ザ・グレート・展開予測ショー

#GS美神 告白大作戦 「Power of love」


投稿者名:矢塚
投稿日時:(03/ 9/25)




     ――その一握りの勇気は、彼女自身のものなのか。それとも――



 日課である散歩がひとまずの休憩を迎えたのは、東京郊外にあるダム湖の公園だった。
 早朝で平日ということもあり人っ子ひとりおらず、虫の息づかいすら聞こえてきそうなほど静寂だった。
 太陽に十分温められていない清涼な空気が、火照った体に心地よかった。 
 いつもと同じようでいて、どこか心もとない感覚に彼女は少々戸惑いながらも煌めくような髪をかきあげる。
 そして、近くの水道で顔を洗い、汗を流す自分の師匠である青年に目をやった。
 これもいつもと同じような光景だが、師匠の姿になぜかどきりとしてしまい、心と体が遊離してしまいそうな感覚にくらくらした。
 そして、何か目に見えない存在に後押しされるように、彼女はゆっくりと師匠に近づいていった。

「……先生?」

 彼女は、まるでこれから自分が何を言っていいのか分からないように、おどおどと口を開いた。

「ん?」

 彼女の変化に気が付かない青年が、首を傾げた。

「……先生。……横島先生……」

「どした? 具合でも悪いのか? それとも、どっか痛むのか!?」

 いつもと違う弟子の態度に流石の青年も気が付いて、心配そうに聞き返した。
 その青年の目をしっかりと見据えて彼女は言った。

「横島先生。……せっしゃ、せっしゃはずっと……初めて会ったときからずっと……ずっと……先生のことが……」

 そこまで言うと、彼女は一度口をつぐみ、体中の勇気を集めるように拳を握った。



 そして、彼女の言葉の続きを聞き逃さないように、青年と世界の全てが沈黙した。






「シロの様子がおかしいのは気が付いてけど、コレばっかりは私にはどうしてやることも出来ないわね……」

 美神除霊事務所の一室で、オーナーである美神令子が少しだけ戸惑い気味に答えた。

「それはそうですけど……」

 シロの異変を気にかけていた氷室キヌが、やはりどことなく困ったように言った。
 そのキヌの表情に、美神が続ける。

「……シロがアイツのことを好きなのは知ってるわ。でも、コレばっかりはどうしようもないわね。……だって、当人同士で解決するしかないもの……良しにつけ、悪しきにつけ、ね……」

 やり場の無い複雑な感情を押さえ込み、美神が小さく付け加える。

「……アイツの恋人でもない私たちが、横から口を挟んじゃいけないわ……」

 その言葉は、まるで美神自身に言い聞かす小さな独白のように、キヌには聞こえたのだった。
 どうにかしてあげたいけれど、その結末が自分らの心にも大きく関わってくる複雑な問題。
 それが解決することで、人間関係に確実な変化の訪れる難題。
 二人はそれっきり沈黙すると、それぞれの思いに沈んでいく。

 そして、静かに二人の会話を聞いていたタマモがいつの間にか部屋から出て行ったことに、二人は未だに気が付いていなかった。



 階段をのぼり、自分達の住処である屋根裏部屋のドアを開けたタマモの目の前には、ベッドでタオルケットに包まっているシロの姿。
 タマモが入室したのにも無反応。
 シロを見るタマモの目に、あるか無しかのイラつきが浮かんだ。
 ここ一週間ばかり、食欲も元気もあまり無く、一日中部屋にこもる日が続く。
 シロが起きている事は間違いなく、タマモが静かに彼女に語りかけた。

