ザ・グレート・展開予測ショー

僕は君だけを傷つけない!/(4)


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/10/ 6)


 グラスに頬寄せたタマモが視線を横島に投げかける。
 口移しのウィスキーを勧める彼女へ、横島の返事は穏やかで素気無いものであった。


 「ありがたいが、ストレートでいい。余計なものはいらない」

 「あら、そう」


 ぶっきらぼうに手渡すタマモと、苦笑してグラスを受け取る横島である。
 ドアの外の一同は仰天した。
 あの煩悩少年・横島がタマモの誘いに反応しないのだ。
 もっとも誘いに乗っていたらリンチ確定だったが。


 「何に乾杯する、横島?」

 「さて、何がいいかな・・・・・・・・・そう、まずは素敵で可愛い料理長であらせられる巫女、氷室キヌに」


 (え、え、え、ええええっっ!? よ、横島さんっっ!?)


 「時折、犬や猫になる狼。横島忠夫が唯一の愛弟子、犬塚シロに」


 (ま、愛弟子っ!? くぅう〜ん♪ せ、せ、せ、せんせぇぇぇっっ!!)


 「親愛なる魔少女にして妹分、未来の華麗なる淑女たらんことを期待して、パピリオに」


 (にゅふふふ・・・・・・・・・も、元・飼い主冥利に尽きまちゅねー。・・・・・・えへへへへ♪)


 「華美にして繊細、傲慢にして奔放、偉大なるGSである美神美智恵、令子。そして未来のホープ、ひのめちゃんたち美神一家に」


 (ううう、なんていい子・・・・・・・・・ごめんなさい、横島君! 令子みたいなワガママ娘が上司で!)

 (あたしら、セットかい!・・・・・・・・・って、ママが言うか、ママがっ!)

 (だー? あうー?)


 横島は、ふと、自分を睨みつけるタマモの視線に気付いた。


 「それでおしまい?」

 「ん? ああ、そうだった。この事務所の大家とも言うべき存在、人工幽霊壱号に」

 『光栄です、横島さん』


 天井から降ってきた声に、軽くグラスを掲げて答える横島。
 だがタマモの視線は依然キツイままである。


 「誰かお忘れでなくって?」

 「最後がそんなに不満かい?」

 「へぇ、それだけ大事に思ってくれているって事かしら?」

 「いや、ただの先送り」

 「ん、もう! ホントに貴方って人は!」

 「すまん」


 拗ねるタマモに、微笑みかける横島。


 「油揚げ好きな九尾の狐、希代のフォクシー・ガール、タマモに」


 互いに笑みを浮かべると、グラスを掲げ、そのまま一気に中身を干す二人。
 まさしくハード・ボイルドの世界であった。
 呆然として、先ほどからの怒りも忘れ、二人を見やる美神たち。


 「いい味だ、悪くない」

 「確かにね。でも、この世にはもっと素敵な味が存在してよ」

 「と言うと?」

 「例えば・・・・・・・・・ふふっ」


 微笑と共に、グラス越しの視線が横島を貫いた。 


 「この私とか、ね?」



 美神たちは再び爆散した。




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        僕は君だけを傷つけない!/その4


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 そもそも、美神たちが異変に気付いたきっかけは、帰宅途中の横島とタマモの些細なやり取りだった。
 事務所に近づくにつれ、会話の中に奇妙な違和感が混じりつつあったのだ。

 例えば、帰り道の途中でシロを押しのけ、横島の隣に並んだこと。
 普段、横島を特に意識したことがないはずのタマモが、和やかな態度を見せつつあったこと。
 今日は一日不機嫌であったはずなのに、横島の変貌時と呼応するように態度が変わってきていた。
 そして皆を最も仰天させた出来事は、事務所に帰ってきてからすぐに生じた。
 ソファーでくつろぐ横島に、タマモが両手を腰に当てつつ嫣然と告げた一言がきっかけで。


 「横島・・・・・・話があるの。貴方にだけ」


 蕩けるような声音のタマモに、事務所一同は沈黙した。
 美神は手の中の書類を取り落とし、おキヌは呆然、パピリオとシロは会話を無自覚に中断。
 横島がそれに頷いて、向かいの椅子に座るよう促すさまを見た一同は、あわてふためく心臓を宥めつつ、忍び足で退室した。
 いつもなら大声で騒ぎ立てる一同だったが、声をあげる者がいなかったのは、無意識のうちに雰囲気に飲まれていたのかもしれない。
 横島とタマモから漂う、香水にも似た優雅さに。

 さりとて一同が完全に立ち去るわけもなく、こうして覗いていた訳だが、結果は全員悶絶であった。
 煽情的なタマモの台詞は、ほとんど犯罪的である。
 美神は羞恥に染まる頬を、無理やり無視して激昂した。
 見かけこそ遊び人だが、結構純情可憐な一面があったりする女性なのだ。


 「ガキがなに生意気言ってんのよ、このばかたれどもー!」

 「あううう・・・・・・き、効いちゃいました・・・・・・」


 小声ではあっても、全身の痒みによる怒りと酒を飲まれた恨みを、切実に叫ぶ美神令子であった。
 おキヌは床にうずくまっている。かなり恥ずかしいようで、赤面の度合いが首筋を通り過ぎ全身にまで及びつつあった。

