ザ・グレート・展開予測ショー

天使で悪魔な小生意気!/(1)


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/ 9/13)


 霊峰として、またGSの修行場として名高い妙神山の朝は早い。
 住人の全てが人間ではないといっても、迎える朝は人界と何ら変わることはないのだ。


 「ふぁああ〜・・・・・・・」


 妙神山修行場は、和風と中華風が折衷された造りとなっている。
 その奥まったところ。中庭に面し、渡り廊下を挟んで障子に仕切られた8畳間の部屋が、パピリオの部屋である。
 部屋の中央に敷かれた1畳分ほどの広さしかない布団が、軽く波打ち始めた。


 「あ〜ふ・・・・・・う〜、眠いでちゅ〜」


 横になったままで伸びをし、両手で目をこすり、あくびまじりの涙をパジャマの袖に擦りつける。
 本心はもっと寝ていたい。だが強制的に重ねられている躾の日々がそれを許さない。
 おかげで体内時計まで自分を裏切る始末だ。規則正しい生活の第一歩とやらが、すっかり身に染み付いてしまっている。

 直に小竜姫がやってくるはずだ。見慣れた天井を嘆息とともに睨みつけると、掛け布団を前へと放り身を起こす。
 軽く握った拳で寝惚け眼を再度擦る。不機嫌さ丸出しで周りを眺めるパピリオである。
 いつまでも布団の中で蓑虫のままではいられない。小竜姫が怖いわけではないが、朝からお説教を受けるのは避けたいところだ。

 立ち上がり、もぞもぞと水色のパジャマを脱いでいく。
 人界に赴いた折におねだりして、横島に購入してもらったものだ。
 今では、パピリオのお気に入りの夜着として、妙神山の面々に丁寧に扱うよう進言していた。
 また、夜着だけでなく日常の衣服を十数着ほど所有しているパピリオであるのだが、その多くは美神除霊事務所に保管されている。

 薄いレモン色のタンクトップと、ベージュの短パンを手早く身につける。
 髪を一ふさ摘み、赤と青のプラスティック製の飾りがついたバンドで、手早くまとめると、軽く伸びをした。
 どうにも眠気が抜けない。

 面倒くさげに布団をたたむと、枕の上に丁寧にたたんだパジャマを置き、手早く押し入れへと放り込んだ。
 お気に入りの品物への扱いを除いては、やる気無さげな態度が丸出しである。
 心持ち広くなったような部屋の中を見回しながら、パピリオは大あくびを再び漏らした。


 「雑魚寝っていうのは、あんまし『えれがんと』じゃないでちゅねぇ、うん」

 「何をぶつくさ言っているの、パピリオ」


 妙神山管理人にしてパピリオの保護者が、障子の向こう側から顔を覗かせていた。



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            天使で悪魔な小生意気!/始


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 「あ、小竜姫。おはよーでちゅ」

 「はい、おはよう、パピリオ。ちゃんと起きていたとは感心です」

 「そりゃあ、もう慣れまちたからねー」


 誇示するかのように、発育途上中の胸を大きくそらすパピリオである。
 ほとんどのけぞって強調する様はリンボー・ダンスのニ、三歩手前だが、彼女としては見得のほうが大事なのだ。
 ブラジャーが必要というレベルではないが、次回の人界ホームステイの折には必ず購入することを決意している。

 余談だが、パピリオは人知れず、ナイスバディを目標とする就寝前のトレーニングを日々重ねていた。
 おまけに武術の修行までも、文句を言いつつもきちんとこなすようになり、小竜姫を喜ばせていた。
 実際のところ、パピリオとしては身体を動かせればそれでよかったのだが、


 「じゃあ、朝ご飯の前にお掃除を済ませるのですよ」

 「えー!? 毎朝やっても、ちっともきれいにならないじゃないでちゅか、やるだけムダでちゅよぉ」


 と言うように、身体を動かすこととはいえ、広い庭の掃除は、パピリオの『面倒くさい』リスト内においてベスト3に輝いている。
 夏場ゆえ、枯葉が庭を散らかすということもないが、パピリオの目には、庭掃除とは単に地面を擦っているだけとしか映らない。
 それにしても掃除をしろといわれるたびに、横島の顔が思い浮かぶのは何故なのだろう。
 無意識のうちに押し付けようという気持ちゆえかどうかは、あえて考えないようにしている。


 「文句を言わないの。綺麗にすることで心の修養を図るのです。これも大切な修行のひとつですよ」

 「そーやって、いたいけな子供をこきつかおーって腹なんでちゅね。ああ、わたちってまるでシンデレラでちゅ」


 パピリオが人界で仕入れた愛読書に『シンデレラ』、『白雪姫』、『浦島太郎』その他諸々がある。
 横島に絵本を読んでもらい、美神とおキヌに街を案内してもらい、シロやタマモと遊ぶ日々はパピリオに変化をもたらしたようだ。
 ただし、良くも悪くも、という注意書きが付くようである。

 パピリオは畳の床へとゆるやかに崩れ落ち、よよよ、と無い袖で口元を隠し、泣き真似を披露した。
 どうも人界に、特に、美神除霊事務所にホームステイをするようになってから、パピリオは芸達者になったような気がする。
 そう考えた小竜姫は、不意に渋茶を飲んだような表情になった。
 まったく変なことばっかり覚えてくるんだから、この子ったら。そう言いたげな雰囲気がありありと顔に浮かんでいる。


