか、終わりに続きやーす。って、これって誰の話やねん!?」

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