東の国から愛を込めて(第三話)
投稿者名:Maria's Crisis
投稿日時:(03/ 8/26)
時間の流れは容赦なく、待ってくれるはずもなくて、それに抗うこともできなくて・・・。
その時が過ぎ去れば、私は消えてしまう。みんなの記憶からも消滅してしまう。
今の私にできる精一杯のこと。それを見つけなきゃ・・・。
―――――『東の国から愛を込めて(第三話)』―――――
「おつかれさまでした!」
久しぶりの五人揃っての除霊仕事。でも意外と長引いてしまって、事務所に戻ってきた頃には夜もすっかり更けてしまった。
「あ〜、疲れたわね・・・。出前でもとろうかしら?」
「拙者、ステーキがいいでござる!」
「私・・・、きつねうどん」
「あんた達、たまには違うのを食べたらどうなの!?」
「それじゃあ、俺、寿司でいいです!特上でいいです!」
「横島クン、おつかれさま♪明日も早いから帰っていいわよ」
そうして肩を落として家路に向かう横島さんを見送り・・・、私達は事務所の居間へと戻っていった・・・。
「あ、美神さん、こんな時間じゃ、もう出前やってないんじゃない?」と、タマモちゃん。
あ・・・と小さくつぶやき、受話器を下ろす美神さん。
「じゃあ、私、なにかあり合わせのもので作りますね」
たしか、冷蔵庫の中にはまだおかずになりそうな食べ物がいっぱいあったはず。
「ごめんね、おキヌちゃん。そうしてくれる?」
「はい。えっと・・・、横島さんも呼んできていいですか?お腹空かせてそうだったし、帰っても何も食べるものがなさそうなんで・・・」
他にも理由はあるんだけれども・・・。
「まあ、いいわ。呼んでらっしゃい。まだ近くに居るでしょうから」
私は玄関の扉を開けると、急いで横島さんの後を追う。
たぶん、そんなに遠くまでは行ってないと思うけど・・・。でも、そのまま横島さんの家にまで行ってしまっても構わないと思っていた。
そして、事務所の正門をくぐったところで・・・、街灯に照らされながら、塀にもたれかかっているあの女の子を見つけた・・・。
「どうしたの、お嬢ちゃん?」
私は驚いて、女の子の方へ駆け寄る・・・。
「・・・おねえちゃん」
女の子は私を見ると微笑む・・・。でも、いつものそれとは違い、なにか力なく感じさせられた。
「どうしたの、こんな時間に?お父さんとお母さんが心配してるよ?」
女の子はさびそうに笑い答える。
「私にはもう時間がないの・・・」
「・・・時間?何の時間?」
少し様子がおかしい・・・。私は彼女に顔を近づけ様子を窺う。
月の光がその白い肌を病的に演出していた。
女の子は少し照れくさそうな笑みを浮かべ、私に一通の手紙を差し出す。白い封筒に収められた普通の手紙だった。
予想外の行動に、私は少し困惑する。そんな私にお構いなく、まるでラブレターでも手渡したかのように、頬を染める。
「あとで読んでね。絶対だよ?」
「え、ええ・・・」
「この手紙ね、あのおにいちゃんにも渡しておくんだぁ」
そしていたずらっぽく笑う・・・。
「え?この手紙・・・何って書いてあるの?」
横島さんの名前が出て、否が応にも私の興味はそれへ・・・。
「あ、まだダメだよ〜!あとで読んでね」
そして、また・・・笑った。
「うん・・・。でも、どうして・・・」
「おねえちゃん?」
私の問いをさけるかのように、女の子が言う。
「私ね・・・。おねえちゃんのこと大好きだよ!」
「・・・・・」
「だから・・・、だから、またきっと会おうね!きっとだよ!」
走り去る女の子の背中に、「あなたは一体誰なの?」と言う質問を投げることができず、呆然と見送る。
初めて彼女と出会った時。あの公園に残していった、あの不思議な気持ち・・・。
私は女の子が残していった手紙の封を丁寧に破く。中には丁寧に折りたたまれて一枚の便箋が入っていた。
私はそれを躊躇いながら広げる・・・。
そこに書かれていたのは・・・たった三行の文章。
はっきりと、力強く書かれた文字・・・。
それを読んで、やっと―――すべてを理解した。
『おねえちゃん、未来をみつめて』
あの時の女の子の言葉・・・。
「早く・・・、早く横島さんに会わないと・・・」
私は一度事務所を振り返り、ごめんなさいとつぶやくと、横島さんのアパートを目指して・・・あの女の子の後を目指して、走っていった。
◆
玄関のドアを閉め、電気のスイッチを入れてから一つため息。
仕事の疲れ、というものは慣れてきたと言うか、体力がついたと言うか、それほど感じることはなかった。
ただ、やはり空腹感だけはどうしようもない。
「さっさと寝るか・・・」
俺はそうつぶやき、履いていたGパンのベルトを緩める。明日早く出勤して、美神さんのところで朝食をご馳走になろう。
・・・と、ちょうどその時。誰かが玄関のドアをノックする。
慌しくノックされるその音に、無視することもできず、脱ぎかけたGパンを再び腰まで引き上げる。
「一体誰だ?こんな時間に・・・」
「は〜いよ」とドアを開けると、あの少女が立っていた。
正直驚いた・・・。最近、なんだか後でも付け回してるんじゃないか、と思えるくらい遭遇はしていたのだが、時間帯が遅いだけに・・・。
「お・・・、おう、どうしたの、お嬢ちゃん?」
俺の問いかけに、まっすぐみつめる視線で応える少女。
また「浮気者だ!」と怒鳴られるのかと思ったが、いつもに増すその視線に真剣さ・・・いや、深刻さが感じ取れた。
「と、とにかく、中に入んな?かなり汚い部屋だけど・・・」
俺は部屋への道を開けるが、彼女は首を振る。
「おにいちゃん?」
「うん?」
「私、おにいちゃんのことも大好きだよ」
「あ・・・、ああ・・・」
何と言うか・・・、返答のしようがなかった。
「浮気者だなんて言って、ごめんなさい。おにいちゃんは、ただ優しいだけなんだよね?」
「え?あ・・・、いや・・・」
何を言ってるんだ・・・?
