GS辰彦(前)
投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 8/29)
その建物は夜の帳の中、辰彦の眼前に厳然として聳え立っていた。
寒気が、肌を刺す。――何故か、妙に寒気がした。……唇を噛む。青く血の気の引いた唇は、自らの物とも思えなかった。――実際、緊張と寒さで麻痺しているのか、痛みも殆ど感じられない。
「来ちまった――か……」
頭を掻く。
その動作は緊張を多少なりとも緩和する為の動作ではあったのだが、ほぼ効果はなかったと言って良い。震えは止まらないし、粟立つ肌を押し留める事も出来ない。――異常に低下した体温が、ただただ自らの緊張が持続している事を伝えてくれるのみ……
「……チ」
息を吐く。――憂鬱だった。
(これじゃあ……師匠に何て言われるか分かりゃしねぇ)
実際に、大言壮語して師匠の元を飛び出したのは大分前になるような気がする。――実際にはほんの一月ほど前の事に過ぎないのだが、その一月は、辰彦自身にとっては無限の物にも思えた――
GSだ。自分は、一人前のGSになった。
再び……汗が落ちる。
震える程の寒さの中、何故か冷や汗だけは身体から離れなかった。除霊衣の上にジャンパーを着込むという出で立ちで、防寒は問題ないはずなのだが、この身体の芯から来る寒気はどうにもならない。
(……俺は……プロなんだ!!)
その事実。自らに課した、事実。
……初仕事。
――それだけが、今の辰彦を支えていると言っても良かった……
★ ☆ ★ ☆ ★
病院内は空調が利いていた。――適温に保たれている。どうやら、事前に依頼者が気を利かせてくれたようだ。それ以外の電気系統は落とされている。
あの独特の排気音は聞こえないが、確かに自分の身体には、明らかに空調によるものであろう暖気が感じられる。既に上着を脱いだ裸の身体に、その暖気は心地よかった。
辰彦の霊衣――それは"部族"には『聖衣』と呼ばれていたものである。
辰彦自身には腰蓑にしか見えなかったが、実際にこの霊衣は辰彦自身の霊力を最大限まで引き出した。大気中の精霊の力を借りる"シャーマン"である辰彦にとって、この腰蓑こそが最高に相性の良いものであったらしい。
ジャリ……
リノリウムの床には大分埃が溜まっている。――借り切っているのは今夜のみの病院で、この汚れは致命的であろうが、自分には関係がない。患者が帰ってくる前に、今日中に始末しなければならないのだ。
(相手は……自縛霊。霊の内では、比較的対処し易い種類……)
胸中で、その事のみを繰り返し確認する。――確認せねばならない。
ジャリ、ジャリ、ジャリ…………
夜の病院に、自らが踏み出す足音のみが響く。その響きは何故か辰彦の心を空虚にさせ、緊張感を刺激する。――何度目だ――この感覚。師匠と除霊をやっていた頃からなのか……?
既視感。暗闇。恐怖。
そして――刺激。
「…………ッ!!」
いきなりの襲撃には、何とか身体が反応する事が出来た。――突如として現れた浮遊霊。滅菌衣を着て、手にはメスを握り締めて――
――大丈夫だ。この霊は大して強くはない……
何故か、その胸中の言葉には確信を持つ事が出来た。――何の疑いもない。それは、以前から"決まっていた"事であるかのように――
「澱む地に神あり!! 大地の神よ、力を示せッ!!」
そして、轟音。
(――しまったッ!?)
思うと同時に、リノリウムの床は崩壊していた。――散乱していた瓦礫ごと、爆発して粉砕される。――無論、現れた悪霊を巻き込んで――
……建造物破壊。GSとして、やってはいけないミスの初歩である。
「ク……俺って奴はぁぁぁぁッ!!」
焦燥、そして決心。――それはほぼ同時のタイミングで訪れた。詠唱開始。地に手をつく。
「地のある所神あり! 神のある所力あり!! 地の神よ、その傷痕を癒せ!!」
語りかけ、力を吸い取られるのが実感される。――辰彦自身、これは一種の賭けであるとは実感していた。……実際、癒しの力を契約するには、莫大な霊力が要求される――
(……残りの霊力は……大丈夫……だな?)