「あんた、横島のことを愛しているんなら、本人にそう言えばいいじゃない」

「っ!? んなっ!! なんてことを言うでござるかっ!! この女狐はっ!!」
 
 まるで今までの態度が嘘のようにシロは飛び上がり、赤面しつつタマモに言い寄った。

「じゃあ、嫌いなんだ」

 すぐそばにあるシロの顔に、少しだけ優しく言った。

「それこそ、何を言ってるでござるかっ!! 先生は優しいし、いつもせっしゃと散歩をしれくれるし、それに――それに!」

 とんでもない誤解を解くように、シロが必至で言い募った。

「じゃあ、好きなんだ」

 タマモのとどめに、シロが押し黙った。

「そんなに好きなら、さっさと言えばいいじゃない。いつものように、元気な声でさ。あんたがうじうじしてると、私、気分があんまり良くないのよね」

 きつい口調だが、タマモの顔には慈愛が少しだけ浮かぶ。
 その表情に気が付いたシロは大きくため息をつくと、覚悟を決めて泣きそうになりながらゆっくりと言った。

「……せっしゃは、怖いんでござるよ。……もし先生がせっしゃを好きじゃなかったら、先生から断られたら……そう思うと、怖くて怖くて仕方がないでござる……それに、なんか変でござるが……もし、先生もせっしゃが好きだと言ったらどうしようって、心配になるんでござる。……今までとは、何かが変わってしまうんじゃないかって……はは、せっしゃは臆病者で、勇気がないんでござる……」

 涙をにじませたシロの告白を、タマモが静かに受け止めた。
 
「……わかったわよ。もう少しだけ、あんたに勇気が出てくるまでのあと少しだけ、そのうじうじに付き合ってあげるわよ」

「……すまんでござる……」

 胸の内を吐き出したためか、幾分の元気がシロの顔に戻ってきていた。

「今日はもう、このまま寝ちゃいなさい。それと、明日の仕事にはちゃんと出なさいよ?」

「……わかったでござる」

 ルームメイトの気遣いに感謝し、シロがベッドに戻っていった。

「ああ、シロ。それとね……」

「なんでござるか?」

 何気ないタマモの声にシロが振り返ると、妖孤の手のひらに小さな狐火が一つ。
 その怪しい煌めきの奥には、妖艶な二つの瞳が鈍く輝いていた。
 シロの本能がそれを見るなと警鐘を鳴らすのだが、すでに三つの輝きの虜になったように目をそらす事すら出来なかった。
 ぐるぐるとシロの視界は回りつづけ、夢と現の区別もつかなくなり始め、ついに彼女は気を失った。



「美神さんは他人がどうこうするべきじゃないっていってたけど、こいつと私は仲間だもの。他人じゃないわ」

 ベッドで静かに寝息をたてるシロに向かって、タマモが静かに言った。

「それに、これはちょっとした手助けなんだから。最後に決めるのは、あんた自身」

 シロはその独白に答えない。

「これは強力な暗示。強力ゆえに一度しか使えない暗示。これからアイツに会ったとき、その出会った一番初めにたった一度だけ効力の現れる暗示。あんたに一握りの勇気を与える、私からの暗示。……これは、私からあんたに向けての応援」

 誰かに言い訳でもするようにタマモは言うと、そっと部屋を出て行こうとする。

「――う〜ん。タマモ――」

 シロのうわごとにギョッとして振り返るが、相変わらず親友は寝たままだった。
 しばらく身じろぎもせずに、時間だけが過ぎていく。
 そして、タマモがほっとして退室しようとした、その時だった。

「――――横島先生――――」

 少しだけ、はにかんで、シロがつぶやいた。
 もちろん、横島の名の後に続いた台詞も完璧にタマモの耳に残っている。
 シロの最後の寝言にタマモの体から力が抜け、大きくため息を漏らして彼女に近づいた。

「もう、アイツを夢にまでみて、そこで告白してどうすんのよ? ほんとうにもう」

 ぶつくさと言いながらも、そっとタオルケットを直してやり、優しくシロの前髪をなで上げた。

「今、夢の中で横島に会って告白したから、私の暗示はおじゃんね。こんなケースは考えもしなかったわ…………まあ、いっか。なるようにしかならないって事もあるし。――それじゃあ、おやすみシロ。明日もアイツとあの公園に行くんでしょ? いつか言ってたわね、綺麗なダムの近くの公園だって。それと、思いは伝わるものじゃなくて、伝えるもの。これは転生する前の私が持っていた、数少ない記憶からの教訓」

 さらりというと、タマモはドアノブに手をかける。
 そして、思い出したように、最後に一言だけつぶやいた。


「そういえば、正夢っていうのがあったわね?」






      ――その翌日、シロの言葉の続きを待つ為に、青年と世界の全ては沈黙した――






                          fin
 


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