ザ・グレート・展開予測ショー

天使で悪魔な小生意気!/(3)


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/ 9/13)


 「お、パピリオではないか」


 掃除用具を片付け、食堂に向かう途中、不意に後ろから声を掛けられた。
 振り向いた先に見出した顔は、妙神山の真の管理者にして、小竜姫の師匠。猿神(ハヌマン)の斉天大聖老師であった。
 キセルを吹かしながら、悠々と歩いてくるさまはまさしく好々爺の観を呈している。

 パピリオもゲーム付き合いから、今では年齢も種族も超え、祖父と孫さながらの間柄である。
 小竜姫あたりに言わせると、ゲームは一日1時間なのだそうだが、二人とも一向に聞く気配がない。
 二人による、対小竜姫・ゲーム24時間開放戦線は日々結束の度合いを強めつつあった。


 「あ、老師のおじーちゃん。おはよーでちゅ」

 「うむ、おはよう」


 笑顔を見せ合う二人である。互いに剥いた歯の輝きが年齢差を感じさせない。
 数千年を生きてきたはずの老師だが、その笑顔は変わらぬ若々しさに満ち溢れている。
 ぐいっと剥いた口角からは、鮫の歯にも似た鋭い犬歯を覗かせ、艶めく歯茎からは未だ衰えぬ躍動感を髣髴とさせる。

 一見して、その風貌から、恐るべき膂力をはかり知ることは難しい。
 人民服を着込んでメガネをはめ、キセルを咥えた年老いた大猿としか映らないだろう。
 事実、背丈もパピリオより頭半分と少し高い、という程度の大きさなのだから、尚の事憶測は不可能に近い。


 「朝早くから、こんな森の中でなにやってたでちゅか?」

 「まぁ、憩いとでも言おうかの。ただの散歩じゃ」

 「じじくさいでちゅねー」

 「何を言うとる。すでにジジィなんじゃから、これ以上腐り様がないわい」


 早朝から、ウィットに富んだ会話を交わす二人であった。



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            天使で悪魔な小生意気!/終


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 「っていうか、神様なんでちゅから不老不死じゃないんでちゅか?」


 並んで食堂へと向かう二人である。
 ジジィと自称する老師をいぶかしく思ったのか、パピリオはそんな疑問を口にしていた。
 それに答える老師は飄々としたものである。


 「ふふふふ、お主にはまだまだわからんじゃろうて。神とてダンディズムに生きねばならんのよ」

 「ダンディなお猿なんて聞いたこともないでちゅ」

 「わしがそうじゃ」


 堂々と胸を張って答える老師。
 半目で老師を見やるパピリオは、溜息交じりに頭を振った。
 手まで広げているところから、彼女のリアクションの芸風は確かに広がりつつあった。
 ツッコミの言葉を口にするパピリオである。淡々と、しかも呟くように。


 「言ったもん勝ちでちゅよね」

 「まぁな・・・・・・・・・って、何を言うか」


 うむ、なかなか良いタイミングのツッコミじゃ。老師は感心していた。
 神がお笑いの素養に感心するというのも変な話だが、幼子のコミュニケーション能力が広がりを見せることは良いことである。
 そんな老師の考えもあったからかもしれない。事実、妙神山に来た当初よりも、パピリオの表情は柔らかいものとなっていたから。


 「ダンディが聞いて呆れまちゅ。ゲームばっかしてて、説得力ないでちゅもん」

 「ゲームだろうと戦だろうと、若いもんには負けられんわい」

 「ああああ、いたいけなオトメに働かせて、いい年寄りがだらけてるでちゅ。世の中間違ってまちゅね」

 「昔、死ぬほど働いたからだらけても良いんじゃ。年寄りの特権じゃよ」

 「でも、今でも小竜姫やワルキューレより、ずーっと強いんでちゅよね? んじゃ、若い者の為に働いてくだちゃい」

 「なんだか知らんが、えらいこき使われそうじゃのう。敬老精神が失われつつあるとは、嘆かわしい時代になったものよ」


 傍から聞いていると、なにやら祖父と孫の漫才にも聞こえるが、話の内容もまたすごい。
 孫は老人に働けと勧め、老人は若者に怠惰であることの素晴らしさを強調している。
 人界の教育委員会あたりが、目くじら立てて取り上げかねない話題だが、ここ妙神山では単なる会話繋ぎのネタに過ぎなかった。

 そのうち話題は、人界でのホームステイのことに移ったらしく、パピリオは横島との遊びが如何に楽しいものかを強調していた。
 『デジャヴー・ランド』、『デジャヴー・シー』等の人界の一台娯楽施設での遊びなど。
 嬉々として語るパピリオの様子に、老師も笑みを崩さなかった。時折頷きながら、横島の容姿を思い起こそうとしている。


 「なに、横島? ああ、あの煩悩小僧か」

 「まー、確かにドスケベでちゅけどねー、アイツ」


 口で言うほど嫌っていない、とすれば今のパピリオがまさしくそれだった。
 身は小さくとも素直なのやら、ないのやら。老師は可笑しくなって、一人ほくそえんでいた。
 年齢は幾つであろうと、乙女心の動きは変わらないようである。