 「ずうずうしい事を言っていないで、さっさと動くの」

 「はいはい、わかりまちた。小竜姫はまるで『ままはは』でちゅね」

 「はいは一回!」

 「はーい。やれやれでちゅ」


 フグさながらに頬を膨らませたまま、パピリオは渡り廊下へと足を向けた。
 素足に伝わってくるひんやりとした木の板の冷たさが心地よい。
 ぺたぺた、と床板から立つ足音も、朝の空気の中では涼しげに聞こえる。
 一見して、田舎の家に滞在している都会出身の女の子、という風情のパピリオは、ぼやきながらも掃除用具を取りに向かった。


 「まー、考えてみりゃ、小竜姫に継母なんてもったいないでちゅ。カボチャの馬車がせいぜいでちゅよね、にゅふふふ・・・・・・」

 「聞こえてるわよ、パピリオ」


 部屋から出てきた小竜姫が、これまたフグのような膨れっ面でパピリオを睨んでいる。
 その表情はどことなく、パピリオと同世代のような幼さを感じさせた。
 一方のパピリオは小竜姫の視線に対し、半目とにやついた笑いで答えを返した。
 小竜姫を知る者たちからすれば、実にいい度胸だと言えるだろう。


 「あー、ごめんなちゃい。んじゃ、いじわるな姉・その1でいいでちゅね」

 「いじわるだけ余計ですっ! 無駄口をたたいていると朝ご飯が遅れますよっ」

 「んじゃ、小竜姫もいっしょに掃除やりまちゅか? ないすばでぃになれるでちゅよ〜?」

 「パ、パピリオっ!」


 頬を染めて怒り出す小竜姫を尻目に、パピリオは一目散に掃除用具置き場へと、笑い声と軽やかな足音を残して走り去った。
 小生意気とはよく言ったもので、可愛らしさが先立つものだから、どこか本気で怒れない。
 小竜姫はため息をつきながら、苦笑を浮かべた。


 「それにしてもあの子ったら、このところやたらと『ないすばでぃ』を口にしてるわね・・・・・・」


 なんとなく不愉快な気持ちになりつつも、妹分とも言える少女の動向をいぶかしむ小竜姫であった。


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 身の丈よりも大きな箒を振り動かしながら、パピリオは掃除に取り掛かるべく目的の場所へと向かっていた。
 桃色のビーチ・サンダルは、これまた人界からのお土産でお気に入りの一つだ。
 妙神山正門前から手をつけるのが、毎朝恒例の掃除手順であった。
 これも毎朝変わらないことだが、仏頂面であることから、積極的かつ自主的な労働でないことは傍目にも明らかである。


 「掃除が上手になったら、戦いに強くなるとでも言うんでちゅかね、まったく」


 すっかりおかんむりのパピリオである。
 毎朝繰り返している掃除なのだが、何度やっても楽しいなどとは決して思えないし、思わない。
 だから、こぼれる愚痴も自然と毎回同じになってくるようである。


 「だいたい、鬼門の連中にやらせればいいんでちゅ。あいつら門番なんでちゅから。・・・・・・・・・・・・・ぶつぶつ」


 愚痴は途切れることなく、パピリオの口から漏れている。
 文句の語彙を使い果たす間も無く正門へとたどり着いた彼女は、自分よりはるかに巨大な門の片方を、片手であっさりと押し広げた。


 「おぉ、パピリオ、朝の掃除か。ご苦労じゃな」

 「感心感心。精進するのじゃぞ」


 門の表側に、一対づつ掛けられていた仮面のようなものが口を利いた。
 妙神山の門番役、鬼門である。
 パピリオの、台風のようにパワフルな行動と気まぐれな天候のような気性に振り回されつつも、日々を懸命に生きる2人の門番だ。


 「そう思うんなら手伝うでちゅ、まったく。ただ見てるだけじゃないでちゅか」


 この悪態も毎朝恒例の1コマである。今更、鬼門たちも咎めはしない。
 最近は保父さんのような立場にあると、ヒャクメや上司の小竜姫やあたりからは考えられているようである。
 もっとも、パピリオからすれば、単なる門番のおっさんなのだが。


 「何を言うか、パピリオ。人には課せられた義務というものがある。門番こそが我等の義務なのだ」

 「つまり、山に来る人を驚かせるんでちゅね。んじゃ、お化け屋敷と変わんないでちゅ」

 「そ、そうではない! 試練じゃ。我等を倒す者こそが入山を許される。何故だかわかるか?」

 「鬼門たちがいじわるだからでちゅ」

 「えい、意地悪ではない、それが試練なのだ。そもそも試練というものはだな・・・・・・・・・」


 門前での掃除を始めた時から、パピリオの手にある箒はおざなりにしか動いていない。
 鬼門たちもよくよく見れば、パピリオの口の両端が微妙に上向きになっていることに気付いただろう。
 生真面目すぎるほど生真面目な、と上司にも言われる鬼門たちとのお喋りによって、掃除時間の短縮を謀るパピリオであった。









                      続く

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