ザ・グレート・展開予測ショー

掌編『別れの日』


投稿者名:黒犬
投稿日時:(03/ 9/ 5)




 父の葬儀は滞りなく終わった。

 滲むように霞んで消えていく、焼き場の煙。
 焼かれて灰になった父の身体が、空へと還っていく。

 ふと見れば、同じように空を仰ぎ見る母の姿が目に映った。

 黒い着物に身を包み、茫洋とした視線で立ち昇る煙を追う母の姿。
 年老いても衰えない凛々しくエネルギッシュな日頃の姿はそこに無く、途方にくれた迷子のようなその佇まいは、普段の彼女より一回りも二回りも小さく見えた。

 元来、気丈な女性である。一週間もすれば――或いは明日にでもなれば、普段の彼女に戻るだろう。きりりと眉尻を引き締めて、GS界にこの人ありと言われるに相応しい、凛とした姿勢を取り戻しているだろう。
 でも、私は確信している。その胸の裡には、きっと死ぬまで今日のこの姿が―――肩を窄ませて、必死で寒さに耐えているようなこの姿が住み着いているのだ。
 飼い主を見失った仔犬。降りるべき大地を無くした翼。
 心に大きく空いた穴を抱えたまま彼女は、それでも最後の刻まで「彼女らしく」在り続けるのだろう。

 娘である私には、それがわかる。
 わかるから、そんな母を哀れむ。

 どうして彼女は、あぁも強く在り続けなくてはならないのだろう、と、

 私は母から視線を反らし、父の事を思った。

 私と父の間柄はひどく複雑で、決して普通の親子と呼べるようなものでは無かった。
 思春期の頃は随分と反発もしたし、諍いや問題事も多かったと思う。
 だが、仲の悪い親娘であったかと問われれば、自信を持って「否」と言う事が出来る。
 父は父なりの方法で私の事を、精一杯に愛してくれていた。私だって、父の事を尊敬していたし、慕ってもいたのだ。

 歪だったかも知れない。偏っていたかも知れない。

 それでも父と私の間には、情愛という名の絆が確かに存在していた。
 その事にだけは、誰にも文句は言わせはしない。

 ――絶対に。







「時間ですよ。こちらへ」

 父の知人であり、母の師でもあった唐巣神父の導きに従い、拾骨に向かうために歩き出す母。
 その後に続こうとして、私はふと空を振り仰いだ。

 煙はもう見えない。
 父の身体は焼かれて灰になり、空へと還った。
 もう、この地上の何処にも居ない。

 居ないのだ。

「……………」

 ふいに、涙が零れ落ちる。















 ねぇ、お父さん。

 愛していましたよ。

 あなたの娘は、あなたの事を愛していましたよ。















 そして――。















 いつまでも、愛しているわ………私のヨコシマ。


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