自らの心の内への問いかけに、当然答えは帰って来なかった。
――基本的に作戦は一つ。雑魚幽霊をこの場に呼び寄せている親玉となる霊を叩く事。――この形式の除霊の場合、最も簡単且つ確実な方法ではある。
――が、それには親玉を確実に倒せるだけの実力が、絶対条件として必要である。しかも、迅速に。……親玉に他の霊を呼ばれる前に、可能な限りのスピードで親玉を除霊する。今現在辰彦に考えられる作戦のようなものは、この一つだけしかなかった。
暗い――廊下。癒した廊下は瓦礫の散乱を増していたが、実際に骨格ごと壊れているよりは遥かにマシであろう。
(確か……この病院の元オーナーって言ってたよな……)
だとするならば――目指すは最上階。
図面は頭に叩き込んでいる。最上階の、階段から三つ目の部屋。――そこは、生前のオーナーが使っていた執務室であるはずだった。五階建てのこの古い病院には不釣合いなほどの豪奢な内装。――事前に案内されたその部屋は、大小の傷に覆われていた――
そこに――いる。
アイツが――いる!!
(――アイツ?)
ふと、自らの思考に疑問を感じる。――些細な波紋。――アイツ――?
また、何かが思い出される。
何だ? 何なんだ? 俺は昔、ここにいる幽霊に遭遇した事があるって言うのか? ――それとも、幽霊が見せている幻だっていうのか……!?
――理解する事は出来なかった。……ただ、ここでこれ以上霊が襲ってくる事は絶対にない。――その事だけは、何故か確信することが出来た。
階段を踏む、自らの足音。
それは否が応にも、辰彦の精神を激しく掻き乱してゆく。
(何でだ……!? 俺はプロだ! 今までだって、こんな事はなかった……!!)
いや――プロ見習――か。
感情と逆に、辰彦の精神の深奥は冷静だった。――冷静に、事実のみを告げる。そう、自分は師匠といて漸く『プロ』だった。ひとりではただの『見習』……
カツ……
気が付いたら、既にそこは最上階であった。
動悸は未だに止まらない。まだ一体しか除霊はしていないし、霊力も回復しつつはある。万全とはいえないにしても、通常の除霊に支障が出る程のものではないはずであった――
それでも――何かが確信できる……
――それは、複雑にして単純な、ただ一つのものであった。……今のところ、霊力によるプレッシャーは全く感じない。それどころか、ただただ扉の置くから漂ってくる霊波は、こちらの残存霊力で充分に対応できるものであった。精神的動揺は悪い結果を生む。さぁ、落ち着け……
「クソ、何でだ……!?」
歯の根が合わない。何故かは分からないが、どうしようもなく自分は動揺している。
「何でだよ!? 俺はプロなんだろ!? 何で、何でこんなどうしようもないんだよ!? プロとして、依頼料を取って、除霊を引き受けたんだろ!?」
既に大分時が経ったように思えるが、数日前の事であるはずだ―― 辰彦は病院の現オーナーから依頼を受けた。――ランクはB。辰彦に取っては初めての、大きな仕事と言える仕事であった――
「だから――――」
解かる。
オーナーの部屋。そのドアノブ。
まわされるのを静かに待つそのノブを、辰彦は静かに握り締めた。――ドアノブが熱く感じる――体温が下がっている……
寒い…………
フラッシュバックする、いつか何処かの光景――
――そうだ。このドアノブを回して、ドアを開けたら、その時が――
ドアノブは、呆気なく回った。
次瞬。
辰彦は光を見た。
――死。
その具体的なイメージ。……そして、確信。自分はこの光に胸を貫かれる。溜め込んできた体力も、霊力も関係なく、この光の一撃でこの世から消滅させられる……
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
叫び。そして、光――――
「……やっぱり、ここが最終地点だったのね――ゴーストスイーパー、近藤辰彦……」
「――!?」
その光は、ただただ辰彦を照らしていただけだった。
懐中電灯。その光。
そして、その向こうに人影が見える。――二人。共に女性であった。
――キン……!
涼やかな金属音を後に残し、伸びる神通棍。――その表層に梵字が浮かび上がり、圧倒的な霊力がその場を支配してゆく――――
「俺は…………?」
その霊力に、辰彦はただただ困惑していた……
〜続〜
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