 (三蔵もずば抜けた生臭坊主であったが、彼奴はそれ以上じゃ。女の為に魔王にケンカ売る人間なんぞ初めて見たわい)


 久しぶりに会うて見たいものよな、などと考えながら、美神にどつかれている横島の姿を思い出す老師である。
 最弱の人間が最強の魔王にケンカを売った、という事実は、今も現役を自称する老師にとっては実に血の滾る話であった。
 やはり長生きはするもんじゃて。老師はなにやら満足げな溜息と共に、ふとそう思った。


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 二人して談笑を楽しんでいた時間も終了らしく、食堂の襖が見えてきた。
 見ると、小竜姫が腕を組み、眉をしかめて二人を待ち構えていた。
 どうやら二人を呼んでから、やって来るのが遅いことにおかんむりのようである。


 「二人とも漫才をやっていないで席につきなさい。なんです、老師まで一緒になって。もう」

 「やれやれ、老い先短い老骨をいびるとは。せちがらいもんじゃて」


 わざとらしく背を丸め、咳き込む老師に投げかける小竜姫の視線は冷たかった。
 小竜姫、老師、パピリオの順に部屋へと入る。
 部屋の中には、すでにヒャクメ、ワルキューレ、そしてワルキューレの弟、ジークフリードが待っていた。


 「おはよーでちゅ、ワルキューレ、ジーク」

 「うむ、いい朝だな、パピリオ」

 「おはよう、パピリオ」

 「ううう・・・・・・いじめっ子が来たのねー」

 「あー、はいはい、メザシ分けてあげるでちゅから機嫌直すでちゅよー?」

 「ならいいのねー♪」


 メザシで機嫌を直すという安上がりなヒャクメを宥め、小竜姫のお小言など何処吹く風で、自分の席へと着座するパピリオである。
 一方、老師はと言えば小竜姫のお小言に直面していた。


 「何が老い先短いですか、まったく。第一、黙っていびられる老師ではないでしょう」


 小竜姫の口調は容赦が無い。最も言われている方は平然たるものだが。


 「かつて気に食わない者がいれば、近隣諸国の仙境で因縁をつけては暴れまくっていたと言うお話しを耳にしていますけど?」

 「まったくのデマじゃ、デマ。・・・・・・なんじゃ、その目は、小竜姫よ。お主、師を疑っておるな?」


 小竜姫の返答はない。黙ってお椀に味噌汁を注いでいる。今日の具はワカメと油揚げのようだ。
 ヒャクメは目の前のメザシの匂いを嬉しそうに嗅いでいるし、ワルキューレは泰然として正座している。微塵も動く気配がない。
 ワルキューレの弟、ジークフリードは手伝いとして、各人のご飯をよそっている。
 割烹着を着込み、ベレー帽ではなく手ぬぐいを姐さん被りしているのが、誰の指示によるものかはまったく想像がつかない。
 かくして、老師の言に反応するものは誰もいないというわけであった。


 「なんということじゃ。この山にわしの居場所はないらしい」

 「だいじょーぶでちゅよ、おじーちゃん。未来のお姫さまのわたちが支えてあげるでちゅ」

 「おおお、ありがとうよ。まさに地獄に仏、妙神山にパピリオじゃ。ガラスの靴はお前の物じゃな、こりゃ」


 傍目には『シンデレラ』と『リア王』がごっちゃになっているようだが、老師もなかなかノリが良いと言える。
 ここにもパピリオの芝居癖が伝染していたようだ。ますます渋い顔になる小竜姫である。
 山の神なのに、山に居場所がなくなるというのもとんでもない話であるが、それならそれでどこかへ行くかとも考える老師である。
 無論、皆には内緒で。さしあたって人界なども良いかもな。と、老師の想像は止まらない。

 我知らずにやついていた老師である。小竜姫のキツイ視線に気付くと、咳払いを一つする。
 少しこの生真面目な弟子をからかいたくなったらしい。


 「それにしても恩知らずな弟子じゃ。そなたが生まれたときに、尻についていた卵のかけらを取ってやったのはこのわしだと言うのに」

 「わお! 小竜姫ってトカゲだったでちゅか!?」

 「ひ、人をラプトルみたく言わないでくださいっ!!」


 赤面しつつ怒るという器用な真似をしつつ、小竜姫はお玉を振り上げている。
 ヒャクメは口からメザシの尻尾を出したまま大笑いしているし、ワルキューレはにやついたまま卵焼きを箸でいじっている。
 ジークは黙って自分の分のご飯のお代わりをよそっていた。ふと何かを思いついたのか、姉へと話し掛ける。


 「姉上、我々は緊張緩和(デタント)の試みを模索するべく、妙神山へと派遣されていたんですよね?」

 「ん? あぁ、そうだな」

 「この光景もまた緩和と捉えてもいいのでしょうか?」


 ワルキューレは一瞬考え込むようなそぶりを見せたが、次の瞬間にはすぐに断言していた。


 「無論だ。ただし、多少特異な緩和点といえるだろうな」


 ワルキューレは軽く微笑むと、ジークが差し出した茶碗を受け取った。
 ジークは多少疑問に思わないでもなかったが、これはこれでいいのだ、と思い直し、新たな一膳を食卓に上げるのだった。









                        続く

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