ザ・グレート・展開予測ショー

君の手は温かく


投稿者名:矢塚
投稿日時:(03/ 9/ 9)

 男が目の前の少女と出会ってから、15分近くになるだろう。
 ほんの一言、二言しゃべっただけで後はもう黙ったきり、二人して公園のブランコに揺られていた。
 彼にとって他人との接触は苦痛でしかなく、出来うる限り社会から隔絶した生活を送ってきていた。
 その男がわざわざ少女に声をかけたのには訳があった。
 少女の思考をキャッチしてしまったから。
 少女が自分と似て余りある境遇にあったから。
 他人の感情や思考、記憶までもが手に取るようにわかってしまう能力。
 しかし、他人は自分の事を何一つ理解してくれない能力。
 精神感応者、テレパス、サイコメトラー、呼び名は数あれど世間の評価は一つ。
『あいつには近づくな、心を覗き見されるからな』
 だからこそ、少女に声をかけてしまった。

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
 こんにちはでもなく、気の利いた言葉でもない第一声をかけてしまったことに、男は我ながらコミュニケーションが下手だと今さらながらに実感した。
 しかも、自分は精神波のキャッチを防ぐ為に異形の鉄仮面を被っているのだ、少女は怖がって逃げ出すに決まっていた。
 男が自分の迂闊さと間抜けさに愛想を尽かしつつ、逃げ出していくだろう少女を見送ろうと思った矢先、何を思ったか、少女は恐れる事無く彼の手を握った。
 思わず、少女の行動に体が引きそうになるのを必至で堪える。
 皮肉なことだが、他人に思考を読まれるのが怖い。
 しかし、ここで手を引いてしまえば、自分は最低の人間になってしまう。
 そんな彼の葛藤を読んだのかどうかは分からなかったが、少女はおっとりと言った。
「おじさんも、私と一緒ね」
 にっこりと微笑んだ少女に、何故か救われた気がした。
 
