東の国から愛を込めて(第二話)
投稿者名:Maria's Crisis
投稿日時:(03/ 8/26)
・・・死ぬと言うのか、消えてしまうと言うのか、どちらが正しい表現なのかは分からない。
けれど、老人は後者の言葉を選んでいた。
痛いのは怖い。死ぬのはもっと怖い。
消えてしまうのはもっともっと怖い・・・。
苦痛か、快楽か、あるいは何も感じないのか。それすら分からないんだから・・・。
「死」以上の恐怖を目前にして、今更失うものなんて何もあるはずもなくて・・・。
これ以外の他の選択肢がないと言うなら・・・。
私は老人から手渡された小瓶の蓋を開け放つ。そして、中に詰められた透明な液体を一口で飲み干した・・・。
―――――『東の国から愛を込めて(第二話)』―――――
学校からの帰り道・・・。二人の姿を見かけて、思わず電信柱の影に身を隠してしまう臆病な私。
それはいつもの光景。
シロちゃんと横島さんの散歩帰り。
シロちゃんたら、とても嬉しそう。
そうよね、大好きな人と手をつないで、大好きな散歩を一緒にしてもらえるんですから・・・。
いつもいつも横島さんのことを呼んで。
いつもいつも横島さんの側にくっついて。
いつもいつも横島さんのことを好きだ、好きだ、って。
いつもいつも横島さんのことで頭がいっぱいで。
いつもいつも横島さんのことに胸をふくらませて。
「・・・いいなぁ」
ほんの小さな勇気も持てず、こうして指をくわえて二人を見つめている・・・。
もっとシロちゃんみたいに積極的にならなければいけないのに・・・。
私はこうして・・・。
―――こんな恋愛の成就の方法ってあるんですか?
「お・ね・え・ちゃ・ん・♪」
「あら、どうしたの?」
その声に私は笑顔で振り返る。
昨日公園でお話した女の子が笑顔で私にくっついてきた。
「おねえちゃんこそ、こんな隅っこで何してるの〜?」
「え?・・・べ、別に・・・」
ちらっと、私が送る視線の先を、女の子は見逃してくれなかった。
「おねえちゃん、ひょっとして、あのおにいちゃんのことを見てたの?」
特に驚いた様子もなく、女の子が尋ねる。
「え、ええと・・・、うん、お友達なの・・・」
「へえ〜」
女の子は少し背伸びでもするかのようなしぐさで、横島さんとシロちゃんの後姿を眺める。
「すごいもてるんだね、あのおにいちゃん?あんなにかわいい女の子とベタベタ歩いちゃって・・・」
「そ・・・、そうね・・・」
私はなんと答えていいのかわからず、返事に困る・・・。
「それに、こんな隅っこからもかわいい女の子に見つめられちゃって・・・」
そう言って、いたずらっぽい笑顔を私に向ける。
私は愛想笑いでそれに応える。この子くらいの年頃はそういうことに興味が深々なのでしょう。
やがて二人の姿が見えなくなったところで、再び歩き出そうとすると、女の子が私の袖をくいくいと引っ張る。
振り返ると、女の子・・・いえ、彼女がはっきりとした口調で私に言った。
「おねえちゃん、未来をみつめて」
「え?」
突然のその言葉。先ほどまでの笑顔はすでに女の子の顔から消えていた。何かを訴えるかのような真剣な眼差し。それがそこにあった。
「おねえちゃんはおねえちゃんなんだよ。他の誰でもないんだよ」
「・・・・・」
「あのおにいちゃんは後ろを振り返っているの。そして、周りを見てるの。みんなを見てるの」
「な・・・、何を・・・」―――何を言ってるの?