「おにいちゃんが今、一番想ってる人・・・。きっと全てを理解してくれていると思うよ」
「・・・・・」
「だから、二人でがんばって・・・。すごく大きな壁があると思うけど、二人ならきっと乗り越えられるはずだから・・・。二人ならきっと理解し合えるはずだから」
「あ、ああ・・・」
どうしてだろう・・・?
―――懐かしい『さよなら』の予感・・・。
「はい、これ・・・」
戸惑う俺に、今度は一通の手紙を差し出す。
「ん?なんだい、これは?」
俺は封を破り、中に入っていた一枚の便箋を取り出す。
「読んでいいの?」
「うん・・・。早く読んで・・・」
そして、少女が寂しそうに笑う・・・。
「もう、私・・・消えちゃうから・・・」
「・・・はあ!?」
俺は少女の危機迫った様子に、慌てて手紙を広げる。
それはたった三行の文章。
だが、俺にはその意味を理解することができなかった。
いや・・・、理解はできる・・・。でも、その解釈だと・・・、この少女は・・・。
「なあ、お嬢ちゃん?」
顔を上げると、少女が玄関から走り去る瞬間だった。
「ちょ、ちょっと待って!」
俺は彼女の後を追おうと、玄関前の通路に飛び出す・・・。
―――しかし。
通路に少女の姿はなかった。
消えちゃう・・・という少女の言葉。
なにか考えようかと思った、その時。
目の前が・・・、頭の中が・・・、真っ白になった。
「あれ?俺って・・・何しようとしてたんだっけ?」
記憶が欠落している。ほんの数秒前のほんのひとかけらの記憶。
ぽっかりと開いたその小さな空白に、息苦しささえ感じられる。
「どうなっちまったんだ、俺は・・・?たしか・・・」
右手に握り締められている感覚。
それは手紙。
そう、あの手紙・・・。
俺はたしかに、この手紙を受け取った。
でも、誰から受け取ったのか・・・。ほんの数秒前の出来事なのに、なぜか思い出せない。
俺はもう一度、その手紙を開いて読んでみる。
たった三行の短い文章。
その最後に記されている、手紙の送り主・・・。
俺の知っている人物だ。いや、正確にはまだ知らない。でも、よく知っている・・・。
・・・そして、俺たちはさっきまで一緒にここに居たんだ。
次の瞬間・・・。俺は走り出していた。
俺の一番大事な人に・・・。
記憶を超えた本能。
その本能が俺をそうさせていた。
アパートの階段を駆け下り、数百メートル走ったところで、俺は彼女と鉢合わせた。
向こうから小走りに駆けてくる小さな影。それが彼女だということはもう分かっていた・・・。
「おキヌちゃん・・・」
「横島さん・・・」
ほんの少し前まで一緒に仕事をしていたのに、もう何年も会ってなかったような気がした。
俺の一番大事な人・・・。
そして、これが埋まらなかった隙間。
彼女は肩で息をしながら答える。その胸元に大事そうに抱きしめられている一通の手紙。
「おキヌちゃんも会ったんだ・・・」
「はい・・・」潤んだ瞳で俺を見上げる・・・。「でも、覚えてないんです。私・・・」
「・・・うん。俺も覚えてないんだ」
「私・・・、私・・・、悔しくて・・・。せっかく―――」
―――言い切る前に・・・、俺は彼女を抱きしめる。彼女の瞳に溜まっていた涙がゆっくりこぼれていくのが見えた。
「いいんだと思うよ。覚えていなくて・・・。だって、そうだろ?」
―――俺たちは何も失ってはいないんだ。また会えるんだから、それで済むことさ
空を見上げれば、漆黒の夜空。
でも、あと何時間もすれば、東の空からまた新しい未来がやってくるわけで。
続
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