 特注の仮面を被っているとはいえ、ことのほか強い思いや、手を握るほど近くにいる人間の思考は全てリアルタイムで流れ込み、彼を苦しめた。 
 しかし、目の前の少女の力は彼のそれとは違い、触れたものに限定されるようだ。
 しかも、完全に自分の意思で力を制御できている。
 勿論、先ほど手を握ったときに、自分の近くに居るということは思考が全て知られているということも、少女には分かっているはずだ。
 それにもかかわらず、少女はこの場に居続けた。
 少しだけ、彼にはその強さがうらやましかった。
「おじさん、どうしたの?」
 いつの間にかぼんやりと少女を眺めていた事に気がつき、慌てて取り繕うでもなく、彼はやんわりと言った。
「ああ、うん。おじさんと違って、君は強いなあって感心してたんだ」
 褒められたことに素直に喜ぶ少女と、その純粋な感情の波が彼を心地よくさせた。
 しかし、それもつかの間、それまでとは比較にならないほどの歓喜が少女から流れ込んできた。
 何事かと思い少女のほうを見ると、公園の入り口に立つ同年代の少女二人と、その保護者の男性に向かって元気良く手を振っていた。
 どうやら、少女を迎えに来たようだ。
「おじさん。バイバイ! 今日はありがとう」
 少女の名前、年齢、生い立ちも性格も、そして今一人でこの場所にいる理由も全てわかっていたにも拘らず、出会ってから一度も名前を呼んでいない事に気がつき、まるで我が子のようにその名を呼んだ。
「ああ、紫穂ちゃんも元気でね」
 彼の言葉にもう一度優しく笑うと、少女は友達の方に駆け出していった。 
 能力の先輩として元気づけるつもりが逆になってしまったと思いつつ、少女を見送る。
 少女が一人で公園に居た理由である喧嘩はすでに終わったようで、少女達がそれぞれに謝る姿に彼は胸をなでおろした。
 そして、すぐに三人仲良く手をつなぎ、楽しそうに帰っていく。
 その姿に、手をつないで歩ける友達がいるというのは羨ましい事だと、わが身を省みた。
 自分と手をつないでくれるのは、能力に耐性のある妻と旧友の神父くらいだろう。
 実の娘二人とさえ手をつないだことは無かった。
 しかし、中年男性同士で今さら手をつなぐのもどうかと思い、寂しさを紛らわす為にひとり自嘲気味に笑った。
「こんなトコにいたの? ママが探してたわよ。明日には向こうに戻るんでしょ?」
 突然の声に彼が振り向くと、少しだけ眉をひそめた実の娘が、未だブランコに座る父親を不機嫌に見つめていた。
 大分あちこちと探したようで、少しだけイラついた感情が彼の頭に響く。
「すまない」
 言葉すくなに彼女に答え、ゆっくりと立ち上がった。
 神父のはからいで、彼女との関係は以前より良好になりつつあるとはいえ、それでもギクシャクした感じは否めなかった。
 もう一度、少女が帰っていったほうを見やり、彼はとぼとぼと歩き出した。
 被り慣れた鉄仮面が、いつもより重い気がした。
 日も暮れ始めた頃となり、公園で遊ぶ子供達を両親が迎えに来ており、皆楽しそうに手をつないで家路についていた。
 彼の目はどうしても、その家族の象徴ともいえる光景に吸い寄せられてしまう。
 公園を出てしばらく歩くと、人通りもまばらになってきた。
「……オヤジ」
 気がつくと、彼の傍らを娘が歩調をあわせて歩いていた。
 普段なら近づくのも嫌がって、自分の前を足早に闊歩していくのに。
 久しぶりに間近で見る娘の顔に何故かどぎまぎしつつ、問い返した。
「なんだい?」
 彼の言葉に続いたのは、彼女から発せられる恥ずかしさと気まずさの感情、それと少しの畏れだった。
 その感情を受け、仮面からのぞく彼の眼にもまた、少しだけ畏れの色が浮かんだ。
「……手」
「……手?」
「そう、手」
「……手?」
 要領を得ないやり取りに、彼女のイライラが大きくなっていく。
「もう! 手って言ったら、手なの!」
 言うと、彼の手をひったくる様にしっかりと、握り締める。
 その行動に、彼は心臓が飛び出るくらい驚いた。
「……いいのか?」
「わかってるわよ」
 申し訳なさそうに言う父親に、娘が顔を真っ赤にして小さく答えてそっぽを向いてしまった。
 彼女の感情が流れ込む。
 少しの恐怖と嫌悪感、そして、それをはるかに凌駕する優しい感情。
 初めてといっていい娘の手の感触は、とても心地よくて温かかった。
「もしかして、さっきのお嬢さんとのやりとりを見ていたのかい?」
「まあね。途中からだけど。……それよりも、あんなにじろじろ親子連れを見てればわかるわよ……」
「そうか」
「そうよ」
 そして、どうでもいい事を思い出したように、彼女がポツリと呟いた。
「ごめん」
 その言葉に対して相応しい返答が出来ないのをもどかしく思い、力強く彼女の手を握り返した。
 少しづつ、少しづつだけれど異常な親子関係が変化していく。
 完全に正常な関係になることは、今後もありえないだろう。
 しかし、それでも……。
 彼女から流れ込んでくる感情に気をとられる事が出来ないくらいに、彼の心は軽く穏やかだった。
 これから先、自分ももっと心強く生きていきたい。
 そう、先ほど出会った少女のように。
 鉄仮面の下で一人微笑を浮かべる彼に、彼女が意地悪そうに言った。
「この事はママにはナイショよ。誰のせいかしんないけど、ママッたらあれで結構やきもち焼きだから」
 その言葉に苦笑しつつ、彼も言い返す。
「親の心配より、自分のことを心配したほうがいいな。その意地っ張りな性格を何とかしないと、そのうち彼に愛想を尽かされてしまうよ」
「心を読んだ?」
 きつい口調とは裏腹に、彼女の心はあるがままを受け入れたように穏やかだった。
「見てれば分るよ。一応は、親だから」
 優しく、少しだけ謝罪を込めて彼は言った。
 二人共にもう言葉を交わすことも無く、静かに家路をたどる。
 今までの親子としての空白を埋める様に、その手はいつまでもつながれたままだった。


fin

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