 パピリオとシロに至っては、カルチャー・ショックであったと見え、埴輪になったまま硬直している。
 言葉の意味まで理解しているかは定かではないが。

 一人で楽しげなのが美神美智恵である。
 母は強く、経験者は語るという言葉の生きた見本と言えた。

 横島は満足の溜息を漏らしていたが、タマモもウィスキーの味に満足したらしく、勝ち誇ったような視線を横島に向けた。


 「少しは感謝してる? 私の眼の良さに」

 「無論、感謝している。ただし君にじゃない。うちの所長の酒癖に、な」

 「ふん! 素直じゃないったら」

 「生来のひねくれ者でね。今ごろ気づいたのか?」

 「貴方がろくでなしだってことは知っていたわ」


 どうにも口調が実年齢をはるかに超越している。
 男子高校生と中高の女子生徒の外見だが、会話の内容と身のこなしたるや、年齢詐称と言ってもよいほどだ。

 だが重要なのはそこではない。
 また外見がティーンエイジの少年少女であるため、観客の感じる気恥ずかしさといったらないのである。


 (ああああ、カユい! カユいったらないのよ! ぐぁーっ、おのれ、よこしまぁぁぁっっ!!)


 美神は壁に頭をぶつけまくっている。


 (横島さん、不潔ですっ!!・・・・・・で、でも、あーゆーのもちょっといいかも・・・・・・って、きゃーっ! わ、わたしったら、もうっ!)


 おキヌは真っ赤に染まった顔を両手で覆い、でも興味津々で指の隙間から部屋を覗いている。


 (んがーっ! く、口惜しいでござる・・・・・・もっと色気にも気を使っておくべきでござった! 不覚っ、不覚でござるっっ!!)

 (な、ないすばでぃじゃないわたちが・・・・・・こ、こんなに恨めしく思えたことはないでちゅ! ああっ、がっでむ!!)


 シロとパピリオは、切実にお年頃の悩みに身を焦がしていた。


 (やっぱり若いっていいわねー。おもしろいからもう少し見物してようっと♪)

 (・・・・・・むにゃむにゃ)


 美智恵だけが楽しんでいる。ひのめはすでに寝ていた。
 母と次女、そろって大した胆力である。


 「やっぱり貴方ってイヤな男ね」


 狂乱の一同をよそに、ハード・ボイルド劇場は続いていた。
 2杯目のウィスキーを互いのグラスに注ぎつつ、タマモが呟いた。
 

 「嫌われたものだな、紳士的に振舞っているつもりなんだが」

 「紳士ですって? はっ! 聞いて呆れるわね。貴方みたいな男、私は紳士だなんて認めない」

 「まぁ、そうかもな。やはり似合わないか」

 「ええ、態度もだけど、貴方の中身が気に入らないわ」


 うんうん、と大きく頷く美神である。
 そんな彼女を冷や汗を垂らして眺めるおキヌたち。


 「オレの中身だって?」

 「そう。私の、一番、気に入らない、部分」


 区切って言うと、そのまま2杯目のウィスキーも一気にあおるタマモ。


 「あまりいい飲み方とはいえないぞ」

 「貴方相手で気取るつもりも無いわよ、馬鹿」


 困り気味の笑顔で吐息を漏らす横島である。
 酔いが回ってきたのか、タマモの目つきが怪しくなってきている。


 「それで? 俺の気に入らない部分ってのを教えてくれないか」

 「イヤよ、教えてあげない」

 「おいおい、散々、人を貶しておいてそれか?」

 「ふん、いいじゃない。普段美神にヒドイ目にあわされていて何ともないんだから」


 横目で睨み付けてくる母・美智恵に気圧される美神であった。


 「確かに。まぁ、言いたくないなら別にかまわないが・・・・・・」


 琥珀色の液体をゆっくりと喉に流し込む。
 その飲み方はなんとも様になっているが、十代の青少年にあるまじきハイ・ペースである。
 互いのグラスが空になったのを見届けたタマモが、ボトルを傾ける。
 二人とも、酔いの為に頬が染まってきている。

 今、正にこの時、横島はハード・ボイルド、タマモはクール・ビューティ。
 そしてドアの外の面々は熱きフーリガンであった。別名野次馬とも言うが。


 「ヒントならあげても良くってよ、横島」

 「頂こう。なんだい?」


 互いに中身半分ほどウィスキーを干したところで、タマモはつぶやくように言葉を紡いだ。


 「ヒントその1。貴方は時々、私の知っている貴方じゃなくなるの」


 訝しげに眉をすぼめる横島。
 何のことかわかっていない彼の様子に、タマモはさらに言葉を続けた。


 「その2。そのときの貴方は、ほんとうに・・・・・・」


 タマモは少しの間、言葉を途切らせた。
 口に出すのをためらっているようにも見える。
 先程までの高慢な調子は弱まり、ほのかな憂いが表情に垣間見える。
 酔いの勢いもあるようだ。


 「・・・・・・・・・ほんとうに、悲しそう」


 横島は軽く目を見張った。
 タマモの眼には、今の言葉が嘘偽りでないことを示すように、決して揺らがない輝きが満ちていた。
 

 「・・・・・・夕焼けを、見ているときの貴方が」


 双方のグラスに満ちた琥珀色が、さざなみのように揺れた。







           「その5に続くわよ! 文句ある?」

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