「そのくせ、全然何も見えてないのよ。なんでだか分かる?」
「・・・・・」
質問の意味すら分からない。
そんな私に気づいてるのか、返事を期待してるようでもなく彼女は続ける。
「自分自身が見えてないから」
彼女に握られたままの袖。更に強く握られていることが伝わって感じられてきた。
「それはおねえちゃんも同じよ。そう、おにいちゃんもおねえちゃんも同じなの。二人とも自分が見えてない。もっと自分に素直になって」
「・・・・・」
「二人を救えるのは二人だけなの。同じ二人だけなの。過去を見ないで、未来を見て。周りを見ないで、自分を見て。そこに全ての答えがきっとあるはずよ」
「でも・・・」
矢継ぎ早に語られる彼女の言葉。まるで全てをお見通しと言わんばかりの口調。もし、その全てが本当なら・・・。
「でも、そうだとしても、私には・・・。横島さんのことを好きな人はいっぱい居る。それに・・・、横島さんが好きだった人は・・・」
「おねえちゃんは、みんなのことも好きなんだ・・・」
私は黙ってうなずく。
「あのおにいちゃんも、みんなのことが好きなんだよ。だから苦しんでいるの」
「苦しんで?」
「そう、最後はみんなを傷つけてしまうんじゃないかって・・・。優しいんだ、おにいちゃんもおねえちゃんも」
「・・・・・」
「その優しさを、お互いに・・・二人のために使ってもいいんじゃないかなぁ・・・。理解し合えるのはこの二人だけなような気がするけど」
「う、うん・・・」
「おにいちゃんを独り占めするなんて思わないで。きっと、みんな祝福してくれるはずよ。それに、それを望んでくれている人も居るはず」
「でも・・・」
「勇気出して!おねえちゃん!」
そう言って、私の背中を叩いた彼女は・・・、いつものあの無邪気な女の子に戻っていた。
「私、おねえちゃんのこと応援してるから!がんばってね〜!」そう言い残し、去っていく女の子。
私は一体、誰と話をしていたのだろう?
あの女の子・・・。
どうして、私のことを?
どうして横島さんのことを?
◆
「せんせえ!今度は鳥取砂丘まで行くでござるよ?歩くと音がするらしいんでござる」
「いや、ここは東京なんです。勘弁してください・・・」
シロとの散歩帰り。今日も仕事があるから、と早めに切り上げて戻ってきたのだが・・・。
「拙者もその音を聞いてみたいでござるぅ!」
「ああ・・・、分かったよ。そのうちにな・・・」と、できもしない約束をしちまう、いい加減な俺。
そんな空返事を本気にし、嬉しそうに俺の右腕にしがみつくシロ。
ここは賑やかな商店街。だが、シロのはしゃぎようは如何様にも目立ってしまう・・・。
はあ、と一つため息をついた瞬間。背中に昨日と同じ視線を感じた。
案の定振り返ると、昨日の少女が俺を下からじぃ〜っと、にらみつけている。
「や、やはっ!こんにちは、お嬢ちゃん!」
俺はなるべく爽やかに挨拶をする。
「やはっ、じゃない〜!そのおねえちゃんが本命の彼女なの?」
「ほ、本命って、いや、ま・・・、その・・・」
まったく最近のガキは、どこでそんな言葉を・・・、と思った矢先にシロも「拙者は本命なのでござるか?」と少女の援軍と化していた・・・。
「浮気はダメって言ったでしょ〜?」
なんでだかは全然分からないけど、少女がすごい剣幕で怒り出す・・・。
「ああ、ごめんね、お嬢ちゃん!これから仕事なんだぁ!」
と、俺はシロの手をひっつかみ、事務所へと走り出す。
背中に届く少女の「浮気者!」とか「卑怯者!」とかいう怒声。
不信そうに見つめる通行人の間を縫い、俺はシロの手を引っ張りこの商店街を走り抜ける・・・。
「ったく、勘弁してくれよ・・・」
「せんせえ?あの女の子とはご知り合いなんでござるか?」
「いや・・・、昨日初めて会ったばかりなんだけど・・・」
でも、思い出してしまう。
あの真剣な眼差し。そして、あの笑顔。
―――なんとなくルシオラを思い出していた